マジ、うぜぇ
人々が眠りについている深夜2時過ぎ。
真奈美の枕元に、ふとソイツは現れた。
「プーン……プーン……」
静かに寝息をたてている真奈美の顔が、少しずつ苦痛に歪んでいく。
「パチンッ!」
真奈美は寝返りを打ちながら、自分のほっぺを思い切り叩いた。
真奈美は再び安眠に──。
「……プーン」
駄目だった。
寝ぼけながらも繰り出した真奈美の一撃は、あろうことか掠りもしなかったようだ。
「プーンプーン……」
反撃と言わんばかりに、真奈美の耳元を飛び回るソイツ。
「う~ん──」
「パチン、パチンッ!」
必殺──往復ビンタ。
自分の頬を腫らしながら繰り出した二連撃。さすがに勝っただろうと、真奈美はニヤリとほくそ笑んだ。
「プーン、ププーン……プーン、ププーン」
そんな真奈美をよそ目に耳元で飛び回るソイツ。
さすがにこのままではマズイと本能が思ったのか、真奈美は布団の中に潜り込んだ。
「ププーンプーン……ププーンプーン」
するとソイツは真奈美を挑発するかのように、真奈美の枕元を行ったり来たりする。
「むーん……」
真奈美は上体を起こし、ボーッと虚空を見つめる。
「プーン……プーン……プーン」
してやったりと言わんばかりに、目元や口元をうろちょろするソイツ。
真奈美は机の上にあった殺虫剤に手を伸ばした。
「プスッ」
させてたまるか、と言わんばかりに、真奈美の腕を刺すソイツ。
「パチンッ!」
真奈美は反対の手で腕を叩いたが、どうやら寸前で逃がしてしまったらしい。
「ムニャムニャ……」
真奈美は寝ぼけながらも、なんとか殺虫剤を手に取った。
「プ、プーンッ──!!」
激しく真奈美の耳元を飛び回るソイツ。真奈美に殺虫剤を使わせまいと必死らしい。
「プシューッ!!」
ソイツの抵抗も虚しく、とうとう奥義が放たれた。
どんなウザいソイツでも、この広範囲攻撃は堪らないだろう。
「ムフフ……」
真奈美はニヤリと勝利を確信し、再び布団の中へと潜り込こんだ。
だが、しかし──。
「チク──」
ソイツの執念は凄まじかった。
死んでたまるかと、必死に殺虫剤の死角へ逃れただけでなく、真奈美の頬に反撃を喰らわせたのだ。
「プッチーン──」
真奈美の中で、何かが崩れる音がした。
「マジ、うぜぇ……」
真奈美は一言そう呟き、布団の中へと逃げ込んだ。
布団に包まり、ソイツの侵入スペースをなくす真奈美。
これこそ絶対防御、だれにも侵略出来ない聖域だと思い込んだ。
「ふっ、どうやら俺の勝ちのようだな」
「なっ──!?」
ガバッと勢い良く起き上がる真奈美。
何者かが耳元で囁いた気がしたのだ。
しかし、その場には誰もいない。
「マジ、うぜぇ……」
真奈美はもう一度そう呟いて、再度眠りに付くのだった。
「ジリリリリッ──!!」
朝目覚めると、真奈美の頬と腕は、小さく腫れていた。
真奈美は寝不足の顔を鏡越しに見つめ──。
「この世から消えちまえ、クソやろう……」
誰かに聞かれると誤解されそうな、そんなフレーズの言葉を吐いて、真奈美は朝の仕度に取り掛かるのであった。