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殺戮機械が思い出に浸るとき 12

「嵯峨さん! 」

 ノックもせずに黒いセミロングの髪の美女が保安隊隊長室を開いて押し入ってきた。それを見て机の上の江戸時代の九谷焼の花入れの極め書きを書いていた保安隊隊長嵯峨惟基特務大佐は困ったような表情で顔を上げた。

「秀美さん……ノックぐらいしてよ……僕は気が弱いんだから」

 嵯峨は筆を置いて悠長に花入れに目をやる。その様子は明らかに押し入ってきた保安隊と対をなす同盟司法局の実働部隊で主に捜査活動を担当する部隊、通称『特務公安隊』の隊長安城秀美少佐を苛立たせるものだった。

「悠長に副業の骨董品の鑑定? それなら同盟解体後ならいくらでもできるんじゃ無いかしら? 」

 つきあいはお互い司法局に配属後と言うことで三年程度だが、安城も嵯峨のこう言う明らかに空気を読まない行動には慣れてきたので余裕のある態度を装って皮肉を言ってみた。

「そうとも言えないねえ……回線を遮断しているから良いけど俺の端末にはひっきりなしに胡州陸軍から連絡が入ってる。同盟がつぶれて保安隊解散の暁には首輪を付けてでも本局に引っ張られることになりそうだ……それを思うとどうも……」 

「いい話じゃないの。胡州陸軍大学校首席卒業ですものねえ、嵯峨さんは。陸軍省のふかふかの椅子がきっとお似合いよ」 

 安城の皮肉に嵯峨は今にも泣き出しそうな顔をする。それが嵯峨特有の駆け引きだと知ってからは安城もただ冷たい視線で立ち上がって花入れを背後の鑑定依頼の骨董品の棚に戻す嵯峨を眺めていた。

「嫌みを言いに来たにしてはずいぶん急いでいたみたいだけど……用があるんじゃないの? 」 

 嵯峨の悠長な態度を皮肉ることに夢中になっていた自分をその相手の言葉で思い出して安城は赤面した。それを悟って嵯峨がそれまでの迷惑そうな表情からしてやったりという笑みに表情を切り替える。それを見た安城はそのまま嵯峨の執務机の端末に自分の襟首にあるジャックからコードを延ばして差し込んだ。

「悪かったよ……そんなに急がなくても……」 

「ここの吉田少佐の身柄を確保する命令が下りてきたのはどういうわけ? 」 

 端末の画面が変わるのを確認しながらそれとなく安城は呟く。嵯峨はその話題は予想していたと言うような表情で頭を掻いてどうこの場を切り抜けるか計算しているように視線を天井に泳がせた。

「吉田少佐の契約が特殊なのは了承済み、そして嵯峨さんも吉田少佐の行方を掴んでいないのもお見通し。その話題を長々連ねて時間を潰すのはご免よ」 

 先手を打った安城の言葉に嵯峨はいたずらを見透かされた子供のようにそのまま俯いてしまった。しかし、嵯峨の視線は安城が弄っているモニターから逸れることがない。

「命令の出所は内々に調べてみたけど……東和宇宙軍の上層部の意向みたい。それでちょうどその意志決定がなされた時刻にネットに流出したのがこの図面」 

 端末のモニターには複雑な設計図が写されていた。素人が、そしてネットユーザーのほとんどが見てもそれが何かを理解することは出来ないと言うような複雑な構造物の図面が映し出される。法務畑が専門で技術には疎いと自称している嵯峨もその図面自体の意味は理解しているようには安城にも見えなかった。

 だがその図面のデータのファイル名には嵯峨の表情も一瞬の驚きを感じているように見えた。

「第一次インパルス・カノン試作計画……」

「どう? 」 

 鋭い視線を送る安城だが、嵯峨はそのまま伸びをして椅子にもたれかかるとただ呆然と正面の空間を見つめながら口を開いた。

「どうと言われても……インパルス砲。縮退空間を砲身全面に展開してそのまま高エネルギーで無理矢理打ち出すって言う理論は昔からあるわけだしねえ。先の大戦中も中立だった東和軍が自衛目的で研究を進めて他のは俺も東和の大使館付き二等武官だったから重々承知はしているつもりだよ……その試作砲台の設計図が流出……あれじゃないの? このきな臭い時期に東和の強さを見せつけたいという内部の自称愛国者の自作自演とか? 」 

