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8話 喧嘩買取はじめました

「はぁ、はぁ……く、苦しっ」

 全力疾走してきてしまった為、息が上がる。

 しばらく走って走って、走り抜いて、動けなくなったところで、私は床に座り込んだ。酸素が足りなくて、頭がくらくらする。今時の若者はどこにでも座り込むと眉をひそめられるのが嫌であまりそういうことをしないようにしていたが、今回ばかりはどうしようもない。

 でもどれだけ苦しくても、あれはどうしても駄目なのだ。


「息が……きつっ」

「冬夜、落ち着いて。苦しいのは、気分だけで、息を吸わなくても大丈夫だから」

「あ、うん。分かっては……いるん……だけど」

 死んでいるので、酸素を吸わなければ二酸化炭素を吐き出すこともない。それでも、生まれてこのかた、呼吸をするのが当たり前だったせいで、走ると苦しくなるという感覚を取り除くことができない。

「ほら。大きく息を吸って、履いてー。吸ってー、履いて」

 空太に言われるままに、私は大きく深呼吸をする。すると少しだけ楽になった気がした。心臓が動いているわけではないので、実際気分の問題なのだろう。

「うん……。ありがとう。少し落ち着いた気がする」

 いまだに心臓がバクバクいっている気がするが、それでもなんとか話が出来そうだ。


「良かった。冬夜って神族だけど、人界出身なの?」

「えっ?」

「あ、そういうの言いたくない人もいるから、言わなくてもいいんだけど。ほら、まるで人間っぽいなと……。あ、ごめん。これも神族にとっては、不快だよね」

「ううん。私は別にそうでもないけど」

 というか、不快に感じられるんだ。人間だったって事は。

 私は今でも人間の枠組みの中に入っているつもりなので、どちらかといえば褒め言葉なんだけどなぁ。やっぱり神様って、なにか違うのかもしれない。

「そっか。冬夜って変わってるね。あ、悪い意味じゃないから」

「うん。わかってるからいいよ」

 本当はどちらかというと、人間が劣っているような言い方の方がショックなんだけど。でもあまり具体的に話すと、自分が次期閻魔王扱いされていることがバレるので黙っておく。多分それは今言うべきことではないのだと思う。


「空太は人間出身?」

「うん。そうだけど?元は死霊だよ」

「だったら、あまり人間を貶めない方がいいと思う」

 それでも一言言いたくて、私はそれだけ伝えた。人間だから劣っているとか、そういう考えは好きじゃない。

「……本当に、冬夜っていい子だね。そういえば、さっきいきなり走り始めたけど、どうしたの?」

「あ、そうだった。でたの!モンスターがっ!!」

「モンスター?」

「蜘蛛の化物っ!私の膝まであって、私を食べようと。ああああ、痛い。鳥肌が痛い」

 思い出しただけでゾワゾワする。夢にも出てきそうだ。

「昔、洋画でく蜘蛛型の宇宙人が人の腹を裂いて出てきたの見てから、あれだけは駄目なの」

「蜘蛛……ああ。アラクネさんか。彼女は別に冬夜を食べようとはしてないよ。彼女も、その子供達も、菜食主義者だからさ」

「さ、菜食主義?何食べたらあんなに大きくなるわけ?」

 大豆とかだろうか。人参とかキャベツであんなに大きくなるとは思えない。

「何だろう。アラクネさんの子供を飼っている人に聞けば分かるかもだけど。今度、聞いてみようか?」

「ううん。いいや」

 嫌な事にはできるだけ触れたくない。できるなら、アラクネさんに会ってしまった事もなかった事にしたいぐらいだ。

「冬夜、見た目で判断するのはよくないよ。アラクネさんはいい蜘蛛で、地獄の罪人の所に糸を垂らして助けてあげようとしたのも彼女なんだから。それに、織物の名人……いや、名蜘蛛で、閻魔王様の指示の元、死神の制服をデザインしたのも彼女なんだから」

「へぇ……って言うと思ったかっ!何、あの8本の足でデザイン画を描いたわけ?!」

 私なら、たとええ地獄から出られるとしても、その糸だけは掴まないと思う。

「そうだよ。一度に8枚かけるって凄いよね」

「ははは」

 冗談で言ったつもりなのに、まさか肯定されるとは思わなかったよ。

 しかも一度に8個の事を考えられるとか、私より全然賢い。人は見かけによらないというか、蜘蛛も見た目によらない。……でもなぁ。


「アラクネさんとか、擬人化しないの?」

 昔兄が、不思議系動物は、たいてい擬人化するものが、ファンタジーのお決まりと言っていた。私もその手の小説を読んだことがある。元蜘蛛というと、とてもイメージは悪いが、それでもまだ擬人化してくれた方が気分的にありがたい。

