029 ゼノ要塞城の狂騒『終幕』
神聖国アガリアンの聖都アレイアン。エメラルド宮でギルド特使マシスマス・ゴードンは待たされていた。
はるばる、四百キロを走破した特使は身も心もボロボロだった。
特使は、宮殿の女官にしきりに旅塵を洗い落とすように勧められたがそれを固辞して早々の面会を求めた。
エステランド公爵クリストファー・フェステンへの援軍要請を拒否された彼は急いで王都アレイアンに訪れたのだ。
彼の急ぐ気持ちとは裏腹に、面会を求めた武官は一向に現れる気配がない。
その時、ドアが開いたので慌てて起立して、剣を掲げた。しかし、入って来たのは先程、旅の汚れを落とすように勧めてくれた女官だった。
女官はくすりと笑うとマシスマスの耳元に近寄り。
「武官は大変忙しい方なので突然のご来訪にご立腹のようです。もう暫く待たされるでしょう」
そう、耳元で囁き、何事も無かったかのように出ていった。
彼女の言った通り、マシスマスはそれから三時間余り待たされることになった。
やって来た男は武官とは思えないような色白の男で目がキツネのようにつり上がっていた。
マシスマスは正式な騎士称号を持つ貴族だったが、武官は騎士同士の儀礼も取らず、横柄な態度で起立して剣を掲げているマシスマスを無視して無造作に腰掛けた。
さすがのエステランド公爵ですらそのような無礼は働かなかったが、マシスマスの目の前の武官は感覚が異質なのかもしれなかった。
マシスマスは力なく剣を下すと武官の前に座った。
「冒険者ギルド特使マシスマス・ゴードンと申します。忙しいところ面会に応じて頂きありがとうございます」
「要件を早々に言われよ」
武官は名乗りもせずに先を促した。
マシスマスは、南西の僻地にゴブリンが大量に発生し、冒険者ギルドで駆除が難しい事を告げて援助の要請をした。
武官は鋭い目つきでマシスマスの顔を覗き込んだ。何だそんなつまらない要件か。と顔に書いていたがそうは言わなかった。
「ギルドには国からささやかだが支援金を下賜しているはず。追加の支援金を要求されるなら、私ではなく文官に」
素っ気なくそれだけ言った。
「お金の支援ではなく、軍の派遣要請に来たのです」
マシスマスが声を高めて言った。
武官は、全くの無表情でマシスマスの言葉を後ろに流した。
「ゴブリン駆除の為に国軍が出動した事は過去に事例がありませんね」
「ゴブリンと言ってもゴブリン将軍が相手なのです」
「そのようなお伽話を」
武官はそう言うと乾いた笑いを漏らした。
「いいえ。これはそのゴブリン将軍の牙です。然る者に見せれば分かるはず」
マシスマスは、バッシュが持参したゴブリン将軍の大きな牙を応接のテーブルの上に置いた。
武官は、顔をしかめて牙を見るが手を出そうとしない。
「見栄えの良いものではありませんが、それは大変貴重なものです。捨て値で売っても金貨二十枚の値打ちがある」
マシスマスは牙が本物である事を強調したくてそう説明した。
その言葉に武官は大いに興味を持ったようだった。
「よろしい。貴公の嘆願は受理した。追って沙汰する」
武官はそれだけ言うと、懐から懐紙を出して、牙をつまんで持ち去った。
しばらくして先程の女官が現れて国王軍五十騎が出動される事になったと告げ、マシスマスを大きく落胆させた。牙は帰ってこなかった。牙の値打ちを言ったことが裏目に出てしまったようだった。
☆☆☆
翔は、ゴブリンのトップスリーの前に立った。さすがにレベル80を超すゴブリン共は、驚異的な体格をしていた。
「大っきいな」
翔がゴブリン達を見上げて改めて言った。
「お前があの城の主か?」
ゴブリンのトップスリーの最上位者の大賢者が聞いた。
彼は大魔術師らしい聡明そうな瞳で、翔達を見た。
「主? よく分からんな。しかし作ったのは俺だ。俺たちは“賢人会”の五名。別に“剛腕”のザブメンバーでもあるがな」
翔が答えた。
「ほう。お前達の組織も似たような名前だな。私も近衛軍団の大賢者団の一員だ」
ゴブリン大賢者が言った。
「お前はその軍団の中でどれほど強いんだ?」
翔は試しに聞いてみた。真意はゴブリンの軍がどれほど強いか聞きたかったのだ。
