歓迎篇 第2幕
ぐだぐだです。すいません。
「これから新入生歓迎会を見に行くぞォ! 多くのクラブがお前たちの入学を祝ってくれるから有難く観ておけィ! ついでにこれから入るクラブも一緒に考えておくんだァ! では、廊下に出て出席番号順に並べィ!」
昼休憩を終えた五時限目。ご飯を食べて眠気が誘ってくるこの時間を、見事に下田の声が打ち払った。校内見学で迷子という失態を犯した下田だが、昼食を食べ完全に復活していた。飯食っただけで復活とか単純な男である。
そんな下田を尻目に生徒たちはぞろぞろと廊下に並ぶ。午前中の自己紹介で大分仲が良くなった1年C組は、それほど混乱することなく整列できた。
一方、瓢はずっと上機嫌でルンルン気分だ。いよいよ待ちに待った劇団百鬼夜行を生で見ることができるのだ。これを落ち着けと言われ落ち着いていられるだろうか。
「おおそうだ。このパンフレットを後ろに回してくれ。出場クラブの名前と詳細が載せてあるから」
先頭の哀川にクラス人数分の小冊子をドカッと渡す下田。渡された哀川は無言で下田を一瞥すると、上から自分用に1冊子引き抜き、残りを後ろの男子に回した。
パンフレットはすぐに瓢の番まで回ってきた。瓢は受け取ると、マッハの早業で自分の分を取り出し後ろに回した。そしてすぐさま、中のページを開いていく。吹奏楽部、軽音部、茶道部、水泳部、囲碁部、
バスケットボール部、野球部、テニス部……。
たくさんのクラブが載ってあるが、どこのページを探しても劇団百鬼夜行の文字は見当たらなかった。演劇部も載せてあったがどうもこれではないように思える。見るからに妖気というかそういう類のものが全く感じられないのだ。しかも、とんでなく自己主張が激しい。「本当の演劇部!!!!」とでかでかと宣伝してある。まるでどこかと競っているかのように……。
「よし全員いき渡ったなァ! それでは体育館へ移動開始だァ!」
瓢の疑問は晴れないまま、1年C組の列は体育館へ進んでいった。
「新入生の皆さん、こんにちは。お昼ご飯は仲良く友達と食べれましたか? 昨日会って覚えているかと思いますけど、もう一度紹介させていただきます。本校生徒会長2年の根岸恵一です」
壇上に上がった生徒会長根岸が新入生に向けて頭を下げる。新入生側もつられて頭を下げた。
現在、体育館は窓をカーテンで閉められ、明かりも生徒会長に向けられているスポットライト一本だけなので非常に薄暗い。しかし、これから楽しいことが起こる前兆のような気がして、皆のテンションは高まっている。
その頃、瓢は配られたパンフレットのどこかに劇団百鬼夜行のページがないか、未だに探していた。しかし、どこを見てもやっぱり見つからない。歓迎会には出場しないのだろうか。でも、校長は出るようなことを言っていたように思えるし……。
「では、新入生歓迎会張り切っていきましょう! まず最初は本校の誇りである吹奏楽部のダイナミックな演奏からです。吹奏楽部の皆さん、よろしくお願いします!」
ブーッと、始まりのベルが鳴り響き辺りは水を打ったかのように静まり返った。生徒会長に当たっていたスポットも消え、舞台上の緞帳が音もなく上がり始める。そして――、
ドォォォンッ!
いきなり舞台に明かりがつき、演奏が始まった。
重低音重視のお腹の奥にくる演奏に、凄まじい程の音量。その証拠にサビの部分で最前列に座っていった生徒の髪が風圧で波打ち、体育館の窓という窓がカタカタと揺れ動いた。人間の肺活量それも一回の高校生に成せるワザなのか疑いたくなるくらいだ。人数も軽く見ただけで60人は超えている。
しかも、演奏している部員たちをよく見てみると楽器を(危なくない程度に)振り回していたり、パートが休みのところは、変なダンスを踊っている。それでちゃんと演奏できているのだから感心してしまう。よく見ると舞台の端っこでスタイリッシュにタンバリンを打ち鳴らしている人がいた。恥ずかしいのだろうか?