 嵯峨の話に安城の表情はさらに険しくなる。嵯峨はそれを見るとしょんぼりと視線を落とした。

「内部犯行説は魅力的ではあるけど……一応、私も東和軍の保安部出身なの」 

「それは知ってるんだけどさあ……人間魔が差すことは誰だってあるもんだよ。それに最近じゃ『ギルド』の法術師至上主義者が跋扈しているからねえ……そうだ!『ギルド』のシンパが情報を抜き取ってリークしたって線は? 」 

 思いつきと明らかにわかる白々しい嵯峨の態度に安城は大きなため息をついた。

「嵯峨さん……まじめに答えてよ。このデータの流出元は東都工大の研究室の通信端末よ。あそこは法術師至上主義者よりは共産主義者の出入りが盛んな場所でしょ?」 

「ああ、今時学生運動をやっている奇特な大学の研究室からの流出ねえ……となると東和の軍部の暴走を警告するって言う意味合いのものか……でもあそこの赤い連中に東和軍のネットワークに侵入してすぐに足がつかないだけの技術力があると思う? 」

「だから吉田少佐に嫌疑がかけられたんでしょ? 東和宇宙軍のネットワークに侵入して足跡も残さずに情報を抜き取り、それを軍部を批判する組織に譲り渡す……まあ吉田少佐の経歴から考えたらあり得ない話なんだけど、現在行方不明で上司もその足取りを把握していない。疑われても仕方がない状況にはあるわよ」 

 上司が足取りを把握していないと言う一言はさすがの嵯峨にも堪える一言だった。俯いて指で机の上の埃を一つ一つつまんでは吹き飛ばしていじける嵯峨。

「確かにそう言われたらその通りなんだけどさあ……吉田の野郎が資金源なんてたかが知れてる学生活動家に苦労して手に入れた情報を譲り渡すと思う? アイツは守銭奴だよ。具体的設計図としては役には立たない代物なんだろうけど東和がインパルス砲開発を諦めていない事実の暴露はそれなりの利用価値のある情報だ。値段をつり上げる方法を熟知している吉田のことだ。もし奴の仕業なら学生活動家の懐じゃ思いもよらないような値段でそのファイルを売りつける先を捜すんじゃないかな」 

 嵯峨の言葉などまるっきり読めているというように安城は肩を落とすとそのまま部屋の中央の応接セットのソファーに腰を下ろした。嵯峨はそれを見ると少し気が楽になったというように上着の胸のポケットから煙草を取り出すと静かに火を付けた。

「吉田の馬鹿がこのタイミングで行方不明だということ以外は奴が疑われる理由は無いわけだ……。しかもそのことはすぐに捜査の責任者である秀美さんが悟ることは織り込み済み。そしておそらく同僚のよしみで俺に捜査情報を話すことも……東和宇宙軍上層部は知ってて今回の吉田の身柄の確保を指示してきた……そう考えられないかな? 」 

 煙草の煙を吐きながら吐いた嵯峨の言葉に少し驚いた表情で安城は嵯峨のとぼけた顔を見つめた。

「東和軍が……遼北と西モスレムが一触即発の時期に同盟の機関に揺さぶりをかける……同盟解体後をにらんでの布石? それとも……」 

 首をひねる安城の前でモニターに着信が告げられた。

「せっかく通信遮断してたのに……」 

 嵯峨が恨みがましい目で安城を見るが、安城はただ無表情にその通信に嵯峨が出るように彼の肩に手を置いた。渋々嵯峨は通信端末の受信ボタンを押す。

「ラスコー! 」 

 ただでさえだるそうな嵯峨の表情が疲れで押しつぶされたような表情に変わる。モニターにはでっぷりと太ったアラブ風の男の顔面が画面いっぱいに広がっている。安城はそれが西モスレム首長国連邦の現代表であるムハマド・ラディフ王のそれであることを思い出すと興味深げに嵯峨のげんなりとした顔に目をやった。

