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殺戮機械が思い出に浸るとき 14

 保安隊隊長室のソファーに座る管理部部長の高梨渉参事。彼は落ち着かないときの爪を噛むくせを続けながら腹違いの兄で部隊長である嵯峨惟基を見つめている。嵯峨といえば高梨が同盟司法局本局から持ってきた演習内容の最終決定稿を次々とハイペースな調子で読み続けていた。

「これでまあなんとか演習の実施まではこぎ着けたわけか……」 

 書類を机の上に投げると嵯峨はのんびりと椅子の背もたれに身を投げた。長身痩躯な嵯峨に比べ小太りな高梨がじっと恨みがましい視線で兄を見上げる様は少しばかり滑稽にも見えた。高梨もそれを自覚しているようで、頭を掻きながらそのまま視線を隊長室狭しと並ぶ書画骨董のたぐいに目を向ける。

 どれも一級品の折り紙付きの品々ばかり。遼南王族の嫡男として生まれ、胡州第一の名家西園寺家で育った嵯峨に取ってみればどれも見慣れた品々だったが、父が政務を投げて後宮に籠もってから生まれ、追放された先の東和で育った高梨からしてみればどれも手の届かないとてつもない品物に見えた。

「じろじろ見るなよ……これは全部預かりものなんだから。傷でも付けたらことだ……」 

「なら仕事場に持ってくることは無いんじゃないですか? 」 

 棘のある弟の言葉に嵯峨は参ったというような苦笑いを浮かべる。

「それよりその顔だ。本局……どうだい? 」 

 嵯峨の質問に高梨は大きくため息をつく。兄は本局の様子など手に取るように予想しているのは間違いない。

「厭戦ムードですよ……遼北の胡州大使館に秘密裏に胡州の西園寺首相が入ったと言うことでとりあえず正面衝突は延期になったと安堵している奴もいますがねえ。結局は時間稼ぎにしかならないと言うのが大方の見方ですね」 

「はあ……兄貴も落ちたものだな。先の大戦で遼北と胡州の休戦協定を結んだ辺りがピークだったのか? 」 

 嵯峨の義理の兄、要の父である胡州宰相西園寺重基の動静に嵯峨も多少安堵したような表情を浮かべたものの、その目はまるで笑ってはいなかった。

「落ちられては困るんですよ……明日、ゲルパルトのシュトルベルグ大統領がイスラム聖職者会議の代表を伴って西モスレム入りする予定なんですから。ともかく両国を対話のテーブルに着かせることが……」 

「出来るの? 」 

 突然の嵯峨の突っ込みに高梨は黙り込んだ。両国への支援勢力からの圧力は今に始まったことではない。2月だというのにすでに遼北には中国からの特別使節が二度、西モスレムには三人のアラブ諸国の大臣クラスの人物の来訪が伝えられていた。ただ事態はここまで悪化していた。その事実が状況がどの段階まで進んでいるかと言うことを示していることは高梨にも十分理解できた。

「まあお偉いさん達の動向は俺達が何を言っても変わらないだろ? それより本局の厭戦気分とやらを聞こうじゃないか」 

 そのまま身を乗り出して嵯峨がソファーに座る高梨を見つめてくる。興味深々と言いたげに珍しく見開かれた目に見つめられるとどうにも高梨は緊張してしまっている自分を発見した。遼南王朝は初代ムジャンタ・カオラ帝が突如姿を消してから続く皇帝達の多くが夭折した為、皇帝になるべく生まれたという存在は数えるほどしかいない。その一人である嵯峨。時々見せる鷹揚態度の中になんと言えない恐怖を見るものに与える視線を見ると、兄の恐ろしい一面を見ているようで高梨はいつも息を飲むしかなかった。

「東和出身の連中が予想通りというか……早速再就職先探しですよ。同盟解体は目の前だというように勤務中から前の所属の所属長と電話で長話。まあ連中も分かってますから同盟の機密事項とかは流れていないと思いますが……」 

「分かったもんじゃねえなあ。東和の金が同盟をどうにか生かしていたようなもんだ。金には秘密がつきもの。そして金の流れは力につながる。賢い奴は機密事項をばらしはしなくてもそれとなく分かるようにほのめかしたりしているんじゃねえか? 」 

