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欠陥だらけの天才魔術師(副題:天災魔術師になった天才魔術師はスローライフを生きて行けるか?)  作者: Seisei
第二章 仲間編

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038 魔界貴族ウコバク

【時間は少し遡る。翔達始が魔牛オーブルを大量に狩ったために魔牛オーブルが身の危険を感じて少しずつ西に移動し始めた頃。魔界】


 魔界貴族のウコバクは、尊大な身振りで彼の前方に平伏している領民達を見回していた。


 彼は、身体には不釣り合いなほど大きな頭をしている。瞳も一回り大きい。特徴的な尖ったクチバシのような口をもっていてどちらかと言うと愛嬌のある外見だ。魔族特有のツルツルの肌にいろんな突起物がでている。体長は人間よりもやや小さいぐらいで決して大きくはない。


 彼の配下の下級悪魔レッサーデーモン達は彼の後ろにひざまずいてかしこまっている。彼が機嫌が悪い事を承知しているのだろう。


悪魔デーモン従男爵バロネット様」

 下級悪魔レッサーデーモン達の中でリーダー格の一人がウコバクの背後から見上げる様にして話しかけてきた。この下級悪魔レッサーデーモンは、ウコバクの片腕のような存在だ。


 下級悪魔レッサーデーモンは見た感じは美しい女性である。


「うるさい。誰が話しかけて良いと言った」

 ウコバクは容赦無い語気で叱責した。


 ウコバクは背後の下級悪魔レッサーデーモンではなく前方に注意を向けていた。彼の前方には大勢の魔物達が地面にかしずいている。この者達は彼の領民達だ。ウコバクはその領民達をよくよく見て頭を考え込んでいるのだ。


(こいつらではな)

 ため息が出る。


 彼の領民達はミッドガルドで言えば相当上位の魔物達だ。大鬼オーク・ハイ原祖吸血鬼ピュアドラキュラ死霊魔術師エルダーリッチ上級狼人間ハイライカンなどの魔物だ。レベルで言えば50前後はあるだろう。


 ミッドガルドの冒険者ならS級パーティー戦で相手ができるだろうレベルの魔物で、ボス級の魔物達だった。しかし魔界貴族たるウコバクにとっては、この魔物達はあまりにも弱くて使い物にならないレベルだった。


 ウコバク達魔界貴族は、一般的には上級悪魔グレーターデーモンと呼ばれて恐れられている。魔界の住民は多種多様であるが実力があれば種族に関係なく魔界の高級貴族になることができる下剋上の世界なのだ。


 つい最近も、ウコバクよりも上位の貴族である悪魔総裁(悪魔男爵にして子爵達)の首座である第一位階ビュエルが敗れ同じ悪魔総裁の第八位階のマルバスがいきなり第一位階に飛び出しウコバクを驚かせ且つ羨ましいがらせた事件があったばかりだ。


 自動的にビュエルが第二位階の悪魔総裁になり第二位階だったグアシアラボラスが第三位階悪魔総裁と序列が変更された。


 当然グアシアラボラスも黙って第三位階に落とされる事に同意したとは思えない。場合によっては敗れた元第一位階のビュエルと共闘してマルバスを葬り去る事も十分に想定される事で、そうならなかったのはマルバスが首座になる事について上位の悪魔総裁達の中で何らかの決着が有ったからなのだろうとの想像はできるが、真実はウコバクの預かり知らぬ雲の上の話だ。


 しかしウコバクにでも分かる事がある。それは普通ならグアシアラボラスのような上級魔界貴族が決してやらないだろう、縦穴フェラシオスの掃除をグラシアラボラスが黙ってやった事には理由があるのだろう。


 それはマルバスが世代交代を内外に示す為にグラシアラボラスに無理やりさせた一種のデモンストレーションにちがいない。


 彼ら魔界貴族の間で縦穴フェラシオスの掃除とは、魔界の魔族の間引き作業だ。


 魔物はネズミと同じで恐ろしい繁殖力を持つ。放っておくと恐ろしい数に増えてしまうのだ。これを大量発生といっている。魔界のように無限の広さと豊穣さを持つ所では魔物はどんどん鼠算式に増えてしまうのだ。


