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11話 リアル鬼ごっこはじめました

「鬼さんこちら!手のなるほーへっ!!」

 

 やけっぱちで、叫びながら私は三途の川を走る。石で滑り足を取られるのであまり早くは走れないが、悪霊もまた同様のようで、私を追いかける動きは緩慢で遅い。

 ……たださ。

「なんか……私の方へ、集まってない?」

 どんどん悪霊が私の方へ集まってきている気がするのは気のせいだろうか。動きはそれほど速くない。それでも、1人、また1人と私の方へ近寄ってくる悪霊が増えるのを見ると、不安が募っていく。

 もしかして、石をぶつけられて、悪霊も怒ったのだろうか?

「何、この1匹見つけたら、100匹いると思え状況っ!!いやあぁぁぁぁぁっ!!」

 振り返れば、黒い塊がうようよ。

 まるで家庭内害虫を思い出すような状況が余計に嫌すぎる。蜘蛛よりはマシだけど、やっぱり私はアレを可愛いとは思えない。


「冬夜。頑張って、逃げ切ってっ!我が声に従い、銀の鎖で繋げ」

 空太が私を追いかけてくる悪霊を魔法のようなものを使って、一体一体捕まえていってくれる。ありがとう空太。でもきりがなさそうなんだけど。

 このリアル鬼ごっこは一体いつ終わるのか。攻撃、逃げる、攻撃、逃げるで相手の気力をそいでいこうと思ったのに、私の気力の方がそがれそうだ。

「分かってるっ!」

 アレには捕まりたくない。だとしたら、逃げるだけだ。喧嘩にルールなんてないんだから、逃げるだって、立派な作戦である。


「って。うぉいっ!」

 空太の方を向きながら走り、再び前を見ると突然前方に悪霊がいて、私は慌てて足を止めた。ずずずっと足が滑ってバランスを崩しかけるが、何とか踏みとどまれた。そして右90度方向転換して再び走る。

「挟み撃ちを狙うとかやるわね。こらっ、悪霊!1対多数なんて卑怯じゃないっ!!」

 まあ喧嘩なんて、卑怯でなんぼ。勝てば官軍負ければ賊軍。逃げ回って悪霊集めをして、攻撃は木田さんと空太に任せている私には言われたくないかもだけど。

「……あーもう、しつこーいっ!!しつこい男はモテないわよ!」

「冬夜!何のんきに、話してるの?!」

「こんなの話してなきゃ、やってられないんだって!」

 ここに左鬼がいたらきっと、悪霊という時点でモテてませんよと間の抜けたツッコミをしてくれそうだなぁと微妙な現実逃避してみる。

 この状況、いつになったら終わるのだろう。

 今のところ息切れなく走れているが、いつまでも走り続けることはできない――ん?そうか。死んでるから、息も切れないのか。

 一度息が切れた時も、空太がそう言っていた。よく考えれば、アラクネさんから逃げた時、確かに最終的には息切れしてしまったが、生きている時だったら、全力疾走であんなに走ることはできなかったはず。息切れを感じたのは、アラクネさんたちが見えなくなって、ふと現実に頭がシフトチェンジしてから。

 

 よし。今までの常識を少し捨ててしまえば、まだまだ頑張れる。死んだとはいえ、あまり人間を止めてしまいたくはないけれど、状況が状況だ。あれに捕まるぐらいなら、多少超人の仲間入りしたって構わない。

「って。ええっ?!それはないでしょ」 

 再び前から悪霊が現れて、私は踏みとどまる。そして、悪霊と悪霊の隙間を見つけてそちらへ走る。きわどいところでよけきると、私は再び誰もいない方へ走った。なんだか悪霊の数が増えてきた所為で、どんどん袋小路に入ってきた気がする。