「確かに……」 

 高梨は力なく笑うしかなかった。彼自身が同盟司法局へは東和国防軍の背広組からの出向者である。人のことを言える立場ではない。東和軍内部にいたなら知らない可能性のある他国の軍事状況についての情報を山ほど抱えていた。もしこのまま同盟解体となればそれなりの役職が待っていることはよくわかっていた。

「東和宇宙軍絡みも結構活動始めているんじゃねえか? 」 

 嵯峨の声のトーンが一段下がる。高梨もその理由は十分に分かっていた。その筋の人間には知れ渡っていた東和宇宙軍によるインパルスカノン開発計画についての話題を聞くのは高梨も今日でこれで三度目だった。

「まあインパルスカノンノ情報漏えいで株が下がっている連中ですが……陸軍や空軍の奴等のように表立って動いてはいませんね今のところ。ただ動き出したら早そうな連中ですよ」 

 思わず高梨の口から本音が出る。国防省内部でも宇宙軍は別格扱いされていた。予算や人事権は表だっては政府の意向に沿ってはいるが、高梨が予算編成局の課長をしているときも事実上独立した権限を有していると判断して決済するようにと言う前任者からの引き継ぎを受けたことを覚えている。

『うちが独立していられるのはある人物のおかげでね……』 

 退官が決まっていたノンキャリアの前任者の言葉でおそらくそれが東和ただ一人の人物の意向であることだけは理解できた。

「菱川の旦那……笑いが止まらねえんじゃないかねえ」 

 嵯峨の顔が卑屈な笑みに浮かぶ。そしてその視線はそのまま窓の外の壁の向こうに広がる菱川重工豊川工場に向かった。

「同盟が東和にとって思いの外経済的負担になってきたのは事実ですから……機会があれば解体に導きたいという考えがあっても不思議な話じゃ無いですが。本当に菱川重三郎元首相が? あの人は同盟司法局の設立を一番に主張した人じゃないですか……それに実働部隊長に兄さんを指名したのも事実上はあの人でしょ? 」 

 信じられないと言うより信じたくない。そう思いながら高梨はまだ外を見つめている兄の後ろ姿を見つめていた。嵯峨はゆっくりと視線を部屋に戻し、一度目を閉じた後伏し目がちに言葉を紡ぎ始める。

「俺を同盟内部に引きずり込んだ理由は簡単さ。要は俺を目の届く範囲に置きたかったんだろ? 」

「まるで犯罪者じゃないですか! 」 

「おう、俺は一応先の大戦じゃ人道に対する罪で銃殺されたことになっているんだから……立派な犯罪者だろ? 」 

 遼南での治安維持活動で『人斬り新三』の異名を取った兄の顔が歪むのに高梨は目をそらした。それでも兄の言葉は続く。

「同盟の実力部隊は俺が同盟設立を提案した時の条文の段階から本部を東和に置くことになっていた。技術力と安定した治安が魅力でね……扱うものがアサルト・モジュールなんて言う技術力の塊を常に運用状態に置くとなると東和か……大麗くらいしか適当な場所がない。警官が金で動くような治安のヤバイところに設置すれば同盟の中立的実力行使という役割が果たせなくなる可能性もある……そうなると選択肢は東和一本に絞られたわけだが……その部隊長には何人かの候補がいた」 

 兄の言葉がどこにたどり着くかと高梨はただ耳を澄ませるだけだった。

「まずは遼北の周麗華少将……従妹だからと言う身びいきじゃ無いが決まってもおかしくなかったんだけどねえ……」 

 高梨も父ムスガの弟であり遼北革命に参加したムジャンタ・シャザーンの娘で先の大戦では女性にして遼北でも上位の撃墜数を誇ったエース。何度か会議の席で顔を合わせたが勘のきつそうな視線はどうにも高梨の苦手とするところだった。

「遼北じゃあ……菱川さんが認めませんね」 

「そう言うこと。それで次の候補が大麗のパク・ジュンス大佐。若手で温厚篤実……だが当然ながら人材不足の大麗が手放す訳もない……ってんで次の候補が胡州の誰かってことだ」 

