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17話 授業サボりはじめました

「で、どうしてここにいるんだ」

「ほらほら。ブヨブヨ君持ってきたから、一緒に食べよう?保冷バックには入れてきたけど、溶けちゃうよ?」

 私はアロケスににっこり笑いかけ濃厚なバニラアイスを押し付けるように渡した。パッケージは豚のマーク。色々怖いが、おいしいのだから仕方がない。後はできるだけ太らないイメージを持ち続け、運動をしよう。大丈夫。イメージが大切だ。

「やっぱり疲れた時はアイスに限るわぁ。アロケスもそう思わない?」

「別に、好きじゃねーし。まあ、食べ物を粗末にするのは良くないから食べてやるけどよ」

 そういって、仮面を少しだけ持ち上げて、もぐもぐと食べ始めるアロケスを見ていると、何だか犬に餌付けをしている気分になる。好きじゃないと言っているが、素直に食べる姿を見ると絶対好きに違いない。

 食べ物にまでツンだなんて……こういうのを馬鹿可愛いというのかもしれない。


「それで、賄賂を持って何の用だ」

「賄賂って人聞きが悪い。ただの友達への差し入れじゃん。上手くいけば、三途の川とか情報処理部につないでくれるかなって思ってはいるけど」

「友達ぃ?」

 アロケスが訝しんだような声を出した。ムカつくが、まあ相手がアロケスだもの。これぐらいは想定内だ。

「えっ?そこからツッコむ?マジで?否定されたら私が恥ずかしくてかわいそうだとか思わないわけ?なに、この血も涙もない悪魔のような行為」

「いや、別に。そこまで落ち込むような事じゃ」

「人に恥かかせて可哀そうだと思わないわけ?!一方通行の友情。乙女のハートはズタズタよ。ああ、何て無常――」

「分かった。分かったから、わめくな」

 てろてろてろ~っとしゃべり続けると、アロケスが根を上げた。ちっ。早い。もう少し、ぐだぐだ文句を言ってやろうと思ったのに。


「じゃあ、友達?」

「……そうだよ。それがどうした」

 やけっぱちで肯定してくれているようだが、彼が照れているのは間違いない。本当にピュアボーイだ。ツンデレラの異名も伊達じゃない。

「じゃあ、友達という事で、私の脱出に付き合って」

「ああ。いいぞとでもいうと思ったか」

「ええっ。アロケスのケチ」

「ケチじゃない。お前、閻魔王見習いなんだろうが」

 アロケスは堅いなぁ。

 さすが地獄の門番なだけある。規律に厳しそうだ。しかし、このままでは私もおかしくなりそうなので、背に腹は代えられない。


「そもそも、何で次期閻魔王だって事を早く言わないんだよ」

「えっ?だって、あの時は閻魔王見習いじゃなかったし。それに、何で言う必要があるわけ?」

 自分で自分の事を、私は閻魔王になる魂だとか自己紹介しちゃえとでも?ないわ。そんな自己紹介、頭の可哀想な子で終了だ。

 私はそんな痛い同情されたくない。

「早くそれを言ってくれれば、俺だってあんな失礼な事は言わなかったし」

「ふーん。アロケスってちっちゃい男ね」

「はあ?!」

「私が閻魔王だったら失礼な態度をとらないけど、そうじゃなかったらとるって事でしょ?やだやだ。そういうのいまどき流行らないし」

 あの場に左鬼がいて、もしも私が閻魔王だと話していたら、アロケスはこういう態度を取ってくれなかったという事だ。

「私は私。私はまだ閻魔王として何もしてないんだから、敬われなくて結構よ」

「お前はそうかもしれないけど、俺にだって立場ってものがなぁ」

「そう。大変ね。私じゃなかったら、確かに何か罰をうけてたかもだしね。でも、失礼だと思うならなおさら初対面の人に言うべきじゃないと思うけど?その辺どうなの?」

「……神族様は嫌いだから」

