ちょっとケンカがありまして
八
おじいちゃんとおばあちゃんがこっちへやってきてから一週間が過ぎた。俺としてはそろそろ帰って欲しいのだが、おじいちゃんもおばあちゃんもそろそろ帰りましょうかの「そ」の字さえ口に出さない。まさか本気でこのアパートに住むわけでもあるまいし、一週間経っても俺はおじいちゃんの意図が読めずにいた。
「おうい、枝豆まだかー?」
おじいちゃんは枝豆が大好物で、冷凍の枝豆を買ってきてはおばあちゃんに解凍させてムシャムシャと一心不乱に食べている。枝豆があるとおばあちゃんの作ったおかずになど目もくれない。酒をちびちびとちびりながら片手で枝豆をムシャってまたちびる。マックスバトルフォームに変身すると両手で房から枝豆をピュッピュッと飛ばし食いしながら10房を8秒で食べてしまう。痛風にならないかと心配しているが、今のところ大丈夫のようである。
「まあ何だな、おじいちゃんは枝豆が好きだからさ、生粋の酒飲みなんだろうな。枝豆好きなヤツなんて酒飲みくらいしかいないだろ」
そう言いながらビールを流し込むかのように枝豆を口の中に押し込んだ。おじいちゃんはあまりにも枝豆が好きなのですぐに胃に流し込まず噛み砕いた枝豆をほっぺたに停留させておく。30房分の枝豆を口にほお張った後、それをまた細かく噛み砕いて枝豆のエキスを味わいながら流し込むのだ。そんな汚い食べ方をしているので、あまりにほお張りすぎて人間ジャンガリアンのようになっている時もある。
「ほぉーう食べれふふん。ほちほうははふふたぁ」
おじいちゃんは枝豆を食べ過ぎてしまうので、時折おばあちゃんのおかずを最後まで食わずに、「ごちそうさま」してしまうことがある。今日もまた「もーう食べれません。ごちそうさまでした」を枝豆をほお張りながら横着して言った。普段はあらあらと言いながらおばあちゃんもおかずを片付けるが、おばあちゃんは今日もまたパチンコで矢吹丈になってしまったので虫の居所が悪かったらしく、「食べないならもう作りませんよ」とおじいちゃんに釘を刺した。
「おばあちゃん、何か怒ってるけどどうしたんだ?」
おじいちゃんが心配そうに言うのでまたいつものパチンコだよと言うと、おじいちゃんも納得していた。
「あいつは本当に分かりやすいヤツだな」
その言葉が癪に障ったのかおばあちゃんは珍しくおじいちゃんに突っかかってきた。
「何よ、負けて腹が立つのは当然でしょ? それともあなたは負けて腹が立たないの?」
「腹が立つとか立たないとかそういうことじゃない。お前は嫌なことがあるとすぐに顔に出すからそれが良くないって言っているんだ」
「何よその言い草は。じゃあ何も考えずにただ黙って家事でもしてろって言うこと? 冗談じゃないわよ。何であたしがただ黙って家事をやってなくちゃいけないのよ。たまにはあなたも動いたらどうなの? あたしにばっかり料理洗濯掃除やらせてないで」
「家事万般はお前の仕事だろう」
場の雰囲気が悪くなってしまった。おばあちゃんは無言のまま台所へ引っ込んでしまった。おじいちゃんはテレビを観ていたが、内心悪いことを言ってしまったと自覚しているようで、目が少し泳いで、ため息ばかり吐いていた。
「きゃあああああああっ」
おばあちゃんの悲鳴が台所から聞こえて急いでおじいちゃんが台所へ向かうと、おばあちゃんは飛び上がって床をドタドタさせていた。駆けつけたおじいちゃんに抱きつくとおばあちゃんは床にうごめく黒い物体を指差した。
「ご、ゴキブ、ブリ、ブリ」
「まかせろ!」
そう言うとおじいちゃんがハエタタキを使ってゴキブリを叩き潰したので、俺の部屋の台所の床がゴキブリの死骸で侵されてしまった。そしておじいちゃんは親の敵のようにゴキブリの死骸をさらにハエタタキで叩きつけた。少ししておじいちゃんが死亡を確認するとゴキブリの死骸がおばあちゃんの視界に入らないように背を向けながら死骸の掃除をした。
「ゴキブリ1匹出ると何十匹も住んでいるって聞いたことがあるからよ、明日バルサン焚いておこう」
おばあちゃんはゴキブリが大の苦手なので、おじいちゃんが勇敢に見えたらしく先ほどの口論も忘れておじいちゃんへのボディタッチを頻繁にし始めた。おじいちゃんとおばあちゃんがラブラブになったところで部屋の玄関ドアからノックする音が聞こえた。ドアを開けてみると案の定、下の階に住んでいるアパートの住人だった。おばあちゃんが悲鳴を上げていたので心配そうな顔をしていたが、ドタドタやっていた原因がゴキブリだということを知ると、「にぎやかな家族ですこと」と皮肉ってきた。