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6話 遭難少女はじめました

「ここが、情報処理部です。こちらでは受付を済ませた死霊の情報がすべて入り、裁判を受ける前に、生前の情報をまとめ添付しています」

「……なんだか、凄い事になってるね」

 左鬼に案内され、途中滑り台のようなもので下に下り、着いた場所はドラマとかに出てきそうな普通のオフィスだった。しかしその中は紙が飛び交い、まったくもって普通ではない。

「ちょっと、この人同姓同名の別人じゃない?!誰よ、こんなの書いたの?!」

「早く、家族構成情報送ってくれよ。後ろが詰まってるんだって」

「いやぁ。また来たっ!何か災害でもあったわけ?!いつもより、多くない?」

 そしてオフィス内の紙は処理しても処理しても、床が見えないぐらい高く書類が積まれていくようで、これでよく分かるなと思うほど雑然としている。


「死神の中には、ここを無限地獄と呼ぶ人もいます」

 ははは。冥界はイコール地獄じゃないって言ったのにね。

 でも無限ループのように積み上げられた書類の山を見ていると、その言葉に間違いはないのだろうなと思う。

「どうしてこの職業を選んでしまったって感じだね」

 ここで働いでいる人たちはこんなはずじゃなかったとか思っていないのだろうか。子供のころ夢見ていた大人ってこんなんじゃなかったと思う。

「この職業を選んだ人は、ワーカーホリックで几帳面な方が多いんですよ。またすごく忙しいのですが、必ず長期休暇がもらえるような人員配置になっています。他の部署は、交代勤務が多く、長期休暇はほぼありませんので」

 なるほど、長期休暇が欲しいならこの部署なのか。忙しい分、休みがしっかりして――。

「――ねえ。その長期休暇って、心を病んでとかじゃないよね?」

「名目上はそうではないとなってますよ」

 鬼だ。

 マジで鬼だ。

 馬車馬のごとく働かせて、働けなくなったところで休暇。そして再び戦力になりそうになったら復帰。

……本当にこの人達何で働いているんだろ。


「あのさ。そういえば、死神って私みたいな死霊がなるんだよね。何で死神やってるわけ?死神をやると、刑期が短くなるとか?」

「そんな刑が決まっている危険な方に、死霊を迎えに行く仕事なんてさせませんよ」

「だよねー。でも、何かある意味、刑を受けてるみたいなんだけど」

 無間地獄とか言っているあたり、もう完璧にヤバい仕事だろう。遣り甲斐はあるにはあるのだろうが、どちらかといえばキツイ仕事だ。

 わざわざ、死神になって死んでからも働く理由が見えない。

「そうですね。ただ死神になる方は、それでも死神でいたいだけの理由があるんですよ」

 死神でいたい理由ねぇ。馬車馬のように働かされてもなりたい理由なんて中々思い浮かばない。

 私ならこんな仕事をしたいと思わないんだけどなぁ。

「じゃあさ、左鬼は何で死神に――」

「あっ左鬼様。すみません、何かご用でしょうか?」

 廊下で立ち話をしていると、ムキムキマッチョだけどスーツを着た男がオフィスから出てきた。猫背になっているが、私よりもずっと背が高い。目の前に立たれるとその人の陰で私が隠れてしまいそうだ。

 そんなマッチョさんの髪は赤く、その上にはプリィティな角が生えている。


「ちょっと、見学です。気にせず仕事をして下さい」

「はぁ。見学ですか?」

 マッチョさんは厳つい体格に似合わぬ穏やかな顔で、私を見下ろした。その眼の色は、赤色で髪の毛の色と同色だ。

 染めたりカラーコンタクトを使っている様子がないので、生まれつきの色っぽい。彼がいわゆる、赤鬼だろうか。ドリ●ター●の赤鬼は、全身が赤だったから、ちょっとイメージと違う。

 しかも鬼と言ったら、虎がらパンツのはずなのに、きっちりとしたスーツだ。マッチョだけどインテリっぽい。

「さ、左様?……あ、あの。この方は……」

「新人の冬夜ですよ?」

「あっ。初めまして」

 あまりマジマジと見ていても失礼に当たるかと思い、私は左鬼に紹介されたタイミングで、ぺこりと頭を下げた。

「し、新人っ?!」

「ええ。新人です。紛うことなく新人です。新井さん、どうかしましたか?」

 左鬼は、いつもと全く変わらぬ顔で、シレッと私が新人であると念押しする。マッチョさん事新井さんは、私と左鬼の顔を交互に見た後、ためらいがちに頷いた。

「は、はい。分かりました!」

 ちょっと体育会系っぽく元気に新井さんが返事をしたが、まだ動揺しているようである。もしかしたら、この部署にはすべての死者の情報が入ると言っていたので、私が次期閻魔王扱いされている事も知っているのかもしれない。

 うーん、その情報自体間違っている可能性があるのだけど、新井さんが何も言っていないのに自分から否定するのもなんだか自意識過剰な気がする。とりあえずで私はへらっと誤魔化すように笑っておいた。