 その為、魔物の数を減らす目的で毎日下級悪魔レッサーデーモン達が表向きはミッドガルドの討伐という事にして魔物達を縦穴フェラシオスから戦いに出しているのだ。これをその趣旨から縦穴フェラシオスの掃除と言っているのだ。


 魔界では力のある者が力の無い者から搾取するのが当たり前の場所なのだ。


 それではウコバクのような下級の魔界貴族など、実力の無い者はどう生きて行くかだが、それは力のある者の庇護下に入る事だった。


 ウコバクは魔界の最上位階の九魔王と言われる魔王達の内の一人、悪魔デーモン皇帝エンペラーベルゼブブの庇護下に入っている。ベルゼブブのような実力者の庇護下にあるおかげで、彼のような弱小魔界貴族の彼が外交官としてそれなりに活躍することができている。所謂いわゆる虎の威を借る狐である。


 しかし、このような関係が恩恵ばかりかと言えば、魔界はそれほど甘い世界ではない。時として上位者の庇護が暴力や命令に変わる事がある。今回もベルゼブブ配下の下級の魔界貴族達に、ベルゼブブから緊急の出陣の命令が下されていた。


 しかし、今回の出陣の命令は、いわば非公式の軽い要請でしかない。魔界において上位のサタン、ルシファーと並び称される悪魔皇帝ベルゼブブが本気で出陣するなら魔界だけでなく天界をも巻き込んだ大騒ぎになるだろう。


 今回の出陣の要請はベルゼブブ配下の中でも極めて下級の魔界貴族のみに要請された特別な出陣命令だった。


 ウコバクは三千の配下を集めるように命ぜられたので、自分の領民から兵を集める準備として、こうして領民を招集しているのである。


(こいつらでは格好がつかん)ウコバクは領民達を見つめながら嘆息して思った。


 ウコバクは彼の背後を振り返り下級悪魔レッサーデーモン達を見る。

(せめてこの下級悪魔レッサーデーモン程度のレベルは必要だな)


 ウコバクが見た下級悪魔レッサーデーモンは、サキュバスという下級の悪魔だ。淫夢を見せて情報などを収集する悪魔達だ。


 最下級の悪魔であり、レベルは60〜80ぐらいまでの悪魔だ。彼のすぐ後ろにひざまずいているリーダー格のリリムは比較的レベルが高く84ある。なかなか優秀な下級悪魔レッサーデーモンだった。


「俺様の部下に領民共のようなクズ魔物を加えるのは俺様の矜持きょうじが許さん」

 ウコバクはリリムに言った。


「はい。悪魔デーモン従男爵バロネットの我が君がかような下級の魔物を配下とされるのは格好が悪うございます」

 リリムも同意する。


「しかし、どうする事もできぬしな」

 ウコバクは考え込んだ。


「我が君。例の妖精王のカードを切られたらいかがでしょうか?」

 リリムが言った。


「黙れ! この様な場所で口にする様なことか」

 叱責しつつもウコバクの声はそれほど鋭くはない。顔を見れば良い案だと思っている事が伺えた。


「ワシはバルバルス公爵様に会いに行くぞ」

 ウコバクはリリムに言った。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


【翔達が魔牛オーブルを狩りまくったため、魔牛オーブルが本格的に大移動し始めた頃。ユーリ王国、首都バルラタイトの王宮にて】


「歌姫の予言は本当に解消されたのでしょうか」

 美姫とのほまれ高いユーリ王国王妃アタナシウスが恐ろしそうに聞いた。


「大丈夫だ。我々が予言の魔人を捕らえたからな。予言のように魔人は貴人を害する事が出来ぬようになった。だから予言は絶対成就しない」

 英雄王ミカル・シュティクロート・ユーリがなだめるように言った。


「しかし、陛下。東の方では何やら魔牛オーブルが大量発生しておるとか。ラグナロクの兆しでは無いのでしょうか」

 アタナシウス王妃が恐る恐る尋ねた。


 女子供と言うのは何が起こっても直ぐに終末戦争ラグナロクと結び付けたくなる。ユーリ王国の英雄王であるミカル・シュティクロート・ユーリは心底うんざりしつつ顔ではにこやかに王妃の機嫌を取っていた。


