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多分、いたずらを仕掛けてそれに引っかかるのを待つ、みたいな感覚に近いのかもしれない。
いまはそれよりもずっと危険でずっと大変なんだ。
広い牧場の柵に結えられた縄につながれた哀れなスケープゴートならぬスケープカウ、彼には申し訳ないがワイバーンをおびき寄せるための餌になってもらうことになった。
ドキドキする。ざわざわする。
緊張感っていうよりも・・・
「本日ワイバーンがやってくる。いつでも迎撃態勢が取れるようここで待機、いいな」
『はっ』
小声でやり取りされる。
アルベイン様の心地よい低めのテノールが私の耳を打っていく。
距離は、とてつもなく近いっていうか30cmもない!!
荷物は背負っているものの傍らには何故か隊長であるはずのアルベイン様!身分が違いすぎるからほとんど放置されていたのになんでこういう時だけ近いんですか!
道具はそばにあったほうがいいとは思うんですがこれは一体どういう距離!?ああ、でもほのかにいいニオイが・・・っイケメンってニオイまでイッケメーンとかすごいですよクンカンクンカ
「気持ち悪い」
「ぐはっ」
思わずニオイを嗅いでいたら思いっきり地面とキスさせられてしまいました。
「ふふっ道具はすぐ手の届く範囲にあったほうが便利ですからね」
「あのナチュラルに人のことを道具扱いしないでください・・・」
いや、自分でも思ったけどね!?
にっこりと最高の笑顔を向けてくるクロードさんに他意はない、ないからこその悪意がそこにある。彼の言葉はまっすぐすぎて刺さるわぁ。
牧場のすぐ近くは森になっていて、そのしげみに今十数人の男たちが隠れています。
別に密集しているわけじゃないけど一列に並んだ男たちってなんか異様な光景。
作戦は二班に分かれます。まずはこうしてワイバーンを倒す討伐組、そして住人を安全で守りやすい場所へ誘導する誘導組、こちらの誘導組は火属性と相性の悪い火と風で構成されていて先輩と後二人がついている。
実際今まで住人への被害はないし、ワイバーンも住人よりも牛の方が美味しそうって思ってるのか家畜被害しか出ていない。よってこんな割り振りになったわけだが、たぶん先輩は不満たらたらだと思う。
「でもアルベイン様、なんで今日ワイバーンが来るってわかったんですか?」
作戦を伝える時ここ数日といった風の言葉しか聞いていない。けれど今日の朝になって突然「本日作戦を決行する!」と言い出したのだ。
それはまるでワイバーンが今日ここに現れることを予知したとしか思えない急さ。
「・・・秘密だ」
「・・・あ。はい」
小さく、しかも聞いたこともないような低い声で言われて「あ、こりゃダメだ」って思った。聞いちゃいけない範囲、踏み込んじゃいけない範囲ってのが人にはあるもんだ。これ人付き合いを円滑にするための常識ね。踏み込み過ぎ注意、と。
「来たぞ、総員作戦準備」
鋭い声が飛んで周りに緊張感が一気に走る。
すると空からバサアバサアと大きな羽音がしてきて牧場の一角に大きな影が柵につながれた牛の上に差した。あ
空からの襲撃者にさすがの牛も難とか逃げようと柵を壊して逃げようと必死だがしっかり補強されガッチガチになった柵は壊せない。
そしてそれは現れた。
赤い硬そうな鱗に包まれお腹は薄い黄色の爬虫類の腹、首が長くその先についているのは細長い顔と鋭い牙、ギラギラと光る金色の瞳に黒く細長い瞳孔。足は太く鋭い爪が備わりガッと掴むと横向きに背中を全部掴んでしまった。
腕と羽が一緒くたになった翼は薄い皮膜が多いこれもまた真っ赤、先には手らしき爪が備わっている。
初めて見る幻獣は恐ろしく、大きく凶暴で・・・正直、怖い。本当、怖い。
こんなものと対峙しろとか、どんな無茶ぶりだ。
「まだだ・・・まだひきつけろ」
合図を待っている間にも私の手がガタガタ震えて足も今にもすくんで動けそうにない。
「“荷物持ち”大丈夫ですか?今回は休んでいますか」
「あ・・・あははは、なんか足がガガガ、ガタガタ言ってるるぅんでぇ」
もう自分で何言ってるかわからない、実際ろれつさえも回ってないと思う。
仕方ないんだと思うんだ!だって私戦闘経験ないもん!幻獣とだって会うの初めてだし、戦えないし!やくたたずでも仕方ない、うん!!
