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殺戮機械が思い出に浸るとき 2

「吉田さんが来てない? まあ特にうちは問題がないからねえ……」 

 弁当を掻き込みながら技術部整備班長の島田正人准尉が思い切り嫌な顔をしてつぶやいた。さすがに今日の島田に声をかけるのは誠も躊躇したが、そんなことを許す要ではない。

 島田の弁当を作った保安隊唯一の運用艦『高雄』の管制官のサラ・グリファン少尉が殺意を込めた視線で誠達を睨み付けてくる。野郎ばかりの整備班の班長である島田。そんな島田の為に作ってた弁当を広げてひと時に浸る二人。そんな二人の時間を要は意図的に土足で踏みにじるつもりだ。そのいつもの興味深そうなタレ目を見れば誠も十分に分かった。

「今、第一小隊の05式の一斉点検の最中なんだけど……データ送っても速攻でレスが入ってくるからなあ。本当にいないの? 嘘でしょ」 

「ならテメエのその何も見えていない目で確かめて見るか? え? 」 

 要はそう言うと島田の襟首を掴んで持ち上げる。長身の島田と言えど、軍用の特殊白兵戦用義体の持ち主の要の腕力に勝てるわけもない。ただされるがままにつるされる。島田は逆らうだけ無駄だとわかっているのか静かに目の前の要のタレ目に目をやる。

「だからうちじゃあ分かりませんて! 吉田さんならシャムちゃんが相棒じゃないですか! 俺達に聞くよりそっちの方が! 」 

「分からねえ奴だな! そのシャムが喋らないからテメエに聞いてるんだろ? 答えろ! 」 

「要ちゃん止めてよ! 」 

 さすがに勢い余って首を絞め始めて島田が泡を吹き出したところでサラが止めにかかった。常人ならとっくに窒息ししていたほどの時間ぎゅうぎゅうと首を絞められて一瞬白目を剥いた島田がなんとか咳をしながら我に変える。

「人をなんだと思ってるんですか? 」 

「え? 死なない便利な弾避け」 

 要の言葉にカウラは大きくため息をついた。島田は体組織再生能力多可という体質の持ち主だった。これまでも何度か誠達の無謀な行動につきあわされて常人なら即死するような目に何度もあっている。だが今はこれ以上ひどい目にあわなようにとじっと要に吊るされたまま口を開いた。

「吉田の旦那と一番話をしてるのはうちではキムですよ。アイツは鉄砲オタクだから吉田の旦那とは趣味があいますから」 

「吉田のは趣味じゃなくて実用だろ? それにキムの知識といえば、どこのメーカーのバレルが長持ちするとか、狙撃用の弾薬のパウダーのメーカーをどこにしたらいいかとか……そんなことが役に立つと思うか? 」 

「いやあ、役に立つかと聞かれても……」 

 島田はとりあえず要の脅威がしばらく続きそうなのでうんざりしながら周りを見回した。いつもは人望厚い島田だがこと相手が要となると、あえて身代わりになりに来るような古参兵達は周りにはいない。新兵達は要は自分達を端から相手にしないことは分かっているのでそれぞれがやがやと雑談を続けている。

「お困りのようね! 」 

「げ……」 

 突然のハスキーな女性の声にうんざりしたような顔をする要。彼女がおそるおそる振り向くとそこには紺色の長い髪をなびかせた少佐の階級章の長身の女性隊員が満面の笑みで立っていた。

 アイシャ・クラウゼはにんまりと笑いながら近づいてくるとそのまま要を蹴飛ばした。

「なにしやがる!」 

「いきなり『げ!』ってなによ! 」 

 さすがの軍用の強化義体の持ち主の要も、遺伝子的に強化されて作られているアイシャの鋭い蹴りは効果があるようで、蹴られた肘をさすりながらアイシャを見上げる。

「それより……面白いことしてるんでしょ? 私も混ぜてよ」 

 興味津々、やる気満々のアイシャのうれしそうな視線に誠達は頭を掻いた。アイシャは運用艦『高雄』の艦長代理。階級も少佐と言うことで手に入る情報の権限は大尉のカウラや要より上に当たる。ただし、本人に本当にやる気があればの話で、こう言う場合アイシャはただ興味だけで付いてくる可能性もあるのでどうにも信用できない。