「擬人化?」

「ほら、人に化ける的な」

「ああ。狸とかキツネみたいにね。アラクネさんは擬人化するって聞いたことないなぁ」

 そうか。残念すぎる。たまには、ファンタジーのセオリーにのとってくれてもいいのに。

「アラクネさんは、冥界に住む古い種族なんだよ。でもとっても気さくだから。冬夜も今度しっかり話してみるといいよ」

「遠慮しておく」

「本当に、アラクネさんはいい蜘蛛だよ。さっき冬夜が、種族で差別するべきじゃないって言ったばかりじゃないか」

 言ったっけ、そんな事。

 でも確かに、差別はいけない。うん。たとえ、生理的に受け入れられなくても……アラクネさんに罪はないのも確かで。


「あ、会う事があれば……努力は……する」

「いい子だね」

 私がぐるぐると考え込み、答えを示すと、空太がよしよしと私の頭をなぜた。完璧子ども扱いである。

「あのさ、空太って――」

 何歳なの?そう聞こうとした瞬間、カランと音がした。その音に反応して、顔を向けた瞬間、槍が鼻すれすれで止まる。

 数秒遅れて、さっと血の気が引いた。

「何だ、死神か。死霊も連れず、ここで何をしている」

 厳つい鎧のようなものを着た男は、そういうと私の目の前から槍をどける。それでも私の心拍数は上がったままだ。

「……何って」

 むしろ、何をするんだと文句を言いたいのは私の方だ。しかし、向けられた槍の鋭さがその言葉を飲み込ませる。死んでも、アレが刺さったら痛いのではないだろうか。

「すみません。道に迷ってしまって」

「何だ、空太か。新人の案内か?……それも、神族様とは。大変だな」


 ん?

 鎧男の言葉に棘のようなような、鋭いものを感じた。なにか気に障るようなことをしただろうか。

「どうせ、穢れるとか煩いだろう。さっさと連れて行け」

「あのね。私はちゃんと言葉が分かるし、喋れるんだけど。悪口いうなら、直接言うか、もっとこそこそやってくれない?」

 槍は怖いけれど、鎧男の言い方に対する苛立ちの方が上回る。しゃべった事もないのに、私の事なんて知っていると言わんばかりだ。

「そもそも、穢れるって何?全然意味分かんないんだけど」

「キャンキャン煩い小娘だな。神族といっても、お前は新人だから、少しは――」

「新人だって、人権というものがあるのよっ!いきなり槍向けられた上に、変ないちゃもんつけられたら黙ってないわよ」

 ……キレて槍を振り回してこないよね。

 言い切った後に不安になるが、こうなったら振り回して来た時によけるしかない。私はそのタイミングを見逃さないように、鎧男を睨みつけた。

「それは地獄の門へいきなり来るからだ。はいはい。神族様に突然、槍を向けれすみませんでした」

 謝ってはいるのだが、その謝り方に、やっぱりイラッとくる。そもそも、はいはいとか言っている時点で、本気で謝っていないだろう。ハイは一回って教えられなかったのだろうか。

「神族云々を言ってるんじゃないわよ。ちなみに謝れとも言ってないから。もしかしたら私が近づいたらいけないところに近づいたのかもしれないし。でもね、ちゃんと教えてくれなきゃ、分かんないの!穢れるとか分かんないし。一方的に言われてたまるかってのよ。私はバカだけど、脳みそはついてるんだから」

 負けてたまるかという気持ちで、私は文句を言った。怖くないかと言われれば怖いけど、ここで黙ったら女がすたる。

「……ここから先は地獄だから、門を守るために槍を向けたんだ。それから、地獄に行ったり、そこで働いている奴と話すと汚れるってよく言うだろ。だから神族様が俺なんかと話すと思わなかったんだよ」

「はあ?話しただけで汚れるって、意味分かんないんだけど」

 俺なんかとか言われると、強気なのか弱気なのかよく分からない。


「変な神族様だな」

「変かどうかは知らないけどさ、そもそも、神族に様付けするのも変じゃない?」

「そう言わないと、怒る奴もいるって事だ。俺のような、門番だと特にな」

 神様って、面倒だな。

 話をしただけで汚れるとか、さっぱり理解できない。なんだろう。神族の方には、この人達がアラクネさんのように感じるのだろうか。まあ、生理的嫌悪を取り除くのは至難の技だけどさ。

 うん。私もアラクネさん克服を前向きに頑張ろう。

「冬夜はちょっと普通の神族とは違うみたいなんだよね」

「らしいな」

 そりゃ私自身、自分が神族だなんて未だに信じられないのだから、普通にはなれない。かと言って自分の状況を話すわけにもいかないので、私は話題を変えた。

「そういえば、この先に地獄があるの?」

「ああ。この先に神族様が大嫌いな地獄につながっている扉があるんだよ。だから、さっさと立ち去りな」

「あ、そう」

 一々、なんかイラっとくる言い回しだよね。

 多分この門番は神族が嫌いなのだろう。私だって全ての人に好かれるなんてお花畑な思考はしていないし、そういう事もあるのも分かる。でも私を見て判断したのではなく、私ではどうしようもない部分で嫌われているというのは腹が立つ。

「たださ私は、地獄が嫌だなんて言っていないんだけど」

「はあ?」

「神族が嫌いなのはよくわかったけど、勝手に私を決めないでくれない?」

 

 案内をしてくれている空太には悪いが、売られた喧嘩は、きっちり買う派だ。

「だったら、地獄でもどこでも行ってやろうじゃない」

「えっ、冬夜?!」

 空太が素っ頓狂な声を出したが、気にしない。

 だってこのまま引き下がるなんて悔しいじゃないか。

「私をその地獄の扉まで連れて行きなさいよ!全然平気だって照明してやろうじゃないっ!!」

 私は苛立ちのままそう、鎧男に宣言をした。

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