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欠陥だらけの天才魔術師(副題:天災魔術師になった天才魔術師はスローライフを生きて行けるか?)  作者: Seisei
第二章 仲間編

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034 フルーツバスケット

 彼は恐ろしく美しい顔にうれいを乗せて憂鬱ゆううつの極みとばかりにため息をついた。


 貴婦人がその青年の美貌に見惚れて馬車の窓をから身をのりださんばかりにして、オペラグラスで覗いているのに気づいたからだ。


 青年は貴婦人の方をチラリと見て軽く睨んだ。貴婦人は飛び上がってオペラグラスを取り落とした。


 慌ててオペラグラスを探しているうちに青年の姿は見えなくなっていた。


「セバスチャン! セバスチャン! あの男の子の素性を洗い出しなさい」


 貴婦人は金切声で命じた。


 青年が早足で歩いて行くと今度は二人組みの女の子が彼に走り寄ってきた。


「ねぇねぇ。あなた。かっこいいわね。私達、今日は非番なの。良かったら……」


 翔はその二人を無視して通り越した。


 普通ならそんな事をしようものなら、女の子達は聞こえよがしに悪態などをついたりするものだが二人の娘は通り越す青年の美貌にただ惚れ惚れしながら見惚れて大きなため息をつくだけだった。


 青年は女の子達の横を通り過ぎる瞬間に軽く微笑んだ。


 女の子達は黄色い悲鳴を挙げて青年の笑顔に蕩けそうになっている。


(くそっ。面倒くさい)


 翔は憂いの含む顔で大きなため息をついた。


 無詠唱でファイアボールを作ると後ろに発射する。


 翔の背後でセバスチャンが吹っ飛んだ。


(アリス。一度ブサメンで楽するとこんなにイケメンが面倒くさいものだと改めて思い知らされる)


 翔がぼやく。


(はい。しかし翔様はそのお姿こそ相応しいと思います)


 アリスの思念が届いた。


 今でも癖で翔は何かとアリスに話しかける。今はアリスは翔の側にいないのだが、そんなことには構わないのが翔の性格だ。


 翔は無詠唱で『次元移動』を発動するとスパッと空中から消え去った。





 突然何もないところに現れた翔を見てアリスとイリスが走り寄ってくる。いつものように左右の腕につかまる二人だ。


「翔。どうでしたか?」


 レイラが尋ねた。彼女は恥ずかしそうに翔の顔を覗き込むようにして、モジモジしながら尋ねた。彼女は翔がイケメンに戻ってからはいつもこんな感じでモジモジしている。少女趣味な所のあるレイラは、イケメンが基本大好きだ。


「ああ。登録してきたぞ」


 翔はお姫様のように可愛いレイラの頭をぐりぐり撫でてやりながら答えた。レイラは、頬をピンクに染めながら嬉しそうだ。


 翔は冒険者ギルドに行って新しく自分達の事を登録してきたのだ。


「オーラヴ聖王国のギルドとアガリアン神聖国のギルドが別組織とは知らなかった」


 アメリアが不思議そうに言った。翔がイケメンであろうが彼女の態度は変わらない。そんなところがアメリアらしい。


 見事なプロポーションを誇示するかのように斜めに立っている姿が格好良い。


「本当だな。ブリュンヒルデさんが考案したはずの冒険者ギルドがどうして、この国では別の組織なんだ。アリス」


 翔もアメリアの疑問を最もだと思い、重ねてアリスに聞いてみた。


「オーラヴ聖王国は元々盗賊の成り上がりが王となった国なのです。建国当初各国はなかなか国として認めませんでした。ここの冒険者ギルドは必要に迫まれて独自に発達しました。

 しかし今では本家の冒険者ギルドよりもレベルが高いと言われるほどでになりました」


「それで、俺達がアガリアンの冒険者だと言った時、受付が侮蔑していたんだな」


「どの国でも自国が一番だという贔屓目があるものです」


 アリスが言った。


「世界樹ネットは冒険者ギルドみたいに分割せず共通しているんだろう?」


 翔が尋ねた。


「もちろんです。世界樹ネットは天界、魔界をも含めて統一された情報ネットワークです」


 アリスが憤然と言った。


 その剣幕に驚いて翔は目を丸くした。アリスでもそんな言い方をする事があるのだ。


「ここの冒険者の実力は、アガリアンの同じレベルの冒険者の三割増しだとか言っていたぞ。俺達はランクEという事にしていたからここの冒険者ギルドではランクGになるらしい」


「パーティー名は“焼鳥セージバード”?」


 メロが割って入る。


「お前の無駄に強い要求だからな。“焼鳥セージバード号”って名前にしておいた」


「おお。かっこいい。でもなんで号なの?」


 メロが尋ねた。


「なんとなくだ」


 ただの焼鳥ではあまりにも脈絡がないので後ろに乗り物みたいに号をつけてみたのだ。なんとなく様になるから不思議だ。


「俺達は“焼鳥セージバード号”の乗組員クルーって感じだな」


「おお。セージバード号のクルー。なんかかっこいい」


 メロの不思議な嗜好性に火がついたのかしきりに感嘆してる。


 翔達がここオーラヴ聖王国に来たのは『復活都市』で、アメリアを商っていた奴隷商が、今ではここオーラヴ聖王国で商売をしていると聞いたからだ。


 もともとオーラヴ聖王国は、奴隷が多い国だ。獣人や亜人の人口も多く、貴族の中には変な趣味の者がいてもおかしくない。アガリアンでは人身売買は不法ではないのだが、あまり望ましくないとの風潮がある。しかしオーラヴでは人身売買が盛んなのだ。そんな状況が分かってきたので、翔達は、オーラヴに入ったのである。


