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第6話『ユートピア』

「ふぅ……」

 僕は今、お屋敷の中にある露天風呂に入っている。

 日本人はみんな温泉が大好きなんでしょう、とエリカさんから言われたことから。俺と美桜は温泉が好きだけれど、多くの日本人が好きかどうかは分からない。

「というか、この世界で日本なんて関係なさそうだけれど……」

 あと、この世界でも温泉って湧いているんだな。しかも、ちょうどいい温度。この露天風呂はもしかして美桜のために作ったのかな。

 まさか、脚を伸ばして温泉に浸かれるとは思わなかった。

「でも、できれば日本で美桜と一緒に入りたかった……」

 幼なじみということもあって、昔はたまに美桜の家族と旅行に行き、俺と美桜は一緒に温泉に入っていた。そんな思い出も、随分と昔のことになっちゃったんだな。

「どう? リラックスできてる?」

「リラックスできていますよ……って、えええっ!」

 目の前にはタオル一枚巻いた姿のエリカさんと美桜が立っていた。

「ど、どうしてエリカさんと美桜が……」

「こうした方がよりリラックスできるんじゃないかと思って。男ってそういうものなんでしょう? それに、真哉は昔、美桜と一緒にこういった所に入っていたことも知っているわよ」

「そ、そうですか……」

 美桜の記憶を奪っているからか、美桜に関することなら何でも知っているということか。学生の頃は美桜とずっといたから、彼女の記憶から僕のことを色々と知っていそうだな。

 あと、全ての男性が女性と一緒に温泉に入ったらリラックスできるかと言われたら……違うんじゃないかなぁ。現に、僕は2人が目の前にいるから緊張してしまってリラックスするどころじゃない。

「美桜、入りましょう」

「はい、エリカ様」

 そして、エリカさんと美桜が露天風呂に入り、僕の両隣に座る。心なしかそのことで2種類の甘い匂いが感じられる。ちなみに、右隣がエリカさんで左隣が美桜。

「……男の人と入るのは初めてですが、何故か真哉さんとは初めてじゃない気がします。こうしているのが自然な気がして」

「……そうか」

 記憶はないけれど、感覚的に覚えているのかな。だから、僕と一緒にこうして温泉に入ることにも抵抗感がないのだろう。

 しっかし、こうしてタオルを巻いた美桜のことを見てみると、美桜も大人になったんだな。体もそうだし、雰囲気も妖艶というか。

「そんなにじっと見られると照れてしまいます、真哉さん」

「ご、ごめん……」

「見られたくないのではありません。むしろ、見てほしいというか……」

「美桜……」

 顔を赤くするところが可愛らしい。こういう顔を見るのは久しぶりだからか、ちょっと懐かしい感覚。

 というか、見てほしいって言われたら、元々は僕のことが好きだったように思える。もしかしたら、それについてもエリカさんに訊けば分かるんじゃないか?

「エ、エリカさん……」

 エリカさんは……僕のことをむっとした表情で見ている。

「どうせ、あたしよりも胸の大きい美桜の方がいいわよね。どうせ、あたしの胸はちっちゃいわよ! それに、あなた達は幼なじみだし」

「……そ、そんなことないですよ。エリカさんも可愛いです。銀色の髪も似合っていますし、白いお肌も綺麗ですよ」

「そ、そう?」

 えへへっ、とエリカさんは嬉しそうに笑っている。とりあえず、見た目で褒められるところを褒めてみたんだけれど、単純な人で良かった。あと、自己申告したように、エリカさんの胸は控え目……かな。美桜の胸が結構大きいからかそう思えてしまう。

「……私の方も見てください」

 そう言うと、美桜は俺と腕を絡ませる。その際に腕には柔らかい感触が。

「真哉さんのお世話もすることに決めたのです。ですから、真哉さん……私の側にいてくださると嬉しいです。真哉さんが側にいないことを想像したら寂しくなって……」

 美桜は悲しそうな表情を浮かべながらそう言う。元の世界にいたときも、美桜は同じようなことを考えていたのかな。

「ど、どうして笑っているのですか」

「……寂しいって言ってくれることが嬉しいからだよ」

 寂しい、ということは僕を必要としてくれている証拠だと思うんだ。

 それに、美桜のいない生活を1年以上もしてきたんだ。記憶が無かろうと、美桜が僕に側にいて欲しいと言ってくれるのは嬉しいんだ。

「何よ、美桜のことばっかり構って! 真哉の雇い主はあたしなんだから、あたしのこともちゃんと見なさいよ!」

 エリカさんはそう言うと、美桜と同じように僕に腕を絡ませる。雇い主……まあ、確かに彼女は僕のことを殺し屋として雇っているけれども。

 右にはエリカさん、左には美桜。両手に華というのはこういうことを言うのかな。そんな2人と入る温泉は気持ちいい。ユートピアというのはこういうところを言うのかな。

 ただ、ついさっき僕は人を殺している。殺人者である僕が、温泉に浸かってこうしてゆっくりとしていていいのだろうか。

「エリカさん、僕……ここで温泉に浸かっていていいんですよね。さっき、僕は人殺しをしたんですよ」

 僕がそう言うと、エリカさんはふふっ、と笑った。

「……人殺しなんて初めてだからそう思うだろうし、気になっちゃうわよね。でも、あなたがあの男を殺害したのは私が依頼したから。あなたはその依頼を遂行した。課せられた仕事をきちんとこなしたのよ? だから、ここでゆっくりしていていいの」

「……そうですか」

 人殺しという内容でも、それはエリカさんから課せられた仕事。それを果たしたのだからいいじゃないか、ということか。いずれは、そう割り切って人を殺すことに何の躊躇いもなくなるのかもしれないけれど、そうなってしまったら人として終わってるな。

「……いや、既に終わってるのか」

 あの男を殺す直前、美来のためなら悪にでもなると決めたじゃないか。その時点で、エリカさんにさっきような質問をする資格はないんだ。皮肉にも、そう思ったら温泉がより気持ち良く思えてしまうのであった。

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