16話 英才教育はじめました
「――自動車過失致死傷で逮捕された運転士は送検される。まずは検察で取り調べを受け、必要な場合10日間の拘留。さらに必要なら、もう10日間の拘留。その後不起訴、起訴猶予、略式起訴、起訴のいずれかに分れる。さらに死亡事故の場合、懲役刑となり、また民事法で――聞いてる?」
はっ?!
最後の言葉で、バチッと目が覚めた私はきょろきょろっと周りを見渡した。……どうやら、ベッドの上という事はないようだ。
「冬夜、口によだれが」
「うっ」
左鬼に言われて、あわててごしごしと口元を袖で拭う。しまった。大口を開けて寝るなんて乙女としては、大失態だ。
「……私は講義している」
「右鬼、ごめん!どうしても、私勉強とか苦手でっ!」
髪の毛を結んでいるコードのようなリボンがうねうねと動いているのを見ると、かなり激怒しているみたいだ。赤と緑のオッドアイの瞳を細めて、私を睨みつけている。銀色の髪をした人形のような彼女が、見た目とは違い怖いのを、私は何度も体験して知っていた。
なので、バチンと手を合わせて平謝りする。
「ほらほら。冬夜も謝っていますし。そう目くじら立てなくても。寝る子は育つと言いますし、何より寝顔が可愛かったじゃないですか。カバみたいに大口を開けて」
「……サキ。最後の言葉余計だから。でもやっぱりぶっ続けで授業を受けるとか、向いていなくて」
カバみたいは絶対褒め言葉じゃない。
何故、私がこんな苦手な勉強をやっているのかというと、数日前にさかのぼる。
私のうっかり判断ミスで、閻魔王見習いに任命されてしまったのだが、最低限の知識がないといけないという事で、研修がてら講義時間というものが入った。そしてそんな講義をしてくれるのが右鬼なのだが、彼女の声はどちらかというと平坦で、元々勉強は苦手だったのだけど、余計に眠気を誘うのだ。
この間に学んだのは魂でも眠るんだという事。実際は眠らなくても大丈夫は大丈夫らしいのだが、どうして生きていた時の記憶に引きずられ、必要のない感覚まで残ってしまうらしい。ちなみに、お腹が減る事は実証済みだし、肩こりが起こるのも体験済みである。
「でも冬夜。ちゃんと勉強しないと、立派な閻魔王にはなれませんよ。前も言いましたが、馬鹿は死んでも治りませんから」
「分かってるよ」
さりげなく馬鹿とか言うなと言い返したいが、実際馬鹿だよなぁと思い知っているので、ちょっと今は言い返せない。
「でも私は、地蔵菩薩見習いなの。閻魔王見習いというのは……事の成り行きというか」
「地蔵菩薩でも同じ。人間を救うなら、人間の法律を覚えなければならない」
「でもさ、死んじゃうのは日本人だけじゃないんだよ?日本の法律だけじゃ駄目だろうし、どうするの?」
「そう。だから、すべての法律を覚える。正しいモノ、歪んだモノ、様々。すべてを知って、判断をしなければならない」
……右鬼、本気で言ってるよね。
この世界に何か国あって、一体それがどれほどの量だとおもっているのだろう。暗記科目は苦手ではないけれど、脳みそが絶対途中で爆発するに違いない。
「普通に無理だから。私は、思いっきり普通の女子高生だし……ぶっちゃけ、どちらかといえば馬鹿だし」
「大丈夫。冬夜なら、できますよ。貴方はまだ幼いが故に、発展途上なだけですよ。ちゃんと勉強すれば、馬鹿ではありません」
ううう。上手い事言って。でもね。大きくなれば頭が良くなると思っていたけど、高校生になっても、探偵になれなかったという事は私が一番知っている。
それに人間やってできる事と、できない事があると思う。少なくとも、右鬼が言っている事は、後者としか感じない。
「今話している法律は、冬夜が住んでいた国のもの。また冬夜を引いたトラックの運転手の今後。トラックの運転手は、法で裁かれる意外に職をなくし、多額の慰謝料を背負う事となる」
「えっ、でも私が生き返れば問題ないんだよね?」
ちょっと聞いちゃうと、すごく同情してしまうぐらい最悪な状態だ。
轢かれた私は可哀想だと思うし、家族の事を思えば許していいとは思えないけれど、でも引いてしまった人も不幸だ。事故んなてするもんじゃないと思う。
「そう。でもこれはもしも生き返らなった時の話。この運転手は罪に対しての罰を現世でこれだけ受ける事となる。そして冥界でも罰を受けるとなれば、1つの罪に対して2つの罰を受ける事となってしまう。」
「あ、それ凄く不公平な話だよね」
その理論でいくと逃げちゃえば、1回で済むことになる。でも逃げずに警察に行った方が正しい行動のはず。正しい行動をした方が割に食わないなんて、おかしな話だ。
「そう。だからその人の改心度や既に受けた罰を見極め、冬夜は裁かなければならない」
それは……すごく難しそうな話だ。
