5話 職場見学はじめました
「左鬼、もういいよ」
私が死神の制服に着替える為、廊下で待っていた左鬼に声をかけた。
さすがに死んでも乙女。思春期真っ只中な身としては、男の前ですっぽんぽんになる勇気はない。例えヒーロー系の戦う女の子みたいに異空間でパッパと変身という状態だったとしても、体型が見られるというのは、色々問題があるのだ。
……死んでもダイエットとかできるのかな?
微妙に気になるお腹をさすってみるが、いつもと変わりない気がする。
「冬夜、良く似合っていますよ」
「……そう?ありがとう」
例えお世辞と分かっていても、イケメンに褒められると、悪い気はしない。ちょいと照れつつも、私は自分が着た服をじっくりと眺めた。
「でもさ。なんだか、普通に学生服だね」
左鬼に渡された死神の制服は、ブレザーの学生服ですと言ってしまえば、納得してしまいそうな作りだ。黒色の生地なので若干地味だけど、シルバーのボタンが飾りのようにいくつもついているので、華やかさが全くないわけではない。むしろ、私の通う高校よりも造りが丁寧だ。
「変ですか?」
「いや。変じゃないんだけどさ。死に装束とか、ロングスカートのワンピースとか、それらしいのが来るのかなって思ってたんだよね。左鬼もそれっぽいロングコート着てるし」
私が今着ている服は普通にミニスカだし、死神感が全くない。
……もしかしたら私ような平凡娘が着ているから、普通に見えてしまうのかもしれないけれど。
「死に装束を着たら、死霊との差が分からなくなってしまうじゃないですか。後、このコートは
死神の階級を表すものですので。今冬夜に着ていただいている服は8位の死神の制服で、新人も多数います。ですから、新人の死神を装えば、冬夜が本当は死神ではないとは気がつかれにくい思うんです」
「8位?それって、平社員と部長って違いがあるって事?それとも、英検とか漢検みたいな資格的なもの?」
死神と言っても、すべて同じじゃないのか。階級といったので、上下関係があるのだろう。
「8位イコール平社員という考え方が正しいですね。ただ階級を上げるには、昇級試験に合格する必要がありますけれど」
「へえ。死んでも勉強はしなきゃいけないんだ。死神も大変だね」
死んだら勉強なんてしなくてもいいと思ったのに、ちょっと残念だ。大人になれば勉強しなくてもすむと思ったのに、死んでも勉強かぁ。
「人ごとのように言いますが、閻魔王様になっても、勉強は必要ですからね」
「げっ。マジ?」
うわー。今のでさらに閻魔王になるやる気が下がったわ。
つい最近高校受験で必死に勉強して入学したら、今度は中間試験やら、期末試験やら、学力テストやらと、テストテストの大盤振る舞い。日夜勉強漬で、もう嫌だぁと思っていたのに、この仕打ち。死んでも勉強とか御免だ。
「大マジですよ。閻魔王様は、裁判で判決を言い渡す役目なのですから。覚える法律は山ほどあります。刑も人間の裁判よりも多種多様性がありますし。それに身を守るために、武術なども覚えねばなりませんから、色々学んでいただくことがあります」
「……なんか、閻魔王になるって大変なんだね」
弁護士になる為にはすごい勉強しなければいけないと聞いた事がある。兄と比較されると、明らかに劣っていた私の能力では、全く縁がない職業だよなと思っていた。
「だから、なんで他人事みたいに言うんですか」
「だって他人事だし。脳筋族の勉強のできなさは、たぶん左鬼が思っているより酷いと思うんだよね。えっと、無駄な努力っていうの?そういうのはさ、流行っていないし」
まだ護身術習う方が、気分が楽だ。
運動神経は比較的いい方だと思うんだよね。たぶん脳みその中身は、兄が全部吸い取って生まれてきてしまったに違いない。
「冬夜なら大丈夫ですよ。僕が保証しますから」
「えっ。死神に保障されてもなぁ」
あまりご利益があるようには思えない。
せめてこれが神様仏様だったら違うのだろうけれど。