瓢は人間よりも聴力が優れているので、この大音量での演奏は正直苦痛だった。耳を塞ぐのは何だか失礼だし、かと言ってずっと我慢をしていると変化が解けてしまいそうで怖い。そこで、何か気を紛らわせるもが無いかと目線をウロウロさせていると、最前列に座っている哀川が目に留まった。
彼は流石というか、周りの生徒が小刻みに顔を震わせているのに表情一つ動かさず、ただじっとしていた。すごくじっとしているので、訝しげに様子を伺ってみると……失神していた。その証拠に開いた瞼が閉じない。恐らく最初の最大音量をまともに喰らってやられたのだろう。
友の犠牲の瓢は静かに手を合わせておいた。
「オオオオオオオオオオオオォォォォォォッ……!!」
どこからともなく変な唸り声が聞こえてきた。一応聞き覚えはあるが、演奏もヒートアップしてきていて、瓢自身も失神しそうなので、気を保つため音源を探す。ここで失神したら劇団百鬼夜行を観ることができない、と自分に言い聞かせながら辺りを探っていると、案の定声の発生源は下田だった。
職員用のパイプ椅子に腕を組んで足を地面に踏ん張っており、姿勢はとても良かった。おかしな点と言えば、彼の纏っているオーラだろうか。まるでこれから魔王でも倒しに行きそうなくらいの闘気は周りに発散させている。彼の空間を擬態語で表すなら『ゴゴゴゴゴゴッ!!』が妥当だろう。この教師は一体何と戦うつもりなのだろうか。
きっと自覚がないんだろうな~。周りの先生が自分の椅子を下田先生から遠ざけ始めちゃってるよ……と瓢はそんな下田に少しだけ同情していた。
「吹奏楽部の皆さん、ありがとうございました。とてもダイナミックな演奏でしたね。思わず僕も聞き入っていました。次は、軽音楽部さんです。どうぞ!」
などと考えているといつの間にか次の発表に移っていた。地獄のような10分間だった。周りの皆もぐったりとしている。
次はもっとしっとりとした感じの音楽を聴きたい、と誰もが次の軽音楽部に祈った。
「ダアアアアアアアアアア――――イッ!!」
舞台に上がってマイクを握ったボーカルの女子生徒が開口一番、新入生に向かって死宣言を言い放つ。
「ども。あたしたちは見ればわかると思うけど軽音楽部です。主にヘビメタ系を歌っています。今日は新入生歓迎会ということで、新曲を引っ提げてきました!」
新入生ドン引き。
初っ端の大音量吹奏楽部から受けたダメージが残っているこの体に、ヘビメタはキツイ。皆の祈りは完全に無になった。
「それでは聞いてください! 『オレタチはオマエラをぶっ殺しにココへヤってきた』!」
綺麗にまとめることができなくて、取りあえず言いたいこと全部載せてみた感のあるタイトルを高々と宣言し演奏に入った。
~これは文章では表現不可能なのでここからは瓢の素直な感想です~
なぜこの人はこのように頭を上下に振りまくるのだろう。
なぜこの人はこんなにも髪の毛をサイ〇人のように逆立てているのだろう。
なぜこの人は歯でギターを弾いているのだろう。
なぜこの人は電動ドリルでベースを弾いているのだろう。
なぜこの人はドラム担当なにの頭に熊のぬいぐるみを巻き付けているのだろう。
なぜこの人の歌っている歌詞が一言も聞き取れないのだろう。
なぜこの人の歌っている言葉が日本語に聞こえないのだろう。
~以下同じ事のループなので感想終了~
「聞いてくれてどうも、ありがとうございましたッ!」
「「「ありがとうございました」」」
「軽音楽部のみなさん、ありがとうございました。いや~とてもカッコいい音楽でしたね。僕も聴いていて身体がシビレちゃいましたよ~」
