18話 卒業はじめました
「探していたとか言うから何かと思ったよ」
そう言いながら、私は三途の川をぶらぶらと歩いていた。
三途の川に来るのは、閻魔王見習いに任命されて以来初めてなので、本当に久々な気がする。最近は右鬼の所為で、ずっと部屋に籠っていたのだ。
「これもすごく大切な事だからね。それに地蔵菩薩様からもお願いされたし」
へえ。でもエドガーなら空太に頼むよりも、自分で私を呼びに行った方が早い気がする。だとすると、もしかしたら仲直りさせる為にわざわざ頼んだのかもしれない。
ありがとう、エドガーと心の中で感謝する。
「まあでも。三途の川を卒業できるってすごくいいことなんだよね。本当なら、何か卒業祝いを持ってくるところなのかな?」
実はこの間仲良くなった女の子の死霊、凜ちゃんが、この度三途の川を卒業することになったのだ。そこで私に来てほしいという事だったので、私は迷うことなく頷いた。
「駄目だよ。ここを卒業するという事は、何もかもここに置いていかないといけないんだから。プレゼントなんてあげて里心をつかせたら、凜ちゃんがつらいだけだから」
「へえ。全部置いていかなくちゃいけないんだ」
何とも世知辛い世の中だ。
でも確かに、いくら自分で作ったものだとしても、石を積み上げた塔とか持っていくのは無理だろう。でもせめて、写真ぐらいとってプレゼントしてあげればいいのにとは思うけど。凄く努力して作ったのだから、積みあがった時の感動も一入だろうし。
「そうだよ。転生するなら、すべて邪魔でしかないからね」
「あ。そっか。卒業したら、転生なんだっけ。じゃあ凜ちゃんも、また新しく産まれるんだ。今度は長生きできるといいねぇ」
あんな小さいまま死んでしまうなんて寂しい事だ。人はいつかは死ぬのだから、そのタイミングが早い時だってあるだろう。でも、できるならばそれができるだけ遅いといい。
「人として生まれればね……」
「えっ?違うの?」
はっ?!そういえば、生まれかわれるからと言って、人間とは限らないのか?!……確かに、世の中の野生の動物たちは過酷な生活をしているし、これだけはちょっと生まれかわりたくないと思うような生き物もいる。選べたらいいのだけど、選んでいたら、ある特定の生き物は絶滅だ。……いや、だから絶滅するような生き物がいるのか?
でもなぁ。本当に絶滅してほしいぐらい苦手な生き物は、バリバリ現役だし。アレになりたい人はたぶんいないよねぇ。
「……なんてね。大丈夫。子供の時に死んだ者は大抵がまた人間道だよ。彼らは、まだ何もしていないからね。次の道を決められるだけのものがないしね」
「そっか。良かったぁ」
もしも生まれる前から辛い道だと分かっている場所に行かせるなら、中々につらい別れとなってしまう。
「あっ!トーヤッ!!」
ピンピョンと飛び跳ねながら、進んでいる道の先で凜ちゃんが手を振っていた。凛ちゃんの満面の笑みを見ると、こっちまで笑顔になる。やっぱり卒業は嬉しいんだよね。
「凛ちゃんこんにちは」
「こんにちは!」
「挨拶ができて偉いね」
「えへへ」
褒めてあげると、凛ちゃんははにかんだように笑った。その様子が可愛くてきゅんきゅんしてしまう。
「あのね。リンね、石をね、うまくつめたんだよ。それをね、トーヤにおしえてあげたかったの」
「うん。さっき、空太に聞いたよ。よかったね」
褒めて褒めてと言わんばかりの様子だ。まるで親や先生のように懐かれるのは、悪い気はしない。頭を撫ぜて、抱っこでもして上げようかなと思ったところで、空太が私の手を掴んだ。
「さあ。凜ちゃん。これでお別れできたね」
別れ?
