腕立て伏せをしながら
六
バイトから帰ってくるとおじいちゃんが何故か腕立て伏せをしていた。65歳でよくやるなぁと思っていると、映画のロッキーにもあった片手腕立て伏せを織り交ぜながら腕立てをしていたのでさすがに身体を壊すと思ってドクターストップならぬ孫ストップをかけた。孫ストップは案外に効果的で、おじいちゃんはすぐに腕立て伏せをやめてくれた。
「最近腕立てを始めたんだ。この前自分の身体を鏡で見たらぜい肉まみれでビックリしてな。腕立て腹筋背筋を20回×3セットずつすることにしたんだ」
俺はそれにも孫ストップをかけた。これ以上騒ぎ立てられては本当にこのアパートにいられなくなる。やるなら実家でやってくれと言うと、おじいちゃんはじゃあやめるよとあっさり言った。こうなるととても罪悪感がある。祖父のしたいこともさせない孫だと近所で評判になってはたまったもんじゃない。俺は静かにやってくれればイイと訂正した。
「ちょっとお醤油切らしちゃったから買ってくるわね」
おばあちゃんが買い物仕度をしようとするとおじいちゃんがオレと優太で行ってくると出しゃばった。何で俺も一緒に行かなきゃいけないんだと思っていると、おじいちゃんから話があると告げられた。いつになく真剣な表情なのできっと何かおばあちゃんに言えないような相談事があるのかもしれないと思って黙って一緒についていくことにした。
「お、あそこにイイものがあるじゃないか」
買い物帰りにおじいちゃんが公園にある鉄棒に目をつけた。おじいちゃんは5キロの米としょうゆボトル1本を俺に預けてスタスタと鉄棒のあるほうへ向かっていった。何をする気だと思っていると腕まくりをして懸垂を始めた。はなはだ迷惑なマイペースぶりに業を煮やした俺はとうとう公園のベンチに座り込んだ。そして、「おじいちゃんが話しかけてくるまで帰れま10」を心の中で開催した。
おじいちゃんは懸垂の回数を重ねていって、ついには片手で懸垂をし始めた。やたらと片手のトレーニングが好きなんだなと思っていると、おじいちゃんは疲れ果てたのか、懸垂83回目でこちらへやってきた。案外「おじいちゃんが話しかけてくるまで帰れま10」は早く終了した。俺がそろそろ帰るんだなと思って腰を上げるとおじいちゃんはベンチに腰をかけそうでかけない空気イスを始めた。おじいちゃんの身体がベンチから3センチ弱浮いている。空気イスなら帰ってからでも出来るだろうと思った。
「なあ優太。相談があるんだが」
ここでようやく本題である。俺はおじいちゃんに何を言われるのか不安だった。
「優太、お前の持っているあのエッチなDVDをオレにくれないか?」
何を言うのかと思っていると、あのアダルトDVDに写っている女の子が本当に好みのタイプだったらしく、この数日間そればかり考えていたというエロ暴露も展開された。俺が年金で買えばイイじゃんと言うと、「お前は本当にケチンボだな。そんなケチケチ根性だと今に罰が下るぞ」と何故か恫喝まがいに怒られた。俺は「おじいちゃんが話しかけてくるまで帰れま10」をすぐに解除して、「おじいちゃんの与太話に付き合うつもりはありま10」を代わりに発動してさっさとアパートに戻ってきた。おじいちゃんは後から帰ってきて、おばあちゃんに気づかれないように俺にやたらと目でDVDよこせの合図を送ってきた。