「しかし、どうして私の問題を優先させるんだ?」


 アメリアは、オーラヴに来る間際にメロやイリスの事を気遣って聞いた。


「メロの手がかりは、悪魔崇拝者や暗殺者集団の《音無》なんて普通に情報を得ようとしても、得ることが難しい奴らが相手だ。お前は、まだ手がかりがあるし相手がハッキリしている。俺達は先行きが長い。いつどんなレベルで何をするべきか今の行動が先行きどう影響するか、よく考えないと、全員の目的を達成することができなくなるかもしれないからな。今回は人身を売買するような下衆共の掃除だ。大した騒動にはならないだろう。

 イリスにしろセーラにしろ何をどうすれば良いか? 何て、本人も分かってないみたいだし、下手にドラゴンの村で暴れ回ったら今後の行動にどのように影響するか不明だろう。

 つまりお前が憎む下衆貴族への復讐が一番適当なんだよ。魔界に殴り込みに行くにはまだまだレベル不足だし、お前の妖精の王国に殴り込みに行くにもレベル不足だ。貴族ぐらいなら何とかなるかもしれんと考えたんだ」


 翔がアメリアに納得させるように言った。


 翔達はレベル上げはまだまだ必要だし、自らの魔術の研究などやらないとダメな事がたくさんある。それらの山を乗り越えた時に真に翔が求めているリラックス人生が待っているはずだ。


 翔はここオーラヴ聖王国に入って直ぐにメロ達に、いつものようにお小遣いを渡して情報収集に行って来たのだ。


 ちなみにオーラヴ聖王国はアガリアンの西にある王国だ。世界樹を中心にすると時計の進行方向と同じに隣接する国である。聖王国などと言っているが国王は、盗賊の親分が肥大化して王にまでなり上がった国だ。


「アメリア。ギルドであの奴隷商の場所は聞いてきた。お前は奴隷商人にもたんまりお礼をしたいよな」


「もちろんだ」


 アメリアが言った。


「俺はあの奴隷商人の甥っ子と多少の縁がある。できたら命だけは助けてやってくれ」


 翔はそもそもアメリアを助けに行くきっかけを作った経緯を話して聞かせた。


 しかしアメリアは翔の言葉に返事をしなかった。彼女は細かく震えており翔はアメリアの素肌のでている肩を優しく撫でてやった。


 翔の手の平の暖かい優しい手触りがアメリアの心を癒した。





「おい。随分と繁盛しているじゃないか?」


 翔は店の奥で腕を組んで偉そうに店を見ている初老の親父に言った。彼が奴隷商だという事は特徴的な顔で直ぐに分かった。


 奴隷商の親父は、金持ちの商人風にしているが、眼光の鋭いヤクザな雰囲気は完全には消せていない。


 親父は鋭い眼光を翔に向けると大きなため息をついた。


「あんたの顔は見た事がないが、あんたの雰囲気には会った事があるな。あの時の生意気な小僧だろう。どうやったか分からんが今のあんたを見ていたらあんな馬鹿な取り引きはせずにもっと吹っかけるんだったと後悔しているよ」


「人を見る目がなかっただけだろう。この娘の事は覚えているな」


 翔はアメリアを示しながら言った。


 親父は翔の顔をもう一度穴のあくほど見た。


「お前。自由奴隷にならないか。お前ほどの美貌なら国を取る事もできるぞ」


 翔は、親父に向かって、百万分の一秒にも満たない一瞬だけだが、闘気バトルオーラを解き放った。奴隷商の親父はその一瞬で完全に意識を失った。


 しかし、一瞬のオーラ攻撃だったので直ぐに意識を取り戻す。親父はその感覚だけで急に恐ろしそうに顔を青ざめて翔を見た。


「別室に案内してくれ」


 翔は優しくそれだけ言った。


 しかし、奴隷商の親父はしぶとかった。騒ぐ訳ではなく左右の店員に目配せして、翔を排除しようとしたのだ。


 親父の合図で左右に立っている店員風の手下が直ぐに動こうとした。まさにその時、二人の美少女が店員の前を塞いだ。イリスとレイラだ。


 店員が大声を出そうとした瞬間。二人は意識を無くしていた。次の瞬間イリスとレイラの二人は店員と同時に掻き消されたかのように消えてしまった。


 親父は目を丸くして自身の周りを見回していた。


 明らかに、こんな店にいるのが不自然と分かる、極上の美少女達が、いつの間にか彼を取り囲んでいた。


 その中には見覚えのある山高帽子の美少女もいた。その全員が親父に視線を当てていて、彼女達の視線には同情の温かみの欠片も感じられなかった。


「分かった。手荒な真似は止めてくれ。何でも話すよ」


 親父は力なく言った。





「親父。この娘を第二級奴隷に貶めた貴族の情報を聞きたい」


 翔が尋ねた。


 奴隷商人の親父は、大きなため息をついた。


「お前達。俺は合法的に商売をしている商人だ。お前達は法を犯しているんだぞ」


 翔は、軽く笑った。


「俺達の事は心配しなくても大丈夫だ。つまらん事を言ってないでサッサと情報をよこせ。お前にとって本当に重大な話はこの些細な話の後に、この娘からする。俺の話など取るに足らない話だっと思うだろうよ」


