3話 次期閻魔王はじめました
「左鬼、この野郎っ!!」
私は地面に足をつき、放心状態が解けるや否や、左鬼の首をぎゅっと絞めた。
「私があれだけ嫌がっているのに、何でまた同じ事をしようとするわけ?!全然、意味わかんないんだけど。何嫌がらせ?!だったら、受けて立とうじゃないのっ!」
「冬夜、それ死神相手じゃないと死んでますから。それと死なないというだけで、首を絞められれば、普通に苦しいですからね」
「のほほんと喋ってるんじゃないわよっ!私は怒っているの。分かる?連続で紐なしバンジーをさせられた人の気持ちがっ!」
マジで殺意が湧くわ、この野郎。
首を絞めて死んでもらっても困るが、のほほんと全く意に介していないような雰囲気を醸し出されるのはムカつく。
「冬夜はあの移動方法は苦手なんですねぇ。でもアレが今冥界の中で一番移動スピードが速い方法なんですよ。できれば、慣れていただくのが一番かと」
「慣れるかっ!むしろ、慣れたくないわ。そもそも私を生きかえらせたいんじゃないの?!あれに慣れて落ちる事への恐怖心を失ったら、生き返ってもまたすぐに死ぬわっ!」
今度死因はうっかり飛び降り自殺。……絶対嫌だ。
しかもいじめが原因とか、家庭に問題がとか、ワイドショーで取り上げられて、面白おかしく放送されたら死んでも死にきれない。
「それは困ります。冬夜には、最低でも米寿。最高で白寿ぐらいまでは生きてもらわないといけないんですから」
「へ?べーじゅ?はくしゅ?」
「ベージュって、色じゃないですよ。米寿。つまり、88歳という意味です。それから拍手じゃなくて、白寿。99歳という意味ですから。言っておきますけど、これは冥界の言葉ではなく、普通に日本語ですからね」
「うっ、煩いな。だったらもったいぶらずに、普通に言ってよ」
そんな特殊用語分かるのは、そういう業界の人だけだ。普段は全然使わないし。
「いやぁ。案外人間って、祝いの年までは頑張れるんですけど、それを過ぎると満足してあの世に逝ってしまう場合が多いんですよね。なので、祝いの年を例として上げてみたんです。これも列記とした日本語の一つですし、ちゃんと勉強しないと、しっかりとした大人にはなれませんからね」
お前は、私の母ちゃんか。
まさか死んだ後でまで勉強しろと言われるとは思わなかった。
「ちなみに、死んだら馬鹿が治るというのは迷信ですから」
「煩いわっ!言われなくても分かってるから黙れ」
確かに私は頭があまりよくないけれど、左鬼は頭が良くてもKYすぎる。本当に、こいつは何なんだ。
生き返れと言ってみたり、勉強しろと言ってみたり。移動方法は仕方がないとしても、嫌がらせするにもほどがある。
「短気は損気ですよー」
「……あー、もういい。それで、ここは何処なわけ?」
これ以上話しても暖簾に腕押しになりそうな様子に、私は諦めて話題を変えた。
見渡した場所は先ほどのようなロビーとは違い、ホテルの一室といった感じだ。しかも無駄に広い。一度も泊まったことはないけれど、スイートルームとか、こんな感じなのではないだろうか?