振り返った先に見えた、空太はとても優しい顔だった。でもその声はとてもきっぱりとしている。
でも空太のいう通りだ。凜ちゃんが、ここでの石積みを終わり、転生へと向かうならば、私とはお別れである。
「……できないもん。リン、お別れしたくない」
空太はとても優しい顔をしていた。しかしリンちゃんは悲しげな顔をして、いやいやと首を横に振る。
「リン、トーヤとあそびたい」
どうしよう。
遊んであげたい。遊んであげたいけれど……時間はいいのだろうか?凜ちゃんは、いつごろ転生をしに行かなければならないのだろう。
「トーヤ。リンとあそぼう?」
「駄目だよ。リンちゃんとの約束は、冬夜ともう一度会う事だけ。遊ぶのは約束していない」
私が何かを言う前に、空太がそうきっぱりとリンちゃんに話す。
「空太。小さな子に、そんな言い方しなくても」
少し位、時間に余裕はないのだろうか?
懐いてくれた子だからこそ、お願いを無視して駄目の一点張りをするのは可哀想になってくる。前も忙しくて鬼ごっこを一緒にやってあげられなかったのだ。少し位――。
「この世界は、役割がなければ残ってはいけない場所だからね。無理にとどまろうとすれば、魂が歪んでしまう。歪みはやがて不の感情を集め、悪霊へとその魂を向かわせる。冬夜は、凜ちゃんを悪霊にしたいの?」
「えっ。いや、そんな事はないよ」
さすがに、あの状態がいいとは思えないし。というか、この世界に無理に留まっているとああなるなんて、ちょっと怖い。
「今は閻魔王見習いであり、地蔵菩薩見習いである冬夜との約束があるから凜ちゃんは留まっていられるけれど、長く留まる事はどちらにしろ負担だから」
「約束?」
何の話だろう。
何か約束をしたっけ?思い返すが、中々思い出せない。そんな私の様子を察したらしい空太はさらに言葉を重ねた。
「冬夜の言葉は、冬夜が思っているよりとても重いから。でもその約束も、冬夜が凜ちゃんに会った事で守ったからね。さあ冬夜、凜ちゃんを次の世界へ送ってあげて」
「送ってって言われても……」
「ヤダッ。トーヤ!!」
行きたくない。凜ちゃんは口にはしていないけれど、そう思っているのが、すごく伝わってくる。
それに私はまだ、転生がどうやるものなのかとか良く分からない。閻魔王見習いとか仰々しい名前をもらってしまってはいるが右鬼の講義を聞いているだけの立場なのだ。
こんな風に困る事になるんだったら、もう少し真面目に授業を受けておけば良かった。
「リン、トーヤといっしょにいたいの」
「凜ちゃん……」
「ひとりはやなの!さみしいのはやなの!ここにいたいよぉ」
私に訴える凜ちゃんの目からは、ポロポロと涙が零れ落ちる。子供が泣いている姿を見るのは忍びない。
「駄目だからね」
私が何か言う前に、釘を刺すようにように空太が言った。
「冬夜がそれを許してしまったら、凜ちゃんはずっと転生もできずに、子供のままここで過ごす事になってしまうよ」
「えっ?」
「さっきも言ったように、冬夜の言葉は重いから」
重い、重いと言われても、どうしていいのか分からない。こんなに凜ちゃんが泣いているのに、同情をしてはいけないというのか。
慰めたいけれど、凜ちゃんの願いを許してはいけないなんて。
ふと気が付くと、泣いている凜ちゃんが少しぶれて見えた。わんわんと泣くたびに、寂しいと言うたびに姿が揺れる。なんとなくそれは、あまりよくない状態だと私には感じた。
どうしたらいいのか分からない。分からないけれど私は、ギュッと凜ちゃんを抱きしめた。泣かないでほしい。寂しいなんて言わないで欲しい。
「冬夜」
空太の声が責めているように聞こえる。でもただ泣かせるだけんんて、何もできないなんて、私もつらいのだ。
「凜ちゃん、寂しくないよ」
一生懸命転生について考えてみる。生まれ変わったらなんて、今まであまり考えたこともなかった。だって、人生は一度きりだから頑張れるのだと思うから。
でももしも、生まれ変わるなら。
「凜ちゃんには、新しいお父さんとお母さんがいるから」
「おとーさんとおかーさん?」
「そうだよ」
新しく産まれるという事は、そういう事。絶対1人で生まれる事はできないのだから。誰かが望んで、そこに生まれるのだ。
「凜ちゃんは絶対1人じゃないから。大丈夫だよ。寂しくなんてないよ」
ゆっくりと、私は大丈夫という言葉を繰り返す。
大丈夫。今度こそ幸せになれる。……あ、今までも不幸だったとは限らないから、また幸せになれるの方がいいのかな?
