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005 俺って予備校の○○先生ってか?

30.10.19 内容を読みやすく改定しました。

 メロは、久しぶりにまともな部屋のベットの上に横になるとそのあまりの寝心地の良さと安心感から込み上げてくる涙が止まらなかった。


 首を回すと翔が背中を向けて寝ていた。床に寝ると言い張るメロにベッドが二つある部屋を用意して無理やり寝かしつけられた。


 それでもメロは女として少しくらい警戒していたのだが、翔は呆気なく横になると直ぐに寝息を立て始めた。最初は狸寝入りかもなんて警戒していたがどうやらそんな事も無さそうだ。この男の子は本当に自分を女性として見ていないのだろうかとさえ疑りたくなる。


 メロは、あの利かん気でワガママな威厳に満ちた大妖精達に囲まれた翔を最初に見た時、大精霊達が嘘のように八体も整列させられ、翔の指示に従って機械のように動いているのを目の当たりにして腰を抜かさんばかりに驚いた。いっそ驚きを通り越して恐怖すら感じさせられたのだ。


 ところが話してみれば、翔はそれらの大妖精達を事もあろうに小妖精と呼び、使役するのが当たり前だと言い放つでは無いか。


 それだけで、この翔と言う見た目は平凡で冴えない男の子がいかに恐ろしい魔術師であるか直ぐに分かった。


 そんな彼が気まぐれと言っていたが、メロを弟子にしてくれると言う。


 思えば育ての母であり、師でもあったカロン・アルファードが恐ろしい悲劇に見舞われ、同時にあの暖かかった我が家も燃え落ちてしまってから惨めな毎日を強いられてきた。


 その辛さが、暖かい食べ物とベットのおかげで逆に強く感じさせられたのである。


 ひとしきり泣いてメロは眠りに落ちた。



☆☆☆



 翌日、翔が起きるとメロの姿はベッドになかった。


 別の部屋を取ってやると言ったが全く言うことを聞かず、メロは床に寝ると言い張った。せめてとベッドに寝かせるのに苦労した。


 昨夜のメロは臆病者の癖に、意地っ張りで言う事も聞かず発言も過激だった。面倒臭い奴だと呆れたが、本当に久しぶりに風呂に入ったのだろう、さっぱりしたメロは見違えるように可愛くなった。


 この娘は、化粧どころか顔も洗っていなかったのかと呆れた翔だった。


 姿が見えなくなって、少し不安になったので翔はメロを呼んだ。


「メロ!」


「何?」


 メロが返事をしてのっそりとベッドの傍に姿を現した。派手な洋服が目に飛び込んで眩しい。


 安心した翔は、何を言おうかと一瞬戸惑ってしまった。


「お前は、自分のMPを魔法に投入するのにどのような物差しを基準にしている?」


 適当に話題を振った。


「分からない。適当かな」


 あまり考えもせずにメロは答えた。首を傾げる仕草が可愛い。


────メロらしい答え方をする。


 そう思って翔は思わず苦笑がでた。


「まぁ、そうだろうな。想像するにお前は、魔法を正しく学ばなかったろう」


 翔は、メロの能力と技能のギャップが大きい事が不思議だった。普通は、習わないと魔法など使えないものだし、習ったらもう少しうまく使えるはずだ。


 少しメロは言い淀んだが。「そうかな」と認める。


「お前の師は、お前を一人前の魔術師にしようとは考えなかったのだろう。なぜだ?」


 これ程の才能を持った者に本気で魔法を教えないのにはそれなりに理由があるはずだ。


 その質問にメロは驚きの表情を浮かべた。


「どうして分かるの?」


 翔はメロの驚きを見て可笑しくなって笑った。


「お前の魔法を見ればわかる。お前の様に贅沢な魔法の使い方をしているのを見れば、お前の師匠がお前をどれほど甘やかしていたか一目瞭然だ。師匠はお前に、戦いなどして欲しくはなかったのではないか?」


「そう。私の師匠はカロン・アルファード。育ての親。どちらかと言うと師匠と言うよりは母親。優しく、一度も叱られた事はない。魔法はカロンの使っているのを見ながら自然と覚えた。教えて貰ったこともあるかもしれないが覚えていない。師匠と弟子のようなものではないかも」


────なるほどな。


 それを聞いて翔が納得する。


────アリス。カロン・アルファードを検索しろ。相当な魔術師じゃないか?


