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殺戮機械が思い出に浸るとき 40

 保安隊隊長ということがバレてから経済省の庁舎付きの記者達の群れの質問攻めから離れると嵯峨惟基は静かに大きく息をした。

「ったくいい加減にしろってところか?」 

 そう言うとそのまま近くにあった喫煙所に足を向ける。そこにはボディーガードに囲まれた先客がいた。

「あっ、こりゃどうも」 

 葉巻をくゆらせている恰幅のいい紳士に嵯峨は適当に頭を下げた。紳士はそれを見て見ぬふりをするように静かに煙を吸い込む。

「今回の件。貸しですかね」 

 タバコに火をつけながら独り言のように嵯峨がつぶやく。その相手の紳士、菱川十三郎はうなづくわけでもなくかと言って聞き流しているというわけでもないというように嵯峨の方に目をやった。

「大事にならずに済んで良かった」 

「それだけですか?報道の連中には隠してますが……動いてたそうじゃないですかゲルパルトのネオナチ政権の残党」 

「私はその話は聞いてはいない」

「ハイハイ、知らないってことでいいですよ。でもうちの馬鹿共はちゃんと見てて記録もとってますから……人の口に戸は立てられぬ。そう遠くない時期にバレますよ」 

「先読みの嵯峨公……それにしてもなかなか興味深い話だ。だが人の噂も七十五日とも言うものだよ」 

 ニンマリと笑う菱川に嵯峨はいつものぼんやりとした視線を向けた。

「まあそっちは俺には今となってはどうでもいいことなんですがね。あの馬鹿みたいな砲台がネオナチの手に落ちたらと思うとゾッとしますが……それも今となってはもしもの話に過ぎない。むしろあの砲台が黙って開発されていたこと……まあ国防省の長官の首は飛ぶでしょうな」 

「彼とはいい関係を持っていたんだがね。残念だ」 

 菱川の先手を打ったような一言に嵯峨は眉ひとつ動かさずにタバコを口にくわえた。

「それより州軍が動いたことの方が問題じゃないのかね……胡州の州軍は胡州領域での活動のみが認められているはずだ。今回の展開は明らかに越権行為だ」 

「まあそれなんですが……」 

 菱川の追求に窮したというような表情を浮かべるとポケットからマイクロチップを取り出す嵯峨。

「さっきのネオナチの件。ここに映像が入ったディスクがあります。こいつをあそこの記者達に配布してあげたらさぞ喜ぶんじゃないですかね」 

「脅しかね?」 

「さあ、どうですかね?」 

 葉巻の灰を静かに落とす菱川を見ながら嵯峨は口元を緩めて余裕のある態度をとってみせる。

 菱川は静かに手を伸ばす。嵯峨はその手のひらに小さなディスクを置いた。菱川はそのディスクを灰皿の上にかざすと手にしたガスライターで燃やす。

「それでしばらく……まあ七十五日くらいはネオナチの話はなかったことになるでしょうね」 

「君も悪い奴だね。彼等には知る権利があると思うが……」 

 冗談めかしたような菱川の言葉に嵯峨は視線を落とした。

「さすがですね。喉元すぎればもう他人事ですか」 

 嵯峨の言葉に菱川は表情を曇らせた。

「まあそれが処世術という奴ですか……さすがは売国王の子孫だけのことはある」

「かつて東和の王権を放棄した恵王のことか?庇うわけじゃないがそのおかげでこの国は独立を守り続けてきたんじゃないかね?遼州七国の中で生き延びた国は東和と遼南だけ、しかも遼南は何度となく戦火にまみれてきた。王の選択が正しかったからこそ東和は栄える」 

 静かに葉巻を灰皿に押し付けると不機嫌そうにそれだけ言って菱川は嵯峨を睨みつけた。

「確かに先祖の悪口を言われるのは気分のいい話じゃないですね。まあ私も恵王は名君だと思いますよ。それまで遼州系でタブーとされてきた金属器の製造やその後の地球人の受け入れもどちらも今のこの国の繁栄には必要だった」 

「必要なことをした人物が売国奴と呼ばれるとは皮肉なものだな」 

 菱川の言葉に嵯峨は曖昧な笑みを浮かべる。

「まあ世の中の人間はシンプルなものを求めますから。まあ私は複雑な方が好きなんですがね。まあこれ以上お忙しい身を引き止めるのもなんですから」 

 それだけ言うと嵯峨は一回思い切りタバコを吸いきると灰皿に吸殻を放り込んで喫煙所をあとにした。

「複雑なのが好きか……」 

「御前……あの男は御前のことをどこまで知っているんでしょうか?」 

 菱川の隣に立つ長身のガッシリとしたサングラスの男が絞り出すような低い声でそう言った。

「なに……今のところは私の素性をどれほど知っていようが関係無い」 

「しかし……御前の前で恵王、御前のおくりなを口にしました」

 三百年の間、聞かなかったかつての名を口にされても菱川はただ静かに佇むだけだった。

「今のところは敵に回す人物じゃないな。味方にならないのはわかってはいるが、わざわざ付け入らせる口実を作る必要などないだろう……ルドルフ・カーンよりは切れる男だ」 

 菱川はそう言うと右手をサングラスの護衛に差し出した。サングラスの護衛は手にしたアタッシュケースから葉巻の入った筒を渡す。菱川はそれを受け取ると葉巻を取り出し、再び手を出す。

 その手に今度は葉巻用のハサミを手渡す。菱川はそれで葉巻に吸い口を切り取るとポケットから取り出したガスライターで葉巻を丹念に炙って火をつける。

「廃帝ハドの復活だけでも頭が痛いが……均衡を守るというのは疲れる作業さ」 

「ご心中お察しします」 

 護衛の言葉にようやく笑らしいものを浮かべた菱川は静かに葉巻の煙を吸い込んだ。

「そう言えば遼南の太宗の息子はあの嵯峨の部下だったはずだな」 

「はい、神前誠とか名乗っているそうです」 

 護衛の言葉に菱川はニンマリと笑う。

「世の中面白いものだな。私もしばらく死ねないな」 

 白い煙が菱川の口元から立ち上る。微かに春の風が喫煙所に流れた。

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