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10話 悪霊退治はじめました

「……えっ、あの」

 子供を苛めていたのは私の背丈より、断然大きな男だった。青い髪に青い瞳の鬼。赤鬼な新井さんと同じでやっぱりマッチョ。殴られたら、私なんてひとたまりもないだろう。それでも、小さい子が泣いていたら、黙っていられない。

「恥ずかしいと思わないの?こんな小さな子を泣かせるなんて、鬼みたいな所業。たとえお天道様が許しても、私は許さないから」

「いや、その……」


 私が子供を守るように鬼に詰め寄ると、青鬼はおどおどとした。

 お、意外にこの鬼、小心者なのかもしれない。でも、そうだよね。小さい子を泣かせるなんて、きっと体格とは反対に器が小さいに違いない。

「冬夜。それぐらいにしてあげて。木田きださんが可哀想だから」

「は?可哀想?」

 ぽんと肩に手を置かれて、私は空太を見た。小さい子を泣かせる方が悪いのに、どうして木田さんが可哀想になるのだろう。

 にしても、空太、あっちこっちに知り合いがいるんだなぁ。まさか三途の川の鬼とも知り合いだったとは。

「空太さん、ありがとうございます。あ、あのですね。私は鬼ですが、別に鬼のような所業をしているわけではなくて……」

「だって、この子泣いてるじゃん。一体何したの?」

 もしかしたら、見た目が怖くて子供が泣いてしまったという可能性もある。もしもそうだとしたら、まあ確かに木田さんに同情してもいいかもしれない。人も鬼も見た目じゃなくて、中身が大切だ。


「ああ。実はその子が積んだ石の塔を壊したんですけど――」

「って、やっぱり酷い事してるじゃない。何で、折角この子が作ったもの壊してるの?!」

 確かによく見れば、女の子の前には、ごちゃごちゃっと石が山のようになっていた。これが壊された残骸だろう。

「ほらほら。冬夜。話を最後まで聞いてあげて」

「空太ぁ」

 聞いてあげてってさぁ。

 普通に考えて、作ったものを壊したら、泣くに決まってる。私も小さい時に、自分が作った工作を壊されて、盛大な兄妹喧嘩をした事があった。

 一生懸命作ったものほど、壊れると悲しくなるのだ。例え他人には、ごみに見えても、自分が作ったものというのは、愛着がある。


「えっと、私は失敗した積み石を壊すのが仕事でして」

「は?」

 失敗した積み石?

「ほら、聞いた事ありません?ひとつ積んでは父のため~、ふたつ積んでは母のため~、みっつ組んではふるさとの兄弟我身と回向してという歌を」

「えっと、ないかな?」

 生憎と私が聞いたことがあるのは最近の流行りの歌とかで、あまり聞いたことがない。

「そうでしたか。えっと、実は彼女達は、親よりも先に死んでしまった子なんです」

「親より?」

「はい。親よりです」

 それと歌がどう繋がるのかよく分からない。それでも空太に言われた通り、結論を急がずに木田さんの言葉を待つ。

 すると木田さんは、すっとしゃがみこんだ。しゃがんでも子供よりも大きいが、少しだけその距離が女の子と縮まった気がする。

「なので彼女達は親が死んでも、供養をする事ができません。供養は子供の仕事です。なのでここで心を癒す間に、親や兄弟の為に積み石による塔を造ってもらっているんです。ほら、お嬢ちゃんも、泣いていないで、また頑張りなさい。前よりはずっと上手になったから」

「う……うん」

「もっと上手なのができたら、ママも喜ぶぞ」

 女の子は目を真っ赤にはらせながらも、ごしごしと服の袖で涙をぬぐい木田さんの言葉に頷いた。そしてすくっと立ち上がる。

「新しいの、とってくる」


 そう言って女の子は、小さな足で河原を走っていく。

「心に傷があると、ちゃんと転生できません。ですからここで、遊びながら傷を癒します。上手に石積みで塔ができれば、ここは卒業で転生の道へ進むことになります。ほら、だからこの河原には、小さい子しかいないでしょ?ある程度大きいと、すぐに上手に積めてしまうので。ただ心に深い傷のある子は、しばらくわざと積み石に失敗してここに留まりますけどね」

「そうなんだ」

「はい。なので私たちは、ここで子供たちを守りつつ、失敗した積み石を壊します。やはり供養とする積み石は、ちゃんとしたものにしたいですからね」

 なるほど。

 つまり女の子は、上手く積めなかった積み石に対して泣いていただけで、別に木田さんの所為で泣いたのではなかったのか。

 