《カロン・アルファード。魔術師ギルドに属していない、モグリの女魔術師で魔女ウィッチと呼ばれる少し変わった職業のようです。その為か情報が少ない女性ですね。ユーリ王国の国王の暗殺やその他幾つかの要人の暗殺に加担したとの不確定の情報が各国の情報機関にあります。ボリホイ火山の魔女と言う通り名は、本来このカロンに付けられた二つ名のようです。カロンの情報は三年前のこのボリホイ火山が最後になりますね。これも確定情報では有りませんがカロンの住んでいた山荘はその頃何者かの襲撃で燃え落ちたとの記録が有ります》


 アリスの情報が確かなら、カロン・アルファードは暗殺者のようなヤバイ仕事をしていたのかもしれない。


 ヤバイ仕事を請け負ったカロンに対して、深く知りすぎた者を暗殺しようと考えた雇い主がおり、それを撃退できないほどにカロンが老化でもしていたのかもしれない。働かなくなった殺し屋の末路などはそんな物なのかもしれない。


 可愛い養女を残してこの世を去ることになったカロンの胸中が偲ばれる。


 メロの自由奔放な性格は、天性の性格もあるのだろうが、カロンが自由にさせていたのも原因であるのは間違いないだろう。そんなに甘やかすほど可愛がっていたと言う事だろう。


 カロンの死は自業自得とは言え無念だったろう。


────カロン。お前の愛弟子は俺が引き受けてやるから安心しろ。


 翔は目をつむって心で誓った。


「メロ。お前の育ての母は、相当優秀だったのだろう。お前には素質があるが、それだけでこれ程の魔法が扱える様にはならない」


 そう翔が言うとメロは自分の育ての母が褒められて嬉しそうに笑った。


「ところで、お前のその大切な師匠はどうしたのだ」


 翔は核心を訪ねておくことにした。なぜなら世界樹ネットで知った事は軽々しく洩らせないようなカロンの秘密も含まれているたのでメロがどこまで知っているか知りたかったのだ。


 メロは暫く黙って頭を整理しているようだったが、急に目が真っ赤になって涙目になった。


 それを見ていた翔は急に可哀想になるがその気持ちをぐっと堪えた。気の強そうなメロも、悲しい事を思い出すとさすがに平常ではいられないのだろう。翔は、黙ってメロが話し始めるまで待った。


「えっと」


 ようやく、メロが話し始めたのは数分後だった。


「カロンと私はボリホイと言う火山の麓で住んでいた。突然。山小屋を何者かが襲ってきた。カロンはその時殺され、山小屋も焼け落ちた。犯人は手に変な刺青いれずみを入れていた。それだけが手掛かり」


 メロが解りにくく説明する。


 本当に説明が下手だ。しかし、嘘は無さそうだしメロはカロンが後ろ暗い事に手を染めていた事は知らなかったようだ。


 山小屋を襲った賊は手に刺青をしているところから見ても暗殺者集団と考えて間違い無いだろう。わざわざ目立つ証拠ともなる刺青を見せびらかすなどは宣伝や脅しの為だと考えるのが妥当だ。


 そう考えれば襲った集団は自分達の稼業を宣伝したい又は自分達の存在で脅しを掛けたいような集団。つまりプロの何らかの商売をしている集団と考えるのべきだ。そうなれば殺し屋かスパイか、まともな集団では無いだろう。


