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私何やってるんだろう
何やってるんだろう!本当何やってるんだろう!?
そう思っても足は止まらない。
そうしなきゃいけないみたいに、そうしなきゃ死んじゃうみたいに動き続ける。
リュックを捨て、騎士団の人たちの間をかいくぐり、ワイバーンの脇を通っても私は止まらなかった。
後ろから何か聞こえるけど、それよりも私はあの村へ向かうワイバーンを追うことしか考えていなかった。
追ってどうするとか、追った後何ができるかなんにも考えていないただの無謀な暴走にしかすぎないのに。
けど、足が心が体が、行けと命じてるんだから行くっきゃないでしょうが!
農場を突っ切り柵をハードルの如く飛び越して村の中心の集会場へと向かう。
空を飛ぶワイバーンからは建物があるほうが守りやすく、遮蔽物が多い方が守りやすいと村のど真ん中に住人を非難させることになっていたのだが、どこであのワイバーンはそれを悟ったのか大きな翼をはためかせそちらへ向かってるじゃないか!
目的地へ到着したワイバーンを迎え撃つため数人の団員が対処にあたっているけど、相性が悪すぎる。
相性のいい水属性を持った団員は全員もう一頭のワイバーンにかかりっきりだ。
遠くから見えるワイバーンは翼を羽ばたかせるごとに体が上下し、その太い右足が集会場と思わしき赤色のレンガ屋根を掴み崩す。
クッキーみたいにいともたやすく屋根が破壊されてワイバーンがどれだけ恐ろしい相手か、今更ながら実感した。
ちょ、超こえぇえ!!
普段だったら絶対に近づきたくない!寧ろ無視します!ええ、通り過ぎますとも!
けど今はそれどころじゃなかったせいかまっしぐらに足は向かう。
その時、ワイバーンの顔面に赤い何かが当たった。
それは実体がなくすぐに消え去ってしまったけれど確実にワイバーンの機嫌をそこねるようなものだったらしく、それを放った人間へと標的を変えたようだ。
人影はワイバーンから一目散に逃げる。もちろんワイバーンもそれを追う。
「はっはっあの!今のは!?」
「やべえ、やべえよ!フォルグの奴一人でワイバーンを引き付ける気だ!」
「誰か!隊長にこの事を伝令しろ!」
「わかった!」
フォルグ・・・フォルグって、先輩!?
「先輩が行っちゃったんですか!?」
「そうだよ!畜生どうなってんだ!」
場が混乱している、としかいいようがない状態だった。
統制の取れる人間がいない上に異常事態の連発、けど今一番の気がかりは一人ワイバーンを引きつけに行ってしまった先輩のことだよ!
「ちょっダメじゃん!!」
考えるより走れ、だ。
また私は走り出した。
赤い鱗に覆われた影が見える方向へと向かって走る。あちらにはるのは森だ。
森なら遮蔽物が多いけど、ワイバーン自身が見切りをつける確率が高いから倒すにはとてつもなく条件が悪い、それに火を吐くから山火事になると厄介だって今回の戦場には選ばれなかったし村人を誘導することができなかった場所だ。
先輩が何を考えているかわかんないけど、少なくても怒りに任せた行動じゃないことだけを祈る!
「あ!ぶな!」
一際大きくはばたいたかと思うとワイバーンが首をグッと持ち上げ、そして一気に滑るように地面へと滑空を始めた。
一瞬早くそれに気付いた先輩が地面を転がりなんを逃れる。ワイバーンが滑って地面はえぐれていた。
ひぃい!とんでもない力!
あれって人間で太刀打ちできるもん!?無理でしょ絶対!
ワイバーンはそのまま上空へ舞い上がり体勢を立て直してまたこちらへと向かってくる。
太陽を背にしているせいで影が見えにく・・・って、あれ。
「あれ、何か・・・何かこっち来てないぃいい!?」
「“荷物持ち”馬鹿逃げろ!」
「逃げって、うぁあああ!!」
やばいやばいやばい!あいつ狙いやすいところから片付ける気だーーー!?
一転急ブレーキかけて回れ右して逃げ出す。本当に何しに来たのやら!!
しかし、数メートルいかないうちに脇腹に酷い衝撃が走った。
「げふっ」
吐き出された息とちょっとした嘔吐感、そして腰から何かが抜けていくような浮遊感が同時にちゃんぽんしてやってくると足が、地面に、ついてなかった。
「・・・わーお・・・」
うそん、とか言いたくなるよ。
この世界に初めて、いや、生まれて初めて空中浮遊という経験をしています。
目に映るのは一定距離の地面と私との間、飛び降りれない事はないけど降りたら怪我するだろうなぐらいの高さ。
一瞬、先輩が目に映った。
いつもしかめっ面か呆れた表情しかしていない顔が今は呆然と、全く違う場所を見ているようで、まるで置いていかれた子供のようなそんな情けない顔をしてこちらを見上げ小さくうわごとのように何かつぶやいている。
「俺・・・だ・・・そこにいたのは・・・俺だった俺が、父さんを・・・俺が勝手なことをしたから・・・」
ああ、これは、ダメだ。
引き戻さないとダメだ。
彼は、多分過去を見ている。どこかわからないけどいつかの過去を、だから戻さないと、前へ進ませないとダメなんだ。
何故かそう思って次の瞬間声を張り上げていた。
「先輩!!ワイバーンを!こいつの腹を狙って!」
腹のそこから声を出すってこういうことなんだと思う。
腹に貯めた空気を全部使い果たして声もキリキリするほどに出した声で届くように響くように聴かせるように。
ワイバーンの唯一の弱点はその腹だ、硬い表皮に守られているのは背中、尾、翼、腹の部分だけはただの皮になっている。
「先輩!貴方のお父さんは何をしたんですか!そうやって呆然としてましたか!?貴方は竜騎士でしょ!?人を守るのは竜騎士の本来の役目じゃないって、ここは変だってわかっててもここに入ったのは、人を守って死んだお父さんの気持ちを、本当は理解したいってわかりたいって思ったからでしょ!?
