むっつりスケベ
二
とうとう「りんたろう」の持ち主であるおじいちゃんがおばあちゃんと一緒にやってきた。強引に押し切られてしまった手前、今さら帰すわけにもいかなくなったのでとにかくなるべく早く帰ってもらうよう努力することにした。
「お、荷物届いてたか。それにしてもここは狭いな」
ボロアパートに一部屋3人はやはり狭い。そしておじいちゃんがドカリと腰を下ろしただけで壁がミシッと音を立てた。おじいちゃんになるべくドカリと腰を下ろさないようにそっと腰を下ろしてと言うと、そんな忍者みたいな腰の下ろし方をしたらおじいちゃん腰が忍者になっちゃうよとおじいちゃんはワケのわからないことを抜かして、そのワケのわからないトンチキ野郎の屁理屈みたいなことを聞いたおばあちゃんが「ぶっふふぉ」と笑った。既にこの部屋はプチ無法地帯と化している。ここに四十万さんが投入されると完全に無法地帯となる。そうでなくても隣の部屋や下の部屋からクレームが来そうなほどの騒音をまき散らしている。俺はアダルトDVDを鑑賞する際もイヤホンをつけて鑑賞するほど配慮は徹底しているから今までクレームをつけられなかったが、2人がやって来たことでとうとうケチをつけられそうである。
「優太は仕事なんだろ? おばあちゃんが美味しいご飯を作ってくれるって。何が食べたいんだ?」
時計を見るとそろそろバイトの時間だった。俺が支度をしながら久しぶりにうなぎを食べたいと言ってみるとおばあちゃんは「まかせておきなさい」とニッコリ笑った。俺は冗談半分で言ったつもりだったのだが、たまには言ってみるもんである。
「優太、久々にコレでもする?」
工場のライン作業の休憩中、四十万さんが麻雀牌を倒す手つきをした。四十万さんや他のバイト仲間とはたまに雀荘で打つのだが、今日はおじいちゃん達が部屋にいるのでまっすぐ帰ることにした。四十万さんは俺が麻雀の誘いを断ったせいか無言のままイラついていた。
「まあまあ、おかえりなさい。今夕食出来たから」
おじいちゃんは先に酒を飲んでテレビを観ていた。何を観ているのかと思ったらサスペンス劇場である。おじいちゃんもおばあちゃんもサスペンスが大好きで特に2時間サスペンスは毎週欠かさず観ている。田舎の実家にいた時は夜になると2人がサスペンスを観始めるので俺は一足先に眠ることにしていた。何もここに来てまでサスペンスを観なくても良いのにと思っていると、あぐらをかいて座っているおじいちゃんのひざの上にいつの間にか俺のお気に入りのアダルトDVDがチョコンと乗っかっていた。俺が慌ててアダルトDVDを取り返そうとするとおじいちゃんは俺の手を払った。
「ダメだぞ優太。お前は健全な男にならなきゃいかん。こんなふしだらな」
こんなふしだらな、と言いつつおじいちゃんの目線はアダルトDVDのパッケージに写っている女の子へと確実に向かっていた。こんなふしだらな、と言ってから1分経ってもまだ目線をそらさない。食い入るようにしてパッケージの裏に書かれているプレイ内容までご丁寧に読んでいた。
「さあさ、ご飯が出来ましたよ。そんなもの置いといて早く食べましょう」
ここでようやくおじいちゃんはアダルトDVDから手を離した。俺は隙を狙って奪い取ると本棚の中へそっとしまった。余程気になるのか、おじいちゃんの目線は食べ物と本棚を行き来していた。
「ごめんね、優太。うなぎ買えなかったからちくわにしたの。ちくわの蒲焼き」
よく見るとちくわをたて半分に切って焼いたものを蒲焼きのたれをつけてごまかしている。どこの貧乏学生だと思っていると、おばあちゃんは他に切り干し大根とところてんを用意してきた。ヘルシー過ぎて満腹感の得られなさそうな夕食である。
「味はどう? 美味しく作れたと思うんだけど」
そっけなく美味いと言ったらまたあの笑い声が炸裂した。おじいちゃんはおばあちゃんの笑い声が耳に触ったらしく、「テレビの音が聞こえないじゃないか!」と大声で怒鳴った。それから数分して俺の部屋のドアを叩く音が聞こえた。かなり荒々しいドアの叩き方なので何事かと思っていると隣のおばさんがクレームをつけにきたのだった。