「ふふふ。お前は厳しい質問をする」
ゴブリン大賢者が笑いながら言った。
「俺達三人は皆、軍団の落ちこぼれだ。各軍団は百人までと決まっている。我々はもと軍団のメンバーだった者達で最近、軍団落ちをしたばかりの古参だ。いわば補欠みたいなもんだな。年上だとは言え、手加減は無用だぞ」
翔はゴブリン大賢者の言葉に唖然として、目と口を大きく開けて巨大なゴブリンを見つめた。
「するとお前達より強い奴が三百人もいるのか?」
翔の声は驚きで裏返っている。
「もっとたくさんいるぞ。お前達にも、強い奴らがたくさんいるのだろう。“えいんへりある”と言うのだな。遥か昔、遠方からではあるが、魔獣を仕止める姿を見た事があるが、想像を絶する強さだった」
「ああ。そうだ。俺達の背後には英雄や豪傑がゾロゾロいるぞ」
翔が適当に答えておく。
「お前達の魔法について聞きたい事がある」
ゴブリン大賢者が尋ねた。
「何だ?」
翔は話を身を乗り出して質問を促す。どんな事が知りたいのか興味がある。
「お前達が使った魔術は、このユグドラシルでは見た事も聞いた事もない魔術が幾つか見られた。この中に伝説のゾングアルス大賢者がいるのか?」
ゴブリン大賢者が訪ねた。
「ゾングアルス? 確か九回目の蝕の時の英雄だな。彼はいないな。どうして彼がいると?」
「あれだけ派手な魔術を使えるのはゾングアルスかと思ったのだ。残念だ。最後にゾングアルスと闘えるのであれば本望だったのだが」
ゴブリン大賢者は少し残念そうに肩を落とした。
「悪いな爺さん。お詫びにユグドラシル初お目見えの魔術であの世に送ってやろう」
「やれるものならな」
三人の中で一際大きなゴブリン大元帥が一歩前に出ながら言った。
それに合わせて、イリスとレイラが前に出た。それを見てゴブリン大元帥が怪訝な顔をして首をひねった。
「どうして一番小さな奴が前に出る?」
最もな質問だ、見た目はやはり男の翔が一番強そうに見える。しかし翔達のパーティーでは前衛はイリスとレイラが受け持っている。二人は戦士系の特性が高いからだ。防御力、攻撃力の双方が高い上に魔術系を翔が受け持つため翔は前衛には向かない。
イリス・レイラには、いつものように戦いの直前に美しい鎧を翔は創造してやった。今回の鎧は、いつもの鎧よりもより美しく様々な魔法をエンチャントしたものにした。それだけでレベルは数段上に匹敵するものに修正されるだろう。
イリスとレイラは、身体全てを強固なプレートに包みこんで完全武装となった。
「見事な魔法だ。それ程の武具を瞬時に産みだす工匠は初めてみるぞ。ニドベリルのドヴェルグにもおるまい」
ゴブリン大司祭が身を乗り出してイリスとレイラの武具に見とれている。
「この子は不思議な才能がある。私達も驚いている」
メロがチョコチョコと皆の前に出てきて翔を指差して言った。
「お前もその杖で前衛を務めるのか?」
ゴブリン大元帥は不思議そうに聞いた。
「私はお前達と闘う魔獣を召喚し魔術を担当する。トウ!」
メロが可愛らしい気合いを唱えるとメロの横に、レベル78、一角巨鬼騎士が現れた。この魔物は翔達がまだ駆け出しの時に狩った事のある一角岩鬼の大型版である巨鬼種の魔物だ。巨鬼の中でも上位種であり、さらに騎士階級の言えばかなり上位レベルの魔物だ。
そしてその召喚の効果は絶大だった。自然界において捕食者と被捕食者との関係は絶対的だ。オーガは食物連鎖の中でゴブリンの上位に位置する生き物なのだ。
毛を逆立ててゴブリンのスリートップは十五メートルも飛び退いた。
ゴブリン達は野生に戻ったとでも言うように牙をむいて「「「シャー!!!」」」と威嚇の音をたてた。これが本能の行動と言うものだ。彼らのその威嚇行動は裏を返せば怖れの行動だった。我を忘れているのだ。
その一瞬は、闘いに置いて重要な要素となった。
レベルの高いゴブリン達の攻撃タイミングが大きくズレ込む事になったのだ。それでもゴブリン大司祭は直ぐに支援魔法を詠唱し始めた。短縮詠唱術で魔法の術式を展開する。同じようにゴブリン大賢者も短縮詠唱術で攻撃魔法の魔法術式を展開している。
