4話 冥界探検はじめました
「……何これ」
クリスタルなのかガラスなのか、良く分からないけれど透明な何かで作られたテーブルの上に、どさどさと本が積み上げられた。
さらに机の上につみきれなかった物を左鬼は机の横に置く。本はパンフレットのような薄っぺらいものから、広辞苑のような恐ろしく分厚いものまである。
「ただ閻魔王様の面会時間を待っているのもヒマかと思い、色々持ってきてみました。こちらが、冥界の名所関係のものになります。こちらは、歴代の閻魔王様の伝記です。それからこちらは、冥界の美女図鑑で、こちらが今人気の――」
「待って。ごめん、色々意図が見えないというか、見えすぎというか。聞きたくないというか、聞いておかなければいけない気がするというか……」
「冬夜、何が言いたいんです?」
左鬼が不思議そうな顔をしたが、私も自分が何を言いたいのか良く分からない。
とりあえず落ち着こうと、私は大きく深呼吸をした。
「えっと、妙に冥界について的なものが多くない?」
暇をつぶすなら、小説的なものがあってもよさそうなのに、それらしきものは、閻魔王様の伝記のみ。歴代閻魔王様の経歴とか、面白いのだろうか?
いや、そうじゃない。そんなことが言いたいのではなくて。
「ええ。冬夜に冥界の素晴らしさを理解してもらおうかと思いまして」
「……素晴らしさを理解させるって、生き返らせたいんじゃなかったの?」
冥界の素晴らしさを知ったら生き返りたくないとか言い出すとは思わないのだろうか?
「えっ、生き返ってくれるんですか?」
「私の条件が飲めるならね。まず生き返った時にゾンビではない事。次に生き返った時にちゃんと私の戸籍が存在している事。後は、閻魔王になれとか無茶振りしない事」
「ええ。じゃあ駄目って言っているようなものじゃないですか。僕が冥界の素晴らしさを知って欲しいのは、生き返った後にもう一度死んで、閻魔王様になってもらうためですから」
……簡単に言うな、この野郎。そんな条件飲めるわけがない。
「冥界いいとこ、一度はおいでですよ。まあ、誰でも一度は逝けるんですけどね」
「別に私も冥界にいるのが嫌だって言ってるわけじゃないよ。ただ強制的に閻魔王にさせようってっていうのが気に食わないだけで」
冥界は私が想像していた、おどろおどろしい場所というわけでもなさそうだし。もちろんまだ私は受付とこの待合室しか知らないので、ホラーチックなおどろおどろしい場所もあるのかもしれない。それでもいつかは来る場所だし、住めば都。比較的私は適応能力が高いと思っているので、何とか慣れることだってできると思う。
怖い場所があるなら、近寄らなければいいだけの話だ。
左鬼によって積み上げられた一番上の雑誌をめくると、なんだかアイドルっぽい2人の男が載っていた。左鬼ほどではないが、中々のイケメンである。分類で行けばジャ●ーズ系だろうか。
「彼らは、アイドルユニットMEI★KAI。歌って踊れる死神で、左がメイ君、右がカイ君です。冥界でブレーク中なんですけど、どうです?閻魔王になれば、彼らと会い放題ですよ」
「……なんか、そのグループ名のセンスがどうなのって気はするけど」
間に星マークとか、ちょっと痛い気がする。
「それから次のページがZGK49の皆さんで――」
「いやいや。それ、日本にいるアイドルパクってない?!」
つい最近似たようなアイドル名を聞いた気がするのだけれど、気のせいだろうか。
「さあ、どうでしょう?私は実は人間界へ行く仕事があまりなくて、最新情報に疎いんですよ。ただ、死霊の皆さんや魂回収組の死神は現世の流行りものを持ち込んできますからね。どなたかがこれは売れると思ったのかもしれませんね。ZGK49の皆さんは『逝きたかった』などの歌を歌っている49名の女性です。こちらは死神や鬼や雪女など、色んな方がいますね」
うーん。
これで総選挙とかあったらアウトっぽいけれど、ここは冥界だから大丈夫なのだろうか?
