殺戮機械が思い出に浸るとき 32
大都会の縁というべき東都郊外の洋風建築の母屋。周りを腰に拳銃をぶら下げた警官が並んでいるところからして、ここ東都西園寺邸に主、西園寺基義が在宅であることを示していた。
空を見上げていた警備の警官達がコートの襟に手をやった後で苦笑いを浮かべている。
「この天気……雨かね、これは」
西園寺義基は静かにそう言うと自分の執務机の脇に置かれたパイプに手を伸ばした。
「西モスレムは遼北内での直接的反政府勢力支援を停止する。遼北は政治犯26名の身柄を西モスレムに引き渡す。国境線に関しては特別チームを編成し然るべき措置を行う。まあ落としどころとしちゃあいい落としどころだ」
西園寺義基の執務机の前の応接用のソファーに身を投げる態度のでかい嵯峨惟基の姿に嫌な顔一つするわけでもなかった。嵯峨の皮肉を一瞥した後に苦笑いを浮かべながら静かにパイプにタバコを詰めていく。
「人の苦労も知らないで……いや、お前さんのことだ。知ってて言ってるだろ」
「やっぱわかります?」
苦笑いを浮かべながら嵯峨はタバコの箱をポケットから取り出すと鈍い光を放つジッポライターで火を灯した。西園寺はその様子を確認しながらパイプの上から舐めるようなガスライターの火でタバコに火を灯す。
「そう言えば兄貴。タバコはやめたんじゃ……」
「紙巻きたばこはやめたんだ。パイプは別腹だ」
「よく言うねえ、まあ俺が言える話じゃないけれど」
苦笑いを浮かべながら嵯峨がつぶやく。西園寺はその様子を満足げに眺めるとパイプを道具を使って火種を作り、再び着火して大きく煙をふかした。
「それもこれも空に浮かんでいる大砲のおかげとは……突然の遼北、西モスレムの方針転換。察しのいい連中は何かあったのかと勘ぐるでしょうから……空の大砲あれをマスコミにリークするタイミング……間違えるとえらいことになりますよ」
パイプをくゆらせる西園寺に嵯峨の視線が刺さる。西園寺は静かにもう一服したあと、再びパイプ用の道具で火種を潰して火力の調整をした。
「お前さんに言われなくてもわかっているよ。と言っても胡州にとっては他国の軍事上の秘密のおはなしだからな。タイミングの助言は出来るが、いつ発表するかは東和政府の胸一つだ」
「東和政府じゃなくて菱川のお大尽のでしょ?」
「一応、東和は民主国家だ。確かに財界の影響力が強すぎるのは事実だがな。ちょうど胡州の領邦領主の権威が強すぎるのと一緒だ」
嵯峨の茶々に苦笑いを浮かべながら再び西園寺は大きくタバコの煙を吹き上げた。
「それより新三郎。摂州軍を動かしたのは……康子は自分からこういう場面で動くわけじゃない……泣きついたな」
かつて西園寺家の三男として過ごしていた嵯峨の通り名を呼ぶ西園寺に嵯峨は吸い終えたタバコをガラスの灰皿に押し付けて潰して静かに深呼吸をした。
「一応、保険ですよ。ゲルパルトの残党が動き出すことに対してのね」
嵯峨はそう言って再びタバコを取り出す。そのまま火を点け、パイプを咥えた兄の顔を眺めた。
「まあ心配していたからな、康子は。東和宇宙軍は表立っては言っちゃいないが内部にゲルパルトに同情的な勢力が存在する。俺としても下手に胡州の正規軍を動かして薮を突いて蛇を出す真似はできないしな」
「そう言うこと。頼りになるのは結局は身内だけってわけですよ」
それだけ言うと嵯峨は静かにタバコを吹かした。近くに雷が落ちたような轟音が響く。
「それほど身内を宛にしているなら少しは兄の言うことも聞くもんだ。今回の件もそうだが、同盟内部じゃお前さんの行動を危険視する向きもある」
「なに言ってるんですか?自分で同盟司法局に引っ張っといて。俺が何をするかは兄貴が一番よく知っているじゃないですか」
弟の愚痴に西園寺基義は静かな笑みを浮かべてパイプをくゆらせる。
「まあそれはそうなんだが、危ない橋を渡ることを嫌うのが政治屋と言う職業さ。そのくせ名誉にだけはこだわるんだからタチが悪い」
「西モスレムじゃ早速、カリフ退位の話が出てるそうですしね。遼北も綱紀粛正は避けられない」
「まあ政治の世界の常識ではそうなるのが当然ということだ」
西園寺は静かにパイプをパイプレストに置くと机の上の書類に手をやった。
「今のタイミングでなんだが……」
立ち上がりそのまま手にした書類を嵯峨に手渡す。嵯峨は苦笑いを浮かべながらそれを手にした。
「摂州軍の総司令への任命書ですか?俺は外様ですよ」
受け取るなり書類をテーブルに放り出す嵯峨。その姿を予想していたというように笑みを浮かべながら西園寺は見つめていた。
「なに、書類上の話だ。実際戦争の素人の康子に任せてばかりはいられないだろ?」
「俺は一度も剣術では康子さんに勝ったことないんですよ……」
「剣術の話をしているんじゃない。あと、康子の身を案じての話でもないがな」
「そりゃそうだ。あの地上最強の生物の心配をするだけ無駄だ」
嵯峨の『地上最強の生物』の表現に西園寺は苦笑を浮かべた。
「胡州正規軍に対して睨みを効かせるなら素人の康子より貴様の憲兵畑の経歴の方が睨みが利くという話だ」
「さすが宰相殿。ご苦労お察ししますよ」
皮肉を込めた嵯峨の言葉に西園寺は顔を歪めた。
「遅かれ早かれ胡州の保守派、特に烏丸一派は情報収集を独自に始める。そしてゲルパルトに東和宇宙軍や菱川重工業が支援をしている事実にたどり着く」
「まあ今回の一件が無事に片付けばって話でしょ?そんな先のこと考えちゃいませんよ」
嵯峨の言葉に西園寺はうなづく。そして西園寺はそのまま雨の打ち付ける窓越しに空を見上げた。
「全てがうまくいくといいな」
「どうですかね?」
嵯峨はいたずらでもしたかのような笑みを浮かべると静かにタバコを吹かした。東都に春を告げているように雷鳴が響く中兄弟は大きくタバコの煙を吸い込むのだった。