「君とワシの仲だ! 先月から通信を続けて今つながったのも神の思し召しだ! 頼みが……」

「嫌な神だねえ……まさに神のいたずらってところですか? それに俺はラスコーなんて名前は捨てたんでね」 

 安城も驚くほどに不機嫌そうに嵯峨は言葉を吐き捨てた。嵯峨の貴族嫌いは筋金入りなのは知っていた。本人は捨てたつもりでも遼南王家の当主の地位がどこまででも追ってくる。僅か十二歳で皇帝に即位して翌年には廃帝とされ、さらに36歳の時にクーデターで吉田に無理矢理皇帝に返り咲かされた嵯峨の流転の人生を思えばそれも当然と安城は思っていた。

 だが画面の中のアラビア王族はそんな嵯峨の感情に斟酌している余裕などは見て取れなかった。目が血走っているのは徹夜を何日も続けてきたことの証だった。大きな顔の後ろの背景を見れば、おそらくは首長会議中に藁にもすがる思い出通信を入れてきたことは容易に想像がつく。

「誇り高き王の位は自分の意志で捨てれるものでは無いぞ! 生まれて死すまで、王は王だ」 

「その国が消滅するかもしれないところの人に言われても……説得力が無いんですけど。まあ時間が無いからこちらからそちらの要件を言い当てましょうか? 遼南皇帝として遼北に圧力をかけて講和のテーブルに着けと言えと……無茶な話だ」 

「何が無茶なものか! 大陸の半分を占める遼南の意志が……」 

 慌てて捲し立てようとするアラブ人の言葉に静かな表情のまま嵯峨は机を叩いて見せた。黙り込む浅黒い顔に嵯峨は嘲笑を浮かべながら静かに胸のポケットから煙草を取り出すと火を付けた。

「俺の意志は俺の意志ですよ。遼南の民意とはまるで無関係だ。それに現在の遼南の実権は宰相アンリ・ブルゴーニュの手にある。話をつけるならそちらじゃ無いですか? 」

「アイツは話にならん!東モスレムにワシが野心を持っていると思っている。根も葉もない話ばかり……」

「それなら話はおしまいですよ。俺は一同盟組織の部隊長。それ以上でもそれ以下でも無い。じゃあ切ります……」 

「ま!……待った! 」

 王侯貴族の誇りとやらはどこへやら。今、画面の中に映っている巨漢の表情にはまるで資金繰りに行き詰まって不渡りを待つ町工場の社長と変わらない焦燥の表情が浮かんでいるのが安城から見てもよく分かった。嵯峨はその無様な顔色にようやく満足したように頷くと、静かに煙草をもみ消して腕を組んでじっとモニターを睨み付けた。

「民衆が殉教者を気取り始めて手が付けられないから助けてくれってのが本音でしょ? それならそう初めから言えばいいのに……」 

 嵯峨の鋭い指摘に血色の良い頬が自然と俯く。この緊迫した情勢の中でのその様子が安城から見ても滑稽で思わず吹き出しそうになる。そんな安城にちらりと目をやった嵯峨は手近にあった拳銃のカートリッジの空き箱の端にボールペンで素早く走り書きをして安城に見せた。

『この様子は録画中。そのまま遼北外務省に送信よろしく♪♪ 』 

 得意げににんまりと笑う嵯峨にため息をつくと安城は画面から見えないように首筋のジャックにコードを差し込む。

「初めは法学者の指示で国境線侵犯の映像を流しただけだったんだ……情報開示が遅れているというのは常に同盟会議で我が国が指摘されてきた部分だ。それを忠実に実行して来たわけだが……」

「ただ出すだけなら良いんですがねえ……政府系の新聞ででかでかと『無神論者の挑戦』なんて見出しを出してまで発表する必要があったんですかね? あの新聞社の資本を出してるのはあんただったはずだ。おそらくここまでの挑発的な記事を出すとなったらあんたに許可を願いでないわけにはいかないんじゃないですか?」 

 明らかに見下すような視線を嵯峨はモニターに向けていた。それは一国際機関の出先の責任者が国家元首に向ける視線とは思えなかった。だが追い詰められた状況は覆すことが出来ない。王はただ黙り込んだまま次の嵯峨の言葉を待つ。

「そのまま世論は好戦的な調子を保ちつつあんたはそれに乗って国境線に軍団を集結させた。それはいい。通常兵器で軍人が殺し合うならそれは国際法上もなんの問題も無い行為だ。同盟軍事機構には悪いが俺としちゃあ好きなだけ殺し合いをしてくれりゃあいい。それでガス抜きになるならあんたも今頃はそんな顔をして嫌みな俺に通信を入れる義理もなかったんでしょ? だがあんたはそれじゃあ満足はしなかった」 