「死神にとか、偏見ですよ。現世の方では、あまりいいイメージがないようですが、死神が居ないと世界は回っていかないんですからね。現世で怪奇現象が少なく、幽霊の被害が多くないのは、死神がちゃんと仕事して道先案内をしているからですよ」
へぇ。だったら死神が仕事を放棄したら、どんな風になるんだろうなぁ。逆に見てみたいような見たくないような……。一時的にストライキとかやってくれないかな――。
「冬夜。とんでもない事考えていませんか?」
「えっ?いやいや。そんな、そんな」
ちょっと思っただけじゃん。変に鋭いな。
ただ、霊感ゼロ、怪奇現象のかの字も体験した事がない身としては、怪奇現象とかちょっと興味があるんだよね。ホラーは嫌いだけど、興味がないわけではない。
たくさん幽霊がいたら、私でも見えるんじゃないかなと思うわけだ。
「ちなみに幽霊による怪奇現象が見たいなら、ここで十分見る事が出来ますからね」
「そうでした」
しかも私も幽霊でした。
「暇だからといって、変な事を思わないで下さいね。貴方は、次期閻魔王。冬夜が望みを言ったら、皆色々頑張っちゃったりしますから」
「えっ?!頑張って、ストライキしてくれるの?」
「そんな事思ったんですか。心の中でなら思ってもいいですから、本当に言動には注意して下さいよ」
「はーい」
ちぇ。死神のストライキとか面白そうなんだけどなぁ。
「ではまずは、何処に行きたいですか?」
「何処?」
うーん。折角だから部屋の外には行ってみたかったけど、ノープランだ。
何から見て回るのが一番なんだろう?三途の川は気になると言えば気になるし、お花畑の場所も気になる。でもなぁ。
「……遠い場所だと、あの移動方法なんだよね。紐なしバンジー的な」
「ああ。そうですね。あの移動方法になりますね」
「ちなみに、三途の川は遠い?」
「あの移動方法を使うか、裁判所を出て車を使わなければいけないレベルには遠いですね」
はははは。
やっぱり徒歩は無理か。
先に聞いておいて良かったと、心の中で息をつく。たぶん聞かなかったら、この男、証拠にもなく、また同じ移動方法をとったに違いない。
「車だと、やっぱりお金がかかったりして大変な感じ?」
「お金は気にされなくてもいいのですが、百足タクシーや火車タクシーなどは予約が必要ですね」
「……なんか名前を聞いただけで嫌な予感しかしないから、ソレ、とりあえずいいわ」
どうしてタクシーの前につく言葉が、百足とか火車なのか。ただのネーミングセンス的な問題だけならいいのだけど、死神の移動方法のセンスを鑑みると、とりあえず使わなくて済むなら、使わない方がいい気がする。
「嫌な予感ってなんですか。大百足に乗っての旅とか、ゆったりしていると結構人気なんですよ。ほら、キモ可愛いって現世で流行っているんですよね?」
「ごめん。大百足相手にどこから可愛いの部分が出てきたのかさっぱり見えないんだけど。とりあえず、k急速落下も、大百足もいいから。近場で何かないの?」
「近場ですか……。ここから外に出るだけでも結構時間がかかるんですよね」
おっと。この場所、私が思っているよりも広いようだ。
まあでも確かに、すべての死んだ人の魂がここに集まってくるならば、広いに決まっている。きっと東京ドーム何個分とかと表現されるぐらい大きいはずだ。
でもそもそも何で広い場所ってそんな表現をされるんだろう。ぶっちゃけ東京ドームとか行ったことないし、あんまり分からないんだけど。
「あ、じゃあ。折角だからこの中を案内してよ」
「えっ?ここですか?」
「そうそう。ほら、東京駅だって駅だけど立派な観光名所みたいな感じになってるし。ここも広いなら、見るところもあるんじゃない?それに死神の工場見学もとい、職場見学とか、中々できそうにないじゃん」
なかなかできないというか、普通は無理だろう。
死神って魂を回収してくるだけというイメージだけど、さっき歌って踊れる死神とかが雑誌に載っていたぐらいだ。たぶん死神といえども、いろんな役割があるんじゃないだろうか。