「えっと。見学されてどうでした?」

「あー……大変そうだなぁと」

 絶対働きたくないとか、ここで働いている人たちはマゾだろうかとか、そういう素直な感想は心の中にとどめておく。新井さんは結構いい人そうなので、あまり酷いことは言えない。

「ははは。そうですよね。実際、大変ですよ。でも私たちがこの仕事をしなければ、裁判がスムーズに進みませんので、遣り甲斐というのはあります。それにきっちりと書類が出来上がった時の爽快感は、たぶん他部署より大きい気がします」

「へえ」

 プロだなぁ。

 すごく仕事に対する姿勢が前向きだ。私なら、もうやめてやるーとか毎日叫んでいそうだというのに。

「そういえば、新井さんって鬼なんですよね。なのに、死神なんですか?」

「いいえ。私は死神ではなく、こちらで内勤のみする冥界官ですよ」

「冥界官?」

「はい。死神とは違い、現世へ行く事はありません。私のような赤鬼族は、書類業務に向いているようで、こういう場所で働くものが多いのです」

 なるほど。

 確かに童話の泣いた赤鬼も、体育会系という感じはしなかった。見た目は明らかに体育会系だけど繊細なのだろう。


「それから、服装がどうして虎柄パンツじゃないんだろうとか思ってません?なんだスーツなのか、残念的に」

「えっ。あー……思いました」

 新井さんの言葉に私は素直に白状した。

 だって鬼と言ったら金棒を持って、頭はアフロ。そして服は虎柄のパンツ一丁と相場が決まっている。ムキムキスーツだなんて誰が思うだろう。

「初めて冥界に来られる方は、大抵そういう感想を持たれるんですよね。あの服装は方角から来た話だとか諸説ありますが、ぶっちゃけていえば、大昔の民族衣装です」

「えっ。民族衣装ですか?」

「ええ。ただし大昔のですよ。ほら、日本だって昔は十二単とか着ていたけれど、今は違うんですよね」

「あー。確かに」

 良く考えたらおとぎ話に出てくる話なんて、いつ書かれたかも分からな古いものだ。そのころと今、同じ服を着ているというのもおかしな話である。日本だって平安時代と江戸時代と現代じゃそれぞれ全然違うのだし。

「後は閻魔王様の出身にも制服は左右されますね」

「そうなんですか?」

「はい。閻魔王様が代替わりされると、制服も閻魔王様の趣味で変わりますから。ちなみに今期の閻魔王様に代わってから、3回ほど制服が変わったように記憶してますよ」

 おお。

 今の閻魔王は結構おしゃれさんらしい。でも確かに、昔の服をそのまま使われていたら、着方にも困ったかもしれない。私は和服を一人で着れないし、十二単なんかになったらどうしたらいいのかすら分からないと思う。


「最初は自国の衣装に近いものを制服としていたようですが、途中で日本のサブカルチャにかぶれて斜め上な服になったそうです。その後、ちょっとこれ痛くね?という話となり、現在の制服に落ち着いたと僕も聞いています」

「……なんか、ごめんなさい」

 左鬼の説明に、私は反射的に誤った。

 別に私が悪いわけじゃないんだけど、日本のサブカルチャにかぶれてと言われると、嫌な予感がする。痛くね?という言葉が出るあたり、嫌な予感は的中しているだろう。

 同じ出身地の人が、変な情報を閻魔王様に伝えてしまって申し訳ない限りだ。

「では、冬夜。あまり長居すると新井さんの仕事が滞りますので、そろそろ次へ行きましょうか」

「うん。新井さん、色々貴重なお話ありがとうございました」

「い、いえ。このような事しか話せず申し訳ありません。また、遊びに来て下さいね。お茶は……出せるかどうか分かりませんが」

「いや。そんないいから。それより仕事を頑張って下さい」

 どうやら左鬼の方が新井さんよりも偉い人のようだし、私たちが立ち去らなければ、新井さんもこの場を離れることができなさそうだ。私はもう一度会釈をすると足早に左鬼と情報処理部を後にした。

 新井さんの背後から聞こえる悲鳴を聞くと、これ以上新井さんを拘束するのは申し訳ない。今度機会があれば、なにか差し入れを持ってこよう。


「冬夜、職場見学はどうですか?」

「カルチャーショックが大きいけど、結構面白いかな」

 働きたいとは思わないけれど、想像していたものとは違い、真新しいことばかりだ。結構楽しい。

「それは良かったです。冬夜にこの世界を好きになっていただきたいですから、どんどん楽しんで下さい」

 うーん。左鬼の思惑は、私を閻魔王にすることだから複雑な気分だ。しかしせっかく見学するのだったら、楽しみたい。悩んだ結果、私は深く考えない事にした。きっとなるようにしかならないだろう。

「今度は何処に行くの?」

「そうですね。次は訓練所に行きましょうか」

「訓練所?」

 なんだそれ?