 嵯峨の言葉が次第に詰問するような色を帯び始めたことにようやく王も気づいて顔を赤らめて凄みをきかせようと目つきを鋭くする。

「仕方がないではないか! 遼北は核を保有しておる。先制攻撃をされれば我が国は……」 

「じゃああんた等が先制攻撃すれば話は済むと? 二十メートルの厚いコンクリートブロックと鉛で覆われたシェルターの中のミサイル。しかも場所の特定はあんたも出来ていないとなると……西モスレムが先制攻撃をかけても数十分後には西モスレムにも核の雨が降るのはわかってた話でしょ? 人間は罪なもんだ……使えば破滅すると分かっている切り札でもあると使いたくなるものだからねえ……」 

「だがワシはまだ使っておらんぞ! 」 

「そりゃそうだ。使ってたら俺はあんたの膨張した顔を見ないで済んだ。今でもいいですよ。使ってくださいな」 

 嵯峨の軽口に王の顔色は青から赤へ、赤から青へとめまぐるしく変わる。だが今、嵯峨の持つ隣国遼南皇帝の位以外にラディフ王に頼る相手はいなかった。ただ自らをいかに誤魔化すかを考えているようにわざとらしい咳払いが続く。

「それにしても……優秀な西モスレムの諜報機関はどう動いてますか? ミサイル基地も直接攻撃が出来るなら通常兵器でも破壊が可能なはずですよ」 

「ほう、よくご存じで。ワシは知っておるぞ。保安隊にはお主と第一小隊の二人のおなご。それに整備士に一人不死人がおる。他にも忌々しい同盟軍事機構のシャー大尉もパイロキネシスト。他にも保安隊関係者には法術師が数々おる」

 さすがに虐め疲れたのか嵯峨がそれとなく誘いをかけてみる。王の顔は再び生気を取り戻し、にこやかに開いた分厚い唇から言葉が紡がれる。だがそれが今までの話とはまるで関係がないことが分かると安城は再びどう同情に値する悲劇の王をからかおうか考えている嵯峨をあきれ果てたような視線で見下ろすしかなかった。

 しかし得意げな王の表情が嵯峨の気に入るところではないのはすぐに分かった。

「その優秀な諜報機関……どう使ってますか? 」 

「どう使う?」 

 しばらく王の表情が固まる。そして嵯峨の言葉の意味が分からないというように首をひねった。

「別に遼北のミサイル基地の位置を把握しているかどうかなんて言うのは二の次三の次……一時期遼南で暴れた『東モスレム殉教団』のシンパのリストとかは届いてますか?」 

 そこまで聞けば王が青ざめるのは当然だった。軍内部に勢力を持つイスラム保守の勢力の中でも特に過激な『殉教団』のシンパ。彼等が戦術核絡みの部署にいればいつでも核戦争が始まることは目に見えている。

「ははーん。その様子だとご存じない。それじゃあ俺の知ってる範囲でシンパの連中をリストアップしておきましたから後で送信しますよ……身柄の拘束。よろしくお願いしますよ」 

 ラディフ王を安心させようとした嵯峨の言葉だがその意味するところは西モスレムの諜報機関の無能を証明することでしかなかった。持ち上げて落ちて引きずり下ろす。嵯峨のいつもの話術に呆れながら安城は嵯峨がメモ書きで示した秘匿ファイルを送信した。

「お……恩にきると言いたいが……危機が去ったわけでは……」 

「おいおい、いつまで人に頼るんだよ。無能な王様。あんたが煽って始めた事態だ。自分で収拾して当然だろうが!それとも何か?これ以上自分の無能さを俺に知らせるほどのマゾなのか? 」 

 凄みを効かせた嵯峨の一言に王は言葉もなく静かに目を閉じた。だが嵯峨はさらに言葉を続ける。

「それと……同盟軍事機構の部隊長としての義務を果たしたシン大尉。アイツは俺の身内だ。今、背教者扱いで自宅が包囲されてるだろ……もしその群衆が敷地に一歩でも踏み入ってみろ。その脂だらけの首をもらいに参上するからな……それだけじゃ不十分だな。周りにいる王族連中の安全の保障も出来なくなる……意味は分かるな? 俺の能力はよくご存じだろうから……」 