だって、罪なんて色々あるし、罰の量が罪と同量かどうかなんて、定規でも秤でも測れない。そんなものをどうやって調べろというのか。
「やっぱり無理。そんなのどうやって見極めるの?」
「そうですね。情報と閻魔王様の経験、感覚などですね」
「……後半が思いっきり、アバウトなんだけど。それってとても不公平じゃない?ようは、私に気にいられれば罪を軽くしてもらえるということだよね」
逆に私の一存で罪を必要以上に重くしてしまうことだってできる。
ないわ。
「いいんですよ。神は神であるだけで正しいのですから」
「うわっ。なんつー暴君」
「ええ。神は暴君ですよ。祀れば恩恵をくれますが、そうでなければ祟りますから。だから、最終的には、神であるという事だけで意見が通る」
神であるだけで意見が通るとは……なんという危険な場所だろう。
「なら私が間違えたらどうするの?私は――」
人間だ。
違うかもしれないけれど、でもずっと人間だと思ってきたのだ。それなのに、私に間違えが許されないなんて、重すぎる。普通の神様は間違えを侵さないのかもしれないけど、私には無理だ。
「だから、冬夜が冬夜自身を許せるように勉強が必要なんですよ」
「えっ。そこに戻るの?」
「はい。僕は、冬夜には賢い閻魔王様になっていただきたいですから」
「……あのさ、神であるという事だけで意見が通るとしたら、どうして私が閻魔王をやらなければいけないわけ?私のやりたくないという意見が総無視されている気がするんだけど」
にこにことサキが伝えてくるのを聞くと、私の意見がちゃんと通ったためしがない気がしてくる。
「神々が決めたことは神々の中でのルールに縛られる」
神々って、誰よ。
一度も会った事もない人達に決められているのかと思うとムカつく。
「僕は最期まで冬夜の味方ですから。もしも他の神の意見を消し、戦争をなされるのならば、お連れ下さい」
「って、待て。重いし、行きなり話のスケールが大きくなりすぎだから。むしろ私が間違えた時は止めるぐらい言ってほしいんだけど」
何で戦う話になった。
しかも神様が戦争って、どう考えても世界の終焉的な話だから。駄目だから、そういうの。
「そんな。僕は冬夜の犬なのに、冬夜が間違ていると意見するなんて――」
「……今まで十分意見してくれたと思うから、その調子でいいんだってば」
一言多いけど。
で、たまに、変態チックだけど。……まあ、害はないし、いいやつなんだとは思う。私と違う常識の中で生きているだけで。
「たださ、やっぱり私1人で裁くというのはなぁ」
「もちろん、閻魔王1人ではないですよ」
「えっ?そうなの?」
「ええ。裁判を司る方は閻魔王様を合わせて10人見えますよ。前段階で罪を調べ上げ、最終的審判を下すのが閻魔王です。その後執行猶予などがあると、さらに他の方が決めていきます」
一応、私1人じゃないのか。
その点はホッとする。裁判でややこしい資料を見ながら裁判しなければいけないのに、その上1人で全部やるとか恐ろしい。何か間違いを犯してしまいそうである。
「それでも、ちゃんと覚えておいて間違いはありませんよ」
「うぅ。分かってる。でも、ほら。まだ見習いなんだし。出来たら三途の川で子供の面倒を見てた方が、向いてるかなと……言ってみたり、なんか、してみたり……」
「冬夜、これも仕事。……ペナルティー」
そう言って、右鬼が手を差し出した。うぅ。確かに仕事だし、居眠りしたのも事実だけど……。
私は渋々右鬼の手を掴んだ。その瞬間、バチッと言う音がした。
「痛っ!今、絶対火花散ったぁ!」
「音ほどは痛くはない」
「そうなんだけどさ」
右鬼は、恐ろしい静電気体質だ。私がその手を掴むと、必ずバチッと大きな音がする。確かにめちゃめちゃ痛いわけではないけれど、地味に怖いのだ。
私が何か悪い事をすると、必ず無表情で静電気体験をさせてくれる。
「罪には罰を。それは閻魔王でも同じ」
「極端な例だと、鉄の鉤で口をこじあけ、ドロドロに溶けた銅を口の中に注いだ方もいるそうですよ」
「げっ。マジッ?!」
何それ怖い。
口の中に溶けた銅って……想像するのも嫌なレベルだ。右鬼の静電気なんて可愛らしすぎる。あああ。どうしてそんな怖い道を選んでしまったのだろう。
「裁くのはそれだけで罪だと、当時の閻魔王は考えたそうです」
「なんという、ストイックさ。私には無理だわ……。自称だけど『地蔵菩薩見習いはじめました』って、看板出しておこうかな」
閻魔王じゃないんですよーという感じで。今聴いた限りでも、私でなんとかなる気がしない。……本当に、どうして私なんだ。
壮絶なる未来に、私はため息しかでない。
「さあ、もう一頑張りですよ。終わったら、おやつですから」
しかも、何か飴と鞭で上手い事操られている気がする。基本お馬鹿何だから、もう少し手を抜いて欲しいと思いつつ、私は再び右鬼の講義に耳を傾けた。




