表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/21

2話 冥界初心者はじめました

「よく生きていたな、私」

「いや、死んでますからね」

 左鬼に冷静なツッコミを入れられ、イラッとする。そんな事分かっている。でも本気で死ぬかと思うぐらい怖かったのだ。

「死んだって、怖いものは怖いのよ。何アレ?!なんでいきなり、紐なしバンジー?地獄が地下にあったとしても、もう少し移動方法があるんじゃないの?!全然意味わかんないんだけど」

 落ちても死なないから、穴を開けて落としてみましたとか、手間を省きすぎだ。死んでいる所為で、気を失うことすらできず、必死に恐怖に耐えることしかできなかった。私は生憎と不思議の国のアリスではないので、突然穴に落とされて平気な顔でいられるほど図太くはない。


「冬夜、ここは地獄じゃなくて、冥界ですよー」

「そんな事どうだっていいわ!そうじゃなくて、私は移動方法に文句をつけているのっ!」

 間のびしたような喋り方をするが、兎とは違い全く可愛くない。なんで私は顔しかいいところがなさそうな男一緒に、無理心中のようなダイブをしなければならないのか。

「あれ?駄目でした?この移動方法は、閻魔王様が人間界の遊園地をご覧になられ、人間好みの移動方法にしようと考案なさった結果なんですけど?」

「は?」

 遊園地で人間好みの移動方法を考案?なんだそれ?

「急速落下するというのは、とってもスリリングじゃありませんでした?人間はお金を出して、スリリングを楽しむんですよね。しかし肉体がある為、心臓が弱い方や高齢な方、子供は楽しむ事ができないと聞きます。そこで閻魔王様は、せめて死後ぐらい楽しむ事ができるように、移動方法をスリリングなものに変えたんです。もう心臓が止まっても問題ないですし」

 ……なんだ、その斜め上発想は。

 常識が違いすぎて、痛覚なんてないはずなのに、頭が痛くなりそうだ。

「多分、それ喜ぶ人少ないと思うよ」

「そうですか?泣いて喜ぶ人を見たことあるんですけどね」

 いやいや。それきっと、恐怖で涙が出ただけだから。もしも笑っていたなら、笑うしかない状況だったのだろう。

 先人者の苦労が、目に浮かぶ。


「えっと。それで、ここが地獄なわけ?」

 上から落ちてきたはずなのに、どういう原理か私の頭の上には穴などなく天井がある。どうやらここは建物の中のようだ。

 地獄というイメージだと、もっとおどろおどろしいものなのだが、建物自体はとても綺麗で、ホテルと言われればそうなのかと納得できてしまいそうな造りだ。照明もバッチリで、オレンジ色の光で廊下が明るく照らされている。地獄で電気というのもおかしいので、篝火とかそんな感じなのだろうか。

「だから冥界ですってば」

「えっと。冥界と地獄って、どう違うの?」

 違いが分からない。

 そもそも下に落ちたのだから、天国ではないことぐらいは分かるのだけど。


「まあ、ぶっちゃければ、地獄は冥界の一部。日本の中に東京があるようなものですね。冥界は死者が誰でも行く場所ですが、地獄は裁判で決まった時に行かされる監獄のようなものでしょうか」

 なるほど。

 地獄は冥界の一地域にすぎないという事か。間違いではないけれど、私が今いる場所は地獄ではないと。

「とりあえず、まずは受付を済ませてしまいましょう」

「受付?」

「はい。冥界に滞在している旨を伝えておかないと、不法滞在魂になってしまいますから。受付で滞在許可書をもらえば、冬夜も冥界での一時滞在権をもらえます」

「へぇ。でも不法滞在する人っているの?」

 というかどういう状態になったら、冥界なんていう特殊な場所で不法滞在できるのか。

「そうですね。多いのは、自分でこっちの世界に渡ってしまう、うっかりさんでしょうか。ほら。臨死体験で、川を見たとか花畑を見たとか聞いたことありませんか?」

「まあ。知り合いではいないけど、テレビでなら」

 そういった話を聞いたことがないわけでもない。

 三途の川の向こうで死んだ爺さんが手を振っていたとか、どこで聞いたかまでは覚えていないが、あった気がする。

「通常ならば死神がこちらの世界へ連れてくるのですが、そういう臨死体験をした方はまだ死んでもいないのに、早とちりして、勝手に冥界へ行ってしまったパターンです。三途の川は、そういううっかりさんがよく来るスポットになって鬼も見張っているんですよ。できれば探すのも面倒ですし、勝手に遭難しないで欲しいんですけどね」

