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デュオさんには盛大にお祝いされた。
おっさんには減俸処分になったと言ったら笑われたので蹴っておきました。
他、先輩の大体同期ぐらいの騎士たちでまさかのドンちゃん騒ぎ、これで彼等ほぼ同期組全員が見習いから騎士へと昇格したということで先輩が昇格するまでお祝い騒ぎは控えておこうってことだったらしい。仲間思いだこの人たちっ!!
わいのわいのと何故か倉庫前の広場っぽいところでドンちゃん騒ぎしてます。
人数的には十数人なんだけど大の男がこの人数どこかの居酒屋にいくと彼等の懐が一気に冷めてしまうので場所を提供し、彼等は各自酒だの食べ物だのをどっかから調達してプチ宴会みたいなことをしている。
「いやあ、急におめえが走り出したから何事かと思ったよ!」
「本当本当、何する気かわかんねえし“荷物持ち”は追いかけて行っちまうし。もうどうしようかと思った」
ケラケラと笑いながら背中を叩かれてむせた。
ちなみに私はお酒なんぞ飲めないので飲めない人ように用意された果実水、まあジュースだね。それを飲んで慣れないこの場にいたわけなんだ。
だってこの人たち私の寝床の真ん前でどんちゃかしてんだよ?寝られないって。
「にしてもおめえがアイノコだとはなぁ」
「隠してた訳じゃねえよ。あえて言うことはないと思ったんだ。力なんて覚醒してないし、これからもしないと思ったからな」
ああ、そうそのアイノコ、なんなんだろうね。精霊との子をアイノコといっていうみたいなんだけど。
「まあ、普通に生活してりゃしねえもんだしな。あれだろ?命の危機に陥って爆発した、みたいな?」
「そうかな・・・何か、引っ張られた感じがしたんだが」
「俺らにゃあわかんねーなー。こればっかは。ともかくも、俺達ほぼ同期組全員の昇級祝いじゃーー!!」
『おーーー!!』
もう何度目かわからない乾杯をして夜がどんどん更けていく。
そして
「屍累々」
最初はお酒を飲んでいなかった人たちもいつの間にか私以外煽ってしまったらしく地面に転がる男たちの屍。
中には半裸やら何やらもいて正直目のやり場に困る。
正気を保っているのが私だけってなんなのこの状況!!
もう知らない、知ったことか。
彼等だって大人なんだからほっといても大丈夫だよね。
それにしてもこの屍のなかに先輩がいないんだけど一足先に寮に帰ったのかな?ああ、デュオさん何でここに転がって、あ、踏んだ。ごめんなさい。
「相変わらずすごい空」
空を見上げると星とともに月と、そして私の知っている色とは違う紫と藍と緑のグラデーション。
それにしても、ワイバーン退治がもう一週間も前のことなんて信じられないな。
強烈すぎて忘れられないってあの体験、初めての幻獣があんな怖いとは思わなかった。
今度遭遇したら戦えるだろうか・・・いや無理無理無理。
戦うとか、逃げるしかできないからー!私ど素人ですから!!
何となく散歩がてらゆっくりと大きな倉庫の周りを一周しようとしていると、丁度倉庫の真裏あたりに散乱している木箱やらよくわからないものところに黒い影を見つけた。
それはよく見知ったもので、昼間は燃えるように煌々とした色を湛えている髪も薄暗闇の中では黒くくすんで見える。
精霊との間の子、この世界ではそんなに珍しいことじゃないんだろうか。
本人もあまり気にしてなかったみたいだし、アルベイン様も驚いてはいたけど特段特別視しているような感じじゃなかった。
「お前か」
声をかける前に見つかってしまい、立ち止まる。
なんだか、昼間から先輩は変だ。
何かが抜け落ちたような、悪い意味じゃないんだけどとんがっている部分がいくばくかそげ落ちたような気がする。私への扱いは相変わらずですが!!
「えーっと、先輩何してたんですか?」
「あ?まあ、何となくな」
答えになっていませんよ。
とも言えず何となく近寄ってみる。今なら踏んづけられない気がするからー!!
