ゲームの女王
三
俺が休みの日になったのでどこかへ出かけようという話になった。おばあちゃんはスカイツリーを見たいと言ったのだが、肝心のおじいちゃんがそもそもインドア派のヘンクツ戦車なので、スカイツリーと聞いてもあまり乗り気ではなかった。
「あんな高いところ昇っていって、心筋梗塞を起こして天にまで昇ってしまったらご先祖様に申し訳がないからまあやめておこう。家の中が一番だよ」
ただ単に乗り気じゃないだけのくせに理由付けのためにご先祖様まで引っ張ってくるとは余程スカイツリーに行くのが嫌いらしい。こういうタイプの人間はディズニーランドに行く寸前まで行かない行かないと駄々をこねていたくせに行ったら行ったで帰らない帰らないと駄々をこねるロクでもない子供と同じである。しかし俺も別にスカイツリーに行きたい好奇心がなかったので2対1でこの案は否決となった。
「じゃあトランプでもやるか。ババ抜きでも」
トランプの他に花札、麻雀、オセロ、将棋、囲碁と、結局テーブルゲーム好きなおじいちゃんはここに行き着くのである。旅館で一泊した時も部屋食が来るまでの間トランプで場をつないだり、温泉の後にみんなで卓球をやろうと卓球場まで向かったら麻雀卓が置いてあることを知ったおじいちゃんの意見で急遽卓球から麻雀に変更になったりと度々迷惑をかけられていた。
「しょうがないわねぇ。優太もおじいちゃんに付き合ってあげて」
おばあちゃんは困った顔をしながら腕まくりをし始めた。しょうがないわねぇと言ってる顔と行動が完全に不一致である。おばあちゃんは温厚そうに見えるが実は負けず嫌いの面があり、ゲームの途中で時々奇声を発したりする。
「ババ引いたの誰?ババ誰よ。私じゃないわよ」
ババ抜きは誰がババを引いたか分からないから面白いのに自らババを引いていないことを公言してこちらの興をそいだ上に3人でやっているものだから俺はババを持っていないのでおじいちゃんがババを持っていることが確定してしまった。
「おい、あんまりそういうことを言うな。ゲームが面白くなくなるだろ」
おじいちゃんは自分がババを持っているということが発覚してしまったので少々イライラしていた。おじいちゃんがイライラしながらそう言うと、おばあちゃんは「あら失礼しました」という風な表情で鼻をフンフンさせていた。順番にカードを捨てていくと何とおじいちゃんが1抜けした。俺がババを引いてしまったためである。俺がババを引いた時にポーカーフェイスを気取って見せたが、おじいちゃんが異様なほど嬉しそうにするので、おばあちゃんにすぐバレてしまった。ゲーム性の薄すぎる時間。カルピスを24倍に薄めたくらいの希釈ぶりである。
「うーん。どれにしようかな。てんのかみさまのい・う・と・お・り!」
おばあちゃんの引いたカードはババではなかった。こういう時のおばあちゃんは勘が冴えている。しかし負けた俺は全然悔しくなかった。おばあちゃんはガッツポーズまでして、既にゲームは終了したのに、「お先に~」と言って俺を軽く挑発した。
「じゃあ今度は7並べしましょう」
おばあちゃんの提案におじいちゃんもやる気で、先ほどのスカイツリーのくだりとは別人のようにシャカシャカとカードを混ぜ始めた。おばあちゃんは夕食に食べた唐揚げの鶏肉のスジがまだ残っていたようで、おじいちゃんがカードを配っている間につまようじで歯の間を掃除しながらチェッ、チェッ、と汚らしい音を出し始めた。
「うーん、どれにしようかしらね」
7並べは端っこのAだったりKをたくさん持っている人のほうが不利なゲームである。7の周りを固めていかに相手にパスを多く出させるかがゲームのカギであるが、おばあちゃんは7並べに関してはかなり計算高く、詰め将棋のように考えるのでいつも出すのが遅い。しかし勝ちの道筋をつけると一気にバク進する。
勝ちの道筋をつけたのか、散々引っ張ってきた7の隣のハートの8を叩き付けた。そして俺達がパスをしている間に自分はちゃっかりと他の色のKやAを埋めていった。もちろん1抜けはおばあちゃんだった。
「遅いわねぇ。遅すぎるわねぇ。亀より遅いわねぇ」
勝った時のおばあちゃんの野次は特にうるさい。亀より遅いわねぇ、はおばあちゃんの勝った時の口癖で、2抜け争いをしている奴らはしもじもの民とでも考えているらしい。
結局1手の差で俺が2抜けとなり、おじいちゃんが最下位となった。おじいちゃんはこの希薄化したトランプの勝敗にもこだわりがあったのか、負けて本当に悔しそうな顔をしていた。