入学篇 第3幕
今回は少し長くて暗いです。
「ー君が葛葉飄くんだね」
飄が校長室に向かう途中、運良く校長にバッタリと会い、現在校長室の真ん前にいた。
「はい。えと、母が校長先生に会えって言っていたもので」
「そうか。こちらも君に話すことがあってな。取り敢えず中に入りなさい」
「失礼します」
校長が扉を開けた。中に入ってみると一般的な校長室と大差ないように見えた。ただ、違うことといえば部屋が妖気で満たされている点だろう。
「人の姿も疲れるじゃろう。ここでは変身を解いても構わないから、ゆっくりしていなさい」
「ありがとうごさいます」
瓢は変身を解き、近くのソファに座った。
「ほう九尾か。お母さんに似て立派な尻尾じゃないか」
「そうですか? なんかやたら大きくてフサフサしてるからちょっと邪魔だったりするんですけど」
「そんなことはない。立派な九尾だよ」
瓢は照れくさいのか、狐耳がピコピコと回ってそれに合わせて尻尾も大きく揺れた。
「っていうか母のことを知っているんですか?」
「おお知っておるぞ。君のお母さんもここの卒業生で担任を持ったこともあったぞ」
「はぁ、そうなんですか」
「さて、ワシも正体を現すとするかの」
校長は締めていたネクタイを緩めると、瞳を閉じた。すると、校長から尋常ではない妖気が溢れ出し、瓢を圧倒させ、全身の毛が総立ちになるのを感じた。
「妖気だけはそんじょそこいらの若いモンには負ける気がしないんじゃ」
瓢が目を向けると、そこに立っていたのは60歳くらいのメガネをかけた初老ではなく、黒光りした嘴と黒い羽毛に顔を包まれた鳥人が立っていた。背中には漆黒の翼が生えている。
「鴉天狗……!」
「左様。ワシは鴉天狗でこの彩四季高等学校の校長をやっとる。名は知っておると思うが哀川じゃ。以後よろしく頼むな」
哀川校長はそう言うと、軽く頭を下げた。瓢も慌てて座り直し深々と頭を下げる。
「さあ、お互いの正体もわかったことだし本題に入るとするかの」
スッと人間の顔に戻った哀川校長は、瓢の向かい側に腰を下ろした。
「人間に戻るんですか?」
「いや~最近ワシも歳での。抜け毛が酷いんじゃ」
「あ、そうなんですか……すみません」
あまり触れてはいけないことを聞いてしまった気がして、後ろめたい気持ちになった。
「気にせんでもよい。誰もが通る道じゃてワシもよくわかっとる」
そんな瓢の気持ちを感じ取ったのか、哀川校長は優しく微笑みかけた。
「話しが逸れてしまったの。それでは今度こそ本題に入るかの」
「は、ハイ」
「この学校には君以外にも妖怪たちが人間に化けて席を置いておる。数はそこまで多くはないがの。君も妖気を感じ取ったはずじゃ」
瓢は入学式で感じた妖気を思い出した。確かにこの高校には瓢以外にも妖怪はいる。
「そこでなんじゃが、あまり彼と関わらないでやってほしいんじゃ」
「どうしてですか?」
妖怪同士交流を持つことがいけないということなのだろうか。同じ仲間同士仲良くなろうと思っていた瓢にとってはあまり呑みこめないことだった。
「別に交流を持つなとは言うとらん。ただ、彼らの中には自分が妖怪だということに気負いを感じておる者もおるのじゃ。彼らの特徴としてはまず、他人とあまり関わろうとはせん。いつも一人ぼっちじゃ。そこにずけずけと入り込んだら君ならどう思うかね?」
「……こっちに来るなってなりますかね」
「そうじゃ。彼らが抱えておる心の闇は深いものじゃ。ワシがどうこうできるものじゃない。じゃから君に伝えておきたかった。これからこの高校で過ごしていく、ワシらと同じ妖怪の君にな」
校長室はシーンと静まり返った。瓢は自分が妖怪ということに負い目をあまり感じなく今まで生きてきた。恐らくそれは、自分が九尾の狐だという妖怪の中でも知名度の高い妖怪だからきているのかもしれない。
でも、他の妖怪たちは? 種類によってはその土地から離れなれないものもいる。それこそたった一人でそこに居続けなければならない。人と関わりたくても関われない。持っている妖力のせいで人を傷付けてしまうかもしれないから、わざと人と距離を置く。