 私は状況を把握すると、しゃがんでいる木田さんに合わせて、自分もしゃがんだ。

「ごめんなさい」

「え。いえ。分かってもらえれば、いいんです」

「いや。本当にごめんなさい」

 とても失礼極まりない勘違いをしてしまったのだ。鬼も見た目じゃない。私が深々と頭を下げると、木田さんもあわてたように深々と頭をさげた。

「いやこちらこそ。勘違いさせてしまってすみませんでした」

 さすが青鬼。

 いいヒトすぎる。赤鬼を助けた鬼として描かれるだけある。


「えっと。じゃあ、ここは死霊の児童預かり所みたいなところなんだ」

 しっかりと謝った所で、私はすくりと立ち上がり、周りを見渡した。この辺りはあまり子供がいないみたいだけど、少し離れた場所では、子供が走り回っているのが見えた。

 ずっと石積みをしているわけではなく、遊びつつ、あの子達は石積みもしているという事だろう。

「そうですね。あ、もちろん石をうまく積めないほど小さくして亡くなってしまった者もいます。そんな子供はしばらくここで預かった後、地蔵菩薩様が次の段階へ連れて行って下さいます」

 あー。確かに、赤ん坊に石を詰めとか、無茶ぶりもいいところだ。可哀想すぎる。

「へえ。地蔵菩薩様って、すごいいい人なんだね」

 人を表しているのか、職業を表しているのか良く分からないけれど、お年寄りや子供とかかわる仕事をする人は、とってもいい人に感じてしまう。

「いい人なんてものじゃありません!とても素晴らしい方なんですよ。すべての者を許し、すべての者に慈悲を与えるんですから」

「へー。そうなんだ」

 木田さんは相当その地蔵菩薩に惚れ込んでいるようだ。その様子に私は若干引いたが、確かにすべての者とはすごいと思う。

 すべてを許すとか、すべてを裁く閻魔王とは正反対だ。どうせなら、私もそんな素敵な人の後任者に選ばれたかった。


「でも。ちょっと、ずれてるけどね」

「えっ、空太。そうなの?」

 ……でもずれているのは、冥界の住人皆に言えるのではないだろうか。左鬼の言動をはじめ、移動方法がすでにおかしい。また突然槍を向けてくる悪魔がいれば、ムキムキマッチョなのに、その筋肉を全く生かさず、保父さんや事務員をしている鬼がいるぐらいだ。多少ずれていても通常運転な気がする。

「空太さん!地蔵菩薩様は、ちょっと天然なだけで、別にそこまで言うほどずれてないですよ!」

「そうかな?結構変な趣味をしてると思うけど」

「そんな事ありません!」

 一体、どっちが正しいんだ?

 でも、天然という事は、やっぱりずれているには違いないのだろう。まあ、すべてを許すような人なのだ。思考が一般と違っても仕方がない。


「わあぁぁぁっ!!」

「キャッッ!!」

 のんびりと話をしていると、遠くから子供たちの騒ぎ声が聞こえて、私はふとそちらを見た。もしかしたら、また石積みに失敗したのだろうか?

 しかしそこで見た光景は、私の想像と全然違った。

「……な、なにあれ?」

 子供たちが逃げ出している場所に、黒い何かがいた。目を細めてみると、ヒト型のように見える。しかしその人型を黒い霧のようなものが包んでいて普通の人ではない。

 その黒い霧を見ていると何故かざわざわと鳥肌が立った。アラクネさんのような外見の怖さはないのに、吐き気のようなものがせり上がり、不快なものを感じる。


「何をしてるんだっ!」

 ピィィィィィィッ!!

 笛の音と共に木田さんが呆然とアレを見ている私の横を走り抜け、子供たちの方へ走っていく。あの慌てようからすると、きっと子供にとって良くないものなのだろう。

 不審者みたいなものなのかもしれない。

 なら、私も行かなければ。

 私は木田さんみたいに、筋肉隆々ではないので、あまり役立たない。でも子供たちを逃がすだけなら、何とかできるはずだ。

 それなのに、体が硬直して動かない。


 行かなければ。こんな止まっている場合じゃない。分かっているのに、足がすくんでしまう。


「冬夜。君はまだ近づかない方がいい」

「空太……」

「あれは、陰気を溜めこんでしまった魂。まだ自分を守れない状態だと、辛いだけだから」

「いんき?」

 あまり聞いたことの単語だ。どういう字が当てはまるのかも分からない。

「そう。いわゆる悪い感情みたいなものかな?それが溜まりすぎると、霊気が穢れ、濁ってしまうんだ。ほら彼の周りの霊気が黒っぽいでしょ?あれが穢れている証拠」

 ああそうか。

 このムカツキは、悪口を聞いた時に感じるようなものに似ている。自分が言われているわけではなくても、いい気分がしないあの時の気持ち悪さを煮詰めたような感じなのだ。

「あれって、治るの?」

「穢れが酷すぎなければね。ほら、洗濯物の汚れだって、酷くなければ落ちるだろ?でもシミになってしまったらもう落ちることはないよね」

「落ないと、やっぱり問題があるの?」

 傍から見ている見ているだけの私でも気分が悪くなるのだ。本人はもっと気分が悪かったりするのだろうか。


「問題というか、酷い汚れは、心を壊して狂ってしまうかな?」

「えっ?」

 狂う?

