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10話〜恒例の〜



ヒロインが増えてきますよー



なんだかんだで休み時間も終わり、今はもう一限目。美奈子が教壇に立ち、話している。


「はい、それじゃあこの時間では委員会を決めちゃいたいと思います」


毎年……学校によっては毎学期恒例、委員会などの係決めである。


「黒板に書いていくので、自分のやりたいところに名前を書いていって。……転校生二人も遠慮しないでね?」


時雨と楓が同時に頷く。もっとも、どちらも遠慮するつもりなど無いらしいが。


美奈子が黒板に書いている間、汐織は隣の聖夜に話しかけた。


「聖夜はどうするの?」

「……実はもう決めてんだよな」

「え、意外。何にするの?」


それはな、と聖夜は一拍置いて、


「文化祭実行委員でもやろうかな、って思ってるんだ」

「文実……それはまたどうして? 私は去年やったけど、かなり面倒だったよ」

「俺は面倒なことが好きなんだよ。それに文実なら、一学期には仕事があまり無いだろ?」

「……ああ、なるほど。忙しいのね」

「まあ、そういうことだ」


新しい車(RX-8)の諸々であったり、涼華の学校の文化祭用の練習があったりして、聖夜の一学期は非常に忙しい予定なのである。……尚、予定は未定であって確定では無い。


「……ま、ニ学期だってそれなりに忙しいけどな。それでもやるつもりだけど」

「……そう」


それなりに、なんて言葉で片付けられるほどの忙しさでは無いのだろうということくらいは汐織でも分かる。家の関係で忙しいのは汐織も同じだが、聖夜はそれに加えてバンドや政界での付き合いなど、もはや普通の高校生の忙しさを超えているのだ。そこに文化祭の準備が重なれば、それこそ大変だろう。


しかし、一学期の仕事がほとんど無い分、確かに他の委員会よりかは時間を取れる。一学期に限っては、だが。


「……聖夜は本当に文実をやりたいの?」

「ああ。忙しいのは分かってるけど、それでもな」


軽く微笑んで彼は答えた。こんな様子を見たら、汐織が彼を止めるわけが無い。本当にやりたそうにしているのだから。


とはいえ、彼の忙しさが変わるわけでも無い。ならばと汐織が考えたのは。


「……そうね、じゃあ私も文実をやろうかな」

「えっ、文実は面倒なんじゃなかったのか?」


少し驚いた様子で聞く聖夜。さっきまで文実に否定的な発言をしていた汐織が急にやりたいと言い出したのだから、この反応は当然である。


「だからよ。ただでさえ忙しいあなたなんだから、その相方は少しでも仕事に慣れている人の方が良いでしょ?」

「……お心遣い、痛み入るよ」


聖夜からしてみれば、とんでもなくありがたい申し出だ。汐織がパートナーであれば、確かに聖夜の負担は大きく減るだろう。慣れているというのもあるが、汐織は抜群に優秀なのだ。


「気にしないで。やりたい委員会も決まってなかったし、ちょうど良いもの」


その笑みには嫌味なところが全く無く、彼にとってはますますありがたい。


と、美奈子が手を止めた。どうやら書き終わったようだ。


「……お待たせしました。じゃあ、決めた人は書きに来てね」



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「……油断してたわ」


自分の席に戻り、汐織はそう独りごちた。


彼女の視線の先には、『文化祭実行委員』という文字の下に書かれている名前。男子の欄には聖夜の名前しか無いが、女子の欄には汐織の他に三つの名前が。


(……そりゃそうよね。聖夜と同じ委員会……しかも文実なんて特に共同作業が多いんだし、そのチャンスを逃すわけも無いか)