「アイシャ、止めなよ。ただでさえうちはお姉さんからの業務の引き継ぎとかで忙しいんだから……」 

 同じブリッジクルーと言うことでサラはなんとかアイシャを止めにかかろうとする。

「それならほとんど終わってるわよ。それに面白そうじゃない、謎の保安隊の改造人間の知られざる過去に迫るなんて……」 

「吉田はいつから改造人間になったんだ? 変身でもするのか? 」 

 吐き捨てるようにそう言った要だが、すでにアイシャはいつものようにあさっての方向にやる気でいる。

「とりあえず吉田さんの行方といえば……こういうときはお金の流れから見るべきね!行きましょう!」 

 早速ぼんやりとしていた誠の手を取るとそのままハンガーの05式のコックピットの前に付けられた通路を執務室のある棟に向けて歩き出す。カウラと要は慌ててそれを追いかけた。

「金の流れ? そんなもんうちでどうにかなるのか? 」 

 要の慌てた声に振り向いたアイシャはにんまりと笑う。

「うちの金の管理はどこが担当? 管理部でしょ? 経理担当は菰田君。カウラが頼めば多少の無理は……」 

 アイシャの言葉に今度はカウラが思い切り嫌な顔をした。

 経理担当主任菰田邦宏曹長。誠も大の苦手な粘着質を絵に描いた顔の古参下士官は、カウラのファンクラブ『ヒンヌー教』の教祖としてその手の趣味の隊員の絶大な支持を集めていた。よく言えばスレンダー、悪く言えば胸がないカウラの自覚している欠点を崇拝するその奇妙なカルト宗教は部隊での影響力は絶大で、誠達が生活している保安隊男子下士官寮の中では一大勢力をなしていた。

 当然のことながら勝手にそんなインチキ宗教の崇拝対象になったカウラにとっては迷惑以外の何物でもない。そんなカウラの思いとは裏腹にしつこい菰田達の布教活動で、入れ替わりが激しくなった最近の保安隊内部でも大きな勢力を維持していた。そんなカウラが顔を上げると管理室の前の廊下で満面の笑みを浮かべているアイシャがいた。

「ほら、わびしそうなカップ麺なんて食べてるわよ」 

 アイシャが指さすのは管理部のガラス張りの執務室。和気藹々と笑いあっている女子事務職員達からぽつんと離れて一人カップ麺を啜る菰田の哀れな姿が見える。

 偶然顔を上げた菰田が誠達に視線を向けた。最初にカウラを見つけて笑顔が浮かんだものの、その中に誠の姿があるのを見つけて笑顔を訂正するような不機嫌そうな表情を浮かべている菰田。

 アイシャは気にするわけでもなくそのままぐんぐんと近づいていくとそのまま管理部の部室に飛び込んだ。

「菰田君」 

 最初に話しかけてきたのがアイシャだったことで菰田の機嫌はさらに損なわれた。アイシャの詮索癖と騒動好きは周りを巻き込むだけ巻き込んでおいて自分は逃げ去るという要領の良さ。巻き込まれる可能性があると悟っただけで菰田も十分不機嫌になる。

 手にしたカップ麺を静かに机に置き。大きく深呼吸をして何ともしれない騒動を巻き起こそうとしている紺色の髪の闖入者を忌々しげに見つめる。

「なんでしょうか……クバルカ少佐。今日は鈴木中佐が出て来ているんですから引き継ぎの方を……」 

「いいのよ、そんなこと。それより……聞きたいことがあるんだけど」 

 不機嫌を突き抜けた表情。ともかく菰田の顔を見て誠はそんな感じだと確信した。ここにカウラがいなければ菰田はその場から立ち去っていただろう。偏屈な上司がこれから災難に遭うと言うことで女子職員は興味深そうに誠達を眺めている。

