041 蝕って、どう戦うんだっけ?
終末戦争は、蝕により生まれた魔王が、世界中の魔物、魔族、魔人、魔獣を従えて、それ以外の者たちと戦うと言われていている世界の終末戦争だ。
魔物、魔族、魔人、魔獣は、全て世界樹から発生した魔力を糧に誕生する生物達の事だ。その意味では先祖が世界樹から生まれたとされる巨人族、竜族、妖精族などもその内とされておりどこまでが敵でどこまでが味方かその線引きが難しいと言われている。それが種族間の不和の原因にもなっているのだ。
終末戦争が実際にどのような規模のどのような戦いになるのかは全く不明で全ては起こってみないと分からない。
終末戦争は、魔精結晶から生まれた魔王が引き起こすと言われている。少なくとも終末戦争を引き起こすほどの魔王は、生まれた時の幼生時からレベルが500を超えていると推定されている。この幼生は生まれて直ぐに周りの魔物や魔族を支配下に置く実力を発揮するだろうなどと言われている。
蝕は発生すると世界の運命に大きく関わるため、運命女神が神託を下すのが普通だ。
普通、運命女神は運命を良い方向に導くため軽々しくは予言を公表しない。ところが今回は運命女神達は、悲鳴のように騒ぎ『蝕の規模』『蝕の場所』『蝕の時期』を具体的に示した。
『蝕の規模』→今迄にない規模
『蝕の場所』→縦穴
『蝕の時期』→間もなく
このあまりにも明瞭な予言は、今迄になかったのだ。
ユグドラシル世界には全種族が結んだ条約がある。それは終末戦争を全力で阻止する。と言うもので、神と魔王は互いに不戦協定を結んでいる。
蝕が始まると、あらゆる軍は、蝕を討伐する事以外に軍事行動を止めなければならないのだ。
ここ、アガリアン神聖国の首都アレイアン、エメラルド宮殿において、リュシーズ・ロッカ神聖王は神からの神託を受けて暫し無言であったという。
リュシーズ・ロッカ神聖王は物想いから我に帰ると直ちに配下の七つの神聖騎士団と七つの神聖魔法軍団を進発させた。
軍団の各所には終末戦争討伐軍の赤とグレーを斜めに分けた旗が掲げられていた。
☆
ユグドラシルの東端にある七王国の一つガウトランド王国では、国王シグムンド王が、自ら王国軍を率いて出陣した。
シグムンドは、竜殺で不死身となったという伝説の王で、アガリアンの冒険者ギルドの最高峰“大鷲”のリーダーであり今は辞任しているが冒険者ギルド本部の理事であったジークムンド・ノルドハイムの父親である。
彼は息子のジークムンド・ノルドハイムとは性格が少し違い積極的に行動するタイプだった。
「神剣グラムを持ってこい」
若かった日々を思い出して張り切る老人に家臣達は冷や汗を流して諌めた。
「陛下。神剣グラムは王子がトリプルS級の冒険者となられた時にプレゼントなされましたのでここには有りませんぞ」
臣下に釘を刺された。
「とにかく、一番良い剣を持って来い。出陣だ」
それでもシグムンド王は威勢よく叫んだ。
☆
オーラヴ聖王国の首都オラート、ノルニサム宮殿において、国王オスワード・ニョルズ王は、神託を受けた直後に配下の聖騎士団を進発させた。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
この様に世界各国は、終末戦争の緊急出動の神託により慌ただしい対応に追われていた。
そして、この世界の中で一番、戦いの先端にいるのは翔達だった。
「ふぇぇ〜。すっ凄い〜。やっほ〜!」
縦穴の縁でこうも臆面もなく恥ずかしい態度が取れるのはもちろんメロだ。
世界の終末戦争が起ころうとしているのに全く緊張感が無い。
彼女は既に豪華な服装ではない。いつものつば広の山高帽子に派手な色彩の不思議なやわらか生地のローブを着ている。
