057 歳暮に出された聖母(ダジャレかい!)
翔は、目の前の情け無い戦士達を大きなため息をついて眺め回した。
「アンジェリーナ。彼等をどうしろと?」
翔がため息混じりに尋ねた。
『解放戦線』の戦士達は、人の良さそうな少年少女達だった。一言で言えばインドア派だ。
インドア派が悪いわけではないがこれから本当の戦争を始めようとしているのにあまりにも心許ないではないか。
しかも見るからに人の良いお坊ちゃんお嬢さんの集まりなのだ。
「彼等は本当に魔界の住人なのか?」
翔が困惑して尋ねた。
「彼等は魔界の商人達の姉弟よ。一言で言えばお金持ちのお坊ちゃんお嬢ちゃんよね」
アンジェリーナが答えた。
「まてまて、お前がそれを言うか?」
翔が突っ込みを入れた。そもそもアンジェリーナも貴族出身じゃないか。
「彼等は魔界では商業的なギルドを作りそれなりの富を得ている人達の姉弟よ。でも魔界では富は価値観が低いのよ。魔界では力が全て。力が価値観なのよ」
「しかし、こいつらはお遊びでここの組織に参加しているんじゃないよな」
翔が尋ねた。
「まさか。彼等は今まで苦労なくやってきたけど、それではダメだと立ち上がってきた子達よ。死ぬ気でやってくれるはず。ただ、見た通りあまりにも戦いには向いていないのよ」
「俺の見立てじゃ。こいつらの半分は戦争前に姿をくらますな」
翔は辛辣だ。
『解放戦線』のリーダー格の一人であるグニラ・ハヴレーウスという女の子がアンジェリーナの前に飛び出してきた。
「翔さん。『解放戦線』は『破壊党』の戦闘実戦組織です。皆、命を捨てる覚悟はできています」
グニラ・ハヴレーウスが真面目な顔をして言い放った。
「分かった。分かった。お前達の熱意は暑苦しいほど分かったよ」
翔はうんざりして言った。
「アンジェリーナ。お前らの領主の悪魔伯爵ハルファスと悪魔侯爵マルコキアスが戦うのはいつ頃になりそうなんだ?」
翔が尋ねた。
「ええ。予測では三ヶ月後の晴月頃の予定よ」
「三ヶ月でこいつらを戦士にか……」
翔は頭を抱えたくなそうになりながら大きくため息をついた。
☆
魔界の住人はそこそこ強いはずだったが翔の前に勢ぞろいした『解放戦線』メンバー達の様子は惨憺たるものだった。中にはレベル8なんて子もいる。
「アンジェリーナ。こんな子達をどこから集めてきたんだ?」
翔が尋ねた。どうも『戦線』という物騒な響きの組織に参加していそうな者達とは、かけ離れているように思ったのだ。
「主に酒場で出会った子達よ。男女同数で出会いを求めてやってくるのよ」
「おい。それって合コンじゃあないか?」
翔は鋭く突っ込みを入れた。
「合コン?」
アンジェリーナが聞いたことが無いと言う顔で聞き返した。
「橘君。合コンって通じるわけ無いでしょ」
芹那が横から突っ込んできた。
「しかし、こいつら絶対に、インドア派のパーティー大好き少年少女だぞ。こんな奴らに命のやり取りなんてできるはずないじゃ無いか」
「じゃ。いつもの『復活作戦』で行けばいいんじゃ無いの?」
軽く芹那が言った。
「『復活作戦』ってどんな作戦なんですか? 芹那様」
アンジェリーナが尋ねた。
芹那が『復活作戦』の概要をアンジェリーナ達に教えた。レベルを上げるには『復活』が必要だとの翔達の経験を説明され、アンジェリーナは強く食いついてきた。
「まてまて。芹那。軽く復活作戦を提唱しやがって。お前は一度も死んだ事がないから、軽く復活作戦を提唱できるんだ。こいつらに復活障害に耐えて再スタートできる根性があるとは思えん」
翔は辛辣にそう言って芹那の提案を却下した。
「待ってください。芹那魔族様にそんなに偉そうに言われるのは。私達も我慢なりません」
『解放戦線』のリーダー格の一人、エステバン・アベラルドと言う名の男の子が強い口調で言った。
「お前。今ここで殺してやろうか? 俺は『復活』魔法が使えるんだぞ。しかし、復活の天宮での復活じゃないから粗悪な復活になっちまうぞ。あるいは復活できないかもしれんし、復活障害も相当厳しいものになるんかもしれん。お前それでも芹那の言う通り『復活作戦』をしたいのか?」
翔は脅しのために、むしろ優しく言ってやった。
「ああ。直ぐに復活してくれて大丈夫だ」
そのエステバン・アベラルドと言う名の男の子が即答した。
「そういう軽い回答が信用できないんだ。そこまで言うなら、復活の天宮を招聘してきてやろう。少し待っていろ。どちらにせよ、戦争になれば誰かが死ぬんだ。見殺しにはできんからな」