 嵯峨のとどめに王の脂で膨張した顔はそのまま画面からずり落ちた。

「あ……安心したまえ! すぐに暴徒は鎮圧する! それだから頼む! なんとか仲介を……」 

「仲介? だから何度も言ってるじゃないですか。俺は同盟の一支部機関の隊長。遼南の全権はアンリ・ブルゴーニュ首相のものだ。俺がどうこう出来る話じゃない」 

 冷淡な一言。王はただ連絡を入れる前よりも事態が悪くなったことだけを悟った。

「それなら……ラスコー。貴君の意向に従うすることにする」 

「おう、頼むよ。まあ遼北との和解に関しては俺の関知することじゃねえよ」 

 投げやりな嵯峨の一言に顔を真っ赤にして怒りを静めながら王は通信を切った。

「ずいぶんとまあ剣もほろろね……」 

 あきれ果てたという顔で安城はゆったりと隊長の椅子に体を伸ばす嵯峨を見下ろす。

「最悪の事態を考えない指導者と言う奴には俺は厳しいからね。21世紀。それまで当たり前とされてきた核の傘理論が崩壊したときの指導者の顔もたぶんこんな感じだったんだろうな。考えてみればその理論自体が脳天気な楽天主義に依存していたんだ。指導者が破滅を望まなくても民衆の怒りが頂点に達すれば彼等は自滅を積極的に求めるようになる。第二次世界大戦の枢軸国家の末期を見て勉強しなかった愚か者と同じ顔が見れるとは……良い勉強になったでしょ? 」 

 嵯峨のいたずらっ子のような表情はこの事態をいかに他人事のように彼が見ているかの表れのように感じて安城は不機嫌になった。

「そんな一時の感情で動いている民衆に同情するつもりにはならないの? 」 

 安城の棘のある調子の言葉だが、椅子から身を起こした嵯峨にはただ空虚な笑顔が浮かぶだけの言葉で自説を語り始めた。

「同情? なんで俺が……。先ほどの話の続きで言えばヒトラーと言う指導者を祭り上げて自滅に至った民衆を同情しろってことになるが……そのヒトラーは自著で『民衆は豚である』と言い切った男だよ。そいつを祭り上げるんだ……豚に同情するのはベジタリアンだけで十分だよ。それに俺はヒトラーの言葉にいつも付け加えたくなる言葉があるんだ」 

 相変わらずの殺気を放つ嵯峨の表情に安城はうんざりと開いた顔で頷いた。

「豚は飼い主の破滅を望んだりはしないものだ。そう言う意味では目先の正義感で自滅を受け入れる民衆は豚以下だ。かと言って俺は人を信じない訳じゃないよ。一人一人の人間。顔を持った人間として目の前に立っているときはそれぞれに個性と魅力を持って俺の前に現われる。彼等に同情するのは尤もな話だ。でもね。彼等が民衆という集団意識の中に埋没したとき。それは同情できる人間の姿じゃない。自らの判断を放棄し、熱狂に身を任せて唯々諾々とどこで聞いたか知らないご高説を延々と説いて回る馬鹿野郎。そんな奴に同情するほど俺は酔狂じゃ無いよ」 

 嵯峨はそこまで言うと安城が自分の言葉を拒絶していることに気がついて頭を掻きながら椅子にもたれかかった。

「確かに集団心理に飲まれた人間に同情するなというのは理解できるけど……」 

「ああ、その話は俺の個人的な見解だから……それより秀美さんは吉田の野郎の件で来たんでしょ? 」 

 ころころと話題をすり替えておいてその責任を自分に振る嵯峨のやり口にただため息だけで安城は答えた。

「実はね。これは俺も今日になって気づいたんだけど……」 

 嵯峨はそう言うと安城が首のジャックからコードを引き抜いた机の上の端末に手を伸ばした。予定表が現われ、一週間後に準備が始まる保安隊の演習の日程表が選択される。

「演習? 同盟が存続するかどうかも分からないのに? 」 

 安城の皮肉を込めた言葉に嵯峨は一瞥してにやりと笑った後、日程表の中の運用艦『高雄』での離発着訓練の実行場所の部分を選択してそのまま拡大した。小さめの画面の一隅と言うこともあり、安城は身を乗り出してそれをのぞき見る。その時に襟元から肌が見えるのを嵯峨がにやにや笑いながらのぞき見るのを見て安城は鋭い視線を嵯峨に送った。