中指を立てて去っていく軽音楽部を見送りながら、根岸が再び檀上に上がってきた。
「それではこの調子で次にいきましょう。次は……」
この頃、新入生たちは精気を失った顔つきをして舞台上を眺めていた。誰もが口を半開きにし焦点の定まっていない目でこの地獄のような時間が終わるのをただ、待った。
瓢は劇団百鬼夜行が出演するのかどうか確かめるため、気を保つのに必死だった。しかし、周囲の観察もし終わってしまったので気を保つものがなくなってしまっていた。仕方なく皆と同じように舞台上に目を向ける。さっきみたいにドギツイものじゃないことを祈りつつ……。
「インパクト百人一首を行いますッ!!」
「Free!」※水泳部
「囲碁ライダー参上ッ」
「……僕は影だ」※バスケットボール部
「飛〇ァァァァァアアッ!!」「大リーグボール2号!」「……〇馬」※野球部
「跡〇キングダムッ!!」※テニス部
もはやこれは、新入生歓迎会というより自己主張大会という方がしっくりくる。
新入生は皆、死んだ魚のような眼をしていた。
「盛り上がってきましたね、みなさん!」
空気の読めない根岸が新入生を煽るが、返ってきた反応は「う~」とか「あ~」ばかりだった。
「次は演劇部の発表です。演劇部の皆さんどうぞ!」
そう言うと根岸いつもなら壇上を下りるのに、今回は緞帳の降りた舞台の下手へと引っ込んでいった。
「いいかお前ら。新入生がさっきまでのパフォーマンスでぐったりしている今がチャンスだ。僕たちがきちんと新入生を歓迎して、この演劇部はまともだということを皆に知らしめるんだ。いいな?」
「「「「はい」」」」
マイクのスイッチを切り忘れたのか、作戦内容がダダ漏れである。
「よしじゃあいくぞ。あいつらが来ていない内に」
しかも根岸本人や他の部員も気付いていない。
「……大丈夫だ、体育館の周りには柔道部で結成させた警固班も置いてある。絶対に突破されない」
「ふうん。そんなのがいるんだ?」
「なッ?! どこからだ?」
「部長! 上を!」
「上だと? グアッ!」
突如、聞き覚えない女性の声が聞こえたかと思えば何かが落ちる音がした。そこで会話が途切れたが、どうやらマイクの電源が切れたか、壊れたようだ。
と、ここで瓢は妖気を感じ取った。一体ではなく複数の妖気だ。舞台の下手側にいる。
哀川も瓢と同じく妖気を感じ取ったらしい。瞳に光が戻っているところから察するに、失神から覚めたようだ。
期待と興奮が瓢の胸の中で渦を巻く。いよいよ待ち焦がれていた劇団百鬼夜行が姿を現すのだ。一体どんな集団なんだろう。どんな妖怪たちがオレたちのために魅せてくれるのだろう。瓢は、彼らの登場に応えるかのように、妖気を発生させた。
その頃周囲の人間たちは騒めき出していた。一向に上がらない緞帳。何回もタイムスケジュールが記された容姿を確認する先生の姿。明かりの付かない体育館。不安げに隣のクラスメイトと話す新入生たち。
騒めきが頂点に達した時、緞帳が静かに上がり始めた。すると、緞帳の空いた隙間から、白い煙が溢れだしてきた。触れてみるとほんのり冷たい。冷気だ。ドライアイスだろうか。いや違う。瓢には直感的にわかった。この冷気は妖怪が発生させたものだと。
冷気が体育館を包み込み、緞帳が上がり切った。
バッと、照明が舞台を照らす。光が冷気に反射してきらきらと輝いている。やがて、冷気が晴れ、舞台の中央に1人の大きな魔女の帽子を被った女子生徒が姿を現し、こう叫んだ。
「さあ、これからはあたしたちの時間よ!」