「空太、もっと一度にどかんと捕獲とかできないの?!鰹の一本釣りみたいじゃなくて、網でがばっとみたいにさ」

「俺じゃ、霊力が弱すぎて、一体一じゃないとっ!!」

 そうなのか。

 一体一しか無理なら、人海戦術をするために、早く援軍が来てくれないものか。悪霊は動きが緩慢だから、まだなんとか逃げきれているが、これ以上数が増えたら難しい。


「もう、本当に、か弱い女子高生を追いかけるなんて」

 ポケットに入れていた石を悪霊へぶつけると、ぶつかった悪霊だけ、一時的に動きが止まる。でもそれも一時的だし、数が数なので追いつかない。

「えええっ。ちょ、それは無理」

 まるで私を取り囲むかのように悪霊が向かってきて、私は足を止めた。

 どうしよう。何とか隙間を掻い潜れるだろうか?しかし、掻い潜れたところで、このままでは捕まってしまうのも時間の問題だ。

 どこかに逃げ道はないだろうか?もっと広い逃げ場は--。

「って、あるわけないじゃん!」

 必死に悪霊をかわしながら、広い場所を探すが、悪霊のいない広い場所なんて、三途の川ぐらいのものだ。泳ぎは得意な方だけど、あの激流では、流されるリスクが高すぎる。実際流されるから、悪霊も川に入らないんだろうし。

 私が魚だったら、何とかなったかもしれないのに。もしくは、鳥だったら空に逃げることだって――。


「そうだ、空っ!」

 ちらっと上を見れば、見事な青空が広がっていた。もちろん、悪霊一匹いない。

「私は飛べる。私は飛べる。私は飛べる――」

 死んだばかりの時、私は空に浮かんでいた。左鬼も生きていた時の感覚が抜けなくて、魚の魂が陸上にいられないだけで、空も飛べるようなことを言っていたのだ。

 つまり私が走るしかないのは思い込み。本当なら、魂だけの存在である私は飛べるはず。

 ホップ、ステップをして、私はバレーをする要領で高く飛んだ。大丈夫、魂の重さはすごく軽いのだ。


「私は飛べる、私は飛べる、私は飛べるっ!!」

 ジャンプはすごく高いところまでいった。

 私の足が悪霊の頭の上を軽々と超える。しかしすぐさま、重力に引き戻されて地面へ着地してしまった。

「ちっ。やっぱり一回じゃ無理か」

 でもなんとなく要領はつかめた。少し飛べるイメージをしただけで、ギネス記録に載りそうなぐらい高く跳べたのだ。

 つまりできると知っていれば、できるということ。

 さっきまで空太が、ぴょんぴょん飛び回っているところを見たから、簡単に跳ぶイメージは掴めたに違いない。

「空太、飛んでっ!」

「は?」

「いいから、空飛んでっ!!」


 私は基本単純にできている。飛んでいる人がいれば、自分だって飛べると思い込めるはずだ。

「えっと、冬夜。これでいい?」

 そう声をかける空太は、悪霊の頭よりずっと上にいた。

「オッケー、完璧。空太、空飛ぶって、どんな気分?」

「へ?」

「だから、どんな感じ?ふわふわするの?それとも気分爽快?」

「えっと。と、とりあえず、高いよ」

「それから?」

 悪霊から身をかわしながら、空太に問いかける。早くしないと、そろそろまずい。

 とにかく飛べるかどうかは、イメージだ。飛べるというイメージ。空太が飛んでるのだから、空は飛べるものなのだ。

 思い込め。私は飛べる。どこまでだって、飛べる。

「えっと。足元は落ち着かないかな。あと、慣れてないと、少し怖いかも……でも、それが何?」

 そっか。そういえば、最初に空を飛んでいた時は、足元が落ち着かなかった。それに高所恐怖症じゃなく良かったと私は思ったはず。

 そう。私はすでに飛んだことがあるのだからその感覚だって知っている。


「とりゃぁっ!!」

 悪霊に捕まる直前に、私は再びジャンプした。

 気分的には、階段を2段飛ばしする要領だ。空気中でもう一度足を動かしさらに高く飛び上る。ここには見えないガラスの階段があるのだと、思い込む。

「ど、ど、どんなものよっ!」

 何とか空中に浮かぶことができた私はほうっと息をはく。

 私の足ぎりぎりの所で、悪霊が手を上げてひらひらと動かすのが見えるので、ちょっと怖いけど。でも何とか成功して、ほっとする。結構ひやひやものだったけど良かった。自分の頭が単純な造りで。