かくいう汐織も、去年の文実の時には「聖夜と一緒だったらなあ……」と何度か思っていた人間である。


「これ、じゃんけんで決めるんでしょ……?」

「……まあ、俺も応援するから頑張れ」


尚も続く汐織の独り言に聖夜が反応した。苦笑を浮かべて汐織も返事する。


「……相方を選ぶような発言は控えた方が良いんじゃないの?」

「おっと、こりゃ失敬。……でもさ、正直に言うと、やっぱり気の置けない親友の方が良いんだよな」


唐突に言われ、汐織の顔は瞬時に朱に染まった。何か、無性に照れくさかった。


「……もう」


ここまで言われては、汐織に『負ける』という選択肢は無くなった。……意地でも勝つ。


一方、どの委員会もそれなりに混んでいるようだ。あちこちで話し合いや睨み合いが起きている。


「凛音、何にするの?」

「んー、今年も学級委員!」


友人の問いに答えた凛音も黒板に名前を書く。すると、クラスの男子がざわめいた。


「姫川は学級委員か……」

「俺も行ってみようかな……?」


全く正直なものである。しかし、女子とて似たようなものだ。


とか思いながら、汐織がふと聖夜を見ると、いつの間にか彼はノートに何かを書き付けていた。時折何事かを呟きながら。


「聖夜、それは何?」

「ああ、これか? ……うーん、言うなれば『レースノート』かな」


そう囁くと、彼は控えめにその『レースノート』なるものを汐織に見せる。様々な線図や分析文と思われるものがそこには書かれていた。


「前のレースを振り返ったり、次のレースに向けてのセッティングを考えてるんだ。コースへのアプローチやライン取りについてもね」


なるほど、と汐織は今一度そのノートをよく見てみる。『CPは少し奥に!』とか、『アウトから遅めにインへ寄せ、立ち上がり重視』とか……正直、彼女には何が書いてあるのか分からない。


「ふーん……凄く勉強熱心ね」

「上手く走れると気持ち良いからな。そのための分析だ」

「本当に車が好きなのね。……その熱心さを勉強にも向ければ良いのに」

「おっと、それは言うな」


そこらへんは相変わらずのようだ。聖夜は勉強が特別嫌いだというわけでは無いが、好きでも無い。



そうこうしているうちに、どうやら一段落着いたようだ。全員が席へと戻っている。


美奈子が再び口を開いた。


「皆さん書き終わったようですね。空いてるところは……無し、と。だけど人が多過ぎるところがあるので、そこは話し合いかじゃんけんで決めて下さい」


果たして話し合いで決まるのか。そこを甚だ疑問視する汐織であった。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇



案の定話し合いなどで決まるわけもなく、汐織達はじゃんけんでの決着に落ち着くのだった。


(5人かあ……正直キツいわね)


意地でも勝つ、という心持ちではもちろんあるが、言ってしまえば完全に運任せである。


ふと彼女が聖夜を見ると、彼は彼女に微笑みかけてくれた。彼の気持ちは、何よりもその目が語っている。


(……でも、他でもない聖夜自身が応援してくれてるのよ。なら運だって寄ってくる!)




……果たして、結果は。





 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇






「……やったあ!」



そう歓声を上げたのは汐織であった。彼女は勝ったのだ。聖夜もそんな彼女を微笑ましげに見ている。


「良かったな、汐織。……にしても、そんなにやりたかったのか?」

「そりゃ聖夜と……って違う違う!」


喜びのあまり勢い余って自爆しそうになり、汐織は慌てて取り繕った。聖夜が不思議そうに口を開こうとするが、そうはさせじと汐織は凛音へ話を振る。


「それより凛音っ、そっちはどうだったの?」

「必死だね……無事、こっちも勝ったよ」


そう言って、凛音は彼らにVサインを見せた。学級委員にも三人ほどがいたはずだが、彼女もしっかりと勝ち取ったらしい。


「お疲れさん。……他はどうなったかな?」


そう言って、聖夜はもう一度黒板を見る。


(おー……香穂、頑張ったんだな)


すると、保健委員の欄に『古谷 瞬』と『宮澤 香穂』という名前があった。実は面倒くさがりな瞬が自分から委員会をやるとは考え難いので、恐らく香穂が誘ったのだろう。


(となると……もしかしたら脈ありか?)


