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歓迎篇 第4幕

約半年ぶりの投稿です。

 「さむッ」

 体育館舞台裏の中に入った瞬間、凍てつくような冷気が瓢の全身を突き刺した。

 「あ~ごめんね。ちょっと新入生が寒がってるから冷気抑えてちょうだい」

 茜は瓢に詫びの一言を入れると、舞台に向けて叫んだ。すると、さっきまでの寒さは幾分和らいだ気がした。

 「さ、上がって。そこで靴脱いでね」

 茜に言われた通りに靴を脱いで短い階段を上がる瓢と哀川。すぐ後に茜も続く。

 「ささ、前に進んで進んで。みんな新入生連れて来たわよ」

 舞台は緞帳が降ろされ、照明の地明かりのみがついた状態だったが意外と明るかった。そして、舞台の中央に3人の先輩が座っていた。3人ともこちらを注目している。取りあえず、「どうも~」と頭を下げる。

 「男の子じゃん。茜でかした!」

 髪の長い女の先輩が第一声を上げた。よく見ると地肌がとても白く雪のようだ。

 「部室棟の茂みに隠れてたのを見つけたの。早速掛け算されていたわ」

 「わちゃ~。まぁ2人とも結構カッコいいもんね。それはしかたないかな~。てか何で茂み?」

 「腐女子から逃げていたのよ」

 ここで瓢は疑問に思った。なぜ白石先輩は事情を離していないのに、こうも詳しく知っているのだろうと。

 「茜、もしかしてこの子たちに正体明かしてないの?」

 白くて髪の長い先輩の横に座ったもう一人の髪に長い先輩が口を開いた。何だか猫みたいな目をした先輩である。

 「あ~忘れてた。あたし悟≪さとり≫っていう妖怪なんだ。特徴は人の心を読むの。勝手に心を読んじゃってごめんね」

 瓢たちに向き直って茜は小さく頭を下げた。

 「いえ、別に気にしてないんで。お気になさらず……」

 と言っても心を読まれていたのは気持ちのいいことではなかった。しかし、彼女のお蔭でここまで辿り着けたのも事実。感謝すべきかそれとも怒るべきか瓢は複雑な気持ちになった。

