15話 ○○見習いはじめました
「……お、オカマな方ですか?」
「安心して。私はオカマじゃないわよ」
何を安心しろっていうんだろう。
地蔵菩薩様だと思っていた、閻魔王様の答えに私はなんと言えばいいのか分からない。今ようやく、空太が地蔵菩薩を変だといった意味が分かった。
金髪のカツラを被っただけで、がらっと雰囲気を変え、女言葉になる人が、普通なはずがない。少なくとも私の普通からは外れている。
「えっと、別にオカマに偏見はないですから……。私の伯母というか伯父に、一人女装壁な人もいるし」
日本男児を自称している伯父は、時折完璧な女装をする。彼曰く、気に入った服を一番似合う状態で着たいというのが理由であるらしく、真正のオカマではないそうだ。ただ女装の時は、違和感をなくすために女言葉になっているので、私からしたら違いが分からないけれど。
「だからオカマじゃないってば。話せば長くなるんだけど、私、生前は舞台役者を目指してのよねぇ。父が厳しくて、中々難しかったんだけど」
生前?
ああ。次期閻魔王扱いされている私が元々人間だったならば、現閻魔王だって元は人間でもおかしくはない。
「で、グダグダやってるうちに、軍隊に入って戦地に行って、そして死んじゃったわ」
「えっ?生き返れなかったんですか?」
私は左鬼に散々生き返れと言われている。だったら閻魔王だって生き返るという選択があったのではないだろうか?
「私は成人を過ぎていたし、私の能力だとたとえ生き返っても、あの時代じゃ何度も死んでしまうのがオチだったのよね。だからそのまま閻魔王となったの」
「そうなんですか」
現閻魔王の経歴は何となく分かったた。私が生き返れと言われているのは、未成年だからという事も分かった。
でもその話と、女装や地蔵菩薩様となんの関係があるのだろう。
「冬夜ちゃんは聞いたことないかしら、地蔵菩薩は閻魔王の化身だって」
「えっ?そうなの?」
初耳だ。
というか仏教系の学校とかに通った事もない普通の女子高生はそんな知識持ち合わせていない。いや、仏教系の学校の子が知ってるかどうかも知らないけどさ。
「そうなの。閻魔王は裁くのが役目、地蔵菩薩は救うのが役目。どちらも根本は同じ。閻魔王になるという事は、同時に地蔵菩薩になるという事よ」
そうだったんだ。
1人で2つの事をこなすなんて、大変な仕事だ。
「簡単に言えば地蔵菩薩様と閻魔王様は同じ人物という事です。彼が地蔵菩薩になる時に女装するのは、趣味です」
「ちょっと、左京。適当な事言わないでくれる?」
「説明が長くなりそうなもので。先ほども申しましたが、時間がありませんので、貴方に関しての話は手短にしてもらえませんか?」
「分かっているわよ」
そう言って、カツラをかぶったままの閻魔王はぷくっと頬を膨らませた。男の人だと思えないぐらいかわいらしいしぐさである。
「ただ閻魔王になったはいいものの、私は裁くことと救う事を中々上手く切り替えれなかったの。だから地蔵菩薩は演技をして別人になりきることにしたの。誰もを救う聖母様みたいな感じね。そして――」
閻魔王はカツラを取り外した。その瞬間、ほわほわという空気があるものの、女性らしさが消える。
「閻魔王は僕のままでやることにしたんだ」
「なるほど」
深い話のような……女装まではする必要がなかった話のような気がするが、一応理解はできた。地蔵菩薩が演技という事は、閻魔王は紛うことなく、男性なのだろう。
「他に何か質問はある?」
「えっと、2つ役職があるとなると……なんて呼べばいいんですか?」
やっぱり、姿ごとに変えるべきなのだろうか?