どちらにしろ、幸せになれるように、私は祈っている。誰かが自分の幸せを願ってくれるという事は、それだけでも幸せな事だと私は思うから。
「あら?ちゃんと、次の段階に進ませてあげられたのね」
凜ちゃんを抱きしめて、目を閉じ幸せを祈っていると、ハスキーな聞き覚えのある声が聞こえて目を開けた。するとそこには、ゴスロリ姿のエドガーがいた。
今更気が付いたけれど、ゴスロリ姿だと体の線がまったくでない。……もしかしたら、男だとばれないようにするために、地蔵菩薩様の服はゴスロリなのかもしれない。
「さあ冬夜。その魂をこちらに」
「その魂って……」
この子は凜ちゃんという名前だと言おうとして、私の手の中に凜ちゃんの姿がないことに気が付いた。その代わりさっきまで凜ちゃんがいた場所には、ただの丸い玉が浮かんでいる。白い綺麗な球体はまるでお月様のように薄く発光していた。
「えっ?凜ちゃんは?」
「もう、凜ちゃんはいないよ」
いない?
えっ?だって。さっきまでここにいて、私が抱きしめていたはずで……それなのに、居ないなんて、そんな馬鹿な。見渡すが、やっぱり凛ちゃんの姿は見当たらない。
「もしかして、これが凜ちゃん?」
「違うよ。それは新しい魂で、凜ちゃんじゃない。まあ、以前は凛ちゃんが持っていたものではあるけれど」
私が玉を指さすが、空太は首を横に振る。でも、じゃあ。凜ちゃんは何処へ行ってしまったのだろう。転移した様子もないし、全然意味が分からない。
「転生をするという事は、忘れるという事なの。だからもう凜ちゃんは居ないわ」
困惑している私へエドガーが説明してくれる。でも、上手く頭が働かない。転生が忘れるという事で……凜ちゃんがいない。
「凜ちゃんだった記憶はもう忘却されてしまったの」
「……忘却」
呆然と私はその言葉を繰り返す。
ここでさっきまで話していたのに。一緒に喋ったり、懐いてくれたのに……それを全部忘れてしまったということ?それだけじゃない。凜ちゃんが持っていた大切な記憶を全部なくしてしまったという事だろうか?
「転生の時に、過去の記憶は邪魔でしかないもの。仕方がない事よ」
仕方がない。
何が仕方がないのだろう。大切な記憶をなくしてしまう事が仕方がないって……。胸が締め付けられて、ぐるぐるする。
「冬夜、泣かないで。冬夜のおかげで、凜ちゃんは最後の心残りがなくなったんだから」
空太に言われて、私は自分が泣いている事に気が付いた。
仕方がない事。そうなのかもしれない。ここに残るわけにはいかないのだから。また凜ちゃんが新しい両親の元へ行った時、前の記憶を持っていたら困るだろう。
だから、仕方がない。分かってる。仕方がない事だって。
でも私は……会えなくなる前に、ちゃんと凜ちゃんにお別れを言いたかった。