「東和第十六演習宙域……聞かない場所ね」 

「ああ、この三十年間演習の行われた記録は無い場所だ。ただし十年ほど前から東和宇宙軍の輸送艦艇が週に一便、その中央にある演習支援センターにいろいろ物資を届けている。しかも荷物は超一級のセキュリティーが掛かっている……そこに今更俺達が呼ばれたのか……興味のある話だと思わない? 」 

 嵯峨の茶目っ気のある笑顔。それが油断なら無いものだと分かってはいるが、確かに話の中身は安城にとっては興味深いものだった。

「タイミングからするとインパルス砲の試験砲台か何かを作っているかもしれないけど……同盟結成時にインパルス砲の開発計画を放棄すると時の菱川首相が明言したじゃないの」 

「そう、明言したのは菱川重三郎。菱川グループ総裁。そして菱川グループはインパルス砲のメイン機構の設計を行っていた菱川宇宙科学重工業を傘下に抱えているわけだ」 

 嵯峨の言葉にしばらく安城は沈黙した。

 衛星やコロニー群など軽く消し飛ばす無敵の砲台。その開発の放棄はコロニー国家胡州帝国や外惑星ゲルパルト連邦、惑星遼州の衛星国家である大麗民国の同盟加盟の最低条件とされていた。これらと連携して地球諸国と渡り合うことを念頭に置いていた当時の東和共和国首脳部とすれば多少の軍事的妥協は政治的成功のための捨て石と考えれば受け入れられないものでは無かったのだろう。

 しかし、同盟が直面した遼州の南方大陸ベルルカンの失敗国家群の救済という地球諸国から突きつけられた課題に直面している現在。経済的に優越している東和にとって同盟と言う枠組みが重荷になってきていることは誰の目にも明らかだった。

 決して余裕があるわけではない東和の国家予算から相当額の支援金が湯水のようにベルルカンの国々に注がれながらこれらの貧しい国々は相変わらず貧しく、内戦と飢餓と独裁政治の中でのたうち回る現状に変化は見られなかった。

 先の大戦の講和が未だ不調で対外資産が凍結されている胡州帝国、老朽化した植民コロニーの修復に腐心するゲルパルト、内政の失敗で経済的に不安定な状況が続いている大麗。自分達だけが遼州の負の部分を支えてることを同盟により強制されている。新聞が月に一度はそう言う特集を組むのを安城はうんざりした調子で見る日が続いていた。

「もし……それがインパルス砲の試験砲台だったとして……東和宇宙軍はどう使おうというわけ? 」

「俺に聞かないでよ。それにそこにある建造物がインパルス砲台って決まった訳じゃないんだ。万に一つ、もしインパルス砲台だったとして……俺達にそれを告発してくれって言うつもりなら願い下げだ。これ以上同盟内部にごたごたは必要ないよ」 

「でも……物が物じゃないの! 」 

 安城の叫びに嵯峨はただ頭を掻く。

「なに? それじゃあ俺達がそれをぶっ壊せって? それこそ東和宇宙軍の思うつぼさ。東和は同盟から離脱したがっている。軍事施設……例えそれがインパルス砲で、今回の遼北と西モスレムの抗争を全面対決まで持って行こうってその砲身が両国の国境付近に向けられていたとしても破壊した時点で東和は同盟離脱を宣言するよ。同盟の機関に自国の軍事資産がぶっ壊されて黙っているほどお人好しじゃ無いだろうからね」 

 冷静な嵯峨の指摘には安城も黙るしかなかった。同盟の主要機関の拠点を提供し、資金的に最大の援助をし、そして人材面でも多くの貢献をしている東和が同盟から離脱すれば同盟は完全に崩壊する。

「それに関して……吉田少佐の情報は? 」 

 安城の絞り出すように吐き出された言葉に嵯峨は両手を広げて見せるだけだった。

「奴が姿を消したのは今回の演習場の情報が入り始めてからだからな……おそらくその施設を探っているんだろうな……ただインパルス砲の図面が先に流出するとは奴も読めていなかったみたいだな。濡れ衣を着るには最悪のタイミング。退路なしだ」 

 そのまま嵯峨は椅子に身を投げた。安城には目の前で最悪の状況を楽しんでいるかのように見える同僚にかける言葉を探したが一つとして見つからなかった。


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