香穂が瞬に恋をしている、というのは聖夜と汐織の二人が知っていることだ。そんな香穂が瞬を委員会に誘い、面倒事が嫌いな瞬がそれを受けた……邪推も出来てしまうものだろう。何せ、前に聖夜が委員会を勧めた時には「面倒くさい」の一言ですげなく断られたのだから。


(でもまあ、考えてみたら納得だよな……香穂って美人だし、それにかなりのクルマ好きだし)


香穂が瞬の好みにドンピシャなのも、聖夜の考えに拍車をかけている。


あくまでも推測なので、結局本当のところがどうなのかは分からないが。


(……ま、成功して欲しいよな。どっちの為にも)


兎にも角にも、聖夜は二人の親友として心からそう思っているのである。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇



その後は特に何も起こらず、恙無(つつがな)く放課後となった。


「……よし、じゃあ案内始めるか」


聖夜はそう呟くと、すぐさま舞の席に三人を集めた。


「一応聞いておくけど、入りたい部活の候補はあるか?」


問われ、時雨が間髪入れずに答える。


「私は剣道部って決めたけど……」

「早いな、おい。……まあそれはそれとして、北上さんはどう?」


剣道部に来てくれる、という時雨の言葉に嬉しさを覚えた聖夜だが、それを出さないように努めながら彼は楓にも問うた。


彼女が素早くスマホを打ち始めると、ほどなく三人のスマホの画面にメッセージが現れた。


『吹奏楽部か弓道部かで悩んでるの』


「吹部か弓道か……どっちもうちのクラスに居るし、俺も多少は顔が利くから問題無いかな」


弓道部に至っては、最早彼は顔馴染みである。彼は舞だけでなく、弓道部の部長や副部長とも仲が良いのだ。


「……それじゃ、まずは弓道部の方に顔を出そうか」



教室を去り際、聖夜は凛音に声を掛けた。


「凛音、阿良峰先輩に言っといてくれないか? あと、俺の代わりも頼む」

「了解。ちゃんと戻って来てよ? じゃないと瀬那が怒るから」

「そうなったら後が怖いな……まあ顔は出すよ。時雨を連れて行かなきゃならないし」


そんな話を二人がしていると、時雨が懐かしそうに言った。


「瀬那ちゃんも居るのね……会うのが楽しみだなあ」

「そうだな。あの子も喜ぶよ」

「……じゃあ、瀬那には内緒にしとくね」

「ああ。それじゃ、サプライズ的なノリでいこうか」


それでいこう、と三人は頷き合う。面白い事になりそうだ。


「でも聖夜、なるべく早く帰って来てね。今日は体験入部なんだし、副部長が居ないのは困るからさ」

「了解。できるだけ前向きに検討する方向で善処するわ」

「それ、善処する気無いよね……」


凛音は苦笑。いつもの聖夜の冗談である。凛音にとっては、これが中々に楽しい。


しかし、時雨は首を傾げていた。


「……何これ、夫婦漫才?」

「……まあ、うん。あまり気にしなくて良いと思うよ、風鳴さん」



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇



学校案内も兼ねて、聖夜達は回り道をしながら弓道場へと向かう。


「舞、部活の方には連絡したのか?」

「うん。転校生を連れてくってことも伝えたら、摩樹(まき)先輩すっごく喜んでるみたいだった」

「……まあ、そうだろうな」


弓道部の部長である倉敷(くらしき)摩樹は、男女合同の弓道部を上手く纏めている三年生だ。彼女は剣道部の部長である雫とも仲が良く、その関係で聖夜もよく遊びに行かせてもらっている。