 複数で攻められたカロンは対処しきれなかったのだろう。良くメロは巻き添えにならなかったものだ。カロンはメロを助けようとして殺されたのかもしれない。


「お前は、その賊を探して復讐するつもりか?」


「そう。必ず探して復讐する」


 翔はなるほどと頷いた。翔はあまりメロの心の問題に立ち入るつもりはないので黙っているつもりだったが復讐と言う不毛の感情に対する己の見解だけは表明しておくことした。


「俺は復讐と言う不毛な行為は賛成しかねるな」


 しかしメロは翔の見解を別の意味で取ったようだ。


「私に復讐など無理と?」


 ぷくりと頬を膨らませて顔を赤くして食いついて来た。


 翔は急に面倒になってため息を吐きながら。


「ある意味そうだ。向き不向きで言えばお前は復讐向きじゃない」


 その翔の言葉にさらに食いつくようにメロが噛み付いた。


「そんな事ない。きっと復讐する」


 怒りで目付きがきつい。


 翔は肩を竦めて見せてメロの怒りを受け流した。


「どちらにせよ。今のお前では復讐は無理だ。今後の修行を精一杯頑張ってみるのだな。復讐するには実力も必要だが、運や情報、金など必要なものだらけだ。それを少しでも掻き集めて復讐に到達するにはかなりの努力と時間が必要だな。その時間の間に復讐の意味を良く考えるんだな」


 翔が諭す様に言った。


 しかし聞く耳など持たないだろう。メロは返事をしなかった。


「それと、お前は、カロンさんを唯一の師匠と考えたいのだったな。俺は弟子が欲しい訳ではないし、今は魔術師ですらない。お前は無理に俺の弟子になる必要などないぞ。俺の住んでいたところでは師弟制度ではなく、家庭教師と言う制度が有った。対価を払って魔術を習う制度だ。お前が金欠なのは承知している。対価は出世払いということにしてやるから無理に弟子にならなくても、俺がお前を一人前の魔術師にしてやる」


「はぁぁ」とメロが考え込む。「しかし、お金を払える見込みがない」


「分かった。分かった」


 翔は笑いながら両手の手のひらをメロに向けて安心させるようにジェスチャーで示した。


「もしお前が金が払える程度にならなかったら俺の教え方が悪かったという事だ。その時は金は払わなくても良い。お金が稼げる様になったら家庭教師の報酬を払えばいいさ。まぁ報酬は金貨千枚って事にしておこうか。それでいいな。金貨千枚如きを払えぬ程度にしかお前がなれなかったら報酬など要らん」


 もとより報酬など貰う気も無い翔はとんでもない金額を冗談のようにあっけらかんと言って済まして置くことにした。


「しかし、当座の生活費もない」


 急にしょんぼりとなってメロが呟くように言った。


 怒ったりしょんぼりしたり忙しい奴だと翔はおかしい。


「生活費は、暫く出してやる。しかし、お前も魔物退治を手伝え。タダ働きをさせたりしないから安心しろ。応分の報酬はやる」


「ふぇぇ。魔物退治無理〜」


 メロが自信無げに叫んだ。何とも先程の威勢の良かったのはどこに行ったのか。翔は呆れてしまった。


「大丈夫だ。俺がお前を守ってやるし、魔物退治もせずに一人前になどなれるか」


 呆れた翔は少し強めに叱りつけて置いた。



☆☆☆



 メロ・アルファードを連れて翔は郊外にやってきた。さっそく魔物退治をしようと言うのだ。


 標的はグリンランと言う魔物だ。


《グリンランは、レベル3の魔物です。草場を高速で走り回り、旅人の足首などをかじって怪我をさせるなどの悪さをします。走る速度は人と大差ありませんが、草の中を走るので見えにくい上に隠蔽魔法を使います》


 アリスが説明した。


────ありがとう。


 適切な説明に感謝して翔はアリスに感謝の言葉を言った。最近、アリスには翔は丁寧な態度を取っている。何しろアリスは本当に役に立つ。その上、とても丁寧で無駄口を叩かない。最高の秘書だと翔は思っていた。


「メロ。見渡す限りでグリンランは何匹いる?」


 翔はメロの能力を確かめる為に試しに訪ねてみた。


「分からん」


 しかしメロは、なぜかとても偉そうに答えた。偉そうに答える内容かと突っ込みたくなるが我慢して翔は続けて。


「ヒントだ。グリンランは隠蔽魔法を使う。隠蔽魔法は見ようとすると見えなくなる、ぼんやり眺めていると他の景色と違和感ができるはずだ。全体を漫然と見てみろ」


 と翔はアドバイスしてみた。


 メロは最初目を凝らして見ていたが、翔の漫然と見ろと言うアドバイスに従ってぼんやり見ようと悪戦苦闘し始めてみた。


 そうして見るところどころが丸く不自然な模様に見えてきたので驚いた。


 その部分を数え。


「十八匹」


 メロは得意になって答えた。どうだと小さな胸を強調させるようなポーズで胸を張ってみせる現金なメロだ。


 翔はメロの可愛らしくも生意気な態度がおかしい。


「正解だ。しかし、実は三百二十匹だ。なぜならグリンランは、だいたい十匹から三十匹で固まって行動するみたいだな。お前が数えたのは十八のグループだったって訳だ。本当の正解を確かめる為に隠蔽魔法をもっと見ない様に見てみるんだな」