それに、こっちの世界にいる妖怪的な種族の人にも会ってみたいし。人魚とか雪女とか気になる。
「とうとう、冬夜もやる気を出してくれたんですね。冬夜が本当に閻魔王様になってくれるのかと心配して早数ね――」
「いや、ただの興味本位だから。それから、まだ数年もたっていないから」
左鬼が言い終わる前に、そこはしっかりと否定しておく。
「ツッコミが速いですよ」
「早くて結構。だってうかつに流したら、本気で閻魔王にさせる気でしょ?」
「うかつに流さなくても、閻魔王様になっていただくつもりです」
だよねー。
こんなんだから、私も左鬼のボケをちゃんと最後まで聞いてあげられないのだ。
「……どうしてこんな頑なな少女に成長してしまったのでしょうか。昔はあんなに素直な子供だったのに。さて。とりあえずまず最初に、情報部に行ってみましょうか」
だから何でアンタが私の小さいころを知っているんだ。
色々突っ込みどころが多いが、あまりしゃべっていて外出できなくなっても困るので、私は素直に左鬼が開けたドアから外に出る。
といっても、ドアの向こうは永遠に続いているんじゃないかと思える廊下で、外ではない。
「そういえば、ここって窓ガラスがないんだね」
私の目から見える範囲には扉はあっても窓はない。窓がないから真っ暗になりそうなものだが、どういう仕掛けか明るかった。
「窓ガラスだけでは、防犯レベルとして危険ですからね」
「危険なんだ」
一体何がどう危険なのか。外では手榴弾が飛び交っているというのだろうか。それとも、ゴ●ゴ13でもいるのだろうか?……死んでも危険とか嫌だなぁ。
「冥界の裁判所はすべての死霊がやってくる上に、死神や鬼など多数の人が勤めています。その為、広大な土地が必要です。なので壁の向こうが地獄となっている場所もあるんですよ。地獄に落ちた者たちの中には危険な者もいますし、見ると夢でうなされそうな場所もあるので、窓を作らない構造となっているんですよ」
おっと。まさか目の前におどろおどろしいホラーチックな場所があったとは。壁の力は偉大である。
「防音対策はばっちりですので、悲鳴などは聞こえないと思いますから心配しないで下さい。もしもそれでも気になる場合は、色んな音楽がありますので、好きなものを選んで聞いて下さいね」
悲鳴とかこの壁の向こうで何が起こっているのだろう。ちょっと気になるけど、知らない方がいい世界な気もしなくもない。
「えっと、音楽って、どんなのあるわけ?J-POPとかもあるの?」
「般若心境とか人気ですね」
「あ、それ、歌なんだ」
確かに、大昔にカラオケで歌えると聞いた気もするけれど。でもさ。ほら、死んだからって、それをBGMにする必要があるのかなと思うわけで。
「冬夜も後で流してみます?」
「他の曲見せてもらってからね」
さすがに般若心境を聞いて寝る勇気はない。
左鬼に冥界の常識というか、ここが変だよ冥界人的な話を教えてもらいながら歩いていると、前から人が歩いてきた。
着ている服が制服っぽくないので、たぶん私のお仲間な、死霊の方だろう。なんだかフラフラしているのは、霊体で移動することに慣れていないからだろうか?
「そこの貴方。裁判が始まるまで部屋から出てはいけませんよ。どうかされたんですか?」
「うっ……ううっ」
左鬼に声をかけられると、うつむき加減で歩いていた髪の長い女性は、突然顔を覆い泣き始めた。死んでいるからだろうか。いささかホラーチックだ。
「担当死神を呼びますから――」
「嫌よ。もう殺してっ!!」
左鬼の言葉を遮るように、女性は甲高い声で叫びながら、嗚咽をこぼした。すごい苦しそうな悲しそうな声に、ギュッと心が痛む。
一体どうしたのだろう。
「貴方はもう死んでいるですよ。これ以上は死ねません」
「いやあぁぁぁああ。酷いっ!……ああああんっ!!」
左鬼のツッコミはまさに的を得ていた。しかし女性にはとても酷い仕打ちだったようだ。突然大声で泣き崩れる。彼女は、私よりも年上だろうか?一体なぜこんなに悲しんでいるのだろう。