だったら、人間の社会に居なければいいじゃないか。何故そんなにも人間に関わらなければならないのか。妖怪は妖怪同士で仲良くやればいいじゃないか。
……それは無理なのだ。今の時代に生きる妖怪たちは、人間に住む土地を追われた妖怪の子孫又はその経験者。彼らは自らの居場所を作るために人間社会に溶け込もうとして、そこで人として生きることを覚えてしまった。決して妖怪としての誇りを忘れたわけではない。しかし、彼らに残されたの居場所はこの人間社会しかないのだ。人として生きていくしかない。
「……あの、校長先生。この話は他の誰かに話したりしたのですか?」
沈黙を瓢がおずおずと破った。
「うむ。君とあともう二人に話そうと思っておったのじゃが、生憎その一人は用事があるとかで先に帰ったのじゃ」
「じゃあともう一人は?」
「ワシの孫じゃ。おおい、廊下に立ってないで中に入ってきなさい。そこに居ることはとうに気付いておるぞ」
哀川校長が扉の外に向かって叫んだ。すると、扉が開かれ外から黒髪で長身の男子生徒が入ってきた。
「……失礼します」
「お前……どこかで」
「ホッホッホ、確か同じクラスではないかの」
瓢は記憶を掘り返してみるが……誰だっけ?
「……覚えてないなら別にいい。俺は哀川。ここの校長の孫で妖怪鴉天狗だ」
「オレは葛葉瓢。九尾の狐だ。同じクラスなんだってな。よろしく」
「……微かながら妖気を感じてはいたが、お前だったのか」
「まぁ、あまり制御はうまくできないかな」
「……そうか」
哀川は淡白にそう言うと、瓢の隣りに座った。
「不愛想な奴じゃが根はいい奴じゃ。あまり気を悪くせんでいいからの」
「はぁ……」
隣に座った哀川を盗み見るが、無表情で何を考えているのかわからなかった。
「さて、話はどこまで聞いておったのじゃ?」
「……全部です」
「そうか、なら話が早い。お主と葛葉くんはこうして知りおうたからにはお互いの秘密は守らねばならん。自分たち以外の妖気を感じ取っても無遠慮にその子に話し掛けるでないぞ。わかったな」
「「はい」」
今迄真剣な表情をしていた哀川校長に笑顔が戻った。瓢も緊張が解けたのか狐耳と尻尾がぐったりと垂れた。哀川は相変わらず無表情のままだ。
「あの、校長先生。先生はこの学校に何人の妖怪たちがいるのか把握しているのですか?」
「自己申告で申してきた分だけじゃ。他は微かに妖気は感じるが頑なに隠して居る」
「そうですか」
他の妖怪たちとも仲良くなりたい瓢は、どうすれば他の妖怪たちと打ち解けることができるか考えていた。無理に近づかず、尚且つ相手を傷つけずに自分を覆っている殻から抜け出させてあげる術を。
「早速、悩んでおるのかの」
「え? はい。やっぱりオレは他の妖怪たちと仲良くなりたいんです。勿論人間ともですよ。オレ、中学んとき周りはみんな人間ばっかだったんでちょっとだけ寂しい時期があったんです。そしたら母が、妖怪がよく集まるこの高校紹介してくれて。入学式出てみたら妖気が感じられてテンション上がっちゃいました」
「……はやりあの時新たに感じた妖気はお前だったのか」
哀川がぶつぶつ言っているが、瓢は気にしない。
「だから一緒に高校生活を過ごしたいです。1人じゃなくて、みんなで」
哀川校長はしばらく瓢の話を聞いていたが、おもむろに腰を上げた。そして、書斎机から1枚のチラシのようなものを持って戻ってきた。
「君はここに入るのが一番いいのかもしれん」
チラシを受け取った瓢は、表紙に書いてある文面に目を通した。
そこには、「劇団百鬼夜行、部員大募集!! どんな妖怪、神様、誰でもOK。 自分を魅せる最大のチャンスがココに!!」と記されてあった。
「これは……!」
「過去、君のような志を持った子たちが作り上げた組織じゃよ。表向きは演劇部として活動しておる。ちなみにこれは妖気で書かれた書体故に人間の目には見えない仕組みじゃ」