「死神はたえず新人が入ってきますからね。訓練所というのは新人教育をする場所です。また現世へ行くということは危険を伴いますので、定期的に新人以外の死神も武術訓練をしているんですよ」

「へぇ」

 危険って、一体何があるんだろう?

 やっぱり凶悪犯的な死霊の方が暴れたりするのだろうか。そういえば最初に左鬼の手を握った時も、手のひらがゴツゴツと固いなぁと思った気がする。きっと左鬼も武術訓練というものをやっているのだろう。


「武術訓練って――ひゃっ」

「冬夜、前を見てっ!!」

 話に夢中になっていた為、いつの間にか私は足元がお留守になっていた。

 左鬼に注意されると同時に私は足を踏み外し、バランスを崩す。咄嗟に手をつこうとするが、何故か手が空を切る。

 ま、さ、か。

「これってえぇぇぇぇぇっ!!」

 体が何処にも安定せず、急に重力を思い出したかのように下へと引っ張られていく。何かに捕まろうと一生懸命手を伸ばすが何にもぶつからない。


「いやあぁぁぁぁぁっ!!」


 これは恒例の紐なしバンジーじゃないかあぁぁぁぁっ!!まさか、証拠にもなく、またやったのか?!こんちくしょうっ!!地面に着いたら絶対左鬼に文句を言ってやると思いながら、着地の衝撃に備える。

 しばらくの間私は悲鳴を上げ続けていたのだが、永遠に続くかと思った急速落下は突然終わりを告げた。

「ぎゃうっ」

 周りが明るくなったかなと思うと、尻餅をつくような格好で私は地面に着地した。痛みはないが、動いていないはずの心臓がバクバク鳴っているような気分になる。

「し、死ぬかと思った」

 どうせ、左鬼なら冷静にもう死んでますよとか言うんだろうけど。もちろんそんな事言われなくても分かっている。でも急速落下というのは本当にもう一回ぐらい死ねるんじゃないかと思うような迫力なのだ。

「……ん?」

 しかし待てど暮らせど、左鬼のツッコミがやってこない。私は訝しみつつ周りを見渡した。

 見渡した場所は先ほどと変わらないシンプルな廊下だ。永遠に続いていきそうな雰囲気も変わらない。ひとつ変わってしまったのは、180度、どこにも左鬼がいないということだけだ。

「左鬼?」

 返事がない。

 でも屍もない。というか、私しかいない。


 右を見てみるが、廊下が無限に続いている。左を見てみるが、やっぱり廊下が無限に続いている。

「どこ、ここ?」

 見覚えがあるのかないのかも分からない。だって最初にいた廊下も、新井さんに会った廊下も、ここも全部同じ作りなのだ。

 まさか。

 遭難?

 最悪の二文字が頭を過る。


 ……やってしまった。血が体内を廻っているわけではないけれど、さっと血の気が引いていくような気分になる。

 一体何があったのか分からないが、明らかに今私は遭難している。室内で遭難なんて馬鹿らしいけれど、元の場所に帰れる気がしない。

 ど、どうしよう。

 落ち着け私。遭難の時は、焦るのが一番いけないはずだ。幸い私は死んでいるから、餓死とか凍死の心配はない。いや、室内で凍死はないか。

 パニックになってはいけないと頭では分かっているのだが、どうにも落ち着けない。私の能力では、時計や木の年輪で方角を調べることすらできないのだ。というか、そもそもここには、木も時計もないし、方角を知ってもどちらに向かえばいいのか分からない。


「あのう……どいてもらえませんか?」

「ひゃいっ!」

 誰もいないと思っていたのに、突然声をかけられて、ビクッとする。慌てて後ろを確認してみるが、誰もいない。

 まさか、幽霊。いや、待て。私も幽霊か。

「えっと、下なんですけど」

「下?」

 言われるままに顔をし下へ向けると、私のお尻の下に背中があった。


「えっ、わっ。ごめんなさいっ!!」

 まさか落下着地地点に人がいたなんて。慌てて私は立ち上がり退いた。

「あの、怪我とか大丈夫?!」

「あ、うん。大丈夫。そんなに重くはなかったから」

 本心かどうか分からないけれど、私の下敷きになっていた少年は、体を起こし穏やかに笑った。同い年か、少し下ぐらいだろうか?可愛らしい顔つきはしているが、左鬼のように人外的美貌はない。

 しかしその少年の服は、私が今着ているブレザーによく似ていて――。

「えっと。もしかして、死神?」

「うん。そうだけど」

 やっぱりっ!

 私は聞くやいなや、少年の腕をガシッと掴んだ。


「お願い助けて」

「へ?」

 私は恥を捨てて、少年に助けを求めた。

 きっと少年にしてみたら、尻で踏みつけておいて何を言っているんだという感じだろう。でもここで彼を逃がしたら、今度こそ本当に遭難だ。室内遭難なんて恥ずかしい状態になりたくないし、このままでは大事になる可能性もある。

 きっと今頃、左鬼も探していてくれるはずだ。

「私の下敷きになったのも何かの縁と思ってっ!」

 私は藁にもすがる思いで、そう頼み込んだ。

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