殺戮機械が思い出に浸るとき 28
「ねみーよ」
「自業自得でしょ。昨日は意味もなくはしゃいで飲みまくって……付き合わされるこちらの身にもなってよ。第一要ちゃんは義体なんだから不眠ぐらいなんともないでしょ?」
不機嫌そうにカウラのスポーツカーの助手席にふんぞりかえる要の一言にただカウラと誠は苦笑いを浮かべるしかなかった。文句を言っているアイシャもいつもの様子とは断るようで、誠の腿に当たる足は貧乏ゆすりを続けていた。
「吉田少佐が何を考えているのか……」
のろのろと走る小型車を軽いハンドルさばきで交わしながらカウラがつぶやくのに誠も静かにうなづく。
「ネネに聞けばわかるんじゃねえか?」
「随分と信用しているじゃないの……連れの義体使いは疎開でお留守番というような札付き。信頼していいの?まあ費用は要ちゃん持ちだから私の気にすることじゃないけど」
アイシャの言葉に合わせるようにして車は新港へ向かう国道から農村の中に一見不釣り合いにある白壁の建物の前の駐車場に乗り入れた。
「ここか?」
カウラはそれだけ言うとガラガラの駐車場の一番建物に近い区画に車を止めた。何も言わずに要はそのままドアを開けて下車する。アイシャは誠の顔を見て苦笑いを浮かべるとそのまま要の座っていた座席を倒して長い脚から春の日差しの中へと立ち上がった。誠も窮屈な体勢のままというのもバカらしいので慌てて社外へ飛び出すように足を伸ばした。
瀟洒な白壁に囲まれた南欧風の建物の周りは新芽が伸び始めたバラが見える。
「相変わらずこういうことの趣味はいいのね」
アイシャはそう言いながら白い壁の中に浮き上がって見える黒い扉へと向かっていった。三人は黙ってそのあとに続いた。
静かに開かれた扉にアイシャが吸い込まれていくのに誠達も続く。
「ご予約の……」
「西園寺だ」
アイシャを押しのけるようにして要が口を開くと、初老のギャルソンはそのまま細い通路を歩き始めた。
「本当に慣れたものね、昨日の酒は……」
「うるせえ」
アイシャの茶々に苦虫を噛み潰したような顔を見せただけで要はギャルソンに連れられて雄大な東北山脈の山々が連なって見える大きな窓の席へとたどり着いた。
「待っていたわよ」
すでにその席には先客がいた。足元にリュックを置いて少し迷惑そうな視線をギャルソンに向けるネネ。ギャルソンはあえて無視するように要の席の椅子を引いた。それを合図とするように若い女性の店員が現れてアイシャの椅子を、そして二人が座ると今度は誠とカウラの着席を促すべく椅子を引いた。
四人が席に着くとギャルソンは西園寺に静かに目をやった。
「しばらく……待ってくれないかな。用事ができれば呼ぶ」
「わかりました」
よそ行きの要の優しい言葉にギャルソンと女の店員は静かにうなづいてそのまま通路へと消えていった。
「随分と趣味がよろしいようで……」
「こっちは演習前で時間がないんだ。早く要件を」
底に残った水を飲み干すネネを濁ったタレ目で見つめながら要が言葉を吐く。ネネは足元のカバンを手にすると中から一冊の冊子を取り出した。
「これを見ればわかりますよ」
「ああ、多分そうだろうな。だがオメエさんに百万ドル近く払ったにしちゃ仕事が雑だと思わねえのか?」
すっと自然に腰掛けているネネ。それを目の前にして睨みつける要。ふたりの様子を誠達はただ黙って見つめていた。
「吉田俊平……彼は人間ではないことはご存知ですか?」
間が空くのを恐れるかのように口を開いたのは意外にもネネの方だった。要はその言葉に返事をするわけでもなくネネの取り出した冊子に手をやった。
「人間じゃないなんて……まあサイボーグだから人間じゃないと言えばそうとも言えるわよね」
「アイシャ、中途半端な理解で口を挟むんじゃねえよ」
