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殺戮機械が思い出に浸るとき 9

 カウラは静かにハンドルを切った。そのまま高速道路から降りた車はそのまま走り抜けいつの間にか大きめの国道に入り込んでいた。一台として続く車は無い。そして下りた道路には街灯も無く、周りには明かりが一つとして灯らないビル群が現われた。

「薄気味悪い街ね」 

 思わずつぶやくアイシャの言葉に誠は自然と頷いていた。まるで生気のない街。一時期の地球諸国の在遼州諸国に対する国債の償還停止処分でこの近くに巨大な工場を抱えていた製鉄会社が倒産した話を誠は思い出した。

「酷い街。だからこそアタシ等みたいな連中には住みやすい」 

 要はそう言うと窓の外のゴーストタウンを見て笑った。時折見せる疲れたようなその笑いに誠はどこか要が遠くの存在になってしまうように感じられて不安になる。

 そのまま車は真っ暗な道を進んだ。時々すれ違う車はどれも地球製の高級車ばかり。明らかに富とは無縁のこの街の景色とは相容れない存在に見えるが誰もそのことを指摘することは無かった。

「そのまま真っ直ぐだ。そして突き当たりを右」 

 要は淡々とそう言うとそのまま窓の景色に視線を飛ばしてしまった。カウラはそんな身勝手に見える要を特にとがめることもなく車を走らせる。

「本当に不気味な街ね……ここって本当に東和? 」

 皮肉めかしたアイシャの言葉。しかし誰一人その言葉に答えるものは無い。車はそのままヘッドライトの明かりが照らす範囲に突き当たりが見えたところで右にカーブする。

 突如その正面にビル群がが現われた。これまでの幽霊ビルとは違う確かに人の気配のする明かりの灯ったビル。

「まるで魔法ね。ここの住人は何者かしら?まともな神経じゃないのはわかるけど」

 再びのアイシャの独り言。誠は目の前の人の気配にようやく安心して呼吸を整えた。車の数が急激に増え、カウラは車の速度を落とす。両脇には明らかに派手なネオン街が広がっている。人通りもそれなりにある。歓楽街といった感じだが、歩く人の姿はどう見ても東都の歓楽街のそれとは違った。

 派手な化粧とドレスの女。スーツの男はどう見ても堅気とは思えない鋭い眼光で店の前で煙草をふかしている。

「らしい街だろ?情報屋が隠れ住むには」 

 要はにんまりと笑って生気を帯びた瞳で誠を見つめる。誠は数ヶ月前に初めて訪れた東都の湾岸に浮かぶ租界を思い出していた。

 ここは確かに租界によく似ていた。街を歩く人間はすべてアウトローを気取り、ネオンの下の女達は退廃的なけだるい表情で周りを見回す。あえて租界とこの街の違いを述べるとすれば、租界にいた同盟機構から派遣された兵士達の代わりに黒い背広の男達が街のブロックの角ごとに立っていることくらいだった。

「かなりやばそうな人がいるわね……要ちゃんのお友達? 」 

「友達になれるかどうかはこれ次第だな」 

 アイシャの皮肉に要はバッグを叩いた。カウラが乾いた笑みを浮かべるとそのままゆっくりとヨーロッパ製の高級車の停まる酒場の前で車を止めた。

「ここか? 」 

 カウラの言葉に要は静かに頷いた。

「面倒な事にならなければいいけど……」 

 助手席を跳ね上げ、皮肉混じりの笑みを浮かべながらアイシャが降りる。要はにやけながら胸のポケットからタバコを取り出して火をつける。誠もまたアイシャの後に続いて淫猥な雰囲気が漂う街に静かに降り立つことになった。