「表向きってことは、つまり?」
「本当の目的は、殻に籠った妖怪たちに向けてのパフォーマンスじゃ。舞台に立って妖怪の姿で出演し本能のままに演じる。そこには、本当の自分と向き合い、殻を破れというメッセージが込められておる」
「本当の自分と向き合う……」
瓢はこの言葉がいたく気に入った。今思えば本当の自分なんて考えたこともなかった。ただ、九尾の狐で自分の名前は葛葉瓢ということしか知らない。でも、この部に入れば知らなかった自分の姿や世界に触れることができる気がした。それに、殻に籠っている同じ仲間を見過ごす訳にはいかなかった。
「オレ、劇団百鬼夜行に入りますッ。入ってみんなが殻を破って一緒にに過ごせる場所を作っていきたいですッ!」
「君ならそう言ってくれると信じておった」
哀川校長は満面の笑みで承諾してくれた。
「しかし、今日は入学式。今すぐには入部できん。明日新入生歓迎会あってそこでクラブの紹介をやるから入部はそのあとじゃ。それと一度は見学に行った方がいいじゃろう。百聞は一見に如かずじゃ」
「はい、そうします」
心の中でガッツポーズをした瓢は、明日が待ちきれない様子だ。その証拠に狐耳がピコピコ回っている。9本の尻尾もフッサフッサと揺れまくり、隣りに座っている哀川が迷惑そうに顔をしかめた。
「お前はどうするんだ? 哀川」
「……まだ考え中だ。明日には決めようと思っている」
質問した瓢に振り向きもせず、哀川は淡々と答えた。
「これ、お主はもっと愛想よくせんか」
哀川校長が軽く窘めた。しかし、哀川は全く意に介した様子はない。
「すまんのう葛葉くん。普段はこんなに不愛想じゃないんじゃが。今日はちと緊張しているみたいでの。大目にみてやってくれんか?」
「別に構わないですよ」
「ありがとう。では、これで話は終わりじゃ。長い間付き合わせてすまんかったの。しかし、今日聞いたことはくれぐれも忘れんでくれよ?」
「「はい」」
「いい返事じゃ」
哀川校長は満足そうに目を細めた。長い間ソファに座っていた瓢は、一度思い切り伸びをしてから立ち上がり荷物をまとめた。明日からの生活が楽しみ過ぎて、尻尾が刻み良く揺れている。
「……じゃ失礼しました」
先に荷物をまとめた哀川が部屋から退出しようとドアノブに手をかける。
「おおい。一緒に帰ろうぜ」
荷物をまとめた瓢が、後ろから呼び止めた。
「……別に構わないが」
「よっしゃ。じゃ帰ろうぜ。あ、校長先生今日はありがとうしました。では失礼します」
「葛葉くん、ちょっと」
「はい?」
「耳と尻尾。生えたままじゃよ」
「あ」
慌てて引っ込めると、瓢は軽く哀川校長に頭を下げて、部屋を後にするのだった。
校長室にただ一人残った哀川校長は、急に真剣な顔つきとなり、1人虚空に向けて話し出した。
「どうじゃ。今の二人は」
「1人はまぁ合格点。もう1人は……まだ時間が必要な感じですかな」
「そうか。では部長に連絡を入れておかねばならんの。頼めるか?」
「一応顧問ですから。報告はしておきますよ。あとは明日部長自らやらかしますでしょ」
「毎年アタックがきついからのあの子は。それに部員も味の濃い子が多いんじゃ」
「大丈夫でしょうか。あの者は」
「案外化けるかもしれんぞ? これからが楽しみじゃ」
「しかしあまりそればかり目を向かれてはいけないのではないですか? ここ最近多い気がしますが……」
「ワシも気になっておった。やはり警戒はしておいた方がいいかのう」
「万が一ということもありますからね。書類を作成して明日、生徒の方に配らせますか?」
「そうしてくれるかの」
「了解しました。あと、署の方にも何かわかり次第、連絡をまわしてくれるそうです」
「それは助かるわい。早く解決すればいいが」
「そうですね。では失礼いたします」
完全に1人となった哀川校長は深い溜息を付いて、こう呟いた。
「……関係が無ければいいが、もしかすると……。はやり色々と限界がきているかもしれん」
次話で入学篇は完結の予定です。