「ふーむ! 見ない様に見るっ?」


 メロは首をひねりながらじっくり見ている。暫くして。


「あっ! ぼんやりが分裂した! たくさんの丸がいっぱいだ!」


 見え方が変化し思わず叫んでいた。


「そうだろう。見えなくさせる魔法を見極めるにはそうやってやるんだ。もしお前が、自分に隠蔽魔法をかけたとしたらこんな風に見えるのだと知れ。だから隠蔽魔法は、自分の周りは強く、外側は弱く隠蔽させることで少しまだらになる様にかけるのがコツだ。そうすれば今のような見極めをされても少々では分からんようになる」


 メロは翔の説明に感動して目を丸くして翔を見た。翔の教え方のうまさに感心したのだ。メロにとって、これは嬉しい驚きだ。


「ちなみに、お前は隠蔽魔法が使えるか?」


「できない」


「だろうな。隠蔽魔法などという小手先の技的な魔法はお前らしくないしな」


 翔は笑いながら言った。


「隠蔽魔法は、こうやるんだ。魔法の術式をよく見て覚えろよ」


 翔が術式をゆっくり見せてやる。


「見事。芸術」


 メロが感心して呻いた。


 翔の術式をメロが真似ようとしたが、魔力が迸って上手く術式が構成できない。


「お前のは、そんなだから迫力ばかりの魔法しか使えんのだ。まず、ゆっくり魔力を出す事だけ練習しろ。こんな感じだ」


 翔は、魔力を丸くゆっくり出す別の術式を見せてやる。この術式なら勢いよく出すと丸くならないはずだ。メロは翔のみせた術式を直ぐに作ろうとやってみた。


 ぞんざいな言葉を使ってはいたが、一見して直ぐに翔の術式を真似ようとするメロに実際のところ翔は密かに感心していた。それほど他人が作る術式は簡単に真似など出来ないものなのだ。やはりこの娘は天性の才能があるようだ。


 しかしメロの強い魔力と制御の甘さの為に出された術式が直ぐに崩れてしまう。


「上手くいかない」


 メロは泣き言を言った。


「そんな簡単な術式もできずに何が復讐だ」


 翔は辛辣にこき下ろしておいた。


 翔が敢えて辛辣な言い方をした意図がまんまと当たり、その一言でメロのやる気に火が付いた。それから暫くメロは翔の示した術式の練習を黙々と続けた。


 翔はその間、草場で横になってくつろいだ姿を態とメロに見せ付けた。案の定メロはそんな翔の姿を見てプクリと頬を膨らませたが何も言わなかった。


 暫くしてメロがコツをつかんだのか翔の示した術式ができるようになってきた。


 翔は、その様子を見て頷いた。


「できるようになったか。ならば、その術式をできるだけ遠くまで飛ばしてみろ」


 横になりながら翔は一つの術式をホイと飛ばしてみせた。翔の術式は完全な真円を描きつつ素早く遥かな遠くまで飛んで行った。


「ほぇぇ」メロが唸る。


 それからさらに二時間ほどメロは練習し、次第に遠くまで飛ばせるようになった。


「その術式のこの部分は、遠くまで魔力を届かせる為の術式だ。できるだけ真っ直ぐ遠くに飛ばす事だけに専念しろ」


 翔は、寝転びながら術式を出して見せて解説した。


「ふぇぇぇぇぇぇぇ」


 疲れたような声がメロの口から漏れ出た。


「さっさとやってみろ」


 容赦なく翔は命じた。


 翔の命じた事をメロは黙々と練習し始めた。天性の才能からかメロは次第に丸く遠くに飛ばせるようになって行った。


「なかなか、上手じゃないか。ではその術式を先程のグリンランの隠蔽魔法に当ててみろ」


 翔が手で鉄砲の形を作り、ねらい撃つような仕草をしながら命じた。


 メロは、翔に言われた通り、術式をグリンランに向けて発射してみるが、思うようになかなかうまく当たらない。これにも練習が必要なのだった。


 暫くし試行錯誤を繰り返しているうちに次第に慣れてきたためメロの魔法術式がグリンランの隠蔽魔法に当たり始めた。メロの魔法術式が当たるとグリンランの隠蔽魔法が消えてゆくようだ。


