ギャンブル狂いの四十万(しじま)さん
七
仕事中に四十万さんが先ほどから怪しい動きをしていることに気が付いた。普段から変な人だと決め付けているが、今日は特に変である。ライン作業をしている最中にもかかわらず、隣でモゾモゾと何か動いている。たまに肩を揺さぶってみたり、首を回してみたりと最初は眠気でも覚ましているのだろうかと思っていたが、いきなりドタドタと足を動かしてみたり、アゴをしゃくれさせてみたりとどうも動きがドリフチックになってきたのでただ事じゃなさそうだと推理した。そしてそんな人間には近寄らないほうがイイという結論になり、休憩の時間も話しかけないことにした。
「玉ちゃん。ちょっと聞いてくれよ」
休憩中に極力近寄らないようにしていたのに、まるで追尾ミサイルのように俺の後を追ってきて俺の隣でメロンパンを食べ始めた。追尾型メロンパンの話など聞きたくなかったのだが、相手は生粋の追尾型なので逃げようにも逃げられない。
「最近生活にメリハリがないような気がしてさ。なんつーの、仕事もパッとしないし、女の子をデートに誘ってみても断られるし、パズドラのデータ消えちゃうし、やることなすこと全然楽しくないんだよね」
四十万さんは顔がふくよかでポジティブな肉付きのくせに言うことやること全てがネガティブだから、四十万さんの話を聞く人は大体苦笑するばかりになる。それでいて麻雀などの勝負事になるとキレるデブに変身するのだから手に負えない。怪獣のゴジラでさえもう少しまともな立ち振る舞いをしているような気がする。ネガティブのキレるデブではナンパされた女性が断る理由も分かる気がする。
「いやね、メリハリのメリはなんぼでもあるのよ。でもハリが、ね。ハリがないんだよ。肌にハリがなければツヤもないように、人生にハリがなければツヤもないんだよ。あ、この前親戚のお通夜には行ったけどな。がっははははっ!」
勝手に話を進めて勝手に自分のダジャレに大笑いするのが四十万さんの話の流れの特徴である。こっちは別に笑いたくもないのに、「えへへ」と下手くそな愛想笑いを四十万さんに提供しなければならない。
「だから玉ちゃん、久しぶりにコレやろうよ」
四十万さんの話は、ハリだのツヤだのお通夜だのとのたまって散々引っ張った挙句に麻雀の誘いだった。この前誘いを断ったのが相当ショックだったようで、今日こそは雀荘へ連れて行くために追尾してきたのだろう。俺はおじいちゃん達を理由にしてまた断ろうかと思っていたが、四十万さんは自分の身体をズイッと俺に寄せてきて肉の壁の圧迫感で俺にプレッシャーをかけ始めた。
「行くよね? もちろん行くでしょ?」
明らかにメガネの奥の瞳は笑っていない。ともすれば口に含んだメロンパンを吐き出してきそうだった。俺は仕方ないから夜9時までという約束を取り付けた。四十万さんは圧迫感のある肉の壁をすぐに解除して俺から離れた。
「じゃあいつものあの店な。いっちょもんでやるよ」
俺が皮肉で、「お手柔らかに」と言うと、またあのがっはははっという猛烈に下品な笑い声でラインへ向かっていった。俺が言うのもなんだが、四十万さんはギャンブルに向いていない性格である。ポーカーフェイスというものを知らない四十万さんは、全然手が進まないとイライラして麻雀牌を叩きつけるが、高い手をテンパイすると急に黙り込む。だからその差が分かりやすいのでいつも他の人からカモられてばかりいる。そして決まり文句はいつも、「お前、運が良かったな」である。
帰りが遅くなるとおばあちゃんの携帯に電話を入れると、何故かおじいちゃんが出て、「ここら辺に古本屋はないか?実はな」としゃべり始めたので長くなると思ってすぐに電話を切ってしまった。