邂逅
突然だが、俺は見たことのある物しか信じないで生きてきた。俺が見ている世界。これが現実で、真実だと信じていた。否、現在進行形で信じている。自分が見たことないものを信じろと言われても、信じるに足る証拠がない。
普通そうだろ? メディアで得る知識も、どこまでが本当でどこまでが嘘なのか分からない。捻じ曲げられた現実を受け入れるなんて出来るはずがない。
そう。見たことのあるやつだけ……と、思っていた俺だが……。
そこで俺の思考が止まった。地面に出来た巨大な影のせいだ。振り向きたい気持ちを堪えて、足元の影だけで姿を把握する。
コウモリのような腕兼翼。頭にはサイのような角。巨大な体と、それを支えている強靭な足腰。頭はよく見えないが、恐らくトカゲのような頭だろう。
「何なんだよいったいよーーー!」
何だよ誰だよこんちくしょー! これじゃあまるで空想上の生物、ドラゴンじゃん!
十字路を右に向かって急カーブすると、ドラゴンまで右に曲がった。俺を追いかけてるのは間違いないみたいだが、
「俺追われるようなことしてませんけどー!」
しかもこんな大声で叫んでるのに、街中に誰もいないし! 皆さん快晴なんだから引きこもってるなよ!
瞬間、落雷という言葉が似合うほどの轟音か背後から鳴り響いた。これは所謂、咆哮ってやつか。
あ、何か一周回って冷静になってきた。あれだな、死を覚悟したからか。
だけどこんな訳のわからない奴に殺されるなら、せめて腹上死したかった。てか童貞卒業したかった。
……卒業……したい……童貞、卒業……っ!
「死ねるかああああああ!」
一気に回れ右をして、飛んでいるドラゴンの下を潜るように駆け抜ける。その時に見たドラゴンは、体は赤い鱗で覆われ、肉を裂くことに特化した牙があった。
こ、こんなのに追われてたのか……よく今まで逃げ切ってたな……。
いきなりの急旋回に翻弄されたのか、ドラゴンまで一回転して近くのビルに激突した。人、死んでないかな?
そこでまたもや咆哮。近くのビルの窓が全て砕け散った。
「クソッタレ……! シャレにならんっ」
体力も無くなってきたし、このまま逃げ切れそうにない……!
と、近くの物陰で休もうとしたら、またも足元に影が。
「おぅふ……」
速いよ……今まで全然本気じゃなかったのか? 疲れるまで走り回すとか、ただのドSじゃん……。
諦めて上を見上げる。そこには、目が憤怒で染まっているドラゴンが、今にも俺を一飲みしようと口を開けていた。
「あぁ……助けてくれ……」
まあ、無理な相談だが……。
「その言葉、待っていましたよーー!」
「……は?」
突然の声とともに、世界が『夜』に変わった。
いや、正確には俺らの周りだけ『夜』になって、遠くにある空はちゃんと晴れている。
「とぅ!」
そこに、一人の少女がバク宙しながら目の前に降り立った。闇色の長い髪の毛。それに合わせたような黒いスカートと、白い革ジャンを着ていた。
振り返った少女の顔立ちはとても整っていて、まるで神が造ったと思わせるには十分過ぎるほどの美少女だった。瞳は金色で、それが闇に浮かぶ太陽のようだ。
「だ……れだ……?」
「なに、通りすがりの美少女です。名乗るほどの者じゃぁありやせん」
「さっき待ってましたって聞こえた気がするんだが?」
何言ってんだこいつ。
「まあまあ。あとでちゃんと自己紹介しますから。とりま、今はあのネズミを駆除しましょう」
美少女はドラゴンに振り向くと、不敵な笑みで胸を張った。目のやり場に困るんだが……。
「さあウラちゃん! あのネズミを食っちゃいなさい! 手足を捥いでダルマにするんですよ!」
「何こいつ怖い」
見た目が美少女でも中身が壊滅なら意味ないぞ。
と、白い目で美少女を見ていると、『夜』(ウラと言うらしい)がスライムのようにうねって巨大な口に変化した。食うって……比喩じゃねーのかよ。
固まっていたドラゴンが逃げようとするが、伸びた黒い触手によって捉えられ、生々しい音とともに食われた。
「よしよし。よくやりましたね」
「どう考えてもやり過ぎた……」
殺さなくても、老い返せば良かったのに。
……こういう考えを持つ俺は、やっぱり甘いんだろうか……?
ドラゴンを食い終えたウラが小さくなると、辺りが明るくなった。
「よしよし。よくやりましたねー」
「キュイ」
「それ喋んのかよ」
しかも地味に可愛い声。
「では改めて!」
美少女が不意に振り向くと、胸を強調するように前屈みになり、腰を突き出した。
「どうも、美少女ですっ」
…………。
「あぁ、嫌な夢だった。寝れば起きるかな」
「わーごめんなさいごめんなさい! 嘘です冗談ですー! ちゃんと自己紹介しますからー!」
「……で? 誰だ?」
美少女は変なポーズをやめて、地面に正座して三つ指をついた。
「この度、あなた様のお嫁に参りました終焉の神、ラグナロクと申します。末長くよろしくお願いいたしますね、旦那様」
「…………は?」
…………………………は?