 翔はそう言うと無表情なアメリアを示す。


 奴隷商の親父は、アメリアの顔を見た。なんの表情もないその顔はいっそう迫力が有った。


「なんでも出す。せめて生命だけは助けてくれ」


 親父は腰が引けたようになって言った。


 直後、異変に気付いた事務所の荒くれ達が、親父を助けようとして暴れたが、魔法『衝撃ショック』を範囲魔法として使用して一瞬で荒くれどもを床に這いつくばらせた。


 奴隷商の親父は、もはや逆らう気力も削がれたのか、翔の命ずるままアメリアに関わる資料を提出した。





「アメリア。次はお前の好きなようにしろ」


 翔は、そう言うとアメリアに全てを任せた。


 アメリアは、奴隷商の店に入った時から全く口をきかなかった。無表情で意味もないところに視線を当てていた。


 翔にバトンを渡されて、初めてアメリアの視線が奴隷商に向けられた。アメリアの瞳には生気が無く、どんよりと曇っていた。


「見ての通り私には奴隷紋がない。この男の子が私の奴隷紋を消してくれた。そしてこの男の子は奴隷紋を消せるように、逆に奴隷紋を刻印する事も可能だ。お前に第二級の強制奴隷の奴隷紋を刻印してやろうか」


 アメリアは淡々と全く感情が感じられない口調で言った。


 奴隷商はアメリアの提案を必死で考えているようだった。第二級の強制奴隷の奴隷紋は奴隷商でも消せない。しかし命が助かるならまだましかもしれない。あるいは奴隷紋を隠してどこかで隠棲してもいいだろう。


 しかしアメリアは奴隷商人の答えも待たずに続けた。


「それとも.......お前はあの時、私を殺処分にしようとしていた。ゴミ溜めに私を捨てて。お前にも私と同じようにしてやろうか。死ぬまでゴミ溜めに捨ててやろうか」


 アメリアの声は、先ほどと同じように淡々とした口調のままだ。


 その時、奴隷商の親父は、アメリアが自分に話しかけているが、答えを聞こうとしているのではない事を悟った。彼女は、想像の中の自分に、様々な罰を与えて楽しんでいるのだ。アメリアは、奴隷商の親父の返答など待たずにさらに続けた。


「逆さに釣り上げ、皮を剥ぎながらゆっくりと痛めつけてやろうか」


 そういった時、初めてアメリアの顔に生気が差したように彼女は薄く笑った。


 奴隷商の親父は、両目を大きく見開いてアメリアを凝視した。椅子の肘掛の端を爪が食い込むほど握りしめて、唇を噛み切り血が流れおちた。彼は恐怖で全身から湯気が出るほど汗を流し、震えが止まらない。


 アメリアの独り言のような話はまだ続いた。


「死ぬほど殴りつけて顔はグチャグチャになる……。でも直ぐには殺さない。直ぐに治癒しよう。そしてまた死ぬほど殴りつけて、そしてまた直ぐに治癒しよう。そして死ぬほど殴りつけてまた治癒し死ぬほど殴りつけてまた治癒し……」


 その後も、アメリアは何度も何度も「死ぬほど殴りつけて」を繰り返した。アメリアは「死ぬほど」で少しニヤリと笑い「治癒して」で悲しそうに眉を顰める。


 十何度目かの「死ぬほど」で奴隷商の親父は失神した。しかし直ぐに恐ろしい衝撃が親父を襲った。頭が吹き飛び木っ端微塵になったかのような衝撃だった。彼は目の前の少女が宣言の通りに自分の顔がグチャグチャになるほど殴ったのだと思った。


「意識を失うなど、そんな生易しい逃げ方は許さん」


 翔が静かに言った。


「今のはただの精神攻撃魔法だ。キッチリとこの娘の話を聞いてお前の罪をあがなえ」


 奴隷商の親父は、口をパクパクさせて翔の人間離れした美しい顔を見た。その美貌が悪魔や神のように人知を超えた存在のように見えた。


 しかし奴隷商の親父はアメリアの声で、直ぐに顔を青ざめて彼女の方に大きく見開いた視線を向ける事になった。


「お前はこれから味わう拷問で心から殺してくれと願うだろう。しかしそんな生易しいものを簡単に手には入れられない。お前は絶望に打ちひしがれる」


 アメリアはそうしている親父が実際に目の前にいるかのように目を見開き喜びで顔を上気させ、興奮した声で言った。


 親父は自分に降りかかるだろうアメリアの妄想している状況を思い浮かべ、ついには涙を流して許しを請うた。


「許してくれ。許してくれ。許してくれ」


 親父はあまりの恐怖に頭が回らないのかただそれだけを繰り返した。


「お前にはアガリアン神聖国の『復活都市』で道具屋をしている甥がいるそうだな」


 そういった時、彼女の口調は急に、いつもの口調に戻っていた。どんよりとした瞳には、いつもの生気がが戻り、顔も普段の表情に戻っていた。


「待ってくれ、彼奴には何の関係もないんだ」


 親父は何を勘違いしたのか必死で自分の身内の命乞いをし始めた。


「黙れ」


 アメリアが親父を黙らせる。


「私が今こうして、生きているのは、そもそもお前のその甥が私を助けるようにこの男の子に言ってくれたからだったと聞いている。私はその甥へのお礼として、お前のことは不問にしてやろうと思っている」


 そう言ったアメリアの顔は神々しく輝いていた。


 アメリアの言葉を聞いた翔は、思わず頷いていた。彼は、復讐など無駄だと考えている。


「アメリア。それでいいんだな」


 翔の問いにアメリアは頷いた。


「親父。この娘がそう言うならこのまま去ってやろう。しかし俺はゴミ溜めに捨てて、それでも飽き足らずこの娘を売りつけた下衆なお前を絶対に許しはしない。今度会った時に、お前と同じ顔をした下衆の仕事が今のままの奴隷商だったら、即座にあの世に送ってやる。これは脅しではない。これは『警告』だ」


 翔が「警告」と言った瞬間に耳をつんざくような轟音とともに酷い衝撃が奴隷商の親父を襲った。


 親父が悲鳴を上げている間に、翔もアメリアも消えていた。


 この瞬間。奴隷商の店は壊滅した。翔が攻撃魔法で店を破壊したのだ。店の商品の奴隷達は、すでにメロ達によって奴隷紋を消された上に普通の服やお金を与えられて逃がされていた。