しかも殺してとか、穏やかな話ではない。
「冬夜。申し訳ありません。少し待っていていただいていいですか?」
「いや、うん。良いも悪いも、私は後回しでいいから」
どう見ても、ちょっとした好奇心で職場見学したいです的な私よりも、一人で外へ出てきて大泣きしている女性の方が問題が大きそうだ。
左鬼はサラサラと紙に何かを書くと、フッとその紙に息を吹きかけた。すると、紙が吐息の力だけとは思えない勢いで飛んでいく。
「すぐに担当の死神が着ますからね。困ったことがあればその方に――」
「お願い。殺してちょうだいっ!」
「だから、もう貴方は一回死んでいるんですってば」
左鬼は、泣きながら縋り付こうとする女性の手を振り払った。その瞬間、女性は振り払われた為にバランスを崩し、床に倒れる。
「ちょっと、女性に何してるのっ?!」
「冬夜、何を怒っているのです?」
「今この人、突き飛ばしたでしょうがっ!!男のくせに、女に手を上げるとかないわ」
私は地面にへたり込むように座った女性に近寄り、顔を覗くようにしゃがむ。左鬼だって手加減しているだろうし、大丈夫だとは思うけれど、それでも相手が泣いていると思うと心配になる。
「大丈夫ですか――」
しかしその女性の顔を見て声をかけようとしたところで、私は息を飲んだ。
「見ないでっ!!」
どんっと今度は私が女性に押されて、バランスを崩す。気がつけばしりもちをついていた。いつもならこれぐらいでバランスを崩す事はないのだが、驚きで体がすぐに反応できない。
私の目線の先にある女性の顔は、半分えぐれてなかった。一応血は止まっているようだが、まだまだ瑞々しい肉が皮膚の下からのぞいていて、目をそむけたくなるような状況だ。
私の死んだ時の状態よりはマシだが……それでもこれは痛そうだ。
「貴方、何をしたか分かっているんですか?」
呆然と女性を見ていると、私の背後から、低い声が聞こえた。その声に、泣いていた女性がびくっと震える。
「死霊の分際で、冬夜に手を上げるなんて、覚悟はできているんでしょうね」
「ちょ、ストップ。左鬼っ!!」
左鬼の声は不機嫌が隠されていないぐらい低いが、荒げる事はなく穏やかだ。でもいっそ荒げて欲しいと思うぐらい、怒気を感じた。
女性は血の気を失った顔でカタカタと震え、残っている歯を鳴らしてる。怪我をしている上に責められる女性が可哀想で、私は女性の前で手を横に広げ、左鬼から遠ざけた。
「冬夜。どいて下さい」
「嫌。だって、私がどいたら、左鬼は彼女をどうする気?左鬼、超怖い顔してるよ」
ぶっちゃけ、私も怖いんだけどね。
美人って怒ると迫力あるなぁと思いつつ、それでも私はいつも通りを装い左鬼に声をかけた。一度でも怯えたら、負けてしまいそうだ。
「どうするって、今すぐ地獄に行ってもらうだけですよ」
「いやいや。駄目でしょ。何、横暴なこと言っちゃってるわけ?裁判はこの人の権利でもあるんじゃないの?それなのにいきなり地獄とか、意味分かんないんだけど」
「冬夜。たとえば大統領とか殿様に危害を加えたら、裁判するまでもなく刑務所にぶち込まれると思いませんか?」
「えーっと、どうだろう。日本には大統領も殿様もいないし。でもさ、今回の場合は悪意があったわけじゃないし」
か、過激だな。
ちょびっと私を押しただけで、有罪、即刑務所行とか、やりすぎな気がする。だって、そんなこと言い出したら、私が満員電車に乘ったらどうなるというのか。皆犯罪者扱いになってしまう。
それがたとえ地獄の法律に基づいたものだとしても、おかしい。
「ほら、このお姉さんにも色々事情があったと思わない?特に顔がえーっと、ちょっとえぐれているし、痛さとかで情緒不安定にもなるよ」
「別に魂が傷ついているわけではないので、痛くはないですよ」
「えっ?そうなの?でもさ、女の人にとったら、顔は女の命というぐらいだし顔に傷があると、やっぱり情緒不安定になると思うんだけど」
「冬夜……。その言い回しに使われるのは髪ですからね」
あれ?そうだっけ?