一方のイリスとレイラは前衛としてこの絶妙のタイミングの利点を活かして、メロより前にすすっと進む。
そうしながらイリスは、暗黒魔力を呼び込み闘気に変換し黒剣を発生させた。今迄に見た事がない程長大な禍々しい黒い炎をあげた黒剣だった。長さは三メートル以上はあるだろう。
レイラも体の奥から神聖魔力を呼び起こし闘気に変換した。剣にオーラを流し込んだ。さらに神聖魔力を練り上げて剣技の発動の準備をする。
中衛の翔もメロを追い越して前に進んだ。アメリアはその位置で剣技の発動準備に入った。
翔は皆が攻撃準備に入るまでの間に、実に様々な対応をしていた。まずはゴブリン大賢者の攻撃魔法の術式をこっそり改ざんして無効にし、同じく大司祭の支援魔法の術式に手を加えて、全く違う効果がでるようにした。さらにユグドラシルには存在しない魔法『ペイジアウト』を発動した。『ペイジアウト』とは一種の次元魔法で相手の身体の一部を別次元に飛ばす魔法だ。
この魔法の威力は相手の防御力に関わらず身体を二つに切り裂く事ができる。単体にしか効かない魔法であるが格上の相手に深刻なダメージを与える事ができる魔法でもある。
この魔法にはもう一つ特徴があり、術式が構築されるまでに術式にダメージを与えるしか回避方法がない魔法だと言う事だった。現代魔法としては第五グレイドに位置する魔法で決して高いグレイドの魔法ではない、ユグドラシル基準にすると第九グレイドぐらいに相当する魔法になる。今の翔としても発動可能なレベルの魔法だった。
レリエルに翔の位置がバレるかもしれない事については今は度外視している。
翔の魔法はスリートップに様々の反応を産んだ。まずはユグドラシル基準の第九グレイド相当の異世界魔法をいきなり浴びせられたゴブリン大元帥は、回避不可能な魔法が放たれたと感じた瞬間に全力で後方に飛んだ。もちろん守るべきゴブリン大司祭とゴブリン大賢者を飛び越して逃げてしまっている。さすがに発動前にこれ程位置をずらされては翔の魔法は効果がなかった。ゴブリン大元帥の底力と言うべきだろう。
しかし他のゴブリン達は、ゴブリン大元帥の急な行動に驚いている暇は無かった。ゴブリン大司祭は支援魔法の対象者がいきなり消えたのだから魔法の発動が中途半端になり、しかも翔により魔法の術式を改ざんされているのでさらに複雑な事になった。自分の発動した魔法にいきなり襲われる事になってしまったのだ。
翔はゴブリン大司祭の魔法を全く別のレベル低下すると言う魔法に改ざんしていた。本来ならゴブリン大元帥の防御を上げる魔法だ
ゴブリン大司祭は大変魔法耐性の高い魔物である。特に支援魔法を得意とする彼が支援魔法のレベル低下などにかかるはずもないのだが、自分自身への魔法を防御などする事が無いため耐性も効かず大きくレベル低下してしまっている。
ゴブリン大賢者は、自分の魔法の術式に改ざんがあるとは分からず発動した魔法が全く不発に終わったため驚愕で目を白黒させている。
唖然としているゴブリン大賢者にイリスが長大な黒剣を大上段に切り落としてきた。
ゴブリン大賢者は、杖に魔力を仕込んで咄嗟に第三グレイド魔法『光沢』を発動し、イリスの視界を奪って、攻撃をかわした。見事なタイミングだ。
レイラは第六グレイド剣技『岩石斬り』でゴブリン大司祭を横殴りに切りつけた。ゴブリン大司祭は、第四グレイド『魔法防御』を一瞬で何重にも発動する。レベル低下状態でも大した技量だ。
ゴブリン大司教はレイラの剣技が魔法防御を突き破るまでの一瞬の遅延を利用して後退した。
一方、翔の『ペイジアウト』の異世界魔法をかけられて大きく飛び退いたゴブリン大元帥は、体勢を立て直そうと踏ん張って剣を構えた、その瞬間を狙ったように凄まじい速度で撃剣を激突させてきた者がいた。
アメリアだった。彼女はゴブリン元帥との死闘で剣技『電光斬』を得たのだ。彼女は全力でその剣技『電光斬』を発動したのだ。その剣技は飛行能力をそのまま攻撃力に利用する剣技であり、爆発的な瞬発力を誇る至高者にだけ可能な剣技だった。
アメリアは地上スレスレを電光のような速さでひとっ飛びし、その速度を剣に乗せて体当たりで剣先をゴブリン大元帥に叩き込んだのである。