魔牛オーブルは遥か昔から見渡す限り大地を埋め尽くす草原の覇者だったのだ。今更多少増えようが減ろうが大した違いは無い。冒険者ギルドから間引きのためのクエストも発行されたと聞いている。誰が何をしようと大した影響は無いから王妃。安心しろ」

 英雄王がなだめる。


 皮肉な事に、正にこの時、緊急を報せる使者が入ってきた。


 緊急の報せによると、魔牛オーブルが原因不明の大移動を始めたというのだ。移動している魔牛オーブルは少なくとも数百万頭もいるらしい。気が狂ったようになって西に向けて走っているという。


「一部ではラグナロクが始まったと噂しているものもいるとか」

 報らせを持ってきた使者はそう最後に付け加えた。


 英雄王ミカル・シュティクロート・ユーリは信じられないと驚きの顔をしたが、驚いたのも僅かな瞬間だった。


「髭王にも使者を。全軍。東にむけて進発する。終末時ラグナロク軍事発令!」


☆☆☆☆☆☆☆☆☆


【ユーリ王国軍が先に進発したとの報らせをウプサラ王国、王都バルサーンの王城にて受ける美髯王】


 ウプサラ王国の美髯王は使者の顔を覗き込んだ。

魔牛オーブルの群れだと。あいつらはレベルは高いが大人しい性格なんじゃ……」


魔牛オーブルの数はそもそも一千万頭とも言われておりましたが、近年は急増して数倍になっていたようです。調べによりますと我国の東端に住まう銅鉱石の鉱山夫達から討伐要請が入っていたようです。今にも村が壊滅するかのような大袈裟な表現だったため無視されていたようですが。行政府は少なくとも冒険者ギルドへのクエストは発行していたようです。その数千万頭もの魔牛オーブルが突然怒涛となって西に移動しているというのです。今の所、村や街を避けて移動しているようですが、その勢いや数は言葉に出来ぬほど恐ろしいものだそうです」


「それで、ユーリの英雄王殿は、出陣されたのだな」


「はい。西に向けて進発されました」


「分かった。我が国も全軍を率いて参ると英雄王に伝えろ」



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


【時を同じくして、魔界の悪魔大公爵バルバルスの居城にて】



「三十六の軍団を率いる大いなる地獄の伯爵にして公爵様。本日は忙しいところ、ご尊顔を拝しまして恐悦至極にございます」

 ウコバクは拝礼の姿勢を崩さずに言った。


「ベルゼブブ陛下のしもべよ。本日はいかなる用だ?」

 悪魔デーモン公爵デュークバルバルスはウコバクの恭しい挨拶など歯牙にもかけずお前などはベルゼブブの配下だから会ってやっているのだと暗に匂わせながら言った。


「本日は閣下にお願いしたいことがあり参りました」

 ウコバクはそこまで言ってから厳しい反論や傍若無人の暴力が飛んで来ないか一旦様子を見るようにバルバルスの顔色を伺った。


 バルバルスは黙ってウコバクの話を聞いている。


「ベルゼブブ陛下は東の地では牛魔王とも呼ばれ、魔牛オーブル共はベルゼブブ陛下を慈父じふの如くうやま尊崇そんすう致しております」

 ウコバクはそう言ってまたバルバルスの様子を伺った。


「それがどうしたと言うのだ」

 バルバルスは怪訝な表情だ。もともと主天使キュリオテテスだったバルバルスは見るからに美しい姿で悪魔と言うイメージからは程遠い。しかし、禍々しい雰囲気は恐ろしいばかりだ。


「はい。魔牛オーブルは今現在、何者かによって数え切れないほどの頭数が虐殺されているというのです。そこで魔牛オーブルの上位者が我が陛下に救援を要請してきたのです。陛下はそれを受けて派兵をする事にされました」