髪は切れば伸びるから、顔の方が大事だと思うんだけどなぁ。
「そうとも言うかもしれないけど……」
「そうとしか言いませんよ」
「うっ。まあそれは置いておくとして。でもそういう事じゃなくて。えっと、お姉さんも言い返してよ。泣いていたのには理由があるんでしょ?」
私は一人で左鬼と対決するには、色々知識量的な問題で大変だと判断し助け船を求めた。しかしお姉さんは、ホラーな顔の状態だけど、鳩が豆鉄砲でもくらったかのような顔で、キョトンと私たちを見ている。
泣いていない為、若干生前の愛らしい顔つきが伺えた。
「ちょっとお姉さん、しっかりして。頑張って左鬼に勝たないと、このままじゃ理不尽極まりない状態で地獄だよ地獄。弁護士いないどころか、裁判すらなしっていう、人権丸無視。魂の権利は何処いった!デモ行進するべきぐらい、ゆゆしき問題なのよ!逃げてばかりじゃ勝ち取れないものもあるのっ!!」
「ちょっと、冬夜。どうして僕が悪役になっているんですか?」
「そんなの、鬼みたいに酷い事言うからじゃない。ちょっとばかし、顔がいいからって舐めてるんじゃないわよ。美人はね、3日で飽きられるんだから」
話している間に、左鬼の怒気は消え、代わりに情けない、しょんぼりとした顔が残る。まるで叱られた犬のように悲しそうな目で私を見てきた。
くっ。卑怯な。私より年上っぽいのに、どうにも弟達を叱っている時のような気分になる。
「お、お姉さんも言ってやってよ。そんな捨てられた犬みたいな顔をされてもって。人生顔だけで生きれるほど甘くな……お姉さん?」
さっきまで、悲壮な顔をしていたはずのお姉さんは、震えていた。でも今度は恐怖からではなくようで、笑っている。
「ご、ごめんなさい。でも……貴方たちを見てたら、なんだか楽しくなってきて」
「あー……うん。そっか。まあ、いいんだけどさ」
別に漫才やっているわけじゃないですよー。恨みがましく泣かれたりするよりはマシだけどさと思ってお姉さんを見ていると、突然お姉さんにビフォア―、アフターが起こった。
確かにさっきまで顔に怪我があったはずなのに、瞬きしている間になくなっているのだ。特殊メイクだって、こんな短時間で着脱可能なはずがない。
一体、何があった。
「えっ?ええっ?!」
「あー。居た、居た。駄目ですよー。1人で出歩いたら。迷子になって、遭難しちゃいますよー」
私が混乱している間に、今度は間延びした口調の死神らしき女の子がやってきた。帽子をかぶっているので、8位ではなさそうだ。
「さあ、部屋に戻りますよー。左鬼様、すみませんでした。そしてありがとうございまーす」
女の子はぺこりと頭を下げると、お姉さんの手を取る。そして再び、瞬きしている間に2人の姿が消えた。小さくお姉さんの悲鳴が聞こえたので、紐なしバンジーをしたのかもしれない。
「えっと、何が、何?」
意味が分かりません。
なんだか色んな事が起こったけれど、さっぱり状況が理解できない。
「彼女の担当の死神がやってきて、再び部屋に連れ戻したんですよ」
「あ、うん。それは何となくわかるんだけどさ。そこじゃなくて、お姉さんの顔、変わってなかった?」
美魔女もびっくりな、ビフォア―アフターだったように思う。
「冬夜を見て、生前を思い出したのでしょう。死霊の姿は本人のイメージです。怪我をして死んだ場合、怪我をした状態が強く印象に残ってしまい、その状態に魂の形を変えてしまうんです。まれに冬夜のように怪我した体と魂を別物と考え、全く反映させない場合もありますけどね」
よ、良かったぁ。私、切り離して考えられるタイプで。
そうでなければ、あのお姉さんよりもずっとひどい、ミンチである。女心ズタズタという前に、人間をやめているリアルバイオ●ザード状なのだ。嘆くだけで済むレベルではない。
「ただ、冬夜。誰にでもそうやって肩入れすると、貴方がつらいですよ」
「は?何が?」
「もしかしたら、あの女性は生前酷い行いをして、地獄に行くことになるのかもしれません。そうしたらまた助けるのですか?あの方が地獄に行くことでようやく安らげる魂もあるかもしれないのに。その時、貴方はどうやって救済するつもりです?」
確かにもしも地獄行となるならば、私がやったのはそこまでの時間を延ばす行為なのだろう。でもなぁ。
「すっごく難しく考えちゃってるけどさ、さっきのは私の所為で、理不尽にお姉さんが地獄行にされそうになっていたから止めていただけだよ」
満員電車でもあり得そうな、不慮の事故で地獄行とか厳しすぎる。目には目を歯には歯をどころではなく、何とも不平等な対応だ。
「……それならいいんですけどね」
「何?それだと閻魔王失格とでも言いたいわけ?それは全然大歓迎よ」
「言っておきますけど、全然の使い方間違ってますからね。まあある意味、冬夜はとても閻魔王様にとても向いているのだと思います。でも僕は冬夜に傷ついてほしくないですから。できれば非情さも持ち合わせて下さいね」
「何それ」
傷ついてほしくないとか、乙女なら言われてみたい言葉なのに、その後に続く非情さという言葉で台無しだ。私にドsな女王様にでもなって欲しいのか。言っておくが、SMの趣味はない。
「……とにかく先に進みましょうか」
ムッとしていることが分かったのか、左鬼はそう話を区切り苦笑いすると、私の右手を握り歩き始めた。