 ビルの階下につながる階段の周りには黒い背広の男が数人雑談をしている。そしてその手が時々左の胸に触ることがあるのを誠は見逃さなかった。

「黙っていろ……嫌われたくないだろ? 」

 それと無い笑みを浮かべながら要がつぶやく。カウラも明らかに顔を顰めてそのまま男達の脇を通り抜けて階段を下り始めた。

「東和は民間人の銃の所持は禁止されているはずだがな」 

「なに、どこにでも例外はあるものさ」 

 カウラの皮肉にも要は動ずることなくそのまま階段を下りきって街のごちゃごちゃした猥雑な空間とは無縁な洒落た雰囲気の踊り場からバーの重い扉を開いて店に入る。

 ピアノの演奏が心地よく響く空間。薄暗い明かりの中に客の姿はまばらだった。街を闊歩していた淫猥な雰囲気の男女とは少し毛色の違うどちらかと言えば上流階級にも見えそうな落ち着いた雰囲気のカップルの客が数人静かに談笑している。

 カウンターでは初老の物腰の柔らかそうなバーテンが穏やかな表情でシェイカーを振っている。

「外の下卑た風景とは別世界……と言うところかしら」 

 アイシャがバーと呼ぶには広い店の中を見渡しながらつぶやいた。要は迷うことなく奥のボックス席を目指す。

シャは要を挟むようにして座ることになった。

「おう、久しぶり! 」 

 淡々と話をしていた要の頭の上に長い黒髪が垂れ下がる。驚いて要はそのまま上を見上げた。要を見下ろしているのは切れ長の細い目をした長身の女性。そしてその隣には小柄なローブをまとった少女が立っていた。

「オンドラ!テメエの髪がグラスに入ったじゃねえか! 」 

「なんだよ……久しぶりに会ったと思えばいきなりいちゃモン付けか? つれないねえ……人望の無いサナエの為にわざわざ手を貸してやろうとやってきてみれば……ああ、今は本名の西園寺要で通してるのか……すっかりお嬢様になっちまって」 

 明らかに挑戦的な表情を浮かべてオンドラと呼ばれた女性は遠慮することもなくクエンの座っていた座席に陣取る。

「ネネも座りな! 公爵令嬢の奢りだから好きなの飲もうじゃねえか! 」 

「テメエを呼んだ覚えはねえぞ……アタシが呼んだのはネネだ」

 ネネと呼ばれた少女が黙ってオンドラが叩くソファーに腰掛けるのを見ながら要は怒りに震えながらオンドラを睨み付ける。

「私が呼んだの……私一人じゃ安全を確保できないから。迷惑だった? 」 

 か細い声で俯きながらつぶやくネネと言う少女の言葉に要は怒りの表情を引っ込めて素直に首を振った。

「良かった……私はトマトジュース」 

 ネネは静かにそれだけ言うとそのまま俯いて黙ってしまった。誠もアイシャもカウラも、この二人のコンビがどうして要の情報網に引っかかったのか疑問に思いながらウエイターが近づいてくるまでの時間を過ごしていた。

「要ちゃん……なに? この二人」 

「なんだよ……ははーん。その紺色の髪の色、ゲルパルトの人造人間か? 隣のねーちゃんも髪の色見ればわかるけどゲルパルトの人造人間で、その兄ちゃんはパシリってところか? 」 

 興味深そうに誠達を見て回るオンドラの視線。アイシャもカウラも明らかに不機嫌そうに切れ長と言うよりも切り込みのようにも見えるオンドラの細い視線を睨み付けていた。

「人を出自で判断するのは良くないことですよ。重要なのは今の立場」 

 静かな、そしてそれでいて少女のものとは思えない迫力のある言葉の響きに誠達は凍り付いた。

「あなた……法術師ね。しかも、私の勘だけど相当訓練を受けている」 

 静かに繰り出されたアイシャの言葉にネネと呼ばれた少女は静かに頷く。ウエイターが運んできたジュースを静かに飲む姿は確かにその幼い見た目とは裏腹な老成したようなところが見て取れた。

「預言者ネネ。東都の裏社会では知れた情報屋だ。別にネットに詳しいわけでも特別なコネクションがあるわけでも無いのに、気が向けば正確無比な情報をくれる貴重な存在として畏怖の念を集めていたが、法術が普通に知られるようになってみれば仕掛けは簡単だったわけだ」