彼女が縦穴の淵に来て最初にやったのはこの「ヤッホー」ではない。縦穴の真ん中に浮いていた城を誰の停止を受ける暇も与えず超階位魔法の『核爆発』で撃ち落とした事が最初にやった事だ。
悪魔総裁グラシアラボラスは多分何が起こったか理解する暇もなく絶命した事だろう。
「何でいきなり撃ち落としたんだ?」
当然、翔が詰問した。
その場に居合わせた英雄王、美髯王、天才軍師達もメロの恐ろしい魔法に目を白黒させながら翔の詰問に対するメロの回答に耳をすませた事は言うまでもない。この質問に対するメロの回答で皆は納得した。
「休戦協定違反」
メロはそう答えた。
しかしその回答に納得しない者達が六名いたのも言うまでも無い。その代表である翔が突っ込みを入れる。
「お前、さっき覚えたばかりの魔法を使いたかっただけだろう」
「えへ。ばれた〜」
メロは、グラシアラボラスの浮遊城を見た近衛兵の一人が「休戦協定違反だ撃ち落せ」みたいな独り言を言っているのを聞いての蛮勇だったのだ。
水爆のスイッチを子供に持たせてはいけません。誰でもそんな事は分かりきっているはずなのにこうしてヤバイ子供が世に蔓延るのだ。
「仕方ない奴だ」
そう言って翔はそれらの事業を流してしまった。
英雄王はメロのあまりの魔法に口をパクパクさせていた。翔はその顔を見て、魚になった気分だろうなどと考えた。
「英雄王。『奈落の迷宮』はこの中なんだな」
翔が話題を変えて尋ねた。
「ああ。この縦穴を二キロほど降りた辺りに大きな横穴がある。それが入り口だ」
英雄王ミカル・シュティクロート・ユーリが答えた。
「俺達は先にそこに行くぞ。英雄王と皆は適当に来てくれ」
「翔殿。そんな少人数で大丈夫か?」
英雄王が尋ねた。
「ああ。配下が必要ならいくらでも召喚するから大丈夫だ」
翔が答えた。
「しかし、蝕の魔王も迷宮では無数の配下を生み出すと聞いている。今度の蝕の規模は今までにない規模だとか。出てくる魔物のレベルも数も想像を絶するものになるんじゃ」
天才軍師イグナシオ・サイダーンが言った。
「そうだな。レベル500とか言われても何ともできないしな」
翔も英雄王の危惧を考えてみる事にした。そして結論をアリスに向かって言った。
「復活作戦と行こうか」
「シスターサラさんですか?」
アリスが聞いた。
「そうだ。今回も不死身作戦で行こうか」
あっけらかんと翔が言った。
「しかし、翔様。復活をあまり繰り返しますと消滅のリスクが増えますよ」
アリスが忠告した。
「俺は完全消滅なんか信じちゃいない。たとえ消滅しても何らかの一部となって世界に必ず残るんだろう。それが転生の本来の姿なんじゃないか。所詮復活なんて人為的な魔法に過ぎんさ。嫌なら付いてくるな」
翔はサバサバと答えた。
「いえ。私は翔様にどこまでも付いて行きます」
アリスが答えた。
「一番乗りは私。ゴー!」
メロが叫んで縦穴に飛び込んだ。
「スピードで私を抜こうなんて無理だぞメロ」
アメリアがそう叫んで光の速さで飛んで行った。
「私は翔と一緒に参りますわ」
イリスが豊満な胸と胸の間に翔の腕を挟んで腕を絡めながら言った。
「私も、翔様と一緒に行きます」
逆の腕をアリスがつかむ。
「私も、翔さんと一緒に」
レイラが翔の後ろから腰に手をまわす。
「私も連れて行って」
セーラは翔の前から首に掴まった。
英雄王、美髯王、天才軍師他、ユーリ・ウプサラ連合軍の近衛の将兵は翔達の行動に何も言えずにただ見守るしかない。
見たことも無いような美女達が見たことも無いイケメンの翔にくっ付いてさながら劇団のようだ。
「じゃぁ」
そう翔が言うと、次の瞬間、翔達は消えた。