 奴隷商の親父は優しい身内の善意の心で、命だけは救われたのだ。奴隷商は身一つでアガリアンの甥のところに身を寄せたのはこの少し後の事だった。



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


【オーラヴ聖王国。ピーリ侯爵領】



 オーラヴの『始まりの街』で、奴隷商が何者かに襲われたとの噂は、瞬く間に広まった。


 犯人は奴隷解放の組織だとも他国の機関だともいろいろ噂された。


 ピーリ侯爵領領主ハビ・ピーリは、関係の深かった奴隷商が消滅させられたことに、強い憤りを感じていた。


「くそが! くそが! くそが! 俺の楽しみを。くそが!」


 ビバ・ピーリは鬱憤うっぷんを目の前の獣人の女の子にぶつけた。


 獣人の女の子は耳をピクピクさせて身をよじって痛みに耐えた。


 もう一度ムチを振り上げてからビバ・ピーリは思わず手を止める。


「ふふふふ。お前達は虐めると直ぐに死ぬからな。まだまだ楽しまんとな。げへげへげへ」


 ビバ・ピーリはふやけた脂肪だらけの身体で獣人の女の子に近づくと顔を覗き込んだ。


「チョー不満。お前。チョー不満。お前。チョー不満」


 ビバ・ピーリはそう言いながら足で獣人の女の子の顔をゴシゴシとこすった。


「あの二級奴隷に落とした羽根つきが良かった。あれが欲しい。手放すんじゃ無かったぞ」


 ビバ・ピーリは、また激昂してきた。獣人の少女の顔を擦り付けていた足で次第に顔を蹴り始めた。


 ガシガシと蹴る度に獣人の女の子が悲鳴を上げていたが、次第に声が小さくなり、ついにはビバ・ピーリが少女の顔を蹴る音だけが響いていた。





「侯爵様。おみ脚を痛めまする。そのようなゴミ。汚のうございます。捨ててまいりましょう」


 家令のハイン・デブリがビバ・ピーリの耳元で、小さな声で言った。


「くそ! 勿体無いことをした。もっとじっくりといじめ殺してやるつもりだったのにな。本当に簡単に壊れてしまう」


 亜人や獣人などのメスを買ってきてオモチャにするのが彼の趣味なのだ。飽きたらまた奴隷商に売る。意外に安価な遊びだと彼は考えている。しかし今回は激昂して殺してしまった。しかし、彼の心には殺してしまった獣人への少女への憐憫れんびんの情など少しもない。


「ハイン。勿体無いことをしたな。こいつは売れんかな?」


 ビバ・ピーリが顔をしかめて聞いた?


「はぁ。売るどころか始末するのに費用がかかるかと」


 家令のハイン・デブリが答えた。


「何? どうして捨てるのに費用がかかるのだ?」


 ビバ・ピーリは不思議そうに聞いた。納得がいかないのだ。


「ただのゴミではないか」


「ただのゴミではありません。このまま捨てると獣人共の反乱分子に見つかる可能性が有ります」


 ハイン・デブリが答えた。


「何、何、何。そんな事が許されるか? 余の趣味を邪魔した獣人のど腐れ共めが。あいつらの腐った馬鹿な主義のために余の大事な馴染みの奴隷商人がやられたのだ。そんな奴らの為にこのゴミ如きを処分するために一雑貨であろうが使うものか。ハイン。このゴミを見せしめに我が領地の端に吊るして干乾しにしろ」


 ビバ・ピーリは目を充血させて唾を飛ばしながら言った。


 こうなったら主人は止まらないことを家令のハイン・デブリは十分承知している。頭を下げてそのまま退出した。





 ハイン・デブリの前には家臣団が集まっていた。ザッと三千騎はいる。


「お前達。ピーリ侯爵家の忠臣達よ。良く来てくれた。我らが主人の窮地である。身を呈して働くがよい」


 ハイン・デブリは高らかに言った。


「ハイン卿。家令のお主が何故、家臣団を招集したのか説明してくれぬか」


 ピーリ侯爵家の重鎮の騎士アルディ・リゴリが言った。


「リゴリ卿。我らが主人の亜人趣味は存じておろう。それは困ったものなのだがしばらくして飽きられるまでの一時の風邪のようなもの。しかし亜人共は被差別意識で、おかしな組織まで作って反発する過激派がいるようなのだ。我らが主人が贔屓にしておる奴隷商人が過激派共の進撃により壊滅的な被害を受けたと聞いた。或いはご主人様に飛び火しかねないのだ」


 ハイン・デブリが説明した。


「ならば、国境に獣人の死体を晒すのは如何なものなのだ?」


 重臣の一人ステファーノ・ガリーリが指摘した。


「あれは、ご主人様がご立腹して、あのような見せしめを晒しておる。ご主命だ」


 ハイン・デブリが沈痛な面持ちで言った。その言葉で、皆は、黙ってしまった。決して褒められた仕打ちでないと理解しても主君のする事を大っぴらに批判できないのだ。


「それで、その過激派はどれ程の戦力なのだ?」


 別の重臣が訪ねた。


「正直なところ不明だ。奴隷商人も手練れの用心棒を雇っていただろうが一夜で壊滅させられたとのことだ。しかし安心して欲しい。少し費用は嵩んだが、取って置きの用心棒を雇った」