 要の言葉を否定も肯定もせずにネネはグラスの上に伸びたストローから口を離すと静かに居住まいを正して要に向き直った。

「この格好で生きて行くには正確で信用のおける情報屋を演じるのが最適だもの。おかげで最近は銃弾に当たることも無いし」 

「そりゃそうだ。預言者ネネに傷をつけようもんなら東都じゃ商売が出来ないようになるからな。まるで西部劇のピアニストってところか?銃は決して彼女を傷つけない」 

 物静かなネネとは対照的にオンドラは豪快にドライジンのグラスを空にした。

「オンドラ。オメエはおまけなんだよ。自重しろよ」 

 怒りを込めた要の言葉に首をすくめるオンドラ。一方ネネは相変わらず黙って要を見つめていた。

「吉田俊平少佐の情報を集めているんでしょ? 報酬は? 」

 冷静なネネの言葉にようやくオンドラに対する怒りを静めた要はボストンバッグから札束を一つ取り出した。

「十万ドルの札束がこんなに……初めて見たよ。さすがお嬢様。気前がいいねえ……」

「オメエにやるんじゃねえ。ネネ。手付けはこれでいいか? 」 

 三つの十万ドルの山が築かれる。要の言葉にネネは隣のオンドラを見た。明らかにオンドラの表情は要のボストンバッグの中身を推測することに集中しているものだった。

「今回の件だけであと五十万ドル。それに今後の顔つなぎとしてもう五十ドル……」 

「ちょっと! お嬢ちゃんおかしいんじゃ無いの? ただ顔を出しただけで百三十万ドル? ぼったくりじゃないの! 」 

 叫ぶアイシャ。だが要は静かに頷くとボストンバッグからさらに十の札束をテーブルの上に積み上げた。

「ものを知らねえ奴は困るねえ……」 

 明らかに哀れみの目でアイシャを見つめる要。アイシャはその視線の色にただどぎまぎしながらもじっと札束を眺めていた。

「さっそく確かめますか! 」 

 景気よくそう言うとオンドラは要から札束をひったくる。指を一舐めすると的確に札束を確認し始めるオンドラ。それを横目に見ながらネネは静かにジュースをすする。

「百万ドルの価値の情報屋か……それならその能力を少しは見せてもらってもいいんじゃ無いかな? 」 

 明らかに慎重で冷静だったのはカウラだった。そんなカウラの態度に落ち着いてストローから口を離してにこやかに隣を見るネネ。その表情は相変わらず老成していて誠の目にもネネがただ者ではないことだけはよく分かった。

「胡州陸軍の諜報機関は予算的な余裕が他国に比べて少ないんです。その部隊員だった西園寺要さんが百万ドルを払う。それだけで私の能力は実証されているように思うのですが……」

「そう言うこと!東都でやましい仕事をしている連中でネネを知らないなんて田舎者も良いところだ。たとえ東都の首相を暗殺した馬鹿野郎がいたとしてもネネの情報網を使えばそいつの金が続く限りは逃げ延びることが出来る。その程度の実力者にただの公務員がどうこう言うのはちゃんちゃらおかしいや!」 

 オンドラの調子の良い言葉。頷く要。誠は自分の知らない世界の常識に戸惑いながら同じように話が理解できないでいるアイシャに目を向けた。

「そんな実力者なら組織の一つや二つ抱えていてもおかしくないんじゃないの? 口ばかり達者な用心棒を雇って仕事を始めようなんて言う酔狂な真似は……」 

「アイシャ。オンドラは確かに口が九割だが、ガンマンとしての腕は確かだからな」 

 意地でも文句を付けたいアイシャを珍しく冷静に要が制した。それを見て鼻高々なオンドラ。誠も遠慮がちに彼女の豊かな胸の辺りを見れば、その左下の辺りに確かに銃がつり下がっていると言う膨らみが見つかる。