 ウコバクはそこで話を止めた。


魔牛オーブルのように気弱で大人しい性質の魔物がどうしてそれほど虐殺されるというのだ」

 バルバルスの声は腹の底から出たような低音で聞いているだけ恐ろしさで震えが出そうになる。


「そもそもは、ミッドガルドの南端で発生した蝕の不発が原因であったと我々は考えております。蝕が不発だったために魔力の分散が起こったのでしょう。分散した魔力が他の魔物を増やしてしまったのです。プザス悪魔公爵閣下が魔界のクズ魔物の大掃除をされた八年前がその予兆だったのです。ミッドガルドでも様々な魔物が凶暴化し繁殖力の旺盛なゴブリンや魔牛オーブルのような魔物が大量に発生してしまったのでしょう。増え過ぎたゴブリン共や魔物オーブル共を神々の手先の冒険者ギルドで討伐しているようです」


半神英雄エインヘリャル共の仕業だと言うのだな」


「そうなのでしょう。魔牛オーブル如きでも魔物は魔物。か弱き人族には荷が重すぎるでしょう。天界の神々は不介入条約がありますから直接ミッドガルドへ介入しないでしょうし半神英雄エインヘリャルしかおりませんでしょう」


「ウコバクよ。か弱きベルゼブブのしもべよ。さかしらに、我に講釈を垂れに参ったのか」

 そろそろ回りくどいウコバクの話にバルバルスは嫌気がさしてきたようだ。


 ウコバクは必死になって要点を伝えようと焦った。下手をするとバルバルスの恐ろしい攻撃を受けかねない。


「閣下。我が主、ベルゼブブ陛下は、ミッドガルドのしもべである魔牛オーブル達の救出のため私もミッドガルドに遣わされる事にされたのです」


「お前達のような小悪魔を遣わすのは神々への牽制だな」


「恐らく仰る通りかと。我々如き下級の悪魔であれば八年前のプザス閣下による大掃除の時のように神々に攻撃される事も無いと考えられますので」

 ウコバクがさも感心したかのように言った。

「しかし私のような下級の魔界貴族が編成できる軍など。ベルゼブブ陛下の面目を潰すようで……」

 そこでウコバクは言葉を切った。


「それが私にどのような関係があると言うのだ?」

 バルバルスは胡散臭そうに顔をしかめながら言った。


「はい。是非私に閣下の優秀な部下を貸して頂きたいと」

 遂にウコバクは本来の目的を言った。あまりにも畏れ多くて目は泳いでバルバルスの顔を見る事もできない。


 ここでバルバルス公爵はなぜ自分がそのような事をする必要が有るのかとは聞かなかった。

「妖精王の件をダシにお前は我を脅しておるのだな。まぁ良い。ベルゼブブ陛下に恩を売るのも悪い事ではないだろうからな。お前はひ弱な魔族だが、奸智かんちに長けておるな。陛下も良きしもべを持たれたものだ。我がしもべノスフェラトーよ。この者の要求する兵を与えてやるがいい」

 バルバルスは彼の背後に控えていた悪魔に命じた。


 ノスフェラトーは恐ろしい覇気をウコバクに放ちながら首肯しゅこうした。しかしその目は怒りで釣りあがっている。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


【戦女神ブリュンヒルデに魔牛オーブルの討伐を要請されて、魔牛オーブルを討伐し終わった頃。そうとは知らないウプサラ王国軍はユーリ王国軍と合流するために東進していた。そこにバルサーンから美髯王に急報が届けられた】