 そう言うとハイン・デブリは、後ろの天幕に入って行くと、何組かの癖のある冒険者達を連れて戻って来た。


「彼らは、トリプルS級パーティーの“劫火”と、同じくトリプルS級パーティー“無敵”の皆さんだ。トリプルS級を二組も揃える事ができるとは幸運だった」


 ハイン・デブリが言った。


 家令のハイン・デブリに紹介されたのは、見るからに強そうな冒険者達だった。


 トリプルS級パーティー“劫火”は、五人のパーティーだ。


『リーダー。ミハイル・レベチェル。レベル88。重戦士』

『レイバン・マナスル。レベル81。重騎士』

『アントニオ・ボニアン。レベル75。弓師アーチャー

『ロール・フローエン。レベル72。魔術師』

『アウスト・ラーエン。レベル69。白魔導師』


 バランスの取れたパーティーだ。男ばかりのパーティーでアガリアン神聖国の冒険者とは違い、魔法ばかりに偏重しておらず物理攻撃にも重点を置いた編成になっている。


 もう一方のトリプルS級パーティー“無敵”のメンバーは次のようになっている。


『リーダー。プジョー・エスカロナ。レベル78。騎士』

『ルジオミール・ルカーナ。レベル76。重武装戦士』

『アナトロミー・トルロホフ。レベル76。重戦士』

『オブラギフ・ベトーニャ。レベル73。白魔導師』


 こちらのパーティーも男ばかりのパーティーでアガリアン神聖国のパーティーとは違い武闘派が多い。


 この二組のパーティーは、オーラヴ聖王国の中でも最も高レベルの冒険者パーティーの双璧として、君臨するパーティーだ。


 二組のパーティー名を聞いたピーリ侯爵家の家臣団達は歓声を上げて歓迎した。それほど有名なパーティーだった。


「さらに」


 ハイン・デブリは大声で付け加えた。


「陛下より、聖騎士団五千騎の援軍を得る事ができる事となった」


「「「「「おお」」」」」


 家臣団は一挙に活気付いた。なぜなら聖騎士団の騎士達は一騎当千と言われる。最低でもA級冒険者以上の実力があると言われている騎士達の集団なのだ。


「ハイン・デブリ卿。気張られたな」


 重鎮の一人が言った。暗に相当金を積んだなと言いたいのだ。


 彼らは、これだけの精鋭が集まれば平等主義者の過激派など物の数ほどでもないとタカをくくった。家令が少し用心深すぎるのではと批判する者までいた。


 しかし彼らの敵である翔達は、彼らが想像できないほど高レベルのメンバーだったのだが、そこまでを予想出来なかったとしても、この家令に、責任を帰せるのは酷というものだろう。





「翔。可哀想」


 メロがその少女を見つけた時、メンバーの皆は無言の怒りが腹の底に沈殿してゆくような嫌な気分を味わっていた。


 翔は十字架にはりつけられた少女に近づいて行きそっと少女の素足に触った。


「まだ、生きている」


 翔はそう言うや、直ぐに回復魔法をかけてやった。


 回復魔法の効果で、意識を取り戻した少女の口から悲鳴が上がった。その悲鳴は世界が終わったかのような悲痛な叫び声だった。


 どっ!


 アメリアが恐ろしい速度で少女の前まで飛んで行き、直ぐに少女を十字架から下ろした。


「大丈夫か」


 アメリアが叫んだ。





 翔達はこの日、少女を助けるために、侯爵領を出る事にした。少女を助けると、侯爵の守りはさらに厳しくなる事は、容易に想像できたがそんな事に構ってはいられなかった。


 獣人の少女はミネア・セレーと言う名前の女の子だった。少女の受けた一番の傷は、心の傷であった。回復魔法では効果がなく何をしようとずっと泣き続けた。


 その様子を見ていた翔達は、珍しく馬鹿話もせず沈鬱な面持ちで、その夜を過ごした。


 翔は、復活障害を取り除く『天使の恩恵』の魔法をかけてみる事を思いつき、傷心の獣人の少女に『天使の恩恵』をかけてやった。『天使の恩恵』は心の傷にまで効果あるようでようやく少女は安らかな寝息を立て始めたのだった。


「皆。この子の為に、奴隷紋を消去し、お金を持たせてやる事はできるだろう。身体のあらゆる傷を直してやる事もできる。もちろんそうするんだが……」


 翔は悩ましそうに頭を抱える仕草をした。翔には珍しい事だ。


「記憶を消去してやるのは明らかにやり過ぎだよな……」


「翔の思うようにするんでしょ」


 メロが言った。


「お前は我々が止めたら止められるのか」


 アメリアだ。


「私は彼女の抱える全てを翔が抱えてやる必要は無いと思うわ。この子がどんな過去を背負うのかは、この子自身の問題だもの。でも翔が実力でこの子の記憶を排除したとしたら、結局この子の過去が新たに作られるって事でもあるわね」


 イリスが首を左右に振りながら言った。気持ちは放っておきなさいと言いたいのだ。


「翔。そこまでしてあげる事は無いと思います。でももし翔がそうしてしまったら私は、この子に可能な限り説明は、してみますわ。この子が自分の過去を消されてどう感じるか……」


 レイラは最後は考え込んでしまった。


「翔様。記憶を消してあげてください。それに、この子は自分の過去を知らない人達の中で暮らす方がずっと幸せでしょう」


 アリスがキッパリとした口調で言った。


「私のデータベースの中に記憶喪失のカテゴリーが有ります。記憶を無くした人達の記憶を求める欲求と記憶を取り戻した人達の回顧録です。それによると記憶は無い方が過去を美しく装飾できるという総合的な結果が出ております」


「私は自分の辛かった時の記憶を消されるのは嫌。アメリアはこの子と同じ様な思いをしてるけど自分の記憶を消される事を望むの?」


 セーラは顔をしかめてそう言った。


「皆。俺がわがままを言った。この子があまりに可哀想だったのと、俺は、少しレベルが上がって尊大になっていたようだ。助けも求められていないのに勝手に、手助けなんて、神様みたいな事は所詮俺の性に合わないもんな」