「もう少し、説明してあげたいけど、ちょっと待ってね。今日は悪霊が多いなぁ」

 空太はすっと私の前に出た。

 気がつけば、木田さんが立ち向かっていったのとは別の悪霊が目の前に現れている。近くで見ると、やはり黒い霧で覆われているものの、ちゃんと人だ。

「駄目だよ。例え冬夜を食べても救われないからねっ!」 

 空太はとても優しく諭すかのように悪霊へ話しかけると、その言葉とは正反対の鋭い蹴りをホップステップジャンプの要領で悪霊の顎へ叩きつけた。

「ぐあっ」

 濁ったような何重にも聞こえるようなうめき声を上げて、悪霊が倒れる。空太は倒れた悪霊の横まで行くと、続けざまに殴るのではなく、地面へ手をついた。

「我が言霊に従い、開け六道の扉。繋げ、暗き監獄へ」

 空太の手を置いた場所から黒い影のような穴が広がっていく。それは序々に悪霊のしたまで広がり、気がつくと、悪霊が目の前から消えていた。

 同時に黒い穴も消える。

「俺は弱いんだから、あまりこういうのはやめて欲しいんだけどなぁ」

 鮮やかに悪霊を消してしまった空太はそう言ってぼやくと、手を口元へ持っていった。

「木田さーん!援護はまだ来ないの?」

「もう少し、待って下さいっ!!ああっ、こら。動くな」

 木田さんは悪霊を男らしく殴り飛ばしながら、空太にそう答える。空太の方が手馴れているように感じるのは私だけだろうか。


「もう少しってなぁ。冬夜、ちょっとじっとしててね。なんだか、妙にうようよいるから」

 空太が言う通り、気がつけば悪霊が少しずつ増えていた。先ほど空太はしっかりと、悪霊を退治していたので、多分分裂したとかそういうことではないだろう。

 どういうわけか、ここに悪霊が集まってきているだけだ。これが普通なのか。それとも普通じゃないのかは、冥界ビギナーな私では分からない。

 分かるのは、木田さんと空太が悪霊を一体ずつ倒していて、結構なピンチな場面に居合わせている事だけだ。 


 腰が抜けてしまったようにその場にへたりこんでしまった私の前で、空太は軽業師のように飛び回り、空きほどと同様に悪霊を蹴り飛ばし倒す。とても鮮やかだ。

 空太は弱いと言っていたが、全然そんな風に見えない。

「いやっ!」

 空太の鮮やかな動きを何処か安心しきって見ていると、別の場所から悲鳴が聞こえた。そこには先ほど石積み用の石をとりに行った子が、悪霊の前に座り込んでいた。私と同じで足が上手く動かないようで、ガタガタと震えている。

 助けないと。

 脳裏にそう閃くが、頼りの空太は別の悪霊を退治している。木田さんは離れた場所にいて間に合わないそうにない。空太が言った援護はまだ到着していなくて……。

 助けるって、誰が?いつ?どうやって?――


「――そんなの……私しかいないじゃん」


 そして今しか助けられない。

 まだどうやっては思い浮かばないけれど私だって子供を担いで逃げるぐらいできるはずだ。大丈夫。魂の重さはとても軽いって、昔兄に聞いたことがある。

 動かなかった足を無理やり動かせば立ち上がる事ができた。生まれたての小鹿のような動きだけど、私もやればできるじゃん。

 一歩踏み出そうとしたところで、足元に私にだって使いこなせる武器がある事に気が付ついた。

 できる、できる、やるしかない。

「狂犬、なめんなっ!!」

 川原の石を拾うと、思いっきり振りかぶって投げる。ソフトボール部じゃないけれど、ボールコントロールは下手な方じゃない。

 河原の石は弧を描き、ゴンッと鈍い音が悪霊からした。

「よっし!」

 倒れはしないけれど、ちゃんと当たっている。大丈夫、喧嘩だったら私だって負けやしない。


「バーカ、バーカ!」

「冬夜?!」

 空太に名前を呼ばれるが、私は悪霊から目をそらさない様にした。目はいい方だ。また逃げるのも得意である。攻撃したら逃げる、攻撃したら逃げるを繰り返せば、いつかは倒せるはず。

 悪霊に言葉が通じるか分からない。それでも私は、精一杯の強がりで、悪霊に悪態をつく。まずは出来るだけ女の子から意識がこちらを向くように。

「はん。子供を襲うなんてちっさい男。恥ずかしくないの?本当に女々しい、メメちゃんね」

 悪霊が明らかに私を見たのが分かった。そのおぞましさに、寒気と目眩がする。でも負けられない。こっちへ向かってくるのを見て、さらに一つ石を拾って、私は投げた。


 先制攻撃は、私の得意分野だ。

「メメちゃん!私を捕まえられるものなら、捕まえてみなさい!」

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