私的には混乱するから、できたら一つに統一したいところなんだけどなぁ。
「……その質問は予想してなかったなぁ。そうだ、冬夜。折角だから生前に呼ばれていた、エドガーって呼んでよ」
「エドガー?」
どうやら、閻魔王はやっぱり外人さんらしい。
確かにこの緑の瞳で、実は太郎ですと言われても違和感が大きいけど。
「うん。そうやって呼んでくれるのは、もう数えるほどしかいないから。嬉しいな」
やっぱり役職がついてしまうと、そちらばかりで呼ばれるのだろうか。
確かにそれはちょっと寂しい気もする。
「では、説明が終わった所で本題に入りましょう。幸田冬夜の魂は、次期閻魔王の魂ですが、まだ未成年。就任するには早いと思われます」
エドガーとの話が終わると、早速とばかりに左京が話を切り出した。
早いかどうかという前に、そもそも私は閻魔王をやる気はこれっぽっちもないんだけどなぁ。
「左鬼の見解は?」
「私も冬夜はまだ早いかと思います。ですが、とても優しく誠実な子です。資質は十分あります」
話を振られた左鬼が、私の事を褒めてきて背中がかゆくなる。左鬼は私を閻魔王にしたいみたいだし、そういう思惑があると分かっているけれど、それでも褒められるとうれしい。
「なので再び現世で過ごし成長していくのが一番だと思います。ただし冬夜の体は壊れてしまっており、本人もあの体で生き返る事は拒否しております」
当たり前だ。
ゾンビとして生き返って、何が楽しいのか。それぐらいなら、ここでエドガーに教えを乞いながら、子供と戯れていた方がずっとマシだ。
「ああ、その件は――」
「閻魔王様っ!許可申請通ったよ!!」
甲高い声と共に、突然ぱっと目の前に女の子があらわれた。左鬼や左京とは違い、白いコートを身にまとった子は、キラキラとした金色の髪を白いリボンでツインテールに結んでいる。
アニメとかから出てきたかのようなかわいらしい子だ。
「右京。扉から入りなさいと何度も――」
「左京君。事は、一刻を争うのよ?!」
「扉を開ける程度の時間ならあります」
「むぅ。左京君のいけずぅ。まあ、いいや。ほらほら。これ。次期閻魔王の体の修正と時の干渉許可書。爺婆黙らせるの大変だったんだから」
そう言いながら右京はひらひらと紙を注目させるかのように動かし、閻魔王に手渡した。
「右京、ありがとう」
「えへへ。閻魔王様の為なら、なんだって頑張るよ!」
「閻魔王、右京を甘やかなさいように」
ぐ、グダグダだなあ。
いるのが私だからなのか。それともいつも裁判はこんな感じなのか。緊張はしなくて済むが、この空気はどうなんだろう。
できたら深刻そうな人の時は、もう少しびっしっとした方がいいと思う。
「実は冬夜が死に、左鬼から報告を受けた時に、事前に天の神へ申請を出していたんだよね。僕は肉体と魂を繋いだり、魂の傷を癒すことはできるけれど、肉体を治したり、時に干渉する力はないから」
「えっと、それでどうなったんですか?」
許可申請が通ったような事を言っていたから、治してもらえそうな気はするけれど、でもどうなんだろう。時の干渉とか言われても、何が起ころうとしているのかさっぱりだ。
「簡単に言えば、少し時間はかかってしまうけれど、ちゃんと元通りに直してあげられるって事だよ。今回の件に関しては、天の神の方でも想定外運命だったようで、同情的意見も多かったみたいだからね。ただ体を治しても、死人扱いになっていたら困る。だから時に干渉して、死んだという事実を消す手筈だよ。これなら大丈夫だよね」
体が元通りな上に、死んだという事実が消える。
聞く限り、左鬼が最初にしゃべたプランよりも、ずっと現実的だ。でも、あまりにスムーズすぎる気も……何か落とし穴はないだろうか?
「えっと、実は生き返る為に試練があるとか、そういうことはあるの?」
漫画だと、生き返るには条件があったりする。それが私でも可能な事ならいいけれど、世の中そうとも限らない。
星が入った玉を探せとかだったら、たぶん不可能だ。
「何もないよ。この件はすべて天の神が処理してくれるから。天界は冥界より仕事も楽だし、たまには働いても罰は当たらないと思うんだよね」
……やっぱ、冥界のお仕事は大変なんだ。うん。すでに職場見学に行ったところは、とんでもなく忙しそうだったけどさ。
「ただ、体が元に戻るまでは、冬夜に冥界に滞在してもらわないといけないんだよね。でも裁判後も冥界に滞在するには、何か仕事をしなければいけないという決まりがあるんだ」
「あ、だから死霊の方が、死神に?」
何で死神なんかやってるんだろうと思ったけれど、滞在するためには働かなければいけないならば、必然的にできる仕事も決まってくるのだろう。
「そういう事。でも、死神は一度勉強してもらわないといけないから、それほどの時間もないんだよね」
確かに空太が使ったような技を自分も使えるようになるには、とても時間がかかりそうだ。空太で8位だとしたら、私は使えるまでに一体どれぐらいの時間がかかるのか。
「でもこの間、冬夜ちゃんが自分から申し出てくれたし、良かったよ。結構皆、はじめはやるのを嫌がるんだよね」
「閻魔王様も嫌がてたもんねぇ」
何が?
私は何かエドガーに言っただろうか?
「というわけで、冬夜ちゃんには、閻魔王見習いを任命するね」
「は?」
「まさか、自分から弟子入り志願してくれるなんて。いまどきの子はできてるね」
えっ?いやいや。私がいつ閻魔王の弟子なんて――あっ。
ふと蘇るのは、その場の勢いで地蔵菩薩様に弟子入りを申し込んだ事。
地蔵菩薩がイコール閻魔王だとしたら……つまり、私は閻魔王様に弟子入りしたことになるのか?ちょ、何、そのトラップ。
「わ、私は――」
「女に二言はないよね」
ええ、ないですとも。
言った事はちゃんとやりますけれど。でも、これはおかしくない?
「私は地蔵菩薩見習いを志願しただけで……」
「つまり閻魔王見習いという事だよね。嬉しいなぁ。妹ができたみたいで。これからしばらくよろしくね」
よ、よろしくじゃなあぁぁぁぁい!!
何でこうなった。職業の自由は?って、自分で選んでたら意味がない。
兄が、だから少し考えてから動けって教えたじゃないかと言っている気がした。