そろそろと近寄って木箱の上に座っている先輩のすぐ横の地面にかがんでみた。
後ろは少しばかり広いグラウンドみたいになっていて木々がいくつか植えられて、その向こうはぐるりと竜騎士団支部を囲むような高い高い壁だ。
木々の上にはやっぱり不思議なグラデーションの空が広がっていて、完全な闇はそこにはない。
色々、聞きたいことはある。
例えば、お父様の事は少しでも理解できたんだろうか、とか。
何で一人で突っ走っちゃったんですか、とか。
何でこっちに来なかったんですか、とか。
無茶しすぎです、とか。
勇気と無謀は別物なんですよ、だなんてどこかの偉い人が言った言葉を投げつけてみたかったり。
でも考えてみれば自分も結構無謀なことをしたよな、とか思ってみたり。
そういえば何で私はあの時に行ってしまったんだろう?何ができるわけでもないのに、ただ足がそちらへいけと命令してきた。
頭で考えるよりも足が動いたのだから仕方ないんだとかちょっと言い訳してみたり。
「“荷物持ち”」
「え?あ、はいはい。何ですか」
「俺だった」
「は?」
何の脈略もない文面はやめてください。主語だのなんだのが抜けるのは若者の悪い癖なんですよ。
「あの時な、俺達家族で旅行中だったんだ。いつもは忙しい親父が久しぶりに長い休みが取れたってんで、遠出した。その先で出くわしちまったんだよなぁ。運が悪いことに。
もちろんそこにも竜騎士はいたんだが、親父は加勢に行ったんだ。俺達は避難場所に隠れて動かないように言われた。
けど、まだ小さかった俺は、働く親父の姿が見たくてこっそり抜け出しちまったんだよ」
何を言おうとしているのかわかった。
先輩は手を重ね合いグッと握りこんだ。まるで何かに祈るようなその動作をじっと見つめる。
「偶然なのか必然なのか、俺は幻獣に捕まった。この前のお前みたいに・・・。
親父は俺を、助けようとして、いや、助けてくれた。けど・・・次の瞬間には引き裂かれてた」
何も、言葉は出なかった。
目の前で、大好きな父親が、幻獣の餌食になって、それを人は覚えていられるだろうか。
きっと、無理だ。
覚えていられない。痛くて、苦しくて、例えそれがどんな記憶にすり変わろうとも、きっと真実を受け止められるほど彼は大人じゃなかった。
幼い頃に経験したそれはねじ曲がって記憶されていく。
絶望は怒りに、怒りは誰かに向けられなければならなかった。
「馬鹿、だよなあ・・・自分のせいだってのに、親父を嫌悪して憎んで」
泣きそう、と思ってしまったのは何でだろうか。
彼は笑っているのに、苦しそうに、笑っているのに、泣きそうだった。
「全然、覚えてないんでやんの。その上で馬鹿にするとかっ」
吐き出すようなそんな台詞に私は「でも」と反論した。
「でも仕方がないです。忘れたのはきっとそれだけお父さんのことが好きで、好きでたまらなかったからです。目の前で殺されて心が壊れそうで、自分で蓋をするしかなったんです。そうじゃないと先輩が壊れてしまうから、だから。
先輩、思い出したんですよね?全部」
「ああ」
「今なら、どうですか?先輩、貴方のお父様は腰抜けですか?竜騎士の本分の幻獣を殺さずに貴方を助けたお父さんは許せないですか?」
すがるように、握りこんだ手に上に同じ手を重ねる。色を失うほど強い力で握りこまれたそれは冷たくなってしまっている。
どうか伝わるように、少しでも伝わるように重ね合わせ、苦しそうに開かれた金色の瞳を見返した。
月の光りに照らされて一瞬星のまたたきのようにきらめいたそれは、苦しげに、けれどそこに恨みやそんな感情はなく、ただ後悔の念だけを映し込んでいるように見えた。
「何かな・・・情けねえ話だけど、あの場面になってやっと少しだけでも親父に近づいた気がした。ああ・・・こういうことかって・・・一度の迷いもなく、身を挺して俺を助けた父さんは・・・」
―――― 誇り高い人だ。
後悔はいくらでも出てくる。
何であの時、とか自分さえ、とか。
けれどもうすぎたことをいくら言っても仕方ない。
死んだ人に何ができるわけでも何をしてやれるわけでもない。
死んだ人は生き返るわけじゃないのだから。
けれど、あいてしまった溝は少しずつ詰めていければいい。
理解できなかったことも、やがては理解できるようになるかもしれない。
彼は、やっと、一歩踏み出せたのだ。
「あ」と、何かを思い出したかのように先輩がつぶやくと、一気に静かな雰囲気が崩れ落ちた。
そしてごまかすように立ち上がると「何男の手なんか握ってんだよ気持ち悪ぃ!」といつもより乱暴な動作で振り払われる。
酷い!さっきの物静かな雰囲気はいずこへ!?
「酷い先輩!こっちは一生懸命元気づけようとしてんのに!」
「あーあー知らん知らん。お前ごときが俺を元気づけとか32年早い!」
「微妙に現実的な年数!ちくしょーさっきのなんだったんだよー」
よよよ、とわざとらしくしなをつくって見せ悲劇のヒロインぶっていると「まあ」と上から降ってきた言葉、そしてポン、と頭に大きな何かがかぶさって一、二度柔い衝撃が来ると笑いを含んだ声で「ありがとな」と本当に小さな声でつぶやかれた。
それに反射的に顔を上げてみれば、ほんの一瞬今まで見たことがないような嘲笑でも呆れでもないおだやかな笑みを浮かべ立ち去る先輩が見えた。
あ・・・あれ?今何された?頭・・・頭、ぽんってされた・・・。ありがとなって・・・先輩がお礼言った?
触れた頭、まだそこに重みが残っているような錯覚が起きるそこを幻ではないのかと触ってみる。
意味もない行動を取りながら数秒かけて今の事がフラッシュバックした。
「あ・・・わ」
声が出ない。
だって、だって、あれ?あの顔・・・卑怯だって・・・。
馬鹿にしたような笑いでもない、本当の笑顔は、すごく・・・すごく。
「イケメンでしたーーーー!!」
本当にありがとうございます!!
[第一話 竜騎士見習いと“荷物持ち” 終]