 縦穴フェラシオスから悪魔の軍勢十万余がミッドガルドに侵入し、ウプサラ軍の後方に向けて行軍していると言うのだ。


「首都バルサーンは大丈夫なのか?」

 真っ先に美髯王は使者に尋ねた。


「はっ。悪魔の軍勢は縦穴フェラシオスを出ると直ぐに東へ向かいました。幸いバルサーンは無傷です」

 使者が答えた。


「良かった。よし! 全軍。全力疾走! ユーリ王国軍と合流し悪魔軍を迎え撃つ」

 美髯王は直ちに決断し、部下に叫んだ。


 前方に魔牛オーブルの群れ、後方に悪魔軍。下手をすると挟み討ちだ。そのタイミングをずらすには一刻でも早くユーリ王国軍と合流してどちらか一方を打つ必要がある。


「陛下。天界に支援を要請しましょう」

 美髯王の配下の一人が進言した。


「よし。直ちにバルサーンに帰還し天界と交信せよ」

 美髯王が命じた。



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


【戦女神ブリュンヒルデの要請で魔牛オーブルを退治した翔達は、ブリュンヒルデから報酬を貰った後、馬車で優雅に旅をしていた。ユーリ・ウプサラ連合軍の横を通り過ぎ彼等の前方には悪魔の軍団十万が控えている】


「翔。この馬車は本当に素晴らしいな」

 アメリアが感嘆して言った。


 馬車の中は超高級車のリムジンの中のような感じになっていて革張りのふわふわのソファーが何列か並んでいる。座り心地の最高なクッションになっていて皆、思い思いの格好でくつろいでいる。


 翔達はメンバーが全て別行動をしてそれぞれで魔牛オーブルを討伐して回ったのだ。嫌と言うほど魔牛オーブルを狩りまくった。


 全ての魔牛オーブルを討伐したご褒美として翔達はまた、一つずつサブ職業を獲得したのだ。特に翔は一子相伝の剣の流派『幻妙剣』流を一つの職業に認定してくれたから一度に二つも職業が増えた。レベルの上がり方もさる事ながら職業補正が半端ない。恐ろしいような実力の上がり方だった。


 翔はアメリアがクッションにもたれて気持ち良さそうなのを見て笑いかけた。


「この馬車にはショックアブソーバーっていう機構が組み込まれているんだ。ユグドラシル世界では最初の馬車だ。地面がどんなにでこぼこでも全てのショックを吸収してくれるから高級車に乗った気分だろう」


 ちなみに馬の手配が面倒だったので魔牛オーブルの特に強そうなのを捕まえて馬車を引かせている。なので正確には牛車だ。


「翔。もう歩かずにずっとこれに乗りたい」

 メロがわがままを言いだす。


「ずっとこれに乗って修行しなかったらどうやってレベル上げをするんだ?」

 翔が突っ込む。


「だってもう充分強くなったでしょ」

 メロが頬を膨らませて主張した。


「馬鹿め。アメリアの天敵の大悪魔バルバルスは、俺達よりもずっと強い。あるいは若い時の竜王が相手になったとしたらまだまだ俺達じゃ全く役立たずだ。もっともっと強くならないと。好き勝手できないぞ」

 翔が言った。


「確かに翔様の野望を叶えるにはまだまだ強さが足りませんね」

 アリスが言った。


 しかしアリスの言う強さとは、強さだけで世界を自由気ままに過ごせる強さの事で、それは大神や魔王ほどの強さを持たねばとても無理だ。そんな強さは普通は誰も求めない強さだ。


「そう。私はまだ満足しない」

 メロが全く逆の事を宣言するかのように言う。彼女の場合、何も考えていないと言うのが本当だ。


「お前はもう十分強くなりすぎた」

 翔もまた逆の事をメロに言った。

「お前は水爆みたいなやつだ。放っておいたら終末戦争ラグナロクのスイッチになりかねない」


「水爆って強い魔法?」

 メロの興味は別の所に行く。


「おう。『核爆発ニュークリアエクスプロージョン』は凄い魔法だぞ」

 翔も魔法オタだ。そう振られると直ぐに乗り気になる。


「どうやるの?」

 メロが目を輝かせて翔に近づく。アメリアを乗り越えて翔の寝転がるソファーまでやって来る。


 日頃の潔癖性を忘れているように横になっている翔の上に跨って顔を覗き込んだ。


 翔は役得とばかりにメロのお尻を撫で撫でしているがメロは気づいていない。



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


【魔王軍は、魔牛オーブルを探している】


魔牛オーブルなどどこにでもいるだろうが」

 ウコバクが叫んだ。


「それが『探知サーチ』には弱い反応しか示さないのです」

 ウコバクの使い魔、リリムが答えた。


「あんなゴミ溜めのような魔物が反応しないわけがない。とにかくその反応の方に進め」

 ウコバクは命じた。


 彼はバルバルスから借り受けた軍を配下に加えた事で今回の支援の中で最大戦力になる事ができた。このため彼が今回の遠征の司令官に任命されたのだ。


 魔界貴族の中では弱小貴族に過ぎないウコバクは自分の実力に余る役を得て有頂天になっていた。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