「誰かって……自分のことじゃないですか」 

 弟の軽口に嵯峨は苦笑いを浮かべる。高梨も兄に言われるまでもなくこじれにこじれた保安隊隊長人事については情報を独自に入手していた。嵯峨のくせ者ぶりは有名なだけに遼北と西モスレムが珍しく共同歩調でその人事に反対したが、結局は菱川重三郎が強引に押し切って決まった人事だった。両国はこの人事に露骨に不服だった結果、遼南内戦で面識があったため直接嵯峨が口説いた二人、遼北の技術部部長の許明華大佐と高梨の前任の管理部部長で現在は戦地である両国国境で任務遂行中のアブドゥール・シャー・シン大尉以外の出向を拒否したほどに難航した人事だった。

「要するに最初から俺はいつかは切られる運命だった訳だ……まあこのまま行くと同盟の方が先に命脈が尽きそうだがな」 

「腹は立たないんですか? 一応は遼南皇帝最後の仕事として提言した同盟の設立でしょ? 」 

 力なく笑う兄に思わず高梨の語気は荒くなる。

「腹ならもう煮えくりかえっているさ……でも怒ってどうなるよ? 世の流れ、人の心。どうにもならないものって言うものはこの世の中いくらでもあるもんだぜ。俺はこの星が地球列強に食いつぶされない為の方策として同盟を提言したわけだが……そんなことよりも世の人々は目先のプライドや気分が大事らしいや」 

 それだけ言うと嵯峨は再び椅子で身を反り返らせて伸びをする。

「それより渉よ……東和で食って行くんだから俺とは距離を置いた方がいいぜ……本庁からの帰り、付けられただろ? 」 

「え? 」 

 嵯峨の言葉に高梨は驚きを隠せなかった。

「どこの連中が……」 

「東和の公安。うちのゲートの前にもこの寒いのに三人も張り付いて……ご苦労なことだ」 

 頭を掻きながら外を指さす兄。憲兵上がりの兄が同類を見逃すはずがないのは十分に分かる。そして現在第一小隊所属の吉田俊平少佐を東和公安ばかりではなく同盟司法局の捜査部門も追っていることは高梨も知っていた。

 その時嵯峨の机の通信端末に着信があった。

「秀美さんかな? だといいねえ……」 

 嵯峨はのんきにそのスイッチを入れた。

「見つかったわよ! 」 

「何が? 」 

 慌てた調子の安城秀美の声に嵯峨はいつものとぼけた調子で返す。相手がいつもの嵯峨だと分かった安城はただ苦笑いを浮かべるとモニターに顔を向き直った。

「例の秘密兵器のデータ流出の件。やはりギルドが絡んでるわね……さっきようやく左翼セクトのメンバーを落としたのよ……」 

「そいつはご苦労さんだねえ……でもそれじゃあ吉田とは無関係……」

 嵯峨の口調は相変わらずのんびりと他人事のように続く。大きく自分を落ち着かせるためのため息をつくと安城は言葉をつないだ。

「余計ややこしくなっただけよ。しかも直接手渡しでデータを受け取ったって……しかもあの相手が北川公平……先日嵯峨さんのところの神前君がかち合った相手よ……」 

「そいつはまた大物が……でもその調子だと北川のアジトでも掴んでるんじゃ無いの? 」 

 それとなくいやらしい笑顔を浮かべて画面を見つめる兄に弟ながら高梨はただ呆れるほか無かった。

「それが掴んでるから困るのよ……しかも明らかに捕まえてくれって言うくらいに丁寧に証拠を残しているんだもの」 

「ああ、それじゃあ渉をつけた公安の皆さんは無駄手間をかけちゃうことになるねえ……」 

 嵯峨の言葉の調子には少しとして悪びれるようなところはない。ここまであからさまに他人事のふりをされると安城も怒るに怒れなかった。

「山脈西部宇宙港から第十四宇宙ターミナルステーション行きのシャトルの貨物室ですって……ばれないとでも思っているのかしら? 」 

「だからブラフでしょ? 今頃本人は安全極まりない方法で遼州星系から出ようとしている……そう考えるのが普通じゃないの? 」 

 いちいち尤もなだけに安城はただ苦笑いを浮かべるだけ。

「とりあえず北川を取り逃がしたら連絡するわ」 

 それだけ言うと通信は突然のように切れた。

「あのさあ……渉……俺、また嫌われたかな? 」 

「さあ……どうでしょう? 」 

 いかにも情けない表情を浮かべる兄。高梨はただその演技に過ぎる表情に呆れながらこの小汚い部屋を後にする踏ん切りを付けていた。


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