「って、うわっ。ちょっと、身長高すぎだって」

 ちょっと身長が高い悪霊の手が、当たってしまいそうになって、とっさに体操座りをする。危ない、危ない。もう、一体、何でこんなにいるんだ、この野郎。

 冥界ビギナーにはちょっとキツイんですけど!ちょ、マジ、早くどいて。


「あら。今日は大量ね」


 空に飛び上ったはいいけど、上手く動くことができず、体操座りでじっと悪霊を見下ろしていると、ハスキーな女性の声が聞こえた。

 子供の声でなく、悪霊とも違うという事は――。

「もしかして援軍?!」

「そうよ。援軍、満を期して登場★」

 私と同様に空を飛びながらやってきた女性は、バチコンと長い睫で縁取られた緑の目で私にウインクした。

 モデルのようにすらりと高い背丈を、ゴスロリで包んだ美女はブイっと私にピースする。……なんだかフレンドリーな人だ。

「よくここまで泣かずに頑張ったわね。偉いわよ。だから、もう少し辛抱してね」

 子供を褒めるかのようにそう声をかけてきた女性は、扇を悪霊の方へかざした。

「ただこの子達も、楽になりたいだけだから。あまり嫌わないであげてね。黒き鎖につながれし者達よ。我が声に答え、白き光の元へ導かれなさいっ!」

 女性がそういうと、私の下にいた悪霊の黒い靄が薄れていく。そして1人、また1人とその姿も薄れさせ消えていく。

 

「えっ?消えた?」

「いいえ。よく見て。消えてはいないわよ。陰気の多い霊気を全部取っ払ってるから、影が薄くなってるだけ。ほら、悪口を言っている人って、悪口をしないと、存在感が消えるじゃない?あの子達も、今まで溜め込んだものを取り上げたから存在感が薄れているのよ」

 な、なるほど。

 確かによく目を凝らしてみれば、確かに人がいる。幽霊みたいに透き通ってしまっているけれど……あ、でもそもそも幽霊なのか。

「さあ、導く先へ向かいなさい。そこへ行けば救われるわ」

 影が薄くなった悪霊達の足元に、黒い穴が広がる。そして瞬きをする間にその姿は完璧にその場から消えた。


「す、凄っ。全員、一度にいなるなんて……」

 さっきまで、空太と木田さんがちまちま一体ずつ倒していたのとは大違いだ。

「ほほほ。それほどでも、あるかしらん?」

 扇で自分自身を仰ぎながら、女性は高笑いする。しかしその姿も良く似合う美女なので、違和感はない。髪の毛はふわふわウエーブの金髪で、外人さん的外見だ。

「にしても、こんな場所にいたら危ないわよ。どうして、こんな小さな神族がここにいるのかしら?ちょっと空太。何か知らない?」

「あ、それ。私が連れてってと頼んだんです」

 あの時はまさか、こんな風に悪霊と鬼ごっこをする羽目になるとは思っていなかったのだ。こんなのを毎回体験するとなると、確かに神族が三途の川に近寄りたがらないのも良く分かる。

「あら。そうなの。でももう少し自分の霊気を抑えられるようになってからの方がいいわよ。そんなに光っていると、さっきみたいに助けられたい霊たちが集まってきちゃうから。その様子だと、まだ浄化もできないんでしょ?」

「浄化?」

 なんだそれ?