 翔が薄く笑った。


「お前がそう考えるならそうすれば良い。さっきのセーラの質問だが、翔が、私の記憶を変えたかったら変えても私は、翔には感謝しかしないだろう。どちらかを選べと言うなら記憶は、そのままの方が有難い。この子をこんな目に合わせた奴は私にも仇だ。キッチリと挨拶する機会が無くなるのは悔しい」


 アメリアは、淡々と言った。




 この頃、ビバ・ピーリ侯爵家の邸宅には五千騎の聖騎士団が入って行った。一騎当千の聖騎士団が地方貴族の保護にやってきたのには理由がある。


 ビバ・ピーリには腹違いの美しい妹かおり、その妹が国王の第三王妃として後宮に嫁いでいたからだ。しかも複数の王妃の中で男の子を産んだのはビバ・ピーリの妹だけだった。


 ビバ・ピーリは次代の王の叔父となるかもしれない特別な貴族なのである。


 盗賊の親玉が次第に大きくなり国にまでなったのがここオーラヴ聖王国だ。


 建国当時には誰にも相手にされず、冒険者ギルドの支部も建設されず、荒れ果てた土地に、盗賊のアジトに毛が生えたような街から始まった国だった。


 それが少しづつ体裁を整え国と呼ばれるほどの規模になるまで数世紀の苦難の時代を乗り越えてきたのだ。


 オーラヴ聖王国では軍も冒険者ギルドも自前で創建してきた歴史があるのだ。そのため急場ではあるが軍も冒険者ギルドも本家を真似し、みすぼらしい稚拙な物を作ったのがそれぞれの始まりだった。


 それから千年が過ぎ、何世代もの努力と研鑽の結果、今ではオーラヴ聖王国の聖騎士団も冒険者ギルドも世界最強と言われるまでに成長したのだ。


 その自慢の聖騎士団の五千騎が今、ピーリ侯爵家の邸宅を取り囲んでいた。五千という数は、聖騎士団の総数の三分の一に達する。この戦力だけで国をも覆す事が出来るほどの戦力だ。


 盗賊の王国とさげすまれながら建国以来、一度も他国からの侵略が無かったのはひとえにこの聖騎士団と、実力ある冒険者の存在が有ったからだ。


 聖騎士団の団長代行は、ペパロニ・アバンと言う子爵位をもつ貴族だった。もとダブルS級パーティーのリーダーだった叩き上げの男だ。


 彼は実力だけではなく人望も厚い血統も良い、なかなか見栄えの良い男だった。


 ペパロニ・アバンは“劫火”と“無敵”のリーダー達の方に近づいて言った。


「お前達まで呼ばれたのか?」


「おお。副団長さんか」


 そう言ったのは、“劫火”のリーダー、ミハイル・レベチェルだった。今回は団長代行としてやってきたペパロニだが、普段はペパロニは聖騎士団の副団長なのだ。


「高々、平等主義者の過激派如きに、大層な事だな。これ程の備えが必要なのか?」


 “無敵”のリーダー、ヤン・ヴィバカンも無愛想に言った。彼は自分達だけで十分だと思っているのだ。


「ああ。先ほど御当主と話してきたが、御当主殿は相当ご立腹のようだった。家令のハイン・デブリ殿の采配のようだ」


 ペパロニ団長代行が笑いながら答えた。


「ハイン・デブリ殿か。歴代最強の剣豪と噂の高い男だが、そんな感じは微塵もしないな」


 “無敵”のヤン・ヴィバカンが言った。


「彼にその話をしても、老いぼれだとか、そんな話しかせんだろう」


 ペパロニ団長代行は含み笑いを噛み殺して言った。


 “無敵”のヤン・ヴィバカンは、怪訝な顔をしてペパロニ団長代行の顔を見た。


「そうだな。彼はレベルは100以上としか分からない。自分より高い者のレベルは、なかなか読み難いからね。しかし、世界樹の情報端末の情報じゃ、レベルは130ぐらいあると言うことだ。しかも30年前の冒険者だった頃の情報さ。彼は一体どれほど強いんだろうって専らの噂だよ」


 ペパロニ団長代行が説明した。


「ああああああ。だから.......“無敵”ってぇのは止めようって言ってたんだよ」


 ペパロニの話を聞いて“無敵”のヤン・ヴィバカンが顔を顰めて呟いた。


 しかし、ヤン・ヴィバカン達のパーティーは、レベルは少し低いがパーティー戦で負けなしなのだ。模擬戦では“劫火”にすら勝っているのだ。


「すると今回のこの大仰な準備は、その最強の剣豪殿の指図と?」


「彼は相当今回の準備をする前に、過激派達の情報を集めていたらいし」


「本当にそんな危険な奴らがいるのか?」


 “劫火”のミハイル・レベチェルが尋ねた。


「剣豪殿によると、夢燦河むさんがが独立したのを聞いているだろう。“鷹目フォークアイ”は、なかなか有名なパーティーだが。夢燦河むさんがは悪魔崇拝と関係があるとか無いとか。アガリアン神聖国の大賢者や、冒険者組合の化け物理事長が何やら慌ただしくその時の情報を集めているらしいな。例のゴブリン共の逆行にも訳の分からない団体が絡んでいたとの情報を餌に情報交換を求めてきたと言う。しかし確かな事は国境に趣味の悪い飾りを置いていたら何者かが餌に食らいついたとの事だ」