 カウラも菰田とは話をするのも嫌なのだが仕方なく口を開いた。

「実は吉田少佐の件なんだ」 

 その質問の核心がカウラの口から放たれたものでなければ答えなど期待できない。菰田の表情が急に和らぐ。そしてそれに比例してカウラの口元の引きつりが大きくなる。

「ああ、ベルガー大尉。吉田少佐が休んでいる件ですか?」 

「知ってるのか? テメエ!」 

 今度は菰田の襟首を要が締め上げる。すぐにカウラと誠で間に入ったから良かったものの、放っておいたら島田と同じく窒息するところだった。しかも菰田は島田と違って首を絞めたら死ぬのだからまさに危ないところだった。

 激しく咳き込み、しばらく下を向いてもだえる菰田。

「大丈夫?」 

 背中をさするアイシャを恨みがましい目で見つめる菰田。彼の予想はすでにこの時点で的中していた。カウラが少し心配そうな顔をしているのを見つけて何とか機嫌を直した菰田は自分の気を落ち着かせながら椅子に座り直した。

「知ってるも何も……休んでいるじゃないですか」 

「そりゃあ見れば分かる! そう言うことじゃなくてだ。あいつがなんで休んでいるのか知らないかって聞いてるんだよ!」 

 さすがの要も同じ間違いは起こさない。机をたたき壊さないように寸止めして軽く叩くようにして腕を振り下ろす。備品の発注伝票を処理しないで済むことを確認した菰田はしばらく思いを巡らすように首をひねる。

「なんで? そりゃあ吉田少佐にも私用があるからじゃないですか? 」 

「知らないんだな! じゃあアイツが休んで済む理由は知って……」 

 要に任せたららちがあかない。そう悟ったアイシャが要を突き飛ばす。いつもなら反撃で突き飛ばし返す要も自分の話の持って行き方が間違っていたことに気づいたようで頭を掻きながら菰田にしなだれかかるアイシャを眺めていた。