 見渡す限りたくさん有ったグリンランの隠蔽魔法が次第に消えて行き遂には見えなくなったので、翔は、メロの魔法を止める。


「メロ。それぐらいで良いぞ」


 翔はそう言うと、大きく伸びをしながら起き上がりながら言った。


 その姿をメロが恨めしそうに睨みつけた。少し疲れたようで憔悴した様子だ。


「メロ。ついてこい」


 翔はそう言うと、歩き出した。


「メロが魔法で打ち抜いたグリンランの狩り取りに向かうぞ」


 メロは、翔の言葉に対して自分が発射した魔法術式が当たった効果でグリンランが見えるようになったのでようやく狩りができるようになったのだと勘違いして聞いていた。


 グリンランがメロの足にかじりついてこないか、恐々と翔について行った。完全にへっぴり腰だ。


 翔は馬鹿にしたように笑って見ている。


 ところがグリンランが隠蔽魔法を使っていた所まで来てみるとグリンランは全て目を回して倒れているではないか。


────どうして倒れているの?


 とメロは不思議でならなかった。


 目を回して倒れている魔物の退治は簡単にすんだ。すぐに三百匹近いグリンランを退治した。


 ちなみに翔は、グリンランをメロにも退治するように命じた。これは経験値をメロが獲得するためだ。アリスによると魔物は自分が退治するか、パーティーメンバーの誰かが目の前で退治して初めて経験値が入ると知ったからだ。


 その事を説明してもメロは中々殺す事が出来なかつた。


 一方翔は躊躇ちゅうちょするメロを黙って見過ごしそれ以上注意する事は無かった。


 翔は、口は悪いがこういう時は何も言わない。メロの心の問題だからだ。


 黙々と眠るグリンランの首を切断して処理して行く翔をメロは黙って見続けていた。


 普段能天気なメロは珍しく迷っていた。魔物退治するのは気持ち悪いし怖い。しかし、魔物を退治しないとレベルが上がらない。さすがのメロも自分が抱える問題が復讐という重大な問題なので今までのように問題を先送りにできない事も重々分かってもいた。


 遂に決意して、メロは翔の指示に従って魔物を退治しはじめた。


 百匹あまりのグリンランを退治した頃だった。


「翔。レベルが上がった」


 呆然とメロが言った。彼女が驚いたのは彼女が前にレベルアップしたのはかなり前だったからだ。たった一日でレベルアップした現実を受け入れられなかった。


 もちろん、レベル上げは魔物を倒すだけが方法ではない。技の習得。負傷。作戦の立案。成功や失敗。成長。鍛錬。練習。勉強などなど全てはレベルアップにつながる。


 今までは魔術の腕が上がれば自然にレベルが上がって行った。だから嫌な魔物退治の必要性が理解しきれていなかったのだ。


 魔物の退治が最もレベルアップに大きく影響しているとの知識は有っても実感したのは今日が初めてだったのである。


 その事は理解されているようでなかなか理解されていないが、一般的な事でもあって仕方がない面もあるのだ。これらの認識の齟齬が一般的に起こっている理由は魔物が容易く退治できないためなのだ。


 メロに取ってはたとえレベルの低いグリンランであったとしても、今回のように容易く大量の魔物を退治できた現実が信じられないのだ。


 メロには、この状況が何が何だか分からない。


 翔が魔核の精製能力で全てのグリンランを緑肉と魔核に精製している様子を唖然として見つめるしかなかった。


 狐につままれたような顔のメロをおかしそうに見て翔が説明した。


「さっきの術式は、魔力に指向性を持たせる汎用の術式だ。あの術式は相手の魔力にすら反対方向への指向性を与えることができる。お前のように強力な魔力を持っているとあれだけで奴らの魔法に強い影響を与える。お前よりもレベルがかなり低い魔物なら、あの程度の魔法でも魔法を吹き飛ばした衝撃波に耐えられずに目を回すのだ。ちなみにだ。今、お前のMPはいくら減った?」