「おお。転移魔法か」
美髯王が呟いた。
「いいえ。あれは転移魔法ではあり得ない」
天才軍師イグナシオ・サイダーンが大きなジェスチャーをしながら言った。
「迷宮への移動にはいかなる転移魔法も使えません」
「それじゃ、転移したフリして飛んだだけか?」
美髯王が少し翔達を貶めるように言った。
「美髯王。あの魔法は、私の知らない魔法である事は間違いありません。転移魔法は、少なくともどこに飛んだのかをトレースしたり、転移場所を感知したり、場合によったら転移を妨害したりする事すらできるものです。彼の使った魔法は、妨害どころかトレースも感知もできませんでした。私などの知らない遥かに高度な魔法であることが感じられました」
イグナシオ・サイダーンが少し興奮して言った。
「余は何が何か分からなくなってしまった。確か悪魔軍団を退治していたのはあの黒髪、黒瞳の男女の魔人二人だよな。『魔人が貴人を害する時』って歌姫の予言のあれだろ。しかしあの山高帽子の女の子にしろあの女神みたいな女の子にしろみんな凄い魔術を使うな」
美髯王が言った。
「はー」
イグナシオ・サイダーンが頭を振りながら大きなため息をついた。
「本当に信じられません。メロ殿までもあの様な魔術を使われるとは私も思いませんでした。何という者達でしょうか。あの魔術は明らかに超階位魔法。あの魔術を使えることはあのお二人とも賢者以上である事を証明しております。これほど若い二人がその様な高位魔術を使えるとは現に見て尚信じられません。それに翔殿は、先ほど軍召喚にも言及していた様に思われます。一般に召喚師の技では単体召喚が普通ですが、稀に強力な召喚師の中には複数の魔物を召喚し使役する者がいるのです。しかし伝説の大魔術師つまり主神オーディン様の事ですが、オーディン様は軍を召喚したとの伝説が有るのです。翔殿の話は言外に軍召喚を示唆されておられました」
「ほう。そんな事を言っていたか」
美髯王はのんきに聞いた。
「はい。部下は好きなだけ召喚するとハッキリと。何もかも我々の常識では測れない方々です」
イグナシオ・サイダーンはとにかく呆れて頭が回らない様だ。
「見たところ、黒髪に黒い瞳の二人は魔人。羽のあったのが妖精族。緑色の髪は木精。銀髪の少女は竜族と見た。皆普通の人間ではないだろう。悩むな悩むな」
英雄王が笑いながら言った。
しかし、英雄王のこの言葉を翔が聞いたら俺はただの人族だと訂正しただろう。英雄王ですら人間の限界を低めに考えてしまうのは生まれながらにか弱い人族として無理からぬ事なのかもしれなかったが、それがただの勘違いだと英雄王は直ぐに嫌でも自身の身体で思い知らされる事になる。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
【奈落の迷宮】
浮遊車で『奈落の迷宮』まで降りてきたユーリ・ウプサラ連合軍は、恐ろしい光景を見る事になる。
そこには数え切れないほどの魔物の残骸がばら撒かれていたからだ。
「全軍。前進!」
英雄王ミカル・シュティクロート・ユーリが命令した。
ユーリ・ウプサラ連合軍二十万人が前進した。
彼等はほとんど魔物に出会わずに二百三十層まで進んだ。彼らがそんなに早く進む事が出来たのは、迷宮の魔物がことごとく退治されていたのと、迷宮に進むべき道を白い矢印で示されていたからだ。
それら全ては翔の錬金術の技によって為された事だ。翔は魔物を倒しながら迷宮の構造を錬金術で変えて行ったのだ。そうする事で新たな魔物が発生しないただの通路に変貌させて行ったのである。
第二百三十一層の入り口には、不思議な空間が作られていた。凄く豪華で巨大な神殿だった。