だったら戦えよ!あんたに誇りがあるなら!お父さんのようになりたいなら戦ってよぉおお!!」
戻ってきて、戻ってきて、ここから動けなければ貴方は立ち止まったままだ。
本当は知っているクセに、わかってたくせに、子供みたいな反抗心でわからない振りをして、貴方が今どんな現実を突きつけられているのかはわからない。けど、今動かないときっともう動けなくなる前へ進めなくなる。
私は見たいんだ。貴方が竜騎士になった姿を、だから、こいつを倒して!!
「っ勝手を・・・言ってくれるな!」
「先輩!?」
「ったくよ、テメそこ動くんじゃねえぞ!!」
ああ、光りが・・・戻った。
光りに照らされてギラリと光る金色の瞳、いつもの活気のあるあの瞳だ・・・戻った。
次に先輩が何をするのかと見ていたら少なくなった民家の中へ入ってしまった。
おぃいい!ここに来て家の中で身を守るとかなしですよ!?
だが逃げたと思っていたが違っていた、先輩は二階の窓を開けるとそこから屋根に手をかけ足をかけよじ登り、そして屋根の一部をはがしてワイバーンへ投げつけた。
「来いよトカゲ野郎!ぶっ殺してやらあ!」
「わお、ヤクザみたい」
先輩に聞こえないように呟く。いや、本当にチンピラかヤクザにしか見えないんだって。
低く体勢を取って剣先をこちらに向け左足を引き構える。
「グルァアアアアッ!!」
「ひぃいいお怒りだあああ!!」
怒ったワイバーンの咆哮がモロこっちに伝わってきてお腹の底が震えた。
次の瞬間吠えたまま大きな口を開け大きく一度はばたき距離と高さを取ると勢いをつけて一気に加速し直進して先輩へ―――!
「馬鹿の一つ覚えなんだよ、ばーか」
嘲るように低く小声で言うと牙と顔をわずかに横に体をそらすことで避け、人間で言うところの鎖骨の真ん中へと突き刺した。
「ギャアアアァアア!!」
「ひぃいい!」
痛みの声が耳をつんざく。
ワイバーンはそのまま悶えるように上空へ舞い上がった。
その拍子に爪の力が緩み、先輩がさっき立っていた屋根へ私は放り出された。
「いった!?」
背中と腰を強打して上を向いたまま動けなくなっていると、視界に映ったのは上空へ舞い上がるワイバーンと何故か突き刺さった剣にしがみついたままの先輩の姿。
なんで!?
「先輩!!」
そのまま致命傷でも食らわせたいのか、必死にワイバーンの腹に足をかけ剣を下へをえぐりこもうとしているけどワイバーンもただ痛みで舞い上がっただけじゃなかった。
振り落とすかのように空中で一回転したのだ。
遠心力で先輩の体はいとも簡単に空中に放り出され、ただ人形のように落ちていくだけ。
一方ワイバーンは一回転してそのまま大口を開け先輩へと・・・。
「だ、ダメ。ダメ!やめてぇええええ!!」
体が心が叫んだ。
やめて、と。
その人を殺さないでと。
その人は死んじゃいけない人、ぶっきらぼうで暴力的で人を足蹴にするけど、面倒見がそれなりによくて案外生真面目で律儀な、まだ、まだ未来がある人。
お願い、殺さないでっ!!
その瞬間、体の中から何かが湧き上がってくる感覚が襲った。
それは感情からなのかもっと違う何かなのかわからないけど、体のどこからか湧き上がってそのまま突き抜けていく。
どうか・・・どうか!
祈りを込めて、けれど見たくもなくて蹲っていると、突然体の半分が焼けるかのように熱い。
「熱っなにこれ」
顔をあげるとそこには信じられない光景が広がっていた。
地面から、炎の柱が立っている。
柱は全てを焼き尽くすみたいに、けれど余計な被害は一切出さずまっすぐ、まっすぐ一定距離だけを燃やし空へ空へと真っ直ぐにその尾を広げていた。
顔が熱い、体が熱い。
けれど・・・え?何これ
「先輩?せんぱああああい!!」
どこにも先輩の姿が見えなくて叫ぶ。
するとごうごうと音のする中どこかで「うるせーよ」と不機嫌そうな声が聞こえたような気がした。
どうなっているのか全然理解ができないままやがて炎は収まり、地面には二つの影が落ちていた。
一つはもう原型すらとどめないほどの焼失した大きなワイバーンの遺骸、そしてもう一つは蒼白な先輩の姿だった。




