ホテルにて
十一
泊まる予定のホテルには2時間余りで到着した。部屋に着くとおじいちゃんは早速浴衣姿へ変身するため服を脱ぎ始めた。おじいちゃんの余った皮ばかりのだるだるになった身体があらわになり、例の「りんたろう」がおじいちゃんの大事な部分を包み込んでいた。俺はその餓鬼のような身体を見るに耐えず、目をそらして外の景色を眺めることにした。ホテルの周りはとても静かなもので、遠くに海があり、その他には古臭い家が軒並み肩を並べていた。おじいちゃんの着替えが終わったか確認すると、おじいちゃんは浴衣に巻く兵児帯をボンレスハムにでもなりそうなほど自分の身体にギュウギュウ巻き付けていた。
「玉子の運転で変な汗が出ちゃったから早速温泉に入ろう。優太も行くだろ?」
おばあちゃんの運転中はのんきに眠っていたくせに変な汗とか妙なことをのたまっていると、おばあちゃんも温泉に入る仕度をし始めた。俺は旅行には行きたかったが温泉には入りたくなかったので、おじいちゃんとおばあちゃんを先に温泉へ行かせた。温泉のようなパーソナルスペースを完全に無視した場所はどうも俺の好むところではない。俺は部屋についている風呂場でシャワーを浴びてそれで済ませることにした。すると温泉から戻ってきたおじいちゃんが俺がシャワーだけで済ませたことに対して何故かご立腹になった。
「おい優太。旅行に来て温泉に入らないとはどういう了見だ。シャワーだけで済ますなんてもったいないじゃないか。それはイチゴ狩りに来てイチゴを食べないことと一緒だぞ。」
おじいちゃんが変な説教をし始めたので俺は明日の朝入るからと適当に流しておいた。無論、明日の朝になったら今度は身体がだるくて温泉には入りたくないという言い訳を用意してある。
夕食はやはり海に近い場所のものなのでエビやタコといった海の幸がとても新鮮だった。おじいちゃんはガツガツと黙って食べていた。おばあちゃんは、「やっぱり新鮮ねぇ、美味しいわねぇ」といちいちしゃべりながら食べていた。俺はというと車に乗っている最中にお菓子を食べ過ぎたので食事がなかなかのどを通らなかった。
「ではお布団敷きますので少々お待ちください」
紺色の仕事着を着た仲居さんがそう言って1人で3人分の布団を敷き始めた。俺はその所作を眺めていたが中腰のままシーツを敷いたりしているのに声が出ないように鼻をフンフンさせているのでとてもしんどそうだった。しんどそうだなと思っていると、男のサガで仲居さんのお尻に目が行ってしまった。化粧はしていないので芋っぽい顔つきだが、普段大変な仕事をしているせいか身体は筋肉の付き方が良さそうに見えた。仲居さんに失礼だと思って見たいのを我慢して目を背けると、本能全開のおじいちゃんが目で仲居さんのお尻ばかり追いかけていた。
「じゃあそろそろ寝るか。おやすみ」
部屋の中が暑苦しいので空調をきかせて眠ることにした。すると今度は空調がききすぎて鼻がスースー冷たくなって眠れなくなった。また起きて空調を消すと今度は暑い。空調は昔からあるものだからか3段階しかなくて温度設定が出来なかった。仕方ないので最弱にして布団にもぐると先ほどと同じく鼻がスースーした。
「何だか眠れないな。暑かったり寒かったり」
おじいちゃんも随分気になっていたようで途中で何度もおしっこに行っていた。俺は身体を疲れさせるために腕立て伏せをしたりして眠気を誘うことにした。するとそれが功を奏したのか徐々にウトウトし始めた。まぶたがスッと重くなったのを感じると俺は自然に眠りにつくことが出来た。
それから程なくして俺はまた起きてしまった。いびきをかいたおじいちゃんがいつの間にか俺の寝ている場所までズリズリとやってきて、いきなり腕を振り下ろして俺に心臓マッサージを食らわせてきたのである。俺はたまらず咳き込んでツバを吐いてしまった。時計を見ると既に夜明けに近い4時半だった。俺は結局、それから一睡も出来ず帰りの車の中ではあまりの眠さに何度も意識が飛んで落ちかけてしまった。