「なんだよ。その話に脈絡は有るのか? 訳の分からない話ばかりで剣豪様の誇大妄想なんじゃないの?」


 “無敵”のヤン・ヴィバカンが首を左右に振りながら言った。


「敵の正体が分からないのは気持ちが悪いもんさ。その結果がこの大仰な備えって訳だ」





 翌朝。獣人の娘ミネア・セレーは目を覚まして翔達を見ると心から安心したように笑った。


「助けて頂いたのを夢だったらと思ったものですから」

 ミネア・セレーは翔の顔を穴があくほど見つめながら言った。

「あああ。本当に貴方のように綺麗な方が、いらっしゃったのですね」


 ミネアの話を聞くと、彼女はオーラヴ聖王国の南の村の出身だと言う。そこで人攫ひとさらいに合い。奴隷として売られたのだと言う。


 翔はいろいろ話を聞いていると、彼女がどのような悪人達によって酷い仕打ちを受けたのか概要が分かってきた。翔は奴隷商人から得た情報とアリスの情報操作能力のおかげで、おおよそ奴隷商人達のやって来た悪事が見えてきたのだ。


「あいつはやはりっておくべきだったな」


 翔は少し後悔した。


「翔。今もこの子みたいに可哀想な娘がいるの? 皆助けてあげて」


 メロが心配そうに聞いた。メロの目はウルウルしている。



 翔は助けを求められるのに弱かった。


「よし。全部まとめて助けてやる。ミネア・セレー。お前の攫われた村に案内してくれ」





 ミネアの生まれた村は、猫型の獣人の村だった。村は貧しく産業はたった一つ『娘売り』しかなかった。


「ミネア。ごめんよ。ミネア。ごめんよ」


 ただその言葉を繰り返し嗚咽を漏らしている獣人の女はミネアの母、ネミアだった。


 コツコツと小さな音がドアから聞こえた。こんな夜中にとはネミアは思わない。ミネアが逃げてきたんだと彼女はとっさに思った。そんな事は有るはずが無いがネミアは夜中なのに直ぐにドアに飛びついた。


 ドアの前には夢に見たミネアが立っていた。


 彼女は何の躊躇いもなく娘にしがみついて言った。彼女は泣きながら自分がした罪を独白した。


「母ちゃん。大丈夫だよ。帰って来たよ」


 ミネアは優しく母の背中をさすってやった。





「お客さんは今日も来なかったな」


 “無敵”のリーダー、ヤン・ヴィバカンが呟いたとき、聖騎士団の団長代行が血相を変えてやって来た。


「おいおい。団長代行さんよ。そんなに血相変えてどうした?」


 “無敵”のヤン・ヴィバカンが聞いた。


「ああ。国内の奴隷商人達が次々に壊滅させられているそうだ。それは、場所を問わず恐ろしい勢いのようだ。守りを固めるようにとの剣豪殿の指図だ」


 聖騎士団の団長代行ペパロニ・アバン子爵は青い顔をして言った。


「国内の奴隷商人への襲撃って?」


 “無敵”のヤン・ヴィバカンが呑気な雰囲気で尋ねた。


「今も襲撃は続いているそうなんだが、数十カ所に及ぶらしい。全ての奴隷達の奴隷紋を消し去り、組織の設備は破壊されている。それが合法だろうが非合法だろうがお構いなしなんだそうだ。国中が大騒動になってるらしい」


「奴隷商人共がどうなろうが知ったことか」


 “無敵”のヤン・ヴィバカンがつまらなそうに言った。


「お前。オーラヴ聖王国で一番の奴隷商人は誰か知っていて言っているのか?」


 ペパロニ団長代行が聞いた。


「ま、まさかギルドが襲撃されたのか?」


 “無敵”のヤン・ヴィバカンが絶句した。


「ギルドの三十二支部の奴隷部門が襲撃され壊滅させられた。今、本部の奴隷部門が襲撃に会っているって話だ」


「しかしあそこには、ギルドの最高のお歴々達が……」


 その時、慌ただしく家令のハイン・デブリが走ってきた。


「おい。ギルドの奴隷部門が壊滅したらしいぞ」


 ハイン・デブリが叫んだ。


「どういう事だ?」


 ペパロニ団長代行が聞いた。


「奴隷解放軍が突入したとの知らせだ。ギルド内でも解放派と非解放派とで分かれて激戦中だそうだ。国中が解放と非解放とで内戦が始まってしまったのだ」





 ミネア・セレーは翔が用意してくれた炎の矢を放つ弓を引き絞って放った。炎の矢が遠くまで飛んで言って爆発した。


 その威力に目を大きく見開いた。


「自分の復讐は自分でしろ。力を貸してやろう」


 そう翔は言い弓を五十本用意してくれた。


 村からいなくなった娘達を翔達は次々に村に連れて帰ってきた。助けられた娘達は、正に国中に散らばっていた。そんな娘達をどうやったらそんなに早く村に連れて来れるのか不思議だった。


 多分、ミネアもそうだったが、目隠しされて「はい」と翔に肩を叩かれたら村に着く。不思議な魔法を使っているのだとミネアは思っていた。


 翔は、助けた女の子達全てに女の子の好みに合わせて武器を手渡した。そして、その武器で奴隷商人達をやっつけろと言うのだ。そうしなければ自らの明日は無いと言った。


 一度、奴隷から解放されてみるとその生活がどうしても惜しくなり、死に物狂いで奴隷商人達に対抗する事を心に誓ったのだった。


 ミネアは翔に言われた通りに、奴隷商人達が駐留している監視所に向かった。そこからは左右に高い塀が張り巡らされていて村人が勝手に外に出る事ができないように村全体が囲まれていりのだ。


 奴隷商人達は、監視所の塀の上に数人が詰めていた。


 ミネアは、翔に教わった通りに弓を引いて手を離した。驚いた事にそれだけで炎の矢が発射された。そのまま弧を描いて矢が飛んで行き、奴隷商人の監視用の櫓に着弾すると恐ろしい爆発が起こった。