 哀川はというと、どこ吹く風のようにどうでもいいとでも言いたげな雰囲気だった。

 「じゃあ私たちから自己紹介しようか。私の名前は戸塚ふぶき。2年生です。正体は雪女です。熱いのが苦手です。よろしくね」

 そう言って戸塚は瓢たちに向けてにっこりと微笑んだ。どことなく面倒見のいいお姉さんに感じた。

 「アタシの名前は峰岸澪。ふぶきや茜と一緒で2年生。正体は猫又です。よろしく」

 猫目の先輩、もとい峰岸がそう言うと、彼女の頭には猫耳がピョコンと生え、スカートからは二股に別れた尻尾がゆらゆらと揺れていた。

 「オレは2年の永森栄一じゃ。鬼人やけどよろしくな」

 この空間で唯一男の永森がよく通る声で握手を求めてきた。瓢は恐る恐る永森の手を握ると、思い切り握り返された。

 「いたたたたたッ! 痛いですよ先輩!」

 「カカカカッ! なんやもうギブアップか?」

 更に力を込める永森に、瓢の手は粉砕寸前だ。そこへ、

 「やめなさいよ。新入生相手に大人げない」

 事態を見守っていた峰岸が止めに入ってくれた。彼女が静止してくれたおかげで、永森はパッと手を離した。

 「いや~新入生がどんだけ力強いか試したくって」

 「全くアンタ何考えてんの。怪我させたら元も子もないでしょ」

 「はいすみません」

 案外、永森が早く折れた。どうやらここでは女子の方が権力が強いみたいだ。ただ、永森が峰岸のことを苦手だと思っているだけかもしれないが。

 「手、大丈夫? 冷やしてあげようか?」

 痛そうに手をさすっている瓢に、戸塚が手を差し伸べてきた。

 「え? いやこのぐらい平気ですよ」

 「無理しないの。貸してみなさい」

 瓢の返事を待たずに彼の手を戸塚が優しく両手で包み込む。最初こそヒヤッとしたが、徐々に慣れていき、その冷たさが気持ちよかった。

 「悪く思わないでね。えいちゃん、男子がきたって喜んでるだけだから」

 「別に気にしてないですよ~」

 女子に、しかも黒髪の美女に手を握られているということで、頭が一杯にな瓢はどこか腑抜けた表情で答えた。

 「……ヒュー」

 今までずっと黙っていた哀川が、冷やかしの口笛を吹いてきやがった。

 「な、何だよ?」

 「……別に?」

 そんな瓢と哀川のやり取りを見て、戸塚がクスクスと可愛らしい笑い方で笑っていた。

 「さ、あんたたちもわたしたちに自己紹介してくれないかしら?」

 一歩引いた位置で事態を見ていた茜が、仕切り直しと言わんばかりに大声で言った。

 「そうですね。すみません。えと、戸塚先輩もう大丈夫なんで手離してくれていいですよ」

 「うん分かった。怪我したらまた冷やしてあげる。それと私のことはふぶき先輩って呼んでね」

 「はい、ありがとうございました。……ふぶき先輩」

 「フフ、どういたしまして」

 少し名残惜しい感じもしたが、いつまでも先輩に手を握られる訳にもいかないので、断腸の思いで瓢は手を離した。

 「えと~どっちから自己紹介する?」

 いざ、先輩方4人の前で自己紹介をするのは何だか緊張する。一番では調子が掴めないので哀川に振ってみた。

 「……俺から行く。俺の名前は哀川です。鴉天狗です。どうぞよろしく」

 実に哀川らしい質素で簡素な自己紹介だった。

 「哀川って校長の哀川? もしかしてお孫さんだったりする?」

 「……はい」

 「へぇ~お孫さんか。……なんかあまりデカイ態度取れないわね」

 峰岸が「ふぅむ」と難しい顔で唸った。

 「よろしくね、哀川くん」

 「よろしく!」

 笑顔で哀川を歓迎する戸塚と、またも握手を求めようとする永森を峰岸が止めに入った。

 「そうだ哀川くん。ここでは本来の姿に戻っても構わないからね。翼とか出してもいいのよ」

 「……羽毛が散らばりますので止めておきます」

 キッパリと哀川は戸塚の誘いを断った。校長室の時もそうだったが羽毛ってそんなに散らばるものなのか、と瓢は首を傾げた。

 「さあて、あとは君だけよ。君のこと教えて?」

 「は、はい」

 まるでどこかの口説き文句をサラッと言ってくる戸塚に、ドギマギしながら瓢は自分のことを話し出した。

 「えと~俺の名前は葛葉瓢です。哀川と同じクラスで、正体は九尾の狐です。よろしくお願いします」

 皆が見ている前で、狐耳と九つに別れたふさふさの尻尾を晒して見せた。

 「「「「……」」」」

 先輩たちは茫然と目をまん丸く見開いて、尻尾と耳を見つめていた。

「な、何ですか? 」

 「尻尾……」

 「モフモフしてる……」

 「フサフサ……」

 なんか目が怖い。特に女子の先輩方の瓢の尻尾と狐耳を見つめる目線が異常だった。

 「――えぇい!」

 堰を切ったのは茜だった。バァッと瓢の尻尾に飛びかかりワシャワシャとこねくり回す。

 「あっ私も私も!」

 「ウニャー!」

 「えっちょ、うわっ!」

 ふぶき、澪が茜に続いて飛び掛かり瓢はその反動で後ろに倒れてしまった。その間も自分の尻尾をギュッと抱き枕みたいにされたり、頬ずりされたりともみくちゃにされてしまった。