「この方々とも、閻魔王になればCDを買って握手券を手に入れなくても握手することができます」
もしかして現閻魔王様、結構職権乱用して会っていたりするのだろうか。閻魔王様が総選挙のためにCD山ほど買っていたら、ちょっと嫌だなぁ。自分のお金をどんな風に使うのかは個人の趣味だけど……イメージと違いすぎる。
「いや、特に会いたいとは思わないし、握手とかいいし。というかさ、私が冥界を気に入って生き返りたくないとか言い出すとは思わなかったわけ?」
ちょっとずれ気味の冥界宣伝だけど。
でもこれだけ大量の本を読んでいたら、場所的には気に入ってしまったりしたって変な話ではない。
「冬夜はそんな事、言いませんよ」
「は?」
「冬夜は家族の事がとても好きですから。きっと冥界が気に入ったという理由で生き返らないという事はありえません」
左鬼は相当自信があるのか、きっぱりとそう言った。
確かに私は家族が好きだし、問題なく生き返られるならば、生き返るという選択をする。でも私は左鬼にそんなに家族が好きだと言っただろうか?いや、言ってないよね。
そもそも、生き返りたくないと言っているのは私の方なのだ。
「……どうしてそんな事が言えるわけ?左鬼は私の家族の事を知らないじゃないでしょ?」
「そうですねぇ。カンです」
「は?」
「それより、この本も見て下さいよ。冥界の絶景が載っているんです」
そう言って、左鬼はさらに別の本を開いた。
誤魔化された?いや、このボケボケ男なら、本気でカンとか言い出しかねない気もする。まあでも私が次期冥王だと勘違いしているならば、私や私の家族構成について、色々調べつくされている可能性もありそうだ。
私の個人情報の取り扱いはどうなっているんだと言いたいところだが、左鬼の責任だけでもなさそうだし、今のところ目を瞑っておこう。
「こちらが、三途の川です。川の水はとても綺麗なエメラルドグリーンをしていて絶景なんですよ」
「えっ?海じゃなくて?」
「はい。日本じゃないぐらいに広い川ですよね。なので一度流されると、発見されるまでに結構時間がかかります」
「へぇ……」
「おかげで、有名な遭難スポットにも指定されています。捜索の際、2次被害もあり得るので、調子こいて泳ぐとか本当にやめて欲しいのですけどね。特に生きているのに、死んじゃったと思い込んでくる方は、はっちゃけている方が多くて。困ったものです」
はっちゃけちゃうんだ……。
でも確かに、広い海のような川を見たら、泳ぎたくなるのかもしれない。冥界の絶景スポットになっているぐらいだし。……いや、待て。私なら泳がないな。エメラルドグリーンって事は透き通って綺麗ってワケじゃないし。
「昔は橋を渡るしかできませんでしたが、今は船で遊覧もできますよ。ちょっとお金はかかりますけど」
「なんか、あの世って第二の人生を楽しんでるね」
左鬼が持ってきた絶景が載った写真集には、地獄温泉やら、蜘蛛の糸があった場所が載っていたり、地獄温泉卵などの食べ物まで紹介されてる。まるで旅行雑誌だ。
「この世界は別に死霊だけが住んでいるわけではありませんので。閻魔王に就任されると忙しく休みがなくなるので、ほぼ行くことはできませんが、食べ物なら限定品でも取り寄せできます。それにもしも休みが取れた場合は、最高級ホテルに泊まることが約束されています」
「……あれ?今さりげなく休めないとか言わなかった?」
「それからこちらですが――」
こいつ、都合が悪くて誤魔化しやがった。
ただ、確かに毎日誰かかしらが死んでいるわけなので、閻魔王が休んでしまったら、すごい勢いで裁判待ちの人が増えそうだ。うん、やっぱり閻魔王なんてなるものじゃない。
「こちらの歴代閻魔王様の伝記ですが、漫画バージョンも存在しますので、冬夜ならこちらの方が読みやすいかもしれません。ただ小説を先に読んだ方には物足りないと、もっぱらの噂ですけど。漫画の方は絵師も伝記の内容によって変わっていますし、色々ありますよ」
「本当に色々あるね」
ガ●スの仮面っぽい絵柄から、水●し●る風の絵柄まで。少年漫画風の絵柄は、アクションものなのだろうか。
「どうです?楽しそうでしょう?」
