パチンコばばあ
四
おじいちゃんが外へ出たがらないのでおばあちゃんはどこか楽しい場所はないかと相談しに来た。俺は観光名所以外だったらどこでも良かったので近所にあるランデブー&ランデブーというケーキ屋を紹介した。そこのケーキ屋は俺自身は1度も行ったことはないが、テレビにも出たことのある評判の店だった。おばあちゃんは甘党なのですぐにこの話に食いついた。
「デブ&デブって結構有名な店じゃない。実は1度食べてみたかったのよ、あそこのシュークリーム」
おばあちゃんは最初のうちはランデブー&ランデブーと正式なお店の名前を言っていたのだが、途中で面倒になったのかデブ&デブと略し始めた。略すなら何もデブをピックアップしなくてもイイのにと思っていると早速行きたいと支度を始めた。おじいちゃんは先ほどから将棋盤に駒を並べてドミノ倒しに夢中になっていたが、おばあちゃんが支度を始めると自分も外出の支度を始めた。
「あら、お父さん。お父さんもデブ&デブに行くの?」
「デブ&デブって何だ。オレは今からちょっと酒買って来るんだ。デブ&デブには行かん」
おじいちゃんが出かけた後、俺はおばあちゃんと一緒にデブ&デブへ向かった。店には既に長蛇の列が出来ていた。俺はそれを見た瞬間、並ぶ気をなくしてしまった。
「優太はここで待ってて。シュークリーム買ってくるから」
こういう時のおばあちゃんは本当に面倒くさい。長蛇の列なのだから俺なんかは並ばなくても市販のシュークリームで十分だと思うのだが、おばあちゃんは並ぶことがさほど苦にはならないようで何時間でも待つ。ある意味執念であるが、俺からすれば悪癖以外の何ものでもない。
「買ってきたわよ。ほら1個」
大きくこんもりしているシュークリームを一口食べるとバニラビーンズ入りのカスタードクリームがトロッとはみ出て俺のほっぺについた。
「ついてるわよ。だらしないわねぇ」
そう言いながらおばあちゃんはシュー生地を歯でかじり、そこからジュルジュルと音を立ててカスタードクリームを吸うという斬新かつすごく汚い食べ方を披露した。俺はだらしないかもしれないが、おばあちゃんは行動がいちいち汚い。目くそ、鼻くそを笑うというやつである。
「他にイイところないの?」
デブ&デブのようなおしゃれなお店は1件しか知らなかったので、特にないと言った。するとおばあちゃんは周りをキョロキョロと見渡し始めた。
「ここら辺にパチンコ店とかないかしら?」
俺が田舎の実家に住んでいた頃もおばあちゃんはよくパチンコ店へ遊びに行っていた。俺はおばあちゃん経由でパチンコを覚えたが、おばあちゃんは俺の隣で打つとやたらと俺に話しかける。あのうるさいホールの中でおばあちゃんの声は見事にかき消されているので俺は相槌を打ってよくごまかしているのだが、パチンコ台のことにはかなり詳しくていちいち大声で解説し始める。俺はそれがイヤだったので自然におばあちゃんとは一緒にパチンコへ行かなくなったのだが、今日は一緒に行くことにした。久しぶりにおばあちゃんの迷解説を聞きたくなったのだ。
「あ、魚群! 熱いよ熱い!」
大当たりの信頼度の高い魚の群れが画面に登場するだけでおばあちゃんのほうが熱くなっている。やたらと熱い熱いを連呼して大当たりすると、「ほーらね!」と得意げなクソ表情を浮かべる。「パチンコでフィーバーする」という言葉があるが、おばあちゃんはまさしくパチンコで発熱しているに違いない。大当たりした瞬間に体温が42度を超えているのかもしれない。
「あー、もう。当たんないわ。さっき魚群ハズしたから台が静かになっちゃったよ」
おばあちゃんは負けず嫌いなので、大当たりするまでの間、異様にイライラしている。リーチがかかって真ん中にリボンをつけた女の子が出てきたと思うといきなりその女の子に挨拶するように画面をなで始める。まるで孫を可愛がるようななで方である。しかしリーチがハズれてその女の子が「ごめんね」と下にハケていくと今度は画面をぶん殴る。先ほどまでよしよしとなでていたくせに、リーチがハズれると途端に本性を現して「てめぇ、この!」という荒々しい態度に豹変する。負けず嫌いもほどほどにして欲しい。隣で打っている俺としては非常に迷惑な行為である。
リボンをつけた女の子の時ばかりではなく、何の演出もかからず200回転300回転と回している時にもおばあちゃんの負けず嫌いが発動する。パチンコ台に備え付けられているボタンをドン、バン、ドン、バン、拳で叩きつける。自分の拳を雷神の鎚のように振り下ろして、やたらとボタンに八つ当たりをして、それでも大当たりせず3倍ハマり4倍ハマりとハマりが深くなるにつれて怒り顔から呆れ顔へと変貌していく。そして軍資金の底が尽きる頃には矢吹丈のように真っ白な灰になっている。今日も真っ白な灰になっていた。