 自分でやっておいて恐ろしくなった。ミネアを真似して幼友達のミーアが矢を放った。同じように爆発を起こし、ついに櫓は倒壊した。


 あれほど村のみんなの自由を奪って来た憎い奴らだったが呆気なかった。


 背後でも同じような爆発の音がしていた。別の監視所の櫓が爆破されたのだろう。


「これで村の皆が助かる」


 ミネアが呟いた。


「本当にそうだろうか? 奴らはいくらでも湧いて出てくるんじゃ」


 ミーアが恐ろしそうに言った。


「今度は私はこれで戦う」


 ミネアが『炎の弓』を掲げて言った。


「ミネアちゃん。強くなったね」


 ミーアが尊敬の眼差しでミネアを見た。


「勇気をいっぱい貰ったから」


 ミネアが遠くを見るような視線になって言った。翔の事を思い出しているのだ。





 家令のハイン・デブリは佩刀はいとうを納屋から引っ張り出して来た。その佩刀はいとうを抜いてみる。魔法のかかった剣は曇り一つなく輝いていた。


 ハイン・デブリは軽く剣を振ってみた。ザン! と空気を切り裂く音が響き、手前の地面に亀裂が走った。


 その鋭い斬撃音を聞いて目を丸くして彼の方を見ていた兵士達に彼は、軽く優雅にお辞儀をして騒がせてた謝罪をした。もちろんユグドラシルで、お辞儀は最敬礼でありその真摯な態度と上品さが際立った美しさを醸し出していた。


「ハイン様。賊が参りました」


 ハインの直属の部下の一人が知らせてくれた。


「どんな奴だろうが、排除しろ。ご主人様の奴隷達に指一本触れさせるな」


 ハインは部下に指示した。





 ピーリ侯爵の邸宅の敷地は、言うまでもなく広大であった。何しろ五千の聖騎士団と三千の家臣団の全てが入ってもあまり人でごった返している感じでも無いのだ。


「翔。早く攻撃したい」


 駄々を捏ねているのは言わずと知れたメロ・アルファードだ。


「待て。あんなに人がいるのにお前の派手な魔法を放てば人死が出るだろうが」


 翔が言った。


「え? だって戦争でしょ」


 さすがにメロだアッケラカンと物騒な事を言う。


 確かに相手は一万近い軍を導入してきているみたいだし、なかなか強そうな奴らも多い。


「奴隷商人みたいにやっつけたらいいじゃ無い」


 イリスも言った。


「お前達は本当に考えなしだな。あの連中は侯爵に無理やり命じられてあの屋敷を守っているだぞ。彼等には妻子もいるんだ。お前達の言うようにポンポン殺してたら復讐の連鎖で大変な事になるぞ」


「じゃぁ。どうするの?」


 メロが頬を膨らませて言った。彼女は巨大魔術が使いたくって仕方がないのだ。無理やり殺すつもりはないがかといって遠慮するつもりもない。


「俺に考えがあるから任せておけ」


 翔は自信満々に言った。


「つまんない」


 メロがブウ垂れる。


「任せておけ。お前の好きなだけ派手な魔法を使えるようにしてやる。俺はレリエルももう怖くないしな」


 翔は目の前にある稚拙な隠蔽魔法で隠された見え見えの結界を無理やり踏みにじった。けたたましい魔法の警報が鳴り響く。構わず翔は結界の中に入って行った。




「第一魔法結界が破られました。人数は七人です」


 家令のハイン・デブリは部下の言葉に頷いた。敵はたった七人の筈はないと思われた。しかも正面からやってくる。全く分からない敵だ。


「剣豪さんよ。あいつらは見え見えだなぁ。俺の魔法『目視』によると奴等はレベル20〜23のランクGのパーティーで“焼鳥セージバード号”のメンバーのようだぞ。あんなのを本気で相手するつもりか」


 “無敵”のヤン・ヴィバカンが呆れて聞いた。


「奴等は、冒険者ギルド本部をも襲撃するような奴らだぞ。気を抜くな」


 “劫火”のミハイル・レベチェルがたしなめた。


「そう言うなら。“劫火”のメンバーでやって来いよ。家令さん。問題ないだろう?」


 “無敵”のヤン・ヴィバカンが挑発するように言った。


「分かった。ここで待っているのも芸がないしな。家令殿。行っても良いな?」


 “劫火”のリーダー、ミハイル・レベチェルは答えた。


「罠なんじゃ無いか?」


 聖騎士団の団長代行ペパロニ・アバン子爵が心配して言った。


「あんなメンバーでノコノコやって来たが、まさかこれだけの大規模な隠蔽魔法に気付かない筈もないだろう」


 軍には『探索さーち』を回避するための隠蔽魔法をかけるのが普通だ。しかし隠蔽魔法は範囲が大きくなると察知されやすいのが欠点だ。


「罠かどうかはやってみたら分かることだ」


 “劫火”のミハイル・レベチェルが言った。


「良いだろ。しかし、“無敵”もいっしょに連携して闘ってくれ」


 家令のハイン・デブリが命じた。


「そこまでする必要はないだろう」


 “無敵”のリーダー、ヤン・ヴィバカンが反発した。


「いや。念には念だ」


 家令のハイン・デブリが言った。さすがにそこまで言われると雇われた身としては聞かざるを得ない。


「ヘイヘイヘイ。了解しましたとさ。じゃぁ皆んな行くぞ」


 “無敵”のヤン・ヴィバカンはそう言うとサッサと走り始めた。直ぐに“無敵”のメンバーが後を追った。


「じゃあ。俺達も行こうか」


 “劫火”のリーダー、ミハイル・レベチェルも笑いながら言うと、メンバーに合図を送ってから走り始めた。


 さすがにトリプルS級の超一流の冒険者達だった。あっと言う間に翔達との距離を縮めて行く。


034 了

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