 そういって、アロケスはブヨブヨ君を飲み込む。嫌い嫌いって、何がそんなに嫌なのか。さっぱりだけど、私の言いたいことは理解したらしい。


「まあ、私も偉そうなこと言える立場じゃないけどね。勉強サボって逃げ出してきたくらいだし」

「はあ?!逃げ出してきた?」

「しっ。声が大きい。またサキがアラクネさんを使って私を探していると思うから、小声でお願い」

 そう。今私は、右鬼の講義をこっそりと抜け出てきたところなのだ。

 きょろきょろと見渡すが、今のところ近くにアラクネさんの子供の気配はない。しかし蜘蛛て素早いし、用心しなければ。

「何でまた。それにどうやって」

「だってこれ以上ぶっ続けで勉強をし続けたら、気がおかしくなりそうなんだもん。そりゃ私は冥界の常識とか、知識とか全然ないし、法律とかも知らないし、覚えなきゃいけない事がたくさんあるのも分かるけどさ。でも、人間は24時間フルで勉強し続けてさらに強要されたら、死ぬと思うの。しかも5分休憩が入れば問題ないって、問題ありでしょ!ねえ、そう思わない?!」

「大きな声を出してるのはどっちだ」

 アロケスに言われて、私ははっと、口を閉じ手で押さえた。

 どうか、聞こえていませんようにと願うしかない。


「とにかく、もう限界。少し休憩しないとやってらんないの。右鬼が、鉄は熱いうちに打てとか言うけど、休ませずに打ち続けたら、ぽっきり折れるわっていうのよ。とりあえず、私の心は折れそうよ」

 毎日毎日毎日、お経のように講義をされるのだ。元々勉強嫌いな私には何かの罰を受けているかのよう。これが快感に変わったら、たぶん私が私じゃなくなっている時に違いない。

「お前の勉強嫌いは良く分かったけど、そんな状態で、どうやって抜け出したんだよ」

「んー。右鬼って、なんか機械っぽい子でさ、難しい質問をするとフリーズしちゃうんだよね。だから、もっと楽しく覚えられる方法を考えてってお願いしたらフリーズ。サキには、おやつの買い出し頼んじゃいました」

 てへぺろ。

 ちなみにサキにお願いって言ったら、ぱあぁぁぁっといい笑顔を残し走り去っていった。犬が尻尾を振っているぐらい分かりやすい。頼んでおいてなんだが、サキって死神1位なんだし、威厳とかがこのままではまずい気がする。

「……左鬼様にお菓子の買い出しを頼めるのは、たぶんお前ぐらいだよ。というか、勝手に抜け出したならまずいんじゃないのか?」

「ちゃんと、書置きは残したよ。アロケスの所に行って、三途の川か情報処理部に行ってきます。フリーズが溶けたら教えてねって」

「げっ。何俺に頼る気満々なんだよ。地蔵菩薩見習いなら、自分で転移ぐらいできるようになれよ」

「転移って、あれでしょ?紐なしバンジー。無理無理。できたとしても使いたくないし」

 誰があんな恐ろしいものを使いたいものか。


「お前なぁ。それで、三途の川は分かるけど、情報処理部って何でまた」

「だって、空太と喧嘩しちゃったし」

「はあ?」

「いや。やっぱりこのままにするのは嫌だなぁって思うから、もう一回空太とちゃんと話たいなって思って。でも連絡先が分かんないし、情報処理部の新井さんなら連絡とってくれそうだし」

 実は三途の川で喧嘩して以来、空太と会っていなかったりする。元々連絡先を聞いていなかったのもあるけれど、自分の身を守れるようになってからとか思っていたりもしたからだ。

 でもこのままのペースだと、自分の身が守れるようになるのは、一体いつの事かという感じである。下手したら、その前に生き返りましたなんて事もありえるかもしれない。

 そうすると、私が次に冥界に来るのは何十年後。空太と会えないままの可能性もある。そうやって色々考えたら、何だか寂しくなってきたのだ。


「空太と喧嘩って凄いな」

「凄い?何で?」

「だって、空太って凄い性格悪いぞ。俺なら絶対敵に回しくたくないね」

 性格が悪い?空太が?