「へー、そうなんだ」

「もしかして、遭難とそうなんをかけました?」 

「いや、ボケようとか思っていないから」

 緊張感のない男だ。

 へらへらっと笑いながら、冥界のぶっちゃけ話をしてくる。……死神って暇なんだろうか。丁寧な説明はありがたいが、こんなのんびり喋っていてもいいものなのか。 

 死神のお仕事事情は分からないので、私に心配されるようなことでもないのだろうけど。


 左鬼に手を引かれながらしばらく歩いていると、行列にぶつかった。なるほど。ここで滞在許可書というものをもらっているのだろう。

「人の幽霊しかいないんだ」

 冥界で死んだら必ず行く場所なのだとしたら、人間以外にも、猫とか犬、鳥や虫、魚とかいろんな生き物の幽霊がいるのかと思った。

「ええ。その他動物の霊は、それぞれ別の受付へ行っていますから」

「えっ?別にもあるの?」

「そりゃ数が多いですから。それに他えば魚類の皆さんは、水中で泳ぐイメージが強く残りすぎていて、なかなか陸上での移動が難しかったりするんですよ。もう魂だけの存在なので、飛んでしまえば早いのですけど」

 な、なるほど。

 確かに魚類の皆さんは、泳ぎは得意そうだけど、こんなホテルではピチピチと跳ねるしかないだろう。確かに魂だけにはなってしまったけれど、いきなり飛べと言われてもどうやって飛べばいいか、私だって分からない。空飛ぶ魚は幻想的ではあるけれど、今まで陸上どころか水中で生活していたら、余計に空中遊泳は難しいはず。

「そちらでは、人魚族や魚人族が受付していたりしますよ。まあ、適材適所ですね」

「えっ、人魚がいるの?!」

 しかも魚人まで。

 海や川じゃなくて、冥界なのに?人魚姫もびっくりだ。

「いますよ。人魚族や魚人族は元々冥界に住んでいた住人ですから。他にも、日本でおなじみの鬼族や雪族――まあ、いわゆる雪女や雪男や雪ん子がそれにあたるのですが、妖怪扱いされている種族が多く住んでみえますよ。昔話などに出てくる彼らは、冥界から人間界に移り住んだ者達ですから」

 おっと。妖怪の皆さんは、まさかの移住組でしたか。

 確かに人間だって宇宙のほかの惑星に移り住もうとしていたりするのだ。冥界の住人が人間界へ移り住むことだってあるのかもしれない。


「じゃあ、冬夜。僕らはこちらですので」

「えっ?並ぶんじゃないの?」

「ここは普通に裁判にかかる人達の列ですからね。冬夜は別です」

「……やっぱり、素直には死なせてくれないんだ」

 体を治してまで、生き返らせようとしているのは本気らしい。ここに並んでいる幽霊の皆さんと、私に一体どんな差があるというのか。

 周りに比べたら若いけれど、私より若い子だっていっぱい死んでいるはずだし。

「そんな事言ったら、ご両親が泣きますよ。冬夜はお母さんがお腹を痛めて、命がけで生んだ存在なんです。その後、夜泣きする冬夜を寒い夜空の下あやし、病気になった冬夜を必死の思いで病院に連れていき――」

「悪いけど、私、生まれてこの方風邪とか引いた事ないんだよねー。そういうお涙ちょうだい話で、私の里心をつけさせようとしているのかもしれないけど、ゾンビ状態で生き返る気はまったくないから」

 リアル、バイ●ハザー●とかマジ勘弁。ホラーも嫌だけど、私がゾンビというのは、女の子としてはさらに最悪の状態だ。


「ちっ」

「うわ。最悪。今、舌打ちした」

「だって、冬夜が簡単に流されてくれないからいけないんです。はぁ。とりあえず、何とかして肉体を回復させる方法を考えますから、前向きに生き返る事を検討して下さいね」

「ちゃんと、元通りになるんだったらね」

 本当に、なんで私をそんなに生き返らせたいのか。私だって、生き返りたくないわけではないからありがたい話なんだろうけど、どうにも釈然としない。

「そういえばさ。並んでいる人達、誰も死神と一緒にいないんだけど」

「ああ。皆さんツアーで動いていますから。どうしても人間よりも死神の方が数が少ないですから、中々1対1というわけにはいかないんですよ」

「ツアーって、旅行かいっ!」

「ちょっと違いますけど、似たようなものですよ。死神が添乗員としてご案内しますし。ただし用意できるのは、片道切符だけですが」

 ははは。

 まあでも、実際片道切符しかないのも仕方がない話だし、私みたいな例は珍しい――ん?