強烈な激突に強靭を誇るゴブリン大元帥の剣が叩き上げられゴブリン大元帥は大きく仰け反った。
「「「ドサ!」」」
メロが出現させた、一角巨鬼騎士が巨大な体型からは想像も出来ない速度でゴブリン達の真ん中に飛び込んだ。
これだけの高レベル魔物になると、さすがのメロも魔物の操縦に専念しないと魔物は自由に動かせない。
メロには似つかわしくない必死さで魔物を操作している。
ゴブリン達の真ん中に飛び込んだ。一角巨鬼騎士は、ゴブリン達の三倍はあるかと言う巨大さに物を言わせて無造作に巨大な剣を振り回した。
ゴブリン達はそれぞれ態勢の崩れていた所なのでその一角巨鬼騎士の雑な攻撃をもろに受けてかなりのダメージを受けた。
しかし、翔達の良かったのはここまでだった。
☆☆☆
「翔さん。大丈夫ですか?」
気付くとシスターサラが心配そうな顔で彼を見ていた。
「やられたか?」
翔は力なく聞いた。
「はい」
沈鬱な表情でシスターサラが翔の顔を覗き込んだ。
「きれいな顔だ」
翔が笑いながら言った。
「また、冗談ですか。翔さんらしいですね」
シスターサラが笑い返す。
「かなりの被害のようですね。先程“稲妻”のバッシュさんも復活されて闘いに戻って行かれた所です」
「ああ。酷いもんだな」
翔が答えた。
「皆。良くやってくれている。俺も直ぐに参戦する」
そう言っているそばから、もう一人、レイラが毛布に包まれて翔の横に運ばれてきた。
「シスターサラ! お願いします!」
可愛らしいソバカス娘が生真面目に言った。
「この娘は逃げなかったのか?」
翔が驚いて尋ねた。
「ええ。復活の天宮で手伝ってくれている皆さんは残ってくれました。それだけではなく、難民の中でも魔術の使える人達は、残って魔法の筒でゴブリン達に応戦してくれています」
シスターサラが驚くべき事を教えてくれる。
「そうか。俺も頑張らないとな。シスター。復活障害の回復魔法はかなりうまくなったようだな。かなり楽だよ」
「翔さん。レベルは一つ下がっています。気をつけてくださいね」
「シスターサラ。レイラを頼みます」
翔はそう言うと、レイラの額に手を置いて祈る仕草をした。
直ぐに裸のレイラに武具が出現した。もちろん毛布でレイラの美しい裸は見えなかった。
☆☆☆
長い長い闘いがようやく終わりを迎えようとしていた。最初にスリートップのうち落ちたのは、ゴブリン大司祭だった。彼はレベル下げの魔法でレベルが下げられているのに良く善戦した。
翔が振り向くと、メロが落ちる所だった。ゴブリン大賢者のフェイクを効かせた攻撃魔法がメロの胸で炸裂したためだ。防具の中に魔法を発動すると防具の効果が逆効果となってそのまま生身に被害を及ぼすわけだ。
メロが星グズを撒き散らしながら、要塞城の復活の天宮に吸い込まれて行った。
しかし、翔はそのタイミングを待っていた。攻撃魔法を使った後次の攻撃をするまでに時間がかかるからだ。
その間は、ゴブリン大元帥が暴れ回って時間稼ぎをするのがこのトリオのやり方だが、そのやり方はもう通用しない。
ゴブリン大元帥の前には、アメリア、イリス、レイラの三人が総掛かりで攻撃してその余裕を与えないようにしている。
翔は白魔力、黒魔力を世界樹から引き寄せて魔法の原動力とし、ユグドラシル基準の第十グレイド魔法『破滅炎』を発動した。
「見事だ。最後にユグドラシル魔法の最高魔法で仕留めてくれるとはな。これは温情だな」
ゴブリン大賢者が笑いながら言った。
翔が視線を転ずると、ゴブリン大元帥も落ちるところだった。
ほぼ三日間闘い続けたゴブリンを讃えて翔は一瞬黙祷した。その姿を見た皆が翔に習った。もし復活の天宮が無ければ結果は翔達の方が負けていた。
しかし、まだ要塞城とゴブリンの高級士官達との闘いは終わっていなかった。
☆☆☆
恐ろしい大元帥、大司祭、大賢者のスリートップとの闘いは、復活の天宮が有ったので、なんとか勝つことができた。
翔達は何度殺されても復活するのだから敵にとっては脅威だったろう。
誰しも闘い方には癖があり、そ相手の戦い方が分かってくるとレベル差を埋めて戦う事ができるようになる。そもそも死なない相手との闘いは脅威だろう。