 あまり専門用語を使われると辛い。


「うーん。やっぱりそのレベルか。だとすると、悪いのは空太という事ね」

「えっ?」

「ああ、まさか俺もこんな風になるとは思わなくて……すみませんでした」

「いや、空太、全く悪くないし。悪いの私だし」

 あの時、アロケスの嫌味をさらっと流せる大人だったら、今頃私の迷子劇も終了し、左鬼と再会していたのかもしれないのだ。喧嘩を無理やり買ってしまった上での現状なので、本当に申し訳ない限りだ。

「いいえ。今回は説明を怠った空太が悪いわ。ちゃんと、反省しなさい。最近、内勤が多いから、鈍ってるんじゃない?」

「そうかもしれません」

 うー。

 絶対空太が悪いわけじゃないから、なんだか納得いかない。


「地蔵菩薩様、すみませんでしたっ!」

 上手くいい返せずもやもやしていると、木田さんが足元までやってきて突然、そう謝った。……えっ、もしかして、この人が地蔵菩薩?!

 地蔵とかついているから、もっとつるんとした髪型の人かと思ったのに。まさかこんな黒ゴスロリを着たゴージャスな美女が現れるとは思わなかった。

「さあ。一度下に降りましょうか」

「……はあ」

「このままだと、パンツ見えちゃうわよ」

「ぎゃお」

 私はあわててスカートを押さえる。確かに木田さんの立っている位置だとスカートの中が見えてしまう可能性が高い。

 地蔵菩薩は私の手をとると、ゆっくりと高度下げた。


「み、見た?!」

 そういうと、木田さんも空太もぶんぶんと首を振った。

 ……本当だろうか?でもここで見たと言われても、短いスカートで空を飛んだ私も悪いので、許さないわけにもいかない。

「さあ、私の事はいいから、子供たちの確認をしにいきなさい。皆怖がっているわよ」

「はいっ!!」

 木田さんは軍人のようにびしっと敬礼し大きな声で返事をすると、子供たちが隠れている方へ歩いていった。

 空太が地蔵菩薩様が変だと言っていたが、結構普通にいい人だ。子供の心配するとか、とても優しい。確かに服装はゴスロリだけど、これが制服なら仕方ないわけで。

 もしかして、空太の評価って結構厳しい?


「さてと。貴方も、そろそろ戻りなさい。疲れたでしょう?」

「い、いえ。私よりもたぶん、空太とか木田さんの方が疲れたと思います。……私は、逃げるしかしてないから。あ、でも。もちろん、迷惑になるならもう帰ります。本当に、すみませんでした」

 自分がやれた事を考えると、恥ずかしくなるぐらい何もしていない。本当に申し訳ない限りだ。自分のこの考えなしなところは、本当に治したい。

「謝る必要なんてないわ。実際あなたが動かなければ、子供が危険だったのでしょう?それに貴方が悪霊を集めてくれたおかげで、彼らも仕事が捗っただろうし。ね、空太。そうでしょ?」

「そうですね……」

 空太は優しいから、総肯定してくれるが、たぶんそんなことないだろう。

 自分でも頭に血が上ってしまって、全然冷静に対応できなかったと思う。本当ならば、戦力外の私は応援だけでとどめておくべきだったのだ。

 後になれば、自分の行動のマズさがわかるのに、その場は全然考えられない自分が憎い。


 ぼちゃん。

 

 猛反省しているのに、どうしてこう、私のお耳は聞かなければ良かった音を聞いてしまうのだろう。音に釣られてふと見た先で、とても希薄な気配しかない人が、三途の川に転落したのを目撃してしまった。

 多分あれは悪霊だった人だ。そしてさっき、もしかしたら私や子供を襲おうとしたかもしれない人。私が石をぶつけたかもしれない人だ。

 分かってる。私は非力で、大人しくしていろという事ぐらい。さっきひどい目にあったので、痛いほど分かっている。

 それでも、気がつけば、私は走り出していた。

「くそったれっ!!」

 何で落ちるんだ、馬鹿っ!!

 こんな激流に流されたら、気配も希薄なんだから、絶対見つけてもらえないだろうに。

 悪霊だって、元々は私と同じ普通の人だからとか、さっき地蔵菩薩に嫌わないであげてと言われたとか、そんな事を考える間もなく、私は気がつけば本能のままに三途の川に飛び込んでいた。

  

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