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あれからちょっときまずくなって、街を案内、なんていう雰囲気じゃなくなってしまった。
いや、大体私が黙り込んでしまったから悪いんだけどね。先輩自分から話しふるようなタイプには見えないし。
まあ、実際先輩の気持ちなんて先輩にしかわかんないわけですし、クロードさんには利用していいって言ってはみたけど普通に接してるだけだし。
「ここだな」
「・・・ここですか?」
入り組んだ住宅街のど真ん中、家と家の間にあるかのような店とも言えないような小さな建物は看板に試験官みたいな絵と怪しい紫の煙がペイントされているだけで店の名前すらない。
本当のここであってます?
そう言おうと思った矢先さっさと先輩は木造りのドアを開いて中に入ってしまった。
慌ててドアがしまる前に体をすべり込ませると何か鼻につんとしたニオイがきた。
何のニオイだこれ、花ではないし硫黄とかでもない、消毒液でもないし、わけがわからないニオイとしかいいようがない。
店の中は薄暗く、建物の間にあるせいか窓からの光りもうっすらとしか入ってこず奥の一つだけ銀色の鈴が置かれたカウンターと椅子が二つあるだけの物置みたいな店内、見本はおろか商品すら見当たらないとはどういうことか、本当に商売する気あんのか。
先輩はさっさとカウンターに近づくと置いてあった鈴をチリンと鳴らした。
「せんぱーい、ここ本当にあってますー?」
「合ってる合ってる」
「でもここ商品並んでないし何か変なニオイするし」
「薬草のニオイだろ、錬金術師の店なんざ大体こんなもんだ」
「・・・れんきんじゅつし・・・?」
何その聞き慣れない単語。
え、錬金術師?あの鉄を金に買えちゃう感じの錬金術師?そう言ったら「いつの時代の観念持ってんだ」と鼻で笑われた。
「錬金術師は幻獣や薬草なんかから薬品やら道具やらを創りだす奴らの事だろうが。魔道具とかとはまた別で精霊石は一切使わないけどな。お前のお使いメモの品はここで調達できるものだからメモ用意しとけよ」
「あ、はい」
ポケットに入れてグシャグシャのメモを取り出した。
消費期限切れで捨ててしまった薬品類の買い足しで、本当は常備しとかなきゃいけないんだけど発注が間に合わないようで今回の遠征のために一応これだけってことなんだろうな。
「ご店主中ですかね?」
これだけ会話してても店主が店先に顔を出さない。ということは声も聞こえない部屋の中に引っ込んでしまっているのだろうか。
すると先輩は幾度か視線を無駄にさまよわせながら「あー」と何か言いにくそうに声出す。
その様子は何だかおかしかった。おかしいっていうより・・・何ていうか・・・うん。手がわきわきと無駄に動かされ心なしか顔がちょっとずつ赤くなっているような。
なんだこの反応・・・。
「あの人は、その一つのことに集中すると周りが見えなくなるようだから」
「先輩、何か変ですよ?まるで恋する乙女のような顔つきごはっ!!」
「変なこと言ってんじゃねえ!ラスティアさんはそういうんじゃねえ!」
何故今頭を殴った!?店主ラスティアさんっていうんですか!?って、女?
っていうか顔真っ赤で全く信ぴょう性がないんですが・・・。
「先輩・・・」
「う・・・聞くな・・・」
「先輩」
「うっせえ」
「恋、してますよね?」
してますよね!?わかりやすいぐらいに顔真っ赤なんですけど!
思わずニヨニヨしながら詰め寄ると言葉が出てこない先輩は何がしかもごもご言ったあとに、本当に消えそうな小さな声で「誰にも言うな」とだけ言った。
それはつまり肯定ってことで・・・。
ほほーーう!先輩も年頃の青少年だったってわけですねー、幻獣退治ばっかり考えてるわけじゃなかったんだー!まあ、そりゃそうだけどね!
