入学篇 第1幕
「うわ~~黒髪似合わねぇ……」
自室の鏡に映った自分の髪の色を確認して、葛葉瓢は溜息を吐いた。そうして、髪色を黒から元の色のレモン色かかった白へ直す。その間、瓢の頭に狐の耳がピョコンと生えた。更に、腰の尾てい骨辺りからは九つに別れたふさふさの尻尾も生えている。
そう、葛葉瓢は人間ではない。
ー妖怪ー それも九尾の狐である。齢は15。この4月から市内の彩四季高等学校に通うピッチピチの高校1年生である。
しかし、なぜ九尾の狐たるものが朝から鏡の前で自分の髪と睨めっこしているのかというと、今日は高校の入学式があるためだ。瓢が通う高校では髪色は黒一色で統一されており、地毛だろうが何だろうが黒以外認められないのだ。よって、妖力で髪色を変化させているのだが……どうも似合わない。
「……いっそこのまま入学式でようかな」
なあんていう考えが脳裏に過る。入学式、真っ黒な集団の中、ただ一人だけレモン色っぽい白色。何をどう考えても浮く。明らかに。確実に。そして、入学初日で生活指導室に連行されクラスメイトからは好奇と軽蔑の目で見られる……。
「……黒にしよう」
そんな未来が待っている(?)のなら腹を決めるしかない。瓢は髪を妖力で再び黒く染め上げた。
「瓢ちゃ~ん、そろそろ出ないと~遅刻するわよ~?」
リビングの方から酷く間延びした母の声が聞こえてきた。
慌てて時計を見てみると、確かに家を出ないといけない時刻だ。高校へは徒歩だが、入学式で遅れていくのは、なんだかみっともない。
急いでブレザーを羽織り、携帯をズボンのポケットに入れ学校指定のスクールバッグを引っ掴んで部屋を出る。勿論、部屋の電気を消すのも怠らない。
部屋を出て、リビングへ入ると母が朝食を食べた食器を洗い終わり、丁度台布巾で皿を拭いているところだった。
……台布巾?
「母さん、また台布巾で皿拭いてるよッ!!」
「あら~あたしとしたことが~。布巾と台布巾ってよく似てるから~たまに間違えるのよね~」
「たまにじゃねぇよ! 週に10回は間違えてんだろがッ!」
「もう~瓢ちゃんたら~いじわる~」
母は体を左右に震わせ、いやんいやんする。その都度やたらデカイ胸ボインボインと、床に届くかというほどの長いレモン色っぽい白髪がファサファサと揺れた。
「ええい、あんた齢考えろ! 40にもなったおばはんがいやんいやんすんな!」
「でも~あたしよく大学生に間違われるわよ~」
実際、母は童顔で背もあまり大きくないが、顔は恐ろしい程整っている。
「人間の目は誤魔化せてもオレの目は誤魔化せれねぇかんなッ!」
こんなやり取りが葛葉家の日常だ。天然ボケの塊みたいな母に、ツッコミを入れるのが瓢の役目。言い終わった後はいつも疲れるが、悪い気はしなかった。
「それよりも~そろそろ出ないと入学式送れるんじゃなぁ~い~?」
いきなり話題を変えてくるから、困った母である。
「ってそれを早く言えよ! うわッもうこんな時間経ってるし。それじゃ行ってくる!」
言うか早いか、瓢はリビングを飛び出した。
「耳生えてるわよ~」
慌てて引っ込めると、瓢は靴を履き玄関を開けた。
空は快晴だ。しかし、瓢の顔に雨粒がかかった。
「どっかで結婚式でもやってんのかな」
瓢はそう呟くと、学校の方向へ駆けて行った。
この時代、妖怪は人の世、社会に進出していた。戦後の高度経済成長により、国の人口は膨れ上がり、山はそんな人間が住むため切り拓かれていった。そこに住んでいた妖怪や物の怪たちは住む場所を追われた。ある妖怪は一定の場所から離れることができず、消滅していった。森の精霊たちも同じような運命を辿った。そして、強い妖力をもつ妖怪は山を下り人間に化けることで難を逃れた。瓢の一族もその妖怪たちので末裔ある。山を下った妖怪たちは互いに連絡を取り合い、助け合いながら今の時代まで生き抜いていた。
しかし、20世紀末バブル崩壊後、この国の経済は大きく傾いた。国民たちは一向に良くならない景気に不安を持ち、国の政治を疑い始めた。政府は国民の支持率低下の阻止と信頼感を取り戻すため、政策を練っている真っ最中だった。
そんな今の時代、九尾の狐の少年、葛葉瓢の高校生活が、幕を開ける。