翔は諦めたように言った。
「待ってください。先程から貴方の仰りようが納得できません。特に芹那様への物言いは許せません」
今度は名前も分からないメンバーの女の子が翔に食ってかかった。
「そうだ。お前。先程から失礼だぞ」
メンバーの端の方にいた男の子が叫んだ。
翔はうんざりした顔でアンジェリーナを見た。アンジェリーナは真剣な表情だが事態を収拾する気は無いようだ。
芹那への口調を改めるように言ったわよと言わんばかりだ。
彼等は翔の態度が気に入らないのだ。
次第に『解放戦線』のメンバー数十人はヒートアップして行き、翔に向かって喚き出し始めた。
アンジェリーナが手を挙げて皆を制した。部屋が途端に静かになる。
「私達は、こう見えても芯はしっかりしているわ。死んでも消滅しても文句は言わないわ。もちろん復活障害の苦しみも皆一緒に享受するわ」
アンジェリーナが宣言するかのように言った。
「だから。お前達がして欲しいようにやってやると言っているだろう。『復活の天宮』の用意が整うまで待っていろと言うのが聞けないのか」
「翔。貴方は勘違いしているわ。この子達は悪魔崇拝者よ。ただの人間である貴方がさっきから話す芹那様への暴言が許せないのよ。貴方が本当に芹那様よりも強い事を証明しない限りこの子達は貴方への抗議を止めないわ」
「良い加減にしな。あんたも彼等と同じで自分の主義主張を押し付けているだけじゃない。橘君は私なんかより遥かに強いわよ。あんた達。調子に乗りすぎよ」
今度は芹那が怒りながら叱りつけた。芹那の体から闘気が迸る。弱い『戦線』のメンバーが気を失ってその場に倒れる者もいた。
この一喝でアンジェリーナを含む皆がその場に平伏してしまった。
「お前こそ止めろ!」
今度は翔が強い口調で言って無理やり芹那の闘気を押さえ込んだ。それから彼は芹那の頭を軽く小突いた。
「きゃ。ごめんさない」
芹那が日本人らしく頭を下げて翔に謝った。
アンジェリーナをはじめ『解放戦線』のメンバーにとってそれは衝撃的な情景だった。神と崇める魔族が人間である翔に力で押さえられて最敬礼しているのだ。
「芹那様。翔様。どうか我々をお導きください。失礼な態度はお許しください」
アンジェリーナが土下座したまま翔達に言った。このメンバーが大変な力の持ち主だと言う事が改めて分かったのだ。
「お前も止めろ!」
翔はそう言うとスッとアンジェリーナに駆け寄って彼女を無理やり立たせてやる。
アンジェリーナは何に感動したのか目に一杯泪を貯めている。
「怖かったか。許してやってくれ。すまなかった」
アンジェリーナの泪を見た翔が頭を下げて謝った。
魔族に最敬礼させる程の人間が少しだけ強い程度のアンジェリーナに最敬礼したのだ。今度こそ『解放戦線』のメンバー全てに感動の衝撃が走った。魔界ではあり得ない光景と言って良いだろう。
「すみません。私達が勘違いしていました。翔様。貴方のような人格者を失礼な人間だと思い込んだ我々は愚かでした」
先程、一番最初に激昂したメンバーが土下座したまま言った。
もはや神々への土下座状況だ。あまりの事に翔は呆れるよりも腹が立って来た。
「お前達。俺はこんな事はしたくないのだが仕方ない」
翔はそこで大きくため息をついた。
「「「立て!」」」
翔が支配力を込めた命令を発した。
『解放戦線』の全員がその命令に従った。抗う事が許されない支配の声だ。
それから翔は声のトーンを普通に変えて話しはじめた。
「少し、聞いてくれよ。俺はまぁ、自由に生きたいだけだ。お前達にも自由であって欲しい。泣くのも笑うのもお前らの勝手だ。俺は敵とは戦うがそれ以外のお前達とは平等。対等。お互いに自由だ。お互いに嫌いなら喋らなきゃいい。俺は誰にも媚びへつらいたくない。逆に誰にも媚びへつらわれて生きたくない。もしこれ以上俺にヘコヘコ頭を下げる奴がいたら俺は直ぐにここを出て行く」
☆
しかし翔への態度はアンジェリーナも含めてとても恭しいものになってしまった。
「遺憾だ。遺憾だ」
と翔は叫びたいぐらいだ。
『解放戦線』のメンバーは全部で三千人ほどもいるらしい。全魔界では数万人に登るらしい。アンジェリーナの目標は全魔界の全ての人間を『解放戦線』のメンバーにする事らしい。