【ユーリ・ウプサラ連合軍】


「悪魔軍はやや東に向けて進んでおります。このままでは我々の東に出るでしょう」

 伝令が知らせた。


魔牛オーブルと合流して我々を討ち取るつもだな」

 英雄王ミカル・シュティクロート・ユーリが言った。

「天才軍師はどう思うのだ?」


「何も分からん。魔牛オーブルと示し合わせているのは間違いないが。悪魔共の考えることはいつも不明なことばかりだ。八年前の突然の侵攻も驚いたが、本日の侵攻にも驚いている。何が何か不自然極まりない」

 ユーリ王国の天才軍師イグナシオ・サイダーンが首をかしげながら言った。


「ユーリの天才軍師が分からぬのに我々が分かるはずがないな。とにかく敵軍が明確に行進を進めているのだったら奴らの思うところを邪魔するしかあるまい」

 美髯王ハラルドルはそう言った。


 英雄王も天才軍師も黙って頷いた。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


【悪魔軍とユーリ・ウプサラ連合軍が対峙している】


 ユーリ・ウプサラ連合軍の数は二十万。悪魔軍は十万。両軍は次第に距離を縮めつつあった。


「あれは誰の旗だ?」

 英雄王ミカル・シュティクロート・ユーリが怪訝な顔で尋ねた。

「見た事がないな」


「あれは、悪魔デビル従男爵バロネットのウコバクの旗のようです」

 ユーリ王国の近衛軍の中の一人が答えた。


「ウコバク。ベルゼブブの外交官のか?」

 イグナシオ・サイダーンが尋ねる。


「その通りです。ウコバクは、悪魔デーモン皇帝エンペラーベルゼブブの外交官で古参の智謀の文官です。しかし武人としての記録はありせん」


「どうも悪魔どもは、人間を下に見たがるからな。どうしてそんな雑魚を寄越すんだ?」

 英雄王ミカル・シュティクロート・ユーリは肩を竦めた。


「それはミカも同じだろう」

 イグナシオ・サイダーンも笑いながら言った。


「英雄王殿は、強すぎて人間では無くなっているのだ」

 ウプサラ国王美髯王ハラルドル・ユグリンドが揶揄やゆするように言った。


「美髯王。我らが強いと言っても所詮たかが知れている。ウコバクにしろ悪魔の数に入っている奴らは最下層の者でも驚くべき強さだ」

 ミカル・シュティクロート・ユーリが答えた。彼は馬鹿にするのではなく安心したいのだ。


 悪魔達がいつ大挙してミッドガルドになだれ込んでくるかも知れないとの思いは為政者として拭う事のできない恐怖なのだ。


「そうだな。無限にいる魔牛オーブルと言い、悪魔の軍団と言い厄介なことだらけだ」

 美髯王が呟いた。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


【悪魔軍】


「どういうことでしょうか。我々がこうして魔牛オーブル共の支援に来るとどうして漏れたのでしょうか」

 ウコバクがノスフェラトーに尋ねた。


 ノスフェラトーはバルバルス公爵の部下の上級悪魔グレーターデーモンだ。強さはウコバクよりも遥かに強いはずだ。この遠征でベルゼブブがウコバクを遠征軍の司令官としたのはノスフェラトーの存在が有ったからだろう。


「人間は狡猾な生き物だからな、我らの中に裏切り者がいるのであろう。しかし所詮人間の軍など取るに足りぬ」

 ノスフェラトーが答えた。


「しかし、プザス公爵がミッドガルドに攻め込んだ時は、人間共の軍に負けたのでは?」

 ウコバクが聞いた。


「あれは魔界の掃除をするのが主な目的だった。人間共には半神英雄共も加勢していた。さらに公爵様は、神々が介入したら直ぐに撤退すると決めておられたのだ。今回も半神英雄の加勢はあるだろう。あまり勝ち過ぎると神々の介入もある。今回も同様の作戦で行動すべきだな」