「わかりました。貴方は離れたところで来た騎士に物資の補給だけ行ってください。それ以上は何も望みませんから」
「は、はい」
「初任務には酷でしたね」
う、ごめんなさい。
でもここはお言葉に甘えさせてもらう。
慰めるようにぽんと置かれた手に少しだけ気持ちが楽になった。
「作戦開始!」
鋭いアルベイン様の声が飛んで事はすぐに動き出した。
あんまり見たくなかったけどワイバーンの鋭い牙が牛の首に食い込み、太ましい体が横倒しになったところでワイバーンの周囲、というよりあらかじめ牛の周囲に仕込んであった結界が隊員の一人の手に握られたスイッチによって発動した。
四方に展開された石が互いに共鳴しあい淡く青い光りを放つとすぐにそれは結界同士を繋ぐ線となりワイバーンの周りを四角く取り囲んだ。
異常事態に気付いたワイバーンが飛び立とうとするけどその時には結界は空まで伸び完全な立方体となって空間を押しと止めてしまっている。
ガンガンと硬い鱗が結界を破ろうと突き上げる中、第一陣水系の弓使いの矢がワイバーンへと飛んでいく、青い光りをまとっているかに見えた。
私が見れたのはそれまで、それ以上は怖くて見れませんでした!
一方で私には重要な役目がある。背中からリュックを下ろして回復薬といくつかの替えの剣と矢の補充品を出す。このリュックまさかの四次元リュックじゃなかろうか、剣とか矢とか入っちゃったよ・・・。
よっしゃ来い!と待ち構えていると早速「替えの矢くれ!」と一人、「はいどうぞ!」とあげる。
突然ガラスが割れるような音がした。
「結界が破れたぞ!」
「傷は残ってる!畳み掛けろ!近接部隊取り囲め!」
アルベイン様とクロードさんの声が飛ぶと同時に「うぉおおおおおおんっ!」とまるで昼休み休憩を報せるサイレンのような音が聞こえた。
「なん・・・だと・・・?」
あれ、なんかこんなテンプレありませんでしたっけ?
でも何か予想外な出来事が起こったのは間違いないようで、「手を休めるな!」という激昂の声ともう一つ上からとても甲高い声が聞こえてきた。
それにつられて上を向くと中天まで差し掛かった太陽の向こうに黒いものがチラチラと見え隠れし、それはだんだん大きくなりはっきりと十字架のかたちをかたどったと思えば、ゴウッと凄まじい風と共に牧場の上を横切った。
「うわっ!?」
「何だ?!」
横殴りの風のせいで隊員の体勢は乱れその隙をついてワイバーンが舞い上がろうと羽を広げた。
そこへ前線に出ていたアルベイン様が走っていくのが見える。
剣を振り上げ、強く地面を蹴りワイバーンへと剣先を振り下ろす。
届かない!
わずかばかりにその剣先はワイバーンに届かない、と思った矢先ワイバーンは上から振り下ろされた何かにぶつかり地面へと叩きつけられていた。
目の見えないそれは牧場の草を弾き飛ばすことでその存在を示す。
「風・・・?」
そう、風だ。
そういえばデュオさんが言っていたような気がする。アルベイン様は風属性だ。
こんなファンタジーなことがあるんだろうか、今のは偶然?いやいや上から叩きつけてくる風なんてこんなのっぱらで起きるわけがない。これは確実にあの剣の威力なんだ。
「まずいぞ、想定外だ。ワイバーンは姿を現さないうちに番いになっていたんだ」
誰かがそう言った。
幻獣は基本的に群れることをしない。ただし、番いともなれば別、子を産み育て上げるまで番いでいる場合が多い。
姿を現さなかったあいだにワイバーンは見事お嫁さん(お婿さん?)を見つけていたようだ。
あちらさんにとっては万々歳だがこちらにとっては余計な敵が増えたことになる。
もう一頭のワイバーンは一度滑空し、どこへ行ったの?
空を探すとUターンしたその後ろ姿が牧場の先村の方へ飛んでいくのが見えた。
嫌な、予感がする。
まさか、まさかまさか、村の集会場を知っている・・・?
「あ・・・」
私は、何かを考える暇もなく一歩、足を動かしていた。