「吉田さんの雇用関係の契約書……ここで保管しているじゃなくて? 」 

 突然の甘えるようなアイシャの言葉。だがアイシャの本質をよく知っている菰田はただ助けを求めるように視線を誠に飛ばすだけだった。

「どうして返事をしてくれないのかしら?」 

「クラウゼ少佐。守秘義務って言葉。知ってます?」 

 薄ら笑いを浮かべて拒否の姿勢を示してみせるのが最後の抵抗だった。菰田はアイシャににらまれたままじっと黙り込んでいる。

「おい、アイシャ。それはまずいだろ。重要書類の管理はおそらく菰田じゃなくて高梨参事の担当だぞ」 

「西園寺さんの言うとおりですよ! 俺じゃあ何もできません!」 

 暴走するアイシャをさすがの要も止めに入る。明らかに出せないのは知っていたがただいじめたかったと言うだけの理由で菰田を絞り上げていたのは誠が見てもよく分かった。

「まあ良いわ。それにしても……吉田さん、本当にどこにいるのかしら?」 

「ここで相談されても困りますよ。とりあえず自宅とか……あの人なら音楽関係の知り合いが多いからどこかのスタジオに缶詰になってるとか……いろいろ考えられるでしょ?」 

 菰田の捨て鉢な意見。アイシャは手を打って菰田の肩をぽんと叩いた。

「そうね。とりあえず自宅を明日訪問。それから後のことはそれから考えましょう」 

 アイシャはそれだけ言うと唖然とする誠達を置いて平然と管理部の部室を出て行った。

「何がしたかったんだ? アイツは」 

「私に聞くな」 

 要とカウラはただ呆然と立ち尽くしている。誠は我に返るとすべての苦痛を誠を恨むことで解消しようとしている菰田の顔があった。

「いやあ……とりあえず昼休みも終わりだし。明日にしましょうよ」 

 そう言うと誠はそのまま立ち去ろうとした。だが要のその肩を押さえつける。

「せっかくここに来たんだ。高梨参事に一応確かめるくらいの事はしてもいいんじゃねえのか?」 

「そうだな。駄目なのは当たり前でも聞くだけ聞くのは無駄じゃないだろう」 

 誠はただ絶望に包まれた。そして恐怖を紛らわすべく室内を見回す。

 昼休みと言うことで付けられている端末のテレビ画面。そこには次から次へと兵器の映像が映し出されていた。このところ見慣れた光景に思わず誠の顔も歪んだ。

「また遼北と西モスレムが揉めてるんですか?」 

 何気ない誠の言葉。冷ややかにカウラが頷く。

「遼北領イスラム教徒居住区問題は複雑だからな。先週、西モスレムのテロ組織の過激派が越境攻撃を仕掛けたらしい。遼北は西モスレム政府の関与を疑い、西モスレムはそれを否定した上で遼北内部でのイスラム教徒の不当弾圧を同盟会議にかけるといきり立ってる」 

「あそこは一回ぶつかった方がいいんだよ。多少痛み分けすれば仲も良くなるじゃねえのか?」 

 相変わらずの要の不穏当な発言に誠はただため息をつくばかりだった。

「そういうわけにも行かないだろ。同盟の有力加盟国だからなどちらも。それに確か……設立準備中の同盟軍事部隊が国境線沿いに展開しているはずだぞ」 

「え? シン大尉の部隊ですか?」 

 誠が思い出した。元管理部部長の寡黙なイスラム教徒。アブドゥール・シャー・シン大尉。沈着冷静な保安隊の良心と呼ばれた人物。当然その名を聞けば元の部下である菰田もひねくれた性根を訂正して振り向いて画面を見なければならなくなった。

「あの人……確かパイロキネシスとですよね」 

 パイロキネシスと。この遼州の先住民族『リャオ』の一部が持つ法術と呼ばれる能力の一つにある発火能力。愛煙家のシンはライターの類を持ち歩かず、常にそれで火を付ける癖があった。そしてその力は彼のテリトリーに入った敵をすべて消し炭にすることができるという恐るべきもの。半年前、法術の存在が公にされてからは彼の力は同盟以外でも知られることになった。

「そりゃあ……大丈夫かね? あの人西モスレムの軍籍があるから……遼北が黙ってないだろ?」 

 要の言葉にカウラはとぼけたように首を振るとそのまま部屋を出て行った。

「無視しやがって……」

「でもシン大尉は実直な人ですから。任務とあれば母国であっても容赦はしないようなところがありそうですよ?」 

「おい、神前。それは確かめたのか? 遼北はたぶん疑心暗鬼に陥るぞ。まずいな……」 

 それだけ言うと要もまた部屋を出て行く。誠は一人画面に目をやった。

 飛び回る西モスレム空軍のフランス製の航空アサルト・モジュール「ルミネール」が大地に突っ立っている同盟軍事機構の05式を威圧している様が映っている。

「あれだな。西園寺さんがこの場にいたら何機か撃ち落としてるんじゃないか? 」 

「確かに……」 

 菰田の言葉に同意してすぐに誠はドアの辺りを見回した。とりあえず要の姿は無い。振り向くとそこには同情の視線を送る菰田がいた。

「まあなんだ。とりあえずがんばれや」 

 なんとも慰めともつかない菰田の言葉に誠はただ苦笑いを浮かべて管理部の部室を出た。

「同盟……どうなるんだろうな? 」 

 不安は増す。危機は確実に広がってきている。そして保安隊はその目とも言える存在の吉田が行方不明。

「考えても仕方がないか……」 

 誠は入隊以来そう諦める癖が身についてきている自分が少し情けなく感じられた。


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