危ういところで、要塞城が陥落しなかったのは、要塞城に残ってくれた、S級パーティー“火神の杖”以下の冒険者達の活躍だけでなく、逃げずに残ってくれた難民達の活躍が大きかった。彼らは翔と鍛冶屋のセルマとの共同開発により作られた魔道具『鉄砲』をがむしゃらに打ち続けてくれたのだ。
もちろん、“火神の杖”を始め命懸けで残ってくれた冒険者達の活躍も大きかった。彼らは自分達の働き次第で先に逃げた難民達が生き残る事ができるのだと知っていて死に物狂いで戦った。まさに文字通り、彼らの多くは何度も死に何度も復活したのだ。
Aランクパーティーの“稲妻”のリーダー、バッシュも命を賭して戦った者の一人だった。逆に最も多く復活した者の一人だった。
死んで、裸で復活し、シスターサラや難民のヒーラー達に復活障害の回復魔法をかけてもらい、なんとか戦線復帰する。翔に作ってもらった武具は、誰かの手で別のところに集められているので、自分の防具を探して身に纏い、また戦線に駆け出すのだ。
死なないとは言え酷い有様だった。死の恐怖は筆舌に尽くしがたい。想像を絶する恐ろさだ。さらにレベルが下がってしまっているのに、また同じ全く敵わない敵に挑むのだ。無理を通り越して無茶だった。
シスターサラの復活障害の回復魔法も次第に腕を上げてきて、次から次に復活する冒険者達を次から次に回復して行った。
そんな状態が丸一日以上続き、次第に戦況が悪化していったが、その時期を通り過ぎると奇跡が起こりはじめたのである。
S級“火神の杖”のメンバー達は、翔達を除いて最上位パーティーとして要塞城の指揮を取った。彼らには『始まりの街』に残してきたメンバー達の子供達をゴブリンから間接的に守るという気持ちがあるため、死に物狂いで奮戦した。そして、復活と奮戦を繰り返し、彼らは今までになく次第に実力を付けて行ったのである。
一方、翔達と共に前線で戦ったA級“稲妻”リーダー、バッシュの場合は、六度ほど死んだと思った時だった。もちろんレベルもどんどん低下してしまいバッシュのレベルは34にまで落ちていた。この時のバッシュのレベルはテンカウントも落ちた事になる。ところがそこからが不思議な時間の始まりだった。彼は逆に強くなったのだ。自分のステータスを見ると明らかに最初に復活する前よりも強くなっているのだ。
もちろん数字だけの事ではない。今迄、だだの夢と諦めていた闘気が急に強くなり、ついには物理力すら発揮し始めたのだ。
レベル34に下がって初めてまともな闘気が何か分かるようになったのだ。
そこからが恐ろしい変化の始まりだった。バッシュは、今迄なら逃げるだけの敵だったレベル45を超える敵に、何度もクリティカルヒットを与え始めたのだ。
そんな筈は無いぞとバッシュは首をひねりながら次々にゴブリンを退治していった。
その時、バッシュはなぜそんな事が可能なのだろうかと不思議に思い周りを見て納得する事が出来た。
周りのメンバーもバッシュと同様に何度も復活して顔はヘロヘロで憔悴し切っている。
しかしメンバーの皆が明らかに実力が上がっていることがバッシュには分かった。皆の実力の底上げが闘いを断然有利にしたのだ。少しの変化もパーティー全体の総合力に換算するとかなりの差となって現れたのだ。
しかも、殺される回数が減ってゴブリンを落とせるようになるとバッシュ達のレベルは少しずつ上がり始めたのだ。彼らは更に強く成長していったのである。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
【闘いが終わった後、要塞城にて】
大元帥、大司祭、大賢者のスリートップとそれを補佐して死地に赴いてきたゴブリンの強敵との闘いは結果として三日三晩続いた。
“火神の杖”や“稲妻”を始め、冒険者達も頑張ってくれた。
「何とか成ったな。難民達もそろそろ『始まりの街』に入った頃だろう」
翔が言った。
「今回は本当に厳しい闘いだった。お前達は、どうして復活の天宮をこんなところに作るつもりになったんだ?」
冒険者達のリーダー役の火神のラビノビッチが尋ねた。