「まあね。たださ百聞は一見に如かずとかいうじゃない?本を読んでいるだけじゃ、実感湧かないかな」
娯楽としては悪くなさそうだけど、それをまるっと信じれるほど私は純粋な性格はしていない。
写真はどれだけででも誤魔化せるし、写真と現物が違うなんてよくあることだ。プロのカメラマンの技術は半端ない。
伝記だって物語として面白くするために、結構話を盛っていると思うんだよね。それはそれと頭を切り替えれば楽しめるんだけど。
「そうですね。ではまだ時間がありますし、少し遊びに行きましょうか」
「……へ?」
パラパラと週刊誌らしいものをめくっていると、思ってもみなかったことを言われて、私は顔を上げた。
「えっ?いいの?」
「いいもなにも、閻魔王様の空き時間まではまだまだ時間がかかりますし。たぶん冬夜の性格だと、そのうち耐えられなくなると思うんですよね」
「あのさ。空き時間って、ちなみにどれぐらい先なわけ?」
「そうですね。裁判の終了時間は多少のずれがありますから絶対とは言えませんが、少なくとも1週間はここで滞在する事になります」
「げっ。一週間もここで缶詰?うわ、無理無理」
私の部屋よりは広いけど、それでも私の部屋よりは広いというだけだ。こんな場所にずっと籠っていたらおかしくなりそうである。
「そうですよね。元々引きこもりの方や、高齢で最近あまり出歩くなどされていない方は大丈夫なのですが、若い方には苦痛だと聞きます。まあ出歩くにあたって、次期閻魔王だと分かると何かと危険を伴いますので、死神のふりをしていただくのと、僕と一緒に行動するのが条件となりますが」
「やっぱり閻魔王だと、SPがつくんだ。でも左鬼はいいわけ?私ばかりにかまっていると、仕事が溜まるんじゃない?」
もしかしたら間違いの可能性もあるのに、私の所為で仕事を止めてしまっていたら申し訳ない限りだ。
私が閻魔王候補ではなかったと判明した時逆ギレされても困る。
「冬夜がここにいたとしても、僕は冬夜と一緒にいますから。貴方が無事生き返るまでは、僕が命に代えても守ります。ですからここに滞在している間は、どちらに行かれても構いませんよ」
「いや、命かけられると重いから。そこまではいいから」
私はブンブンと腕を振り左鬼の申し出を断った。少女漫画ならうっとりするようなセリフかもしれないけれど、一般女子高生としては、ちょっとドン引きする。
「それから死神のふりって言われても、私は死神族とかそういのじゃないけど、バレないわけ?」
冥界ビギナーな私では、死神の特徴がどんなものか分からない。今のところ私が気がついた特徴としては左鬼と受付のお姉さんは、どちらも美人さんだということぐらいだ。死神の特徴が美人である事だったらアウトである。
自分が不細工とまでは思ってはいないが、明らかに負けているのは間違いないのだから。
「えっ?ああ。冬夜、違います。死神というのは、一族の名前ではなく、役職名ですから。死霊出身者が一番多いのですが、神族や冥界の住人も死神になったりしますし」
「あ、そうなんだ」
てっきり、人魚や雪女や鬼と同列の名称だと思っていた。
「あれ?でも死霊出身者が多いって、死んだら生まれ変わったり、天国行ったり地獄に行ったりしないの?」
「普通はそうなのですが、稀に死神になる事を望むものもいるんです。なので、冬夜が死神のふりをしても大丈夫ですよ」
そうなんだ。
なら、左鬼は何の種族なのだろう。鬼という名前がついているから、鬼族といいたい所だが、左鬼の頭に角はついていない。
「それで、冬夜。どうします?僕はここで1週間滞在しても、出歩いてもどちらでも構いませんけど?」
左鬼はにこりと私に微笑みかけた。
ふと、私のような小娘に媚びを売るとか大変そうなのに、そういえば左鬼は全然嫌な顔をしないなぁと思う。演技という感じもしない。
死神と人間の違いからか常識にズレはあるが、悪い奴ではなさそうだ。少なくとも、私の嫌がることは今のところしていない。
「もちろん、行くに決まっているじゃん!」
左鬼なら信じても大丈夫な気がする。
兄ならそんな簡単に他人を信じるなと言いそうだけど、私は私の勘に従い、左鬼と冥界を満喫することにした。