それほど大それた望みが叶うとは思えないが、アンジェリーナはここハルファス悪魔伯爵領内の人間の全てが『解放戦線』に加わる事が目下の目標らしい。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
【復活の天宮】
翔は『復活作戦』を実施するために聖母サラを呼びに、『復活都市』の『復活の天宮』に出向く事にした。
復活の天宮に転移すると聖母サラは嬉しそうに走り寄って来た。
「聖母サラ。度々ですまんな。今回は魔界の人間なんだが」
翔は事情を話はじめた。
しかし、翔は深く考えずに聖母サラに話してみたのだが、神々の神殿の人間に悪魔崇拝者達への支援など頼める訳がなかったのだ。
翔の話を聞いた聖母サラは困惑した顔になった。
「翔さん。毎回の事で驚きです。翔さんは『ラグナロク』を回避させた英雄なのにどうして魔界などに行かれるのか……」
「そもそも。魔界に入ったのは魔王の芹那を地上に連れて行くのは当分のあいだ憚れたからだ。それと妖精王女のアメリアだが、あいつは魔界のバルバルス公爵や悪魔皇帝ベルゼブブの手下のウコバクと言う悪魔がグルになって、アメリアの実の父親でオベロンとか言う妖精王と勝手に取引されて魔界に売られて行く事になっていた可哀想な奴なんだ。あいつはそれが許せなくて悪魔達に復讐したいのさ。古臭い復讐なんて止めろと言ってるんだがな」
翔はそこで話を区切りサラの美しい顔を見た。サラは黙って翔の話を聞いている。
「それであいつのために魔界をウロウロしていたら、今度はメロの母親のカロンの情報が得れそうになったんだよ。メロの母親も悪魔崇拝者の暗殺者集団《音無》に殺されたらしいんだが手がかりが全く無かったんだ。あいつにも馬鹿な復讐なんて止めろと言ってるんだが。まぁ情報収集が第一目的で悪魔崇拝者達と関係を持つ事にしたんだ」
「翔さんもメンバーの皆さんのために大変ですね」
サラが翔を労うように言った。
「ああ。本当に大変だよ。悪魔崇拝者のリーダーはゾリ伯爵の娘で俺達も旧知の女だった。何が好き好んで悪魔崇拝者になんてなるのやら。芹那にペコペコするくらいなら俺なら自殺するね。まぁ、それであれよこれよと奴らのいざこざに巻き込まれ奴らの支援をする事になっちまった。あいつらは悪魔崇拝者なんだが、あいつらの目的は魔界での人間の権利を守るって事でまぁそれなら支援してやってもいいかと思ったんだがな」
そこまで説明して翔はサラに肩を竦めてみせた。
「ふふふふ。翔さんらしいですわね。あの最初に復活された時、翔さんが今の姿で復活されていたら私もあの時のように翔さんと仲良くなれたのでしょうか」
聖母サラはそこまで言ってチラリと翔の顔を見たが一瞬で視線をさけた。
「翔さんはあんな平凡な顔形でも私達の信頼を勝ち取られました。いつも翔さんが私達に持ち込む話は一つも信じられそうもないような大変な内容ばかりで驚くばかりですが。今では、私は翔さんのお言葉なら全て信じられます」
聖母サラは優しい笑みを湛えて言った。
「俺は悪魔も神もどっちが偉いとか悪いとか考えずに行動するタイプだ。何よりも誰かの都合で無理強いされるのは我慢ならんからな。最近は女神のブリュンヒルデにこき使われてたから魔界に逃げたって言うのも事実なんだが。お前達は、神様の僕だもんな。悪魔崇拝者は助けられないか」
翔は少し考えれば分かりきっているのに何も考えずにやって来た事がなんだが滑稽に思えて笑いはじめた。
「いえ。『復活の天宮』はその通りですが、私は違います。これからは翔さんと行動を共にしたいと思います。私を翔さんのパーティーに入れてください」
いきなり驚きの話になった。
「おいおい。お前は『復活の天宮』の輝かしいホープだろうが。そんな事ができるのか?」
翔が呆れて聞き返した。
「ふふふふ。私は初めから翔さんと一緒に冒険者にして頂きたかった。それが私の本心です」
サラはそう言った。
「私は、『復活の天宮』の聖母サラではありません。今からただのシスターサラに戻り冒険者になります」
こうしてシスターサラが翔達のパーティーに入る事になった。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆
○シスターサラ
レベル103。19歳。聖母。神聖魔法師。白魔術師。回復魔法師。
復活の天宮から聖母サラが辞職したとの知らせは神聖国アガリアンを震撼させた。
その後、彼女はラグナロクを止めた英雄の支援のために行動を一緒にしているとの噂が広まった。
057 了