「待合室ですよ。閻魔王様もお忙しいですから、予約はしたのですけれどすぐお会いできるわけではありませんので」
「待合室って……すっごい広いんだけど。死んだ人って皆同じ部屋に泊まっているの?」
長期的に過ごさなければならなくなるなら、ある程度広い方が気持ち的には明るくなるだろうけど、はっきり言って落ち着かない。この部屋、私の部屋の倍はある。
「そうですねー。泊まる人もいますよ」
「泊まる人も?」
という事は、泊まらない人もいるという事か。やっぱり、特別待遇らしい。
「地獄ではないですが、冥界の沙汰だって金次第といったところでしょうか。まあ、色々あるんですよ。色々と」
「あのね。色々、色々って言われても、私は冥界の住人じゃないから左鬼の常識も分からないし、ちゃんと説明して欲しいんだけど」
意味が分からない事の連続で、もやもやして、むきゃーっという感じで頭を掻き毟りたくなる。なんだか肝心の部分を誤魔化されている気がするのだ。
「説明って何をです?」
「今更、それをいうかぁ!何で私を生き返らせようとしているかとか、色々よ。色々っ!!」
イライラとぐるぐるで、泣きたくなってくる。
私だって死んでショックを受けてないわけじゃないのに。自分が死んだ事は分かるけど、それで何が変わってしまったのかとか考えるのが怖くて、全然整理なんてついていなくて、ただ不安だけが渦巻いていて。
「えっ。あ、あの。泣かないで下さいよ」
「だってぇ。アンタが馬鹿だからっ……ひっく」
「何で僕が馬鹿だと泣くんですかぁ」
怖いのに紐なしバンジーさせるし。わけの分からない事ばかり言ってくるし。
もう死んでしまって、体なんてないのに、どんどん目から涙が溢れてくる。泣くなんてかっこ悪いし、卑怯だし、嫌いだけど、どうしても止められない。
「お願いだから泣かないで下さいよ。冬夜に泣かれると、どうしていいのか分からなくなってしまいますから。今さっき、色々じゃ分からないって冬夜が言ったばかりなんですけどね。まあここなら誰かに聞かれる心配もないですし、僕が伝えられる範囲でなら、色々でもなんでも正直に説明しますから」
左鬼は、形のよい眉を八の字にして困った顔をしている。
どんな世界でも、女の涙というのは強いものらしい。想像以上に左鬼が困っていて、なんだか少しだけ笑えた。何人もの女の人を泣かせてきたような顔をしているのに、私の涙で慌てふためくとか意外すぎる。
「えっとですね。実は冬夜を生き返らせようとしているのは、冬夜の魂が次期閻魔王だからなんです」
「……ん?」
今、なんだかおかしな単語が聞こえてきたような。
あまりに予想外すぎる単語だった気がして、涙もピタリと止まる。
「えっとごめん。上手く聞こえなったみたいで……」
「ですから、冬夜が次期閻魔王様なんですよ。別名で言えば、冥王とか……。ああ、ギリシャ神話ではハデスと呼んだりしていますね」
「派です?えっと、どちらの流派で?」
「冬夜、そのボケはちょっと苦しい気がしますよ」
左鬼はなんてことないような顔で、にこりと笑った。
…………………ぶちっ。
「そんなのほほんとした顔で、ふざけるなぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「泣いたり、怒ったり、忙しないですね」
「煩いわっ!何、爆弾発言落としてくれているの?!どうして私が次期閻魔王なんて、悪役的来世が決まっているわけ?!」
閻魔王ってあれだよね。
悪いことした人に、血も涙もないような感じで判決下す人だよね。しかも冥王とかハデスとか、全然いいイメージがないんですけど。
「閻魔王様は悪役じゃないですよ。誰にでも平等な裁判官ですから。ある意味、正義の味方じゃないですかね」
「でも死んだ人に鞭打つかのような裁判をするんでしょ?!無慈悲に、うん、お前死刑ね的な。それに嘘ついただけで舌を抜くって聞いた事あるし。何それ、超怖いっ!」
無理無理。私は歯医者も駄目なのに、舌を抜くとかないわ。怖すぎる。
「死人はもう死ねませんし、別に閻魔王様自ら舌を抜いたりはしませんよ。それに舌を抜かれるレベルの人の嘘は、結構大きい嘘だったりしますからね。必ずその刑が出るわけでもありません」
「嘘に大きいも小さいもあるの?」
嘘は、嘘ではないのだろうか。
「そうですね。ちょっと身長が足りないけどシークレットブーツを履いて身長を5センチばかり嘘ついているとか、ちょっと禿ているけどカツラをかぶって髪の毛がある嘘ついているとか、カツラがずれて嘘がバレているけれどそれに気が付いていない嘘をついているとか、そういう細かいことを言い出したらきりがありませんし――」
「いや、それはそっとしてあげて。可哀想すぎるから」
確かに嘘だけど……間違いなく嘘だけど、許してあげてほしいレベルの嘘である。うちの家系はふさふさ家系だから関係ないけれど、学校の物理の先生の頭は結構ヤバかった。本人気にしているみたいだし、世の中優しい嘘って大切だと思う。