「私は組織には縛られたくないんです。部下を持てば彼等の命の責任を持たなければならなくなりますから。それと初めに言っておきますが司法局との契約も受け付けません。自由が一番なので」 

 静かだがどこまでも毅然としたネネの言葉。おそらくは司法局との契約の話でも切り出すつもりだったと言う表情のカウラも黙って目の前のソーダに手を伸ばさざるをえなくなる。

「中立で金だけで動く。しがらみがないからそれだけ動ける範囲も広くなる。故に情報も正確になる」 

 要の補足で誠も何となく目の前の少女のことを少しだけ信用することにした。

「まあ良いわ。どうせ要ちゃんのお金だし」 

「そうそう。こう言うお嬢様からはたんと巻き上げた方がいいぞ! 」 

 景気よくグラスを空にして笑うオンドラ。一人テンションの高い彼女の手からネネは素早く札束を取りあげた。

「なんだよネネ! 」 

「ちょっと待って」 

 ネネはそう言うと札束の帯をほどく。そのまま三枚の千ドル札を取るとそのままオンドラに手渡す。

「え? これくれるの? 」

「これは私の取り分。残りは経費とあなたの給料」 

 淡々とそれだけ言うとネネはまた静かにジュースのストローに口を伸ばした。

「ずいぶんと遠慮がちなのね……」 

 皮肉の入ったアイシャの言葉にネネはただ無言でジュースをすすることで答える。

「なあに、あの吉田俊平の関連の情報を集めるんだ。いくら金があってもねえ……」 

 ちらちらとオンドラは要の顔を見た。その表情は明らかに経費は別立てにしろと要求しているそれだった。

「オンドラ。それ以上は取らない方がいいわよ。定期的なお仕事をくれるお得意先は大事にしないと」 

 またもはっきりとしたネネの言葉にオンドラは気分を換えようと手を挙げた。表情一つ換えずにウエイターが歩み寄ってくる。

「済まないがジンを!銘柄はタンカレーな」 

「その金はお前が出せよ」 

 去っていくウエイターを見送りながらつぶやく要にまた卑下したような笑みを浮かべるオンドラ。だがその目がネネの鉛色の瞳を捕えるとすぐに俯きがちに懐から財布を取り出して札をテーブルに置いた。

「吉田俊平の居所だけならこの金額は大きすぎるんじゃないかな。当然その素性も調べてもらえれば……」 

 カウラの言葉にネネは気に入ったというように初めて見る笑顔をカウラに向けた。

「吉田俊平の名前は何度も聞いているから興味があったの。だから今回の仕事も楽しみにしているわ」 

 それだけ言うとネネはそのまま立ち上がった。ジンの入ったグラスを手にしたウエイターが驚いた表情でネネが目の前を通るのを見守っている。驚いたのはオンドラも一緒でウエイターの手の上の盆から素早くジンの入ったグラスを奪い取るとすぐさま喉の奥にアルコールを流し込んだ。

「じゃあ、結果は後で! 」 

 手を振りながら去っていくオンドラ。ただ誠達は呆然と彼等を見守った。

「ずいぶんな出費ね。期限も切らずにおくなんて……お人好しも良いところじゃないの? 」 

 アイシャの言葉だが、要は満足げに手にした水割りを啜っていた。

「相手は預言者ネネだ。こちらが情報を本当に必要になる時までにはレポートができあがっているもんだよ。さもなきゃあんな餓鬼が裏社会で生き延びられるはずはねえ」 

 そう言い捨てると要は立ち上がった。

「他のあては無いのか? 」 

 意外そうな表情のカウラににやけた表情を向けたまま要は札束の詰まったボストンバッグを背負って店内を見回す。

「なあに。預言者ネネ。それ以上のニュースソースはアタシにも覚えが無くてね。行くぞ」 

 そのまま勝手に歩き出す要。アイシャと誠は慌ててその後ろに付き従う。カウラは大きくため息をつくと静かにジャケットのポケットから車のキーを取り出してくるくる回しながら彼等についていくことに決めた。


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