冊子の表紙を開きながら要がつぶやく。その言葉に誠は要もサイボーグであるという事実を思い出した。
「すみませんね。人間という定義をしないとこの言葉には意味がないですね。正確に言うと実体としての彼にはなんの意味もない。情報を収集し拡大し続けるプログラム。それが吉田俊平と呼ばれる存在の正体です」
ネネはそれだけ言うと手にしていたグラスをテーブルに静かに置いた。数ページ冊子をめくって沈黙していた要がゆっくりと顔を上げる。
「東和国防軍のネットワークシステム。ここ二百年の間、誰もその防壁を破った奴はいねえ……」
「はい、その防壁の外部記憶拡大ユニットが吉田俊平の正体です」
誠は戸惑っていた。カウラもアイシャも今ひとつネネの言う言葉が理解できずに黙り込んでいる。
「外部記憶拡大ユニット?まるで携帯端末みたいなものね」
ようやくアイシャが口を開いたが、その言葉にネネは静かにうなづいたまま再び冊子をのぞき見ている要に目をやった。
「携帯端末には足も手もないだろうが、それじゃあ情報収集を人力に頼らなきゃならねえ。だが吉田は当時開発されたばかりの義体の存在を利用することを考えた……いや、考えたのは奴を開発したプログラマーか?」
「はい、当時東和国防軍には一人の天才プログラマーがいました。彼は完全に自立し、拡張をし続ける情報収集システムの開発に従事していた。その名を『吉田俊平』と言います」
ネネの言葉に要は静かにうなづいて冊子の見開きを開いてテーブルの中央に投げた。
そこにはこの前まで誠達の前で自虐的な寒いギャグを連発していた男の写真があった。多少頬がこけ、目の周りにクマが浮かんでいる以外はその人そのものと言えた。
「随分と貧相に見えるが……」
「カウラちゃんも言うわね。でも確かに吉田少佐よこれ」
写真を見ながらささやきあうカウラとアイシャを無視してネネは話を続けた。
「彼が吉田俊平技師長。東和国防軍第三世代オブジェクティブファイアーウォールシステムの設計責任者」
「そしてそのシステム稼働の三ヶ月後に東都のアパートで首をくくっているところを見つかったわけか」
要のその言葉に誠達はぎくりとしぼんやりと冊子を見つめる彼女に目を向けた。
「なんだ、貴様は知っていたのか?」
「まあこの体と四六時中ネット接続された頭を持ってりゃ伝説のプログラマーと同じ顔の義体を使っている傭兵上がりなんてのはありそうな話だ」
「そう、このタイプの義体は年に数体製造されていました……ある事件が起きるまでは」
思わせぶりにため息をつくネネ。誠はただあまりに急展開する話についていくのがやっとでカウラとアイシャの暗い表情を見過ごしていた。
「遼南内戦末期の兼州攻防戦のことか?」
要の言葉にネネは静かにうなづいた。
「それまではただ無秩序に情報を収集し、情報収集端末である義体購入の資金を捻出するために傭兵稼業に勤しんでいた吉田俊平の中の一つの個体がこれまでとは明らかに違う行動をとり始めた」
「確かに遼南内戦での嵯峨隊長の兼州軍閥が人民軍に加担した途端に決着がついたのは吉田少佐の力によるところが大きいからな」
「それと教条主義者の粛清直前が目の前に来たところで隊長を担いでクーデターで王政復古。そのまま権力を掌握してみせるなんて情報端末にしては過ぎたやり口ね」
カウラとアイシャの言葉に誠は高校時代のニュースの中央にいた人物がこれまでごく普通に彼の前を歩いていたという事実を思い知らされて身の震える思いを感じていた。
「それは歴史の表側の話。裏ではその個体による他個体の破壊が行われていたんです。そして最後の端末の破壊には私も立会いました」
ネネのはっきりとした口調にそれまで冊子に向けられていた要のぬるい視線が鋭くネネの瞳を捉えた。