「ひゃー。たったの7ですぅ〜」


 メロは目を瞬いて驚いきながら叫んだ。


「お前ほどの魔術師なら、今の魔法をアンチ魔法として使えばどれほど有効に戦えるか考えておけ。今までの馬鹿でかい魔法がいかに不経済かわかっただろう」


 メロは、呆然と緑肉の山をマジックボックスにしまう翔を見ていた。


「お前もマジックボックスを持っているようだな。入るだけ入れろ」


 メロは養母のカロンから高価なマジックバッグを引き継いで持っていたのだ。


「ひぁい〜」


 こうして二人は緑肉をマジックバッグに詰め込み始めたが、さすがに二人分のマジックバッグが有っても全部は入りきらない。


「よし。帰るか」


 翔は、グリンランから取れた魔核の一部をメロに分けてやったのだ。


「これは?」


「魔核と言うんだ。これを飲めば魔法系の属性ステータスがわずかだが改善する」


「はぁ」


 メロは気の抜けた返事をした。魔物から取れたものを飲むのが嫌なのだ。


 翔が自分の分の魔核を飲み干すのを見ていたメロは仕方がないと諦めて嫌々魔核を飲んだ。


「あっ! 土と木属性の攻撃力ステータスが二つも上がった」


 メロは驚いて叫んだ。


 どうやらメロも自分のステータスの変化が分かるらしい。


 ちなみに、メロの魔法能力の各属性ステータス値は40ぐらいある。これまでの翔の上がり方だとメロのステータスの値になるのですら、数年もかかりそうだ。転生前の翔の能力になるには何十年もかかるだろう。


 気の遠くなるような話だが魔核まかくはレベルの高い魔物を倒せば大きなものが取れるようだから仕留める魔物の質を変えれば何とかなるだろう。


「翔。凄い」


 メロの目が尊敬でまん丸くなった。


「俺はMPはたかが10ほどだが、あのザコ魔物ぐらいなら、一時間ほどで殺れるぞ」


 翔がダメ押しをしておく。


「ふぁぁい」


 メロが変な敬礼のマネをする。


────本当に変な奴だ。


 翔は呆れた。


 メロは、翔の凄さが改めてわかり、尊敬心と確かな成長の実感で高揚していたのだ。


 翔とメロは、詰めるだけ詰めた緑肉を冒険者ギルドに持ち帰った。


 物量を受付の女の子に説明すると、大量搬入の部屋に回された。普通は大規模パーティー用の部屋だ。


 受付の女の子が三人ほど対応してくれた。


「翔さん、ギルドの新記録ですよ。もともと、復活者はレベルの回復が早いとは言われますが、翔さんの場合、レベルゼロなんてお気の毒な障害でしたから、ギルド内では翔さんは潰れちゃうともっぱらの噂でしたのに」