先輩の恋かー是非成就してもらいたいものだけど・・・正直こんな怪しいお店をやってる人の想像がローブ被った老女なもんであまり推奨できない。どんな人なんだラスティアさん。
そう思っていると店の奥から小さくパタンとドアを閉める音が聞こえ、靴が木造りの床を叩く音が近づいてくる。
それを聞いたとたんに先輩の手足にグッと力が篭ったのがわかった。
なんてわかりやすい・・・。
「あら、いらっしゃーい。新人騎士様と・・・初めての方ですか?」
「は・・・」
目が冴える、というのはこういうことだろうか。
ゆるくウェーブした髪は冷え冷えとした冬の湖畔のような水色なのにそれを感じさせないほど穏やかな表情、ニコニコとひだまりのように微笑む瞳は新緑と海をかけあわせたような不思議な色合いを醸し出していて、暗がりのここでさえ鮮烈な印象を植え付けた。
ローブを被った老女なんてとんでもない。
見た目には二十代前半といったところか、豊満な体を強調するかのような胸の下で切り返しが入ったワンピースを着た美貌の女性は頬に手を当ててほがらかだ。
これは・・・惚れるなと言う方が無理だ。
女の私でさえ見惚れる。というかちょっとドキドキするる。
「はいっこいつはつい先日入った倉庫番兼“荷物持ち”でして!ここには買い付けに来ましてっ・・・おい、“荷物持ち”!」
「ほあ!?え、あ、はい!これ!これありますか!?」
思わずぼーっとしていたら背中を叩かれた。
痛かったがそんなことに気を回していられる心境じゃなく、手にしたメモ用紙を机に置いた。力を込めてしまっていたのかグッシャグシャだ。
ラスティアはそれを丁寧に伸ばして両手で持って・・・って両手で持つとか何かかわいいな!
「この量でしたらまだ在庫があったはずですわ。ちょっと待っていてくださいね」
「はい!」
ちなみにこの元気のいい返事は先輩からでした。大丈夫ですか先輩キャラ崩壊してませんか?
ラスティアさんが店の奥へ消えたタイミングでやっと私は息ができた。
「はー・・・美人でしたね・・・」
「ああ・・・綺麗だろ」
「ええ、私初めてあんな美人に会いました。息できなかったです」
「惚れるなよ?」
いや、大丈夫、いくら超ド級の美人相手でもまだ私はノーマルだ。いや・・・アブノーマルなのか・・・?
「大丈夫ですよ。でも私が惚れなくてもあれだけの美人大人気ですって」
「まあ、それはそうなんだが。そこはそう、錬金術師だからな」
はて、錬金術師だからって何か問題でもあるんだろうか。
「何か問題でも?」
「まあ、一般人にはあまり理解されない職業だし、一部の騎士には疎まれがちだからな」
「なんでです?私達の医療品の一部とかって錬金術師から買ってるわけでしょ?」
「まあ・・・なあ。でも大元を言えばここで作られてる物はハンターから買い付けてるものだから、ハンターを毛嫌いしてるやつらにとっては同族扱いなんだろ」
坊主憎けりゃ袈裟まで憎いってか、それでその薬で命助かってんなら世話ないわ。
頭の中でハンターの文字が竜狩人に転換された。
「あっ」
「なんだよ」
「チャンスですよ!チャンス!」
「ちゃんす?」
「ここに書かれてるのって重いものばっかです!しかも量が結構多い!ラスティアさん一人で持つの大変ですよきっと!手伝いに行ってあげてください!」
そしたら先輩の好感度アップします!なんていうギャルゲー!!
それを言うと先輩は気づいたように「あ!」と言うと即座に行動に起こしカウンターの奥へと行ってしまった。
もー、世話が焼けるなー。
友達の恋の応援ってこういうことを言うのかなー、同年代の女の子達が他の子をくっつけようときゃあきゃあ言ってた意味がちょっとだけわかった。
人の色恋沙汰って面白いんだね!
ラスティアさんって綺麗だしかわいいしふんわりしてるし、変わった職業ってだけで人を判断するのはいけないね。先輩と並ぶとちょっとラスティアさんのほうが年上って感じはするけど落ち着いてるし。うんうん中々いいんじゃないの!?
私はちょっとニヨニヨしながらカウンターに両肘を乗せて二人がやってくるのを待った。
しばらくして奥からガチャガチャと瓶同士が重なり合う音がしてそれが近づいてくると奥から先輩とラスティアさんが両手に抱えるほどの瓶の箱をもって現れた。
・・・あれ、これ私が持って行くんだよねぇ?量多くない?