「攻城戦で最も有ったら嫌なものを備え付けただけさ」
翔が説明した。
「成る程な。策士とはそう言うものか」
“稲妻”のバッシュが横から関心して言った。
「次に俺達の“稲妻”の役目は?」
「このまま逃げるのは業腹だ。奴らをここに誘きだしてここを爆破する。できるだけ大勢のゴブリン共を要塞と道連れにしてやろう」
「成る程。この要塞を最後の最後まで利用し尽くすって訳か」
火神のラビノビッチが頷く。
「君らにはこの要塞にゴブリン共をおびき寄せる餌になってもらう。君らの他にも効果的な餌は用意する」
「餌?」
バッシュが尋ねた。
「女。黄金。闘い。ゴブリンの好きなもんののオンパレードだよ」
翔は笑いながら言った。
☆
翔の計画は、簡単だ。翔達は今度は普通に復活魔法をかけるだけにする。今度は『復活の街』の天宮に復活するだけだ。
要塞城にはダンジョンを作っておきその最深部には黄金を置いておくのだ。
ゴブリン達には、復活の天宮で頑張ってくれた女の子達をわざと見せびらかせ、彼女達がダンジョンに入って行くのを見せる。
冒険者達には、「黄金を守れ」などとベタな掛け声を上げさせるなどゴブリン達をダンジョンにどんどん誘導させるようにする。
最終局面は、翔達も冒険者達もみなダンジョンにゴブリン共をおびき寄せるようにどんどん逃げて行く。
ゴブリン達の多くがダンジョンに入ったところでゴブリン共々要塞城を爆発させようとの計画だ。
その計画を説明した時、バッシュは大笑いした。そもそも復活を作戦に取り入れるなどは誰も考えない。そんな作戦は真の馬鹿げた作戦だが、翔は既に復活の天宮を利用した作戦で効果を発揮しているのだ。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
【『始まりの街』冒険者ギルドにて】
アルマは難民を先導して『始まりの街』に入った。『始まりの街』の入り口では、難民の受け入れを拒んだ門衛の部隊を粉砕して難民を街に入れた。
この時の難民は数万人にも膨れ上がっていた。
それからアルマは、ギルドにやって来たのだ。出迎えたのは“大鷲”でギルドの理事であるジークムンド・ノルドハイムだった。
「ご苦労。アルマ。ゴブリン共をやっつけたのか」
ジークムンド・ノルドハイムは屈託のない笑で、S級パーティーの“剛腕”のリーダー、アルマ・ベストを見た。
「随分苦労をかけたようだね」
「ジークムンド。今から私の話す事を良く聞きなよ」
アルマは、ジークムンドの笑顔を叩き潰すような勢いでゴブリン共の一部始終を語り始めた。
最初、ジークムンドは落ち着いてアルマの話を聞いていたが、ゴブリンのスリートップとそのレベルを聞いてから態度が一変した。
「あんたが、こんなところでのうのうとしてる間にあの要塞じゃぁ、死の恐怖と面と向かって闘ってんだよ。あんたはここで何してんだ? 私はバッシュに十分な援軍を送れって伝えさせただろうが」
遂にアルマは、ギルド中に響きわたるような罵声を浴びせかけていた。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆
運命の日はついに来た。要塞城の周りは百万のゴブリンで埋め尽くされた。巨大な要塞城の外周全てがゴブリンで埋め尽くされたのだ。
要塞城の一番高い塔から周囲を見渡した見張りはその光景を見ながら足の震えが止まらなかった。
要塞と外周を繋ぐ、渡り橋は防御のため、翔によって落とされた。
無数のサラマンダーから吐き出される火炎放射は、ゴブリン達の魔法防御により跳ね返された。
ゴブリン側では、集団魔法が展開されて要塞城に攻撃がかけられたが、翔達の魔法の防御壁によって阻止されるなど魔法の攻撃が双方から繰り広げられた。
ゴブリン達の魔法防御は、翔よって破られ、そこをサラマンダーと無数の魔法具『鉄砲』により攻撃し、ゴブリン軍に被害を出す一方、ゴブリン軍の集団魔法の効果で次第に堀が埋め立てられつつあった。
翔達五人は、飛翔してゴブリン達と闘うが、それから何度も殺されて復活する事になった。