そこには、慌ただしく何百人ものシスターが復活者を介抱する準備をしていた。
その中の指揮者らしい美しい女性が英雄王達の所に歩いてきた。
「ようこそ、復活の天宮に来られました。私は聖母サラ。皆さんに復活の御技を授けるために『復活都市』より参りました。ここは臨時の復活の天宮です。翔さんが作られました」
シスターサラは職業ランクが上がり聖母になっていたのだ。
英雄王を始め、ユーリ・ウプサラ連合軍の将兵はその豪華な天宮の様を唖然と眺め回した。これは明らかに演出し過ぎだ。
彼らは見た事も聞いた事もないほど豪華な天宮に舞い込んだ気分だ。
「これほど見事な天宮は」
美髯王が呟いた。
「はい。翔さんは錬金術がお得意で、私の為にどうしてもこの様な天宮を作りたいと言われて」
聖母サラが説明した。
「それで、彼らは?」
英雄王が聞いた。
「あちらの回廊を進みその先にある階段を降りれば、魔王の城のある空間に出れるそうです。彼らは魔王が作り出す魔物達と戦ってる最中です。皆さんにも復活魔法を授けますので戦いに向かってください。早ければ早いほど幼生を退治するのが容易だと翔さんは言っておられました。早く支援に行ってください」
聖母サラは、そう言って英雄王に進むべき方向を示したのだった。
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【魔王城の間】
長い長い階段をひたすら何百段も降りて行った。英雄王は、こんな長い階段を下りきったら、二度と登って帰れないのではないかと心の中で恐怖心が湧き上がって来るのを抑えきれないでいた。
どれほど下りただろうか、急に開けたところに出た。
「おお」
思わず声が出てしまうほど巨大な空間が広がっていた。
英雄王の眼前の遥か彼方に巨大な城が見え、今一つの魔法陣が美しく輝いたと思った瞬間、魔法陣から眩い閃光が閃めき大きなレーザー砲の様に城に向かって光が放たれた所だった。
しかしその魔術は、城の手前で巨大なバリアーに阻まれて四散した。
英雄王ミカル・シュティクロート・ユーリは、さっと見渡して、その広場の現況を把握しようとした。
魔王城の手前には魔物達がひしめいていた。数はユーリ・ウプサラ連合軍の数倍はある様だった。
「ナシオ。あの魔物達はどんな奴らだ?」
ユーリが叫ぶ。
「凄い。彼奴らは皆、レベルが80以上ある。ここは近衛の将軍級しか通用しないぞ」
天才軍団、イグナシオ・サイダーンが答えた。
「俺には、翔殿達の前の魔物の群れは、味方に見えるんだが」
美髯王が聞いた。
「戦っているようだし」
確かに良く見ると翔達七人の前には十万に及ぶ魔物が横列になって敵の魔物と戦っている。
「ナシオが言った通り、彼奴らは軍召喚ができる様だな」
英雄王が口笛を吹いた。
「これは心強い」
「見てください、次々に味方する魔物の軍団の数が増えていきます」
近衛の将軍の一人が叫ぶ。
英雄王が注目すると、無数のサラマンダーが魔法陣から湧き出ているのが見えた。
サラマンダーは魔法陣から出てくると翔達の前の戦線に参加していく。そして参加すると直ぐに恐ろしい炎を口から吐いて相手の魔物を攻撃し始めるのだ。
「よしこれはいけるぞ」
英雄王は興奮して歓声をあげた。
それを見ていた天才軍団イグナシオ・サイダーンも頷いた。
「我々も加勢する。彼らの後方から魔法をかけた弓を射るぞ」
イグナシオが将軍達に位置や魔法など細々した注意を与えて行く。
「俺は、彼らの戦いに参加してくるぞ。俺を探すなら戦場か復活の天宮に来い」
英雄王はそう叫ぶと単身馬を急かせて翔達の所まで駆け出して行った。
第十回目の蝕討伐はこうして始まった。
041 了