「これで全てでしょうか」
「はい、書いてあったものと・・・そうですね。合ってます」
カウンターの上に木箱を二つ乗せて、脇によけたメモ用紙を覗き込んで頷く。
「それにしてもこれだけの回復薬どこかに戦いにでもいかれるの?」
「え、ええ・・・まあ、近くの村にワイバーンが出没するらしく」
「その話しなら聞いたことがあります。その村の人・・・さぞ恐ろしいでしょうに・・・あ、でも」
ふ、とラスティアさんの声音が変わった。
今まで頬に手を当てていたのをやめ、店のあらぬところに目がいく。
「ワイバーンの鱗って固くて鎧の素材にとてもいいのよね爪も強くて滋養強壮にいいのよきっと目玉も高価に取引されるわなんていったってあの目玉だものああでも目玉を煎じて薬に配合してみるのも捨てがたいわいっそ大鍋に肉を全て入れてみれば何かしらいい効果がありそうな気がするじゃない実験したいわああしたいわ」
見事にワンブレス。
目がどこを見てるかわからない、海と新緑の色がゆらめいて余計にどこの世界にいってしいまっているのかわからなくなってしまっている。
戻ってこい!とは言えないような恍惚とした表情を浮かべて細い指が胸の前でワキワキしだした。
正直言ってある種のホラーだ!こわっ!!美人がぶっとぶといきなり怖くなる!
「ねえ」
「はい!?」
その目がいきなりこっちへ向けられた。
さっきまでのひだまりはどこへやらひだまりどころか都会の闇夜のような狂気さえ伺えるようだ。
「ちょっとでもいいの!ワイバーンの鱗とってきてくれないかしら!?きっと騎士団のお役に立てるものをお作りしますわ!その前に壊滅しなければ」
ボソッと言った最後の言葉が恐ろしい。
「も、もちろん。倒したあとワイバーンの死骸は解体し物によっては錬金術師の方々に役立ててもらえるよう手配もいたしますが・・・その」
「そう・・・やっぱり王宮側へ行ってしまうのね・・・残念だわ・・・。あんな部屋の中に閉じこもってキノコ生えてるような世間知らずの世捨て人にやるより効率的ですのに」
暴言っ!綺麗のお口から暴言が出ております!!
王宮側にも錬金術師っているんだな・・・そしてラスティアさんはそれが大層嫌いなようだ。
「すみません」
「仕方ないです。諦めますわ、いざとなれば自分で狩りに行けばよろしいんですものね」
いやいやいや、そこ違う!一狩り行こうぜ!ってもんじゃないから!!
まだ本物を見たことがない私でもワイバーンなんて有名なモンスターがどんなものかは知ってる。
あれは小型のドラゴンだ、背に翼が生えているのではなく腕自体が翼なわけだがその風貌ドラゴンとたまに同じにされるほど似ている。
きっと凶悪だ、女性一人がどうにかなるもんじゃ絶対ない!
そんな拳を握って気合入れられてもどう止めていいものやら。
「そ、その時はお供します!!」
違う!先輩根本的に違う!行っちゃだめだからぁあああ!
恋は盲目、あばたもえくぼついでに言うと岡目八目、第三者から見ると自殺志願者二人にしか見えないこの状況。
恋とは恐ろしいまっとうな判断能力もかけてしまうのか。
普段キャラが崩れそうにない人は恋という二文字で色々崩れ去っていく。
もう、いいや、ここはほっとこ。
背中のリュックを広げてできるだけいっぱいはいるよう一通り立てて入れたあと逆向きにきっちり入り込むように瓶を突っ込んだ。
「よっこらー」
しょ、ときっと十キロは超えてるだろう瓶を背中に背負ってみる、けど不思議なことに重さはあまり感じなかった。
やっぱりここに来て身体能力にかなりの補正がかかってるようだ。
さっきの悪党退治の時も体が自然と次の行動を教えてくれているみたいに動けたし、今も米ぐらいの重さの瓶を背負っても大した負担になってない。これは便利。
「お代はこれで大丈夫ですかね」
おっさんからもらった袋を渡すと今まで腕を振り上げ何かを叫んでいたラスティアさんが一瞬でまともな顔に戻り、袋の中を机に引っ張り出した。
キラキラ光るお金がいっぱい・・・こっちの物価ってわかんないけどこれがお金なんだ。
金銀銅全部の色があって全部大きさが違う、銀が一番小さくて金が一番大きい。
「ええ。これで十分ですわ。またいらしてくださいね。今度は素敵な薬を作って待っていますので是非挑戦してみてください」
それはどんな薬でどんな効果があって何を挑戦しなければならないのでしょう、という言葉は引っ込めた。
曖昧な笑顔で「ま、またー」と返してラスティアさんを見たままほうけている先輩を引っ張って外へ出る。
人があまり通らない路地は薄暗くて、どこからか洗濯物を叩く音が聞こえるだけの静かな空間。
「・・・先輩」
「何だよ」
「ラスティアさんのどこがいいか聞いてもいいですか」
「・・・胸か」
「おい」
「後笑顔、平常時」
「そうですか・・・」
他は目をつむってるってことですか。そうですか。
天は二物を与えずって本当だったんだなー。