「つまりその変わり者の吉田俊平……つまりアタシ等が相手にしていたそれ以外の個体はすべて破壊されているわけだな」
「でもなんでそんなことを……」
誠の言葉に要、カウラ、アイシャの三人がほとほと呆れ果てたというようにため息をつく。
「いいな、オメエは幸せで」
「羨ましいな」
要とカウラのため息混じりのセリフに誠はただ慌てるばかりだった。そんな誠を思いやるようにアイシャが誠の肩に手を当てる。
「要ちゃんは脳幹以外はすべて人工物。わたしとカウラちゃんは遺伝子を操作された人造人間」
アイシャの言葉に誠は少しばかり三人が吉田がなぜ他の個体を破壊しなければならなかったかのヒントのようなものを掴んだ気がした。
「自分が自分であるためには自分以外の自分を全て消さなければならなかった」
「誠ちゃん正解」
ようやくひねり出した誠の答えにアイシャはそれだけ言うと寒々しい小さな拍手をしてそのまま視線をネネへと向けた。
「そして本当に最後の一人が……」
「空に浮かんでるあれか」
ネネの言葉に要は静かにうなづく。誠はただ分からずに呆然としていた。
「例の砲台のコントロールシステムをハッキングしたってこと?」
投げやりなアイシャの言葉にうなづくネネを見てカウラはキッと唇を噛み締める。そして誠も事の重大性を認識して背筋が寒くなるのを感じていた。
「演習って言いますけど……実戦じゃないですかこれじゃあ」
「実戦?そんな甘いもんじゃねえよ」
「試練と言った方が正確だな」
要とカウラの言葉に誠は天を見上げた。
「誠ちゃんは何か持ってるんじゃないの?誠ちゃんが絡むと大体絶体絶命のピンチに陥るじゃない、私達」
アイシャの言葉が誠に更に追い打ちをかけた。
「まあ今のところオリジナルの吉田が空の上のバックアップに知られずに得られたデータは?」
「これ」
慎重に袖の下からマイクロチップを取り出したネネは静かにそれをテーブルの中央に置いた。
「どこまで探りを入れてくれたか……」
アイシャはそれを手にすると心底感心したようにつぶやいた。
「あてにはしない方がいいだろうな。もし弱点でも見つかっていたらすでに空のあれは秘密を消すために東和宇宙軍に破壊されているはずだ」
「そういうことだな……」
それだけ言うと要はテーブルの脇に置かれた鈴を鳴らした。
「まあ苦労はそれなりにしてもらったようだからな。ちょっとしたお礼だな」
「フランス料理のフルコースがちょっとしたお礼ね。さすが金持ちは違うわね」
「アイシャ。ならテメエは食わなくてもいいんだぞ」
「いえいえ、食べますとも。今回もギリギリの戦いになりそうだし」
鈴の音を聞きつけてギャルソンと店員は手にしたフォークやナイフを慣れた手つきでテーブルに並べ始めた。
「確かにアイシャの言うようにギリギリだな。そして……」
並べられていく食器を眺めていたカウラの視線が誠に向かう。
「僕ですか?」
「そう言うこと。吉田の野郎のあてにしている本命はシャムだろうが、神前のちからも計算には入れて勝負に出ているだろうからな」
前菜を並べ始めたギャルソン達の動きに合わせるかのような要の言葉に誠は頭を抱えた。
「なんでいつも僕なんですか……」
「いいじゃないの、必要とされるのは生きている証よ」
「アイシャ、たまにはいいことを言うな。そういうわけだ……、ああ、私は運転をするから水でいい」
カウラの隣に置かれたグラスにワインを注ごうとするギャルソンを制止して、そのままカウラは置かれていた水の入ったグラスに口をつけた。
「まあカウラはいいとして、最期の晩餐とならないようにしたいものだな」
手にしたワイングラスをかざす要。誠はネネとともにこの騒動をこよなく愛する女達に運命を握られている事実をまざまざと思い知ることになった。