このゴブリンとの攻防でレベルを上げた翔達であったが、ゴブリン側には彼らをすら圧倒する高レベルゴブリンが無数に存在したのだ。
☆
「翔さん。本当に大丈夫ですか」
シスターサラが心配そうに翔の顔を見た。
「シスターの美しい顔を見ると何だか不思議と力が湧いてくるよ」
翔は笑いながら言った。
「でも、今回は本当に数えられないくらいに復活を繰り返しています。これ以上は私も復活の保障ができません」
「もし消滅しても仕方ないさ」
「ダメです。そんな事になれば転生すらしないのですよ」
「そう。それが復活の一番怖いところだな」
翔が呟いた。
「幸い、そんな事はほとんどありませんが絶対に無いとは言えないのですよ。もう止めてください」
「ああ。しかし、我々が少しでも頑張る方が敵をたくさん呼び込めるんだよ」
翔はそれだけ言うとまた死ぬために戦場に戻って行った。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
【終幕】
その日、ゼノ要塞城が上げた大爆発の炎は、『始まりの街』だけでなく、遥かな『復活都市』や聖都アレイアンからも見る事ができた。
その直後にアルマの罵声を浴びせかけられた理事ジークムンド・ノルドハイムにより発せられた緊急招集の魔法により、アガリアン神聖国中に緊急招集のサイレンが鳴り響いた。ラグナロクが始まったと大勢の者が勘違いしたのは言うまでも無い。
ゴブリンの大軍団は、翔の計略の通りに要塞の中に翔が作ったダンジョンにどんどんおびき寄せられて行った。彼らの前衛が深層に降りた時にはゴブリンの大軍団のほとんどが要塞城に入っていた。
彼らが目的の黄金を見つけると、位の高いゴブリン達が次々にダンジョンに入って行った。
黄金を用意したのは、黄金を略奪しようとするものがいないかと心配する高位のゴブリンが深層に入る事を企図してのフェイクだった。黄金に目が無いゴブリンの性格を活かしたフェイクだった。
翔がダンジョンに張り巡らせた魔法の起動条件は、レベル百以上のゴブリンが深層階に入る事だった。
ゴブリン皇太子とゴブリン大主教が三百人の近衛軍団を伴って、翔が作った深層の黄金宮殿に入った時巨大な翔の爆発魔法が発動したのである。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
ゴブリン軍はこうして敗退したが、完全に壊滅したわけではなかった。
ゴブリン軍の生き残りは約四十万もおり、ゴブリン元帥などの高級指揮官もたくさん生き残っていたのだ。
ギルドは大招集をかけて約六万二千余りの冒険者の軍を編成した。アガリアン神聖国も十二万の正規軍を催してゴブリン軍と闘う事となった。
ところがここに来てのまさかの膠着状態になった。お互い被害を恐れて思い切った戦いにならなかったのだ。
ゴブリン軍は次第に後退して行き、ついには潮が引くように消えて行った。
冒険者の軍も、国軍も消えて行くゴブリン達を追いもしなかった。
☆
アルマは、『復活都市』に来ていた。
「姉御。バッシュのようだぞ」
預言者のホリス・カースがアルマに言った。
「ああ。しかしこんなに離れていても別人に見えるな」
アルマが目を細めながら言った。
かなり離れたところから、十人ほどの集団が近づいて来た。
“稲妻”のメンバーと、翔達だ。
アルマは、バッシュ・コーエンから目が離せないでいた。この男は、彼女の子供の時から知っている。幼友達だった。お互いに意識しないでいるにはお互い目立つ存在だった。
彼らの村では二人が結婚するというのは既成の事実のように思われていた。二人とも村の出身者の中では特に有名人だったのだ。
しかし、いつの日から二人の間に溝ができて行った。アルマは女ながらにS級パーティーのリーダー。バッシュは男なのにA級のパーティーでしか無い。バッシュにはその後ろめたさが有った。
しかも、アルマは色んな男と浮名を流した。バッシュから自然に距離を取るようになった。
アルマは豪放な性格のためにバッシュの屈折した思惑を疎ましく思っていたのだ。
今、アルマが見つめるバッシュはそんな屈折して男らしく無かったバッシュとは全く違う爽やかな笑いが素敵なナイスガイに写っていた。