 ノスフェラトーが言った。


 ノスフェラトーは八年前のプザス公爵のミッドガルド侵攻に参加していたのだ。


(この男は使える)

 ウコバクはほくそ笑む。


「分かった。ノスフェラトー殿。撤退のタイミングになったら教えて欲しい」

 ウコバクが頼む。


「承知した。無駄に我らの兵力を減らす事は出来ぬからな。この僅かな兵力で何も出来ぬだろう。しかし魔牛オーブルの反応がこうも小さいのはどういう訳か……」


 『探知サーチ』では小さな反応しかない。その反応はもう直ぐそこなのだが、無理にそこにまで行くのも考えがなさ過ぎる。


 空を見上げると飛竜の群れが彼らの軍に近づいて来ているのが見えた。人間の軍では比較的強力な飛竜大隊だ。


 戦端が開かれようとしていた。



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


【ユーリ・ウプサラ連合軍】


 ミカル・シュティクロート・ユーリは、美髯王から全権を渡された。


 全軍の前に出て彼は、自身が育て上げた聖騎士団を整列させた。


「悪魔共は、こんな兵力で我々に勝てると思っているとは笑止。我らミッドガルドの精鋭の力を思い知らせてやれ」

 ミカル・シュティクロート・ユーリが叫んだ。


 英雄王の叫び声に応えるように聖騎士団が歓声を上げた。


 その時、イグナシオ・サイダーンが英雄王の注意を空に向けさせた。ウプサラ軍の使者である事を示す旗を立てた飛竜が舞い降りて来ていたのだ。


 英雄王は、騎馬を走らせて飛竜の降り立とうするところに駆け寄って行った。美髯王や近衛兵もその後を追う。


 英雄王は飛竜の騎乗兵の近くまで走り寄った。


「どうした?」

 ミカル・シュティクロート・ユーリが馬上から叫んで聞いた。


「天上界より知らせです。もう直ぐここに半神のレイラ・リンデグレン様ご一行が来られるそうです。それまで攻撃を控えるようにとの事です」



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


【それより前。のんびり旅を楽しむ翔達】


「翔様。お腹すきましたわ」

 イリスが翔の腕にまとわりつきながら言った。


「お前達は揃いも揃って食事の用意もできないとはどういう事だ」

 仲間が増えようと食事の用意ができる少女は仲間にならなかったのだ。


「ご飯。ご飯。翔。遅い」

 メロが騒ぎ出した。


「皆さん。すみません。またブリュンヒルデ様から通信が入りました。静かにしてください」

 レイラ・リンデグレンが叫ぶ。


 メロが可愛い顔で口の前に指を立てて周りの皆に静かにしろとアピールする。


 レイラは両手を胸の所で組んで集中していたが交信が終わったのだろう顔を上げた。


「女神様から、またお願いが来ました。なんでも私達の近くに悪魔の軍団が近づいているようです。それほど強い悪魔はおらず、何のための行軍かは不明ですが、天界から支援があるまでユーリ・ウプサラ連合軍を支援して欲しいと言うのです」


「そんなに強く無いんだったらやっつけてもいいの?」

 メロが尋ねた。


 レイラが頷くとまた女神との交信を始めた。しばらくして。

「私達なら大丈夫だろうとの事です。悪魔達を倒せれば半神英雄としての称号を授けて頂けるそうですが」

 それを伝えるレイラの顔がほんのりと桜色になっている。


「レイラやったね」

 メロが歓声を上げた。


 半神英雄エインヘリャルになる事はレイラの夢が叶う第一歩だ。戦女神になる為には半神英雄エインヘリャルになる必要があるのだ。


「レイラの為だやるぞ」

 翔が宣言する。皆に否やはない。

「レイラ。人間達に手出しは無用だと知らせろ」


038 了

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