「体験入部の日なんだし、聖夜君も少しやっていけば? 久し振りに聖夜君の弓が見たいな」

「……考えておくよ」


とは言うものの、むしろ体験入部の日なのだから、部外者がしゃしゃり出ない方が良いだろうと聖夜は思う。気持ちはありがたいのだが。


それはそうと、目的地が近い。


「後ろのお二人さん、そろそろ弓道場だよ」


言いながら聖夜が振り向くと、後ろに居た楓が少し緊張した面持ちを見せた。


「大丈夫だよ、北上さん。教室であんなに堂々と自己紹介出来てたんだから、何の問題も無いって。……部長があの人だし、俺はそっちの方が心配なんだけど」


そう。倉敷摩樹は、入部してきそうな人に対しての勧誘が物凄いのだ。その熱意といったらもう、そういう事には慣れている聖夜ですら軽く引いたレベルである。


あはは、と舞も苦笑して言った。


「あのくらいの方が部員は集まるのかもしれないけどね……」

「全くもってその通りなんだよなあ……なんか、倉敷先輩を慕ってる人って結構居るし」


果たして、その部長が居るであろう弓道場についた。尚も緊張している楓をよそに、聖夜が扉を開ける。


「お邪魔しまーす。……倉敷先輩、居ますか?」


彼がそう声を掛けると、中に居た生徒達の視線が集まった。一年生であろう生徒の顔も多い。


ちょっとの間があり、奥から件の倉敷摩樹が歩いて来た。身体の隅々にまで所作が浸透している、格好良く美しい歩き方で。いつも見ている舞ですら思わず見惚れてしまう。


「月影君、久し振りね。一月振りくらい?」

「そのくらいですね。ご無沙汰してます、先輩」


お互いに優しい微笑を浮かべ、流麗な仕草で一礼。そんな二人を見て、何人かが感嘆の声を上げた。



倉敷摩樹。黒髪をポニーテールに結び、すらっとした体型のクール系美人だ。背は175cm程で、聖夜よりは少しばかり低い。弓道で培った姿勢の良さなども相まって、モデルなんかも充分にこなせるであろうプロポーションの持ち主である。雰囲気も凛としており、それに呑まれてしまう人も居るらしい。


ちなみに、胸は意外にも慎ましやかだ。もちろん聖夜は決して口に出さないが。



彼女は微笑みを絶やさず、柔らかい声で言う。


「舞も、今日は転校生の案内をしてるのよね。……うちに興味がある、というのはどちらの子?」


こっちです、と舞が楓を指差すと、摩樹は視線を鋭くして楓を見た。


摩樹の視線は元から少々鋭いので、人によっては今の目線は睨みつけているようにも取れてしまう。どうやら楓もそうだったようで、少し体を強張らせた。


だが、摩樹はすぐにそれを緩めて言う。


「うん、芯の強そうな子ね。これならすぐに上手くなるんじゃないかしら。……ごめんなさいね、不躾な真似をしてしまって」


摩樹に再び浮かんだ優しげな微笑みに、ほっと楓は胸を撫で下ろした。


「名前は何と言うの?」


しかし、ここでまた硬直。どうやって伝えるべきか、と楓が困っていると、すかさず舞が助け舟を出した。


「摩樹先輩、実は……北上楓さんって言うんですけど、この子は声が出せないらしいんです」


舞の言葉に、楓も頷く。


「声が……?」


そして、摩樹は酷く驚いた様子で呟いた。いくら何でも、そう簡単に信じられるものでは無かったようだ。


しかし、彼女はすぐ気を取り直して言う。


「……ごめんなさい。色々な事情があるのよね」


流石は倉敷先輩だ、と聖夜は心の中で感嘆。すぐに相手の事情を察し、慮る……並の人間には出来ないだろう。いわんや高校生なら、そういう事に食いついてしまう人も少なからず居るはずだ。


それはともかくとして、摩樹は思案顔をしている。


「……それなら、あなたはどうやってコミュニケーションをとるの?」


言われた楓はすぐスマホを取り出し、打ち込んだ文字列を摩樹に見せた。


『こうやって、スマホやSNSを使って対話するんです』


「あっ、なるほど。筆談みたいな感じなのね」


摩樹は納得した様子でそう呟くと、スカートのポケットから自分のスマホを取り出す。聖夜が驚いて言った。


「先輩、スマホ入れっぱなしだったんですか。珍しいですね」

「舞から何か連絡が入るかな、と思ってね。……北上さん、私とライン交換しない?」


その言葉に、楓は少し困惑した顔を見せる。あまりにも急だなと思ったからだ。


しかし、聖夜は摩樹の思惑に気付いた。


(ああ、これは弓道部に引き込む気だな。部長と連絡先を交換したなら、北上さんだって弓道部に入ろうって無意識的に感じるだろうし)


これが摩樹の熱意である。自分が見込んだ人には何が何でも入部してもらおうとするのだ。今回の場合、傍目にそれは見られないが。


ともかく、彼女達は連絡先を交換し終わったらしい。摩樹が満足そうに言う。


「ありがとう。……それじゃあ北上さん、少し弓を触ってみない?」


言うやいなや、彼女は奥の方へと歩いて行ってしまう。必然、聖夜達も後から付いていかなければならなかった。


やれやれ、と聖夜と舞は苦笑を一つ。



「……やっぱり、倉敷先輩はかなり強引だな」

「……うん、いつも通りだったね」



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