「バッシュ。あんた何なのシュってしちゃって」
アルマ・ベストがバッシュを茶化すように言った。
「ああ。何だか調子が昔に戻ったみたいだ」
バッシュが手をクルクル回して見せて笑いながら言った。
「バッシュ。レベルが上がったんじゃ無い?」
「馬鹿を言うな、八つも下がってるよ」
バッシュは途方に暮れた風を装いながら言った。
しかし、目の前のバッシュは、何週間か前のバッシュとは明らかに別人だった。
「アルマ。難民達を無事届けてくれたらしいな」
そう、声をかけたのは翔だった。
その時、アルマは初めて翔達に注意を向けて彼らの変わりようにも気づいたのだった。
「あんた達もまた……」
アルマはそこで言葉を切った。翔達は、バッシュの比ではない変わり方だった。今回の戦いで翔達がどれほど濃い戦いの中に有ったのかを想像しようとしてアルマは直ぐに諦めた。この人達は自分達とは全く次元の違う人達なんだと自然に思えた。
物思いに耽るアルマを遮って翔は「俺たちは、このまま目的地の商都アッティーラに向かう」と言った。
「そうかい。足止めして本当に悪かったね。約束通り、あんた達をキッチリ“剛腕”のメンバーに入れといたよ」
「ああ。ステータスを見ていて分かっているよ。ありがとう。それじゃ俺たちは行くよ」
アルマは自然とバッシュの腕に手を回して体重を預けている。そのまま翔達が遠ざかる姿を見ていた。
今回のゴブリンの大騒動を事前に防いだ英雄達だが、彼らの存在は世間的に“剛腕”のサブメンバーとだけしか知らされない事になるだろう。
【騒動の結末】
ゴブリンは、西へと退却。禍根を残す。伝説のゴブリンキング存在は確認できず。
“稲妻”はS級パーティーに昇格。バッシュ・コーエンは翔から聞いたレベルアップ・トライアル・ルートに挑戦することになる。
“剛腕”は、今回のゴブリン討伐の功績でダブルSランクに昇格。
クリストファー・フェステンは引責のためエステランド公爵領を召し上げられる。
聖都のとある武官はゴブリン将軍の牙を横領したとして騎士爵を剥奪されるとともに宮殿の武官職を失った。
ギルド理事ジークムンド・ノルドハイム、アタナージウス・クラーレ、マルグレット・カルム達“大鷲のメンバー達は引責辞任した。
彼らは冒険者としての腕を磨くと言って下野に降ったと言われている。その背景にはS級パーティー“剛腕”があまりにも大きな功績を残した事に比して自分達がゴブリンを見逃すなど余りにも消極的であったためだったと噂されたが真意は不明である。
“火神の杖”は、ゴブリン討伐及びゴブリン軍の足止めにおおきな功績を残したとされ、トリプルSランクに昇格。リーダー、ラビノビッチ・バシコフ以下メンバーはギルド理事に就任した。
しかし、“火神の杖”は、この後も、最大の功績は“剛腕”にあると言い続けた。真意は翔達の事を言っていたのだが当の“剛腕”のリーダーがクエスト放棄を認めているのだからギルドとしては全面的に評価できなかったのだ。
しかし、“剛腕”のアルマは『救済の英雄』と呼ばれるようになった。
【騒動の後の翔達のレベル】
○翔
レベル82
実力 93
○メロ
レベル83
実力 88
○アメリア
レベル82
実力 86
称号、妖精王の孫
○イリス
レベル81
実力 84
称号、魔王の見習い
○レイラ
レベル88
実力 83
称号、半神騎士
【追記】
この後すぐ“稲妻”のリーダーと“剛腕”のリーダーが婚約したとのニュースが神聖国に駆け巡った。
【魔道具の精製日誌】
第○○九番
ゴブリンの角×ゴブリンの爪=汚いゴミ
(翔のメモ)
ゴブリンつかえねぇ。
あるいは同じ種類の魔物の素材を合成しても効果が低いのだろうか?
029 了
いつも小説を読んでくださってありがとうございます。
今回、【夏休み企画三部作】としてゴブリン編を投稿させて頂きました。
今回の【終幕】でゴブリン編の終結です。伝説のゴブリンキングは登場しませんでした。出し惜しみではありません。
因みに第一部『レベルアップ編」はそろそろ終わります。
まだまだ先は長そうですが今後も読んで頂けると嬉しいです。