 女の子の一人がそう言った。


「まぐれだよ」と翔。


「翔さんのはいつもそれじゃ無いですか。でも、まさかメロさんとパーティーを組むとは驚きです」


 メロは翔と受付嬢の会話には興味が無いと言わんばかりに部屋をウロウロしている。買取価格と自分の取り分が気になって仕方が無いのだ。


「じっとしていろ」


 翔が叱り飛ばした。


「え?」


 受付嬢が驚いた顔をして翔の顔を見た。


「翔さん達のパーティーは、まだ登録されていませんが、てっきりリーダーはレベルの高いメロさんだと思ってました」


「こんな奴がリーダーなんかになれるはず無いだろう」


 翔は笑い飛ばした。


 三人の受付嬢達も無言で笑いを噛み殺している。その様子を見てもメロは興味が無さそうだ。


 受付嬢達は全ての緑肉の検収をして金額の算定をした。


 売価は金貨二枚だった。翔はもらった金貨の一枚をメロに渡してやる。


「え? これは?」


 メロが不思議な物を見るような感じで金貨を眺めている。


「お前の取り分だ」


 翔のその言葉にメロが顔を左右にブルブル振る。


「今日の私は、翔の指示に従っただけ。こんなに貰えない」


 翔はその言葉を笑い飛ばす。


「お前が役立たずなのは分かっている。これは財布が空っぽなのが不安だろうからお前にやろうと言うのだ。ありがたく受け取っとけ」


 翔がそう言うと、メロは上目遣いで翔を見つめたあと目をウルウルさせながら金貨を見ていた。


 それからメロとパーティー登録をした。パーティー登録をすると魔物を倒した時の獲得経験値をシンクロし、分割して得ることができる。いちいち魔物ごときをるのにメロを使うと面倒くさそうだ。もちろんリーダー登録は翔にした。これで百メートル程度の距離内なら倒した魔物の経験値は分割されて二人に入るようになった。


 ユグドラシルにおける魔法能力は土、水、火、風、空、熱、木、光、雷、波、破、音などの属性がある。この他にもいろんな珍しい属性があるらしい。


 そしてそれぞれの属性には、攻撃力、魔法耐性、熟練度の三つのステータスがある。これらのステータスの値がある程度無ければ属性魔法が使えないようだ。


 これらのステータスの中で熟練度ステータスは魔核でも上げることがてきないらしい。つまりは経験が全てって訳だ。


 魔核で変化するのは攻撃力ステータスと魔耐性ステータスだけのようだ。


────アリス。今まで倒した魔物は何匹だ?


《合計で八百ほどでしょうか。恐ろしい速さです。たぶんこの支部どころか、ユグドラシル史上の新記録でしょう》


────十日あまりでレベル5か、それで魔法属性が六個、属性ステータスの合計が十三程上がった勘定だな。先は長いな。


《いいえ。驚異的です。ここに来られる前の翔様がどれほど偉大だったのかが分かります》


────大層に持ち上げるのはやめろ。たかがレベル5など子供にでもなれる。


 穴があったら入りたいような能力値だ。


《翔様は、勘違いをなされているので少し訂正させて頂いても宜しいでしょうか》


────はん?


《翔様にとって、レベル5とは児戯以下でしょうが、一般人にしてみると、そうではありません。レベル5もあれば村一番の力自慢クラスでしょう。このユグドラシルでも、人族の住むミッドガルドはとてもレベルの低いところなんです。彼らにとっては、レベル2のコノリト蝶ですら脅威なのです。翔様があまりにも桁外れなのです》


────そうか。しかし、所詮この程度だろう。


 翔は軽くパンチを繰り出して見せた。レベル5の力の無い事を強調するつもりだったのだが、意に反して『トビュ!』と今まで聞いたこともない風切り音がなる。


「おお!」


 驚いたのは翔だ。


 今まで全く武闘家のステータスは無視してきたがよく見るとかなりステータスが上がっているようだ。


 属性も、拳、蹴、手刀、抜き手などの属性があり、それぞれの攻撃力ステータスも結構な値になったのだ。


────俺には全く分からないがこのステータスはどうなんだ?


《レベル5でこのステータスは驚異的です。このままステータスが上昇すれば、直ぐに上級職に就く資格が与えられるでしょう。お金も直ぐにたまるでしょうから、聖剣士や、魔法剣士などに就かれることをお勧めします》


────ほう。スピード出世だな。


《もちろんです。翔様の驚異的な魔法能力を戦闘系ステータスに注ぎ込んだのですから恐ろしい速度で成長するのが当然です》


────すると、レリエルのおかげということになるぞ。


《いいえ。レベルの上昇はあくまで翔様の努力です。レリエル様は、転生における天の理を理解されていないから、この様な事になるのです》


────やはり。そういうことか。苦労が多い分、大きく育つと言うことだな。


《そうとも言えますが翔様の場合は、やはり元々の天才ゆえの膨大な経験値が原因です。私なら翔様の様な方にはどんな強力な神器があっても手出ししません》


────アリスは、お世辞上手だな。


「ふふふ」と翔が笑うと、メロが不思議そうに翔の方を見る。「何でもない」と翔は言った。

2019年8月6日読みやすくなるよう、訂正しました。

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