「もちろんそっとしてありますよ。人はそうやって小さな嘘を積み重ねる生き物ですから、僕らもそれに見合った法律で裁きます。よく人間界の芸能界という場所では、年齢を嘘ついてみたり、自分の性格を天然だと偽ってみたり、スリーサイズを嘘ついたり、化粧で顔を――」
「だからそこはツッコミ入れないであげて。皆、生きるために必死なんだから。うん。色々小さい嘘であふれかえっているのは分かったから、少し黙れ」
それらの嘘に、私が頼る日が来ないとも限らないのだ。あまりスポットライトを当てないで欲しい。
「とりあえず、簡単には舌は抜かれないことは分かったけど、どうして私が次期閻魔王なの?特にそんなのになるための訓練もなにも受けてないけど。何か変わった痣があるとか、いつも同じ夢を見るとか、生まれた時にお告げがあったとか、そういうのもないんだけど」
私は生まれてこのかた、そんな超常現象を感じたことはなかった。幽霊が見えるとか、死神の友達がいるとか、特殊な状況下にいたりもしない。
死に方はデンジャラスだけど、それまではいたって普通の女子高生をやっていた。
むしろ私の兄の方が、成績優秀だったり、運動神経が無駄によかったりするので、実は的な話が良く似合う。
「だって、生きている間に自分が特殊な人間だと思って成長すると、ろくな大人にならないじゃないですか。ほら人間の間でも、特殊な力があるとか世迷いごとを言う人は、宗教家か詐欺師か中二病患者なんですよね?」
「あー、中二病をそこに含めていいのか分からないけれど、確かにそうだね」
自分には特殊な力がある特別な人間だと思って育つと、確かにろくな大人にならない気がする。
「閻魔王様は、神族の系譜に連なる方となるのですが、人間界に生きる者達を裁かねばなりません。その為閻魔王になる事を決められた神族は、人間の子として生まれ、人間界で荒波にもまれ成長し、渋い年齢となったところで閻魔王の座を引き継ぎます。なので冬夜はまだ閻魔王を引き継ぐには早いんですよ」
「なるほどね……って、言うとでも思ったかっ?!」
「ええっ?!言ってくれないんですか?」
すごく残念そうな顔をするが、そんな顔に騙される気はさらさらない。
「全然、納得できないんだけど。私は正真正銘の人間で、神様とかまったくもって関係ないから」
父や母は間違いなく人間だし、兄が若干デキスギ君タイプだけど一応人間の枠には入りそうだし、弟や妹もちょっと変わっているけど人間だ。
「どう考えても、人違い。残念でした、また来週ってものよ。手を煩わせたのは悪かったけど、変な事に巻き込まないでよね。ある意味お互い様?というわけで、ビップ待遇してくれたところはそれでチャラという事で、変な請求とかしないで――」
「そんな。僕が冬夜を見間違えるなんて事はありませんっ!」
「いや、だからね。私が冬夜には間違いないんだけど、時期閻魔王であるという事が間違えで」
もしくは、同姓同名の冬夜さんが、私以外にもいるかだ。よくある名前ではないが、全くない名前でもない。
「違います。冬夜が時期閻魔王である事に間違いはないんですっ!」
左鬼は頑なに、私が時期閻魔王だと言うが、そんな実感は全くない。やっぱり勘違いされている線が濃厚な気がする。
「閻魔王様は一度は人間として生まれるので、自身が人間だと思い込んでしまう方が多く、仕方がない話とも聞きます。だったら、どうしたら自分が時期閻魔王様だと分かってもらえます?」
いや、どうしたら分かってもらえますと言われてもなぁ。正直なところ、ぶっちゃけ分かりたくない。
だって、それを真実と理解したという事は、さっき言っていた中二病状態に私がなると言う事だ。そんな友達ゼロになりそうなキャラ、絶対嫌だ。
「と言うか、私が閻魔王候補かどうかは置いておくとしても、私閻魔王になりたくないんだけど」
「えっ?!いや、待って下さい。閻魔王様は冬夜しかいないんですよ?!」
「いや、今だって閻魔王いるじゃん。そもそも何で私が自分の将来の職業を勝手に決められなければいけないわけ?!ありえないんだけど」
私の自由は何処に行った。
しかも死んだ後でも働けだと?世の中、ニートや生活保護者がうようよいて、働いたら負けとか思っている奴がいるというのに。どうして私は死んだ後の職業を決められた上に、働き続けなければいけないのか。
ないわ。絶対ないわ。
しかもさっき、左鬼は、私に対して最低でも88才まで生きろと言った。そんな年齢に達したら渋いどころかもうよぼよぼだし、下手したら認知症で寝たきりになっている可能性もある。
それなのに、年金生活じゃなくて働けとか鬼だ。
「私は自分で職業を決める権利を主張します!」
もしくは働かなくてもいい権利を主張しますっ!
私は自分の最低限の死後の生活保障の為、そう左鬼に訴えた。