「ねえ、じゃあ、なんで私は1対1なわけ?」


 ツアーが基本なら、どうして私はツアーではないのだろう。

 確かに生き返れ云々と変なことを言われている身ではあるけれど、人手が足りないなら、左鬼が私1人にかかりきりになっているのは、色々問題ではないだろうか?

「左鬼って、もしかしてヒマ?」

「ヒマではないですよ。でも今は冬夜担当となっていますから、ご安心下さい。時間はあるものではなく、作るものなんです」

「……ねえ、何で私そんなにビップ待遇なわけ?」

 理由が見えない所為で、気持ちが悪いというか、居心地が悪いというか。私の場合、すごく徳を積んでいるわけでもないし、お坊さんとか巫女さんとかでもない。


「私、何かやらかした?」

 もしくは、何かをやる予定なのか?

 今私に死なれると困るというならば、そういうことなのだろう。

「その話は、後でしましょうか。僕も話せる範囲でなら、お伝えしますので」

「やっぱり、何か隠してるんだ」

「こちらにも、色々あるんですよ。特に誰が聞いているか分からない場では話せませんので……すみません。少し受付してきますね」

 行列を避けて進んでいくと、誰も並んでいない受付に私たちは到着した。

 そこにいたのは、鬼とかではなく、見た目は普通のお姉さんだ。亜麻色の髪をきっちりと結んだ受付嬢のお姉さんはとても美人さんである。左鬼といい、お姉さんといい、冥界は美人じゃないと働けないとかあるのだろうか?……閻魔王って面食いなのかなぁ。


「お帰りなさいませ、左鬼様」

 お姉さんはこちらを見ると、椅子から立ち上がり、頭を下げた。……おっと。左鬼に対して様づけしたよ。死神は様づけされるのが普通なのか、それとも左鬼の立場が結構高いのか。 

 情報が少なすぎて、何とも言えないけれど、ますます左鬼があやしく感じる。

「閻魔王様と面会の要請をお願いします。それと、【幸田冬夜】の魂の滞在許可書の発行を」

「はい。分かりました」

 お姉さんは左鬼の言葉にうなずくと、サラサラと紙に何かを書いた。こっそりのぞいてみたが、文字は日本語ではないようで、私では読む事ができない。

 そしてその紙をポストのようなものに入れると、赤色の石がついたペンダントを取り出した。

「こちらが滞在許可書となります。滞在日数は49日となっていますが、もう一度申請していただければ、3回忌まで延長できます」

「3回忌というのは、没後、2年目の祥月命日のことですよ」

 私が質問をする前に、左鬼が察したようで、そう伝えてきた。

 へえ。2年か……って、2年もここにいたら、私は確実に日本で死人扱いになって、戸籍がなくなっていそうなんだけど。

 というか、49日でも十分まずい。死亡届を出されたらそれでおしまいだ。きれいな体で蘇ったはいいが、お化け扱いされたら、それはそれで最悪である。戸籍がなければ、これからの人生色々まずい。裏社会で生きるとか、そういうのは勘弁だ。


「冬夜様、どうぞ」

「あ、はい。どうも」

 まあこの辺りも左鬼と後でじっくり話し合いをしよう。死神だし、今までの行動を振り返ると、人間の常識がない可能性がとても高い。

 でも左鬼を問い詰めても仕方がないので、私はお姉さんからペンダントを受け取る為に手を差し出した。するとペンダントを手に握らされた上で、ぎゅっとその手を握られる。

「頑張って下さい。応援しています」

「……えっと、何を?」

 お姉さんから熱い眼差しを貰うが、不安しか感じない。

「それと、できればサインも――」

「はいはい。業務中ですからね。しっかりと仕事をして下さいね」


 左鬼はお姉さんの手と私の手を引きはがすと、無駄に綺麗な顔でにっこりと私に笑いかけた。

 というか、お姉さん、今サインとか言ったよね?サインってどういうこと?やっぱり私は何か、知らされていない事があるようだ。色々聞きたい。

 思ったことを口にしようとした瞬間、私より先に左鬼が口を開いた。

「では、待合室に行きましょうか」

 そして返事を聞く前に、左鬼が私の両手を握る。

 ちょっと待て。……待合室に行くのに、どうして両手を握った?嫌な予感しかしない。

「行きましょうって。ま、待て。早まるな。いや、本当――いやぁぁぁぁぁぁぁあぁ」

 再び起こる浮遊感。

 これは明らかに、紐なしバンジーの時と同じだ。左鬼のあほぉぉぉぉぉっ!!

 私は心の準備するまもなく、悲鳴を上げながら、再び下に落ちていった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