「まっさかぁ。だって空太は、私がぶつかった時も怒らなかったし。迷子になった時も嫌がらずに助けてくれたし。しかも三途の川にまでついてきてくれたんだよ?」

 あの空太が性格悪かったら、私なんて悪女まっしぐらだ。アロケスは女々しい最低男扱いになるに違いない。

「どう考えても凄いいい人すぎだって!そりゃ、アロケスも嫌だ嫌だっていいながらも三途の川に連れて行ってくれるし、いい奴だけどさ。でも空太はその上だと思うのよ」

「別に俺がいいやつって言われたいんじゃなくて。本当に――」

「アロケス。何を冬夜に吹き込んでるの?」

 アロケスと喋っていると、第三者の声が聞こえてきて私は振り返る。するとそこには、数日前に会った時と変わらず、少し困ったように笑う空太がいた。


「空太?」

 噂をすれば影だ。まさかこんな偶然会うなんて。

「いや、俺は本当の事を教えてやろうと……」

「本当って何?」

「アロケスが酷くてさ。空太が性格悪いとか言うんだよね。空太って、凄いいいやつなのに。もちろん私は全然信じてないよ?いくら喧嘩してもさ」

 だって、喧嘩したって、空太に優しくしてもらった事には変わりがないのだ。それなのに、嫌な奴とか思いたくない。

「冬夜って、ド直球で言うなぁ。でもありがとう」

 顔を赤くして笑う空太を見ると、すごくほのぼのした気分になる。うん。やっぱりこんな空太が嫌な奴なはずがない。

「お前は騙されて――」

「アロケス?」

「――ないな。うん。たぶん。普段はいいやつではあるし」

 なんだそれ。

 普段はって、もしかして、怒らせると怖いとかそういう事なのかな?


「えっと、空太……」

「この間は、冬夜に酷い事言ってごめんね。冬夜の事が心配で」

 どう言いだそうと考えていたら、先に空太が謝ってきた。それを聞いて私もあわてて頭を下げる。

「私こそごめん。頭に血が上っちゃって」

 あの場で冷静に話せれば、空太に理解を求めることだってできたのに。空太が心配してくれていたことは良く分かったのだ。

 にしても、普通ならこんな小娘に頭なんて下げにくいだろうに、先に謝ってくれるなんて、やっぱり空太はいい奴だ。

「じゃあお互い、ごめんなさいという事で仲直りでいいかな?」

「うん。良かったぁ。空太に嫌われたかなぁって思ってたから」

 嫌われてなくても、呆れられてはいるだろうんと思っていた。また普通に話せた事が普通に嬉しい。

「なんか、冬夜と一緒にいるといい奴にれそうな気がするよ」

「そんな、空太はもういい奴じゃん。アロケスのいう事なんて気にしなくていいし。それにこれ以上いい奴になったら、仏様か?!って感じだもん」

 私はうんうんとうなずきながら、伝える。むしろ空太の爪の垢を私とアロケスは飲んだ方がいいと思うぐらいだ。


「アロケス、何か言いたいことでもあるのかな?」

「いや、別に。そういえば、空太。何か用事か?」

 おっと。感動の再会と仲直りをしていたけれど、よく考えれば転移が出来る空太はアロケスに助けを求めることはほぼないはずだ。まあ、転移に回数制限があるにはあるようだけど。

「そうだ。実は冬夜を探していたんだ」

「へ?私?」

 なんでまた?いくらいい奴だとしても、仲直りするためじゃないだろうし。

 私は理由が思い当たらず、首をかしげた。

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