 「うわー柔らかいー気持ちいい~」

 「これなら暑さに弱い私でも夏が過ごせそう~」

 「ゴロゴロニャ~ン~」

 「ちょっ先輩たち色々と当たってる部分があるんですけどっ? ていうか離れてくださいよっ重いです!」

 一応消せるとはいえ、尻尾も大事な体の一部なのでそれなりに重量は感じるのだ。あとコンプレックスでしかない巨大な九つの尻尾をこうも弄ばれるのは何だか変な感じがした。

 「重いとかそんな単語を女の子に使っちゃうのかい? 後輩よ」

 九本中二本の尻尾に抱き付いている茜が、デリカシーないわねぇと振り返った。

 「いや立てないんですよ、あなた達が引っ付いてるせいで! あと鼻息荒くてくすぐったいです!」

 「仕方ないわねぇ~。今日はこのぐらいで許してあげる。さっ二人とも瓢くんが嫌がってるからそろそら離れなさい」

 「家に一つ欲しいぃ~」

 「……グーグー」

 「あ~澪ちゃん気持ちよすぎて寝ちゃってるわ」

 「えっ?」

 驚いて澪の方に首を振り向くと、瓢の尻尾の上に猫のように丸くなってスヤスヤ眠っている澪の姿があった。

 「ちょっとどうするんですか?」

 「はぁしょうーがないわね。えいちゃん澪ちゃんをお願い」

 「え? ええの?」

 「特別にあたしが許すわ。ちゃっちゃと持ち上げて」 

 「あいよっと」

 栄一は丸くなった澪をひょいと抱き上げると近くに敷いてあったマットにそっと下ろした。最後まで引っ付いているふぶきは、名残惜しそうに尻尾を手でナデナデしており、なんか無理矢理引きはがす気が引けてきた。

 「あの~ふぶき先輩? 抱き付くのは止めてほしいですけど、撫でるだけならそうしていてもいいですよ?」

 「ほんとに?」

 ふぶきの顔がパァと明るくなった。その笑顔に瓢はつい見惚れてしまった。

 「なぁに~ふぶきだけ特別扱いとか茜先輩泣いちゃうぞ~?」

 ハァッと我に帰ると茜がニヤニヤと笑っていて、その後ろでは栄一が拳を握ってギリギリと奥歯を噛み締めていた。頭からは角も生えていて正に鬼の形相だ。

 「茜先輩冷やかさないで下さいよっ」

 「でもふぶきは可愛くて美人でしょう?」

 「あっはい、とっても……あ」

 「あああああああああお前今何言ったぁ~?!」

 「永森先輩痛いです! 首を絞めないでください死んじゃいますって!」

 栄一に正面から首を絞めつけられ段々と顔の色が青白くなっていく。茜はニヤニヤしっぱなしで、ふぶきは可愛いと言われて照れているのか瓢の尻尾に顔を埋めていた。そして哀川はというと、舞台の端っこに腰を下ろして何やらくつろいでいる様子だ。



 ――そろそろ瓢の酸欠がヤバくなってきたころ、舞台裏の入り口が突如開かれた。

 「たっただいま~。はぁ風紀委員が色々とうるさくて決着をつけるのに手間がかかったわ~」

 などとよく通る声で呟きつつこちら側に近づいてきて、舞台上の惨状を目の当たりにししばし棒立ちになった。

 その間に栄一の拘束が緩んだので、一瞬のスキをみて瓢は首に巻かれた腕を振り解き来訪者の方を見た。

 ちょっと癖っ気のある髪は肩甲骨辺りまで伸びていて、背は少し小さめの綺麗な女子生徒がそこに居た。ただなぜか大きな魔女の帽子を被っていた体との対比がおかしかった。

 「あ、部長お帰りなさい」

 茜が女子生徒に向けて言葉を掛ける。その気軽さからみて彼女と茜は同学年なのだろう。

 「ねぇこの子ってもしかして新入生?」

 「その通り! 九尾の狐で名前は葛葉瓢くん! しかも男子でイケメン!」

 「ウオッ――――!! すごいすごい! よくここへ来てくれたね瓢くん」

 部長と呼ばれた女子生徒は瓢の元まで駆け寄り、瓢の手を取って顔を覗き込むように見上げた。

 「ようこそ劇団百鬼夜行へ! うちが部長の早稲マリです! どうぞよろしく」

  

次で歓迎篇は終わりの予定です。

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