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1話 幽霊娘はじめました

 4月1日。時間、7時頃。場所、見通しの良い道路。そこで、私は死んだ。


 というか、死んでるよね……。まだ救急車も呼ばれてないから、死亡診断もされていないけれど。でもトラックの下で、モザイクが要りますよレベルでひき肉とかしているなら、普通に考えて死んでいるだろう。そうでなければ、ゾンビだ。

 私が予測するに、トラックに跳ねられ飛ばされたところで、再度タイヤで踏みつけられ、ぺっちゃんこになっているのだと思われる。ちなみに前輪に引っかかった状態で数メートル引きずられた模様。

 最悪だ。


 そしてトラックの運転手が外へ出てきて、おろおろしているのを私は何処か遠い場所を見ているような気分で眺めていた。

 実際、ちょっと遠い場所で見ているんだけどさ。

 現在私が体験しているのは、臨死体験というものだろう。イメージ的にお花畑が見えたり、又は走馬灯を見たりするのかなとは思っていたが、こう言う感じで、上空高くから自分の残骸を見ることになるとは思いもしなかった。

 高世恐怖症でなくてよかったなぁと的はずれな感想が頭に浮かぶのはきっと、自分自身、まだ死んだことを実感してはいないからだろう。


「生き返りたいですか?」

「は?」

 突然声をかけられ私は自分の残骸を見下ろすのをやめた。

 ……おっと、幽霊でも声が出せるのかと、新たな発見。もしかしたらこれは声ではなく、なんかテレパシー的なものかもしれないけれど。だって物理的に考えて、幽霊が声を出せるとも思えない。

 冷静なのか、それとも現実逃避なのかどうでもいいことばかりが頭をよぎる中、私は声をかけた主を見た。そして同時に私は声を失う。いや、元々声はないかもだけど。


 そこにいたのは、はっきり言って場違いに綺麗な男だった。黒髪黒目の日本人顔だけど、目鼻がパッチリしていて女の私が嫉妬しても言いぐらい、睫毛が長い。またモデルのように手足もすらりと長く、素晴らしいプロポーションだ。春の陽気に似合わない、黒い分厚いコートを着ているので体格ははっきりと分からないが、太ってはいないのは明らか。

 なんというか、作り物めいた顔立ちの男を、私はぽかんとその顔を眺めた。こういうのを眼福というものかもしれないけれど、私だったら絶対隣を歩いて欲しくない顔だ。


「生き返りたくないですかと聞いたんですけど……。あ、えっと、自分が死んだということは分かりますか?」

 人形のような綺麗すぎる顔の男は、その顔には似合わないおどおどとした様子で話しかけてきた。困ったように頭を掻くしぐさなど、はっきり言って人間臭い。見た目と中身がアンバランスな男に、私は訝しみながらも頷いた。

「そりゃ、あれだけぐちゃぐちゃだと、生きているとは思えないけど……」

 思えないというか、思いたくないというか。

 死にたくないと聞かれれば、私にだって家族や友人がいる生活を送っていたのだから、未練はあるのでイエスだ。でもあの状態で生きていたいかと言われると、若干疑問だ。明らかに顔かたちは変わってしまっただろうし、絶対後遺症は残ると思う。

 現在花の高校生である事を踏まえると、数十年残った人生をあの状態で生きろというのは、自分にも周りにも過酷すぎる。

「ええ。今の貴方は、まぎれもなく死んでいます。良かった。突然な交通事故の場合、自分が死んだ事に気かつかなかったり、死んだ事を認められない人間が多いもので」

「へぇ」

「その上で、あの……生き返りたくありませんか?」

「……いや、どうやって?」

 あからさまににほっとした様子の男は、再度世迷いごとのような事を私に言ってきた。どうやら、最初の問いかけは、私の聞き間違いではなかったようだ。

 というか、生き返りたくないかって……こいつ何者?

 そもそも幽霊の私に話しかけてこられるだけ、普通ではないのだ。人間という線はないだろう。私と同じ元人間の幽霊という事はあるかもしれないけど、女より綺麗なのに男にちゃんとみえる、常識はずれな美貌の持ち主が同じ日本に居たとか止めて欲しい。

 まるで私が不細工のようではないか。


「えっとですね、僕の力を使って、貴方の魂を体に戻すという方法をとろうかと――」

「えっ、絶対嫌」

「はあ、嫌で……えっ?!なんでですか?生き返れるんですよ」

 どうやらこの男、私がすぐさまその話に飛び付くとでも思ったらしい。目を丸くしてかなり驚いている。でも待て。どう考えてもこの男の説明は色々問題があるようにしか思えない。

「だって、今の私ひき肉なんだけど。それで魂を戻すと言われても……。体は治してくれるわけ?」

 普通だったら、体を治して、魂を――と話が行きそうなところなのに、どうして最初から魂を体に戻すとか言っているのだろう。最初の工程が抜けている。

「いえ。僕ができるのは魂と肉体で切れてしまった線を繋ぐ事だけでして。体を修理するのは、生憎と無理でして――」

 ヘラっと笑われたが、私の中でイラっとしたものが生まれる。

「やっぱり。うちの兄から、おいしい話は疑ってかかれって、耳ダコができるぐらいこっちは言われて育っているのよ。あのひき肉に戻されたとして、普通に考えて元通りの生活に戻れるわけないでしょ。どうしてそこで私が頷くと思うわけ?!」

 ないわ。

 あの体に戻って私が送るのは、ただのゾンビライフ。お先真っ暗だ。例えブラッ●ジャッ●先生がいたとしても、匙を投げそうな状態である。

「そもそも。貴方は何者?!神、悪魔、死神、その他、どれ?!なんで私を生き返らせようとしているわけ?もしかして、何かヘマして私が本当は死ぬはずではなかったけどうんぬん、いうわけ?!それとも、私の魂目当て?せめて完璧に元通りに戻すならまだしも、中途半端に蘇らせて取引しようとか、へそで茶を沸かせるってものよっ!」

「あ、あの。質問は、ゆっくりとお願いします。僕もちゃんとお答えしますからぁ」

 私がずいずいと詰め寄ると、男は半泣きのような顔で両手を上げた。泣きそうな顔すら綺麗とか、まったくもって詐欺だ。というか、本当に顔と性格が合わない奴である。これだけ美形なら、もっと俺様な正確でもいい気がするのは、私だけだろうか。


「分かったから、泣かないでよ。泣きたいのはこっちだから。とにかく順番に質問に答えて」

 先に泣かれては、まるで私が悪者のようではないか。

 私はイライラを押さえて、深く息を吐きだした。まあ、死んでいる私が、息を吐けるはずもないので、気分的なものなんだろうけど。

「まず、僕は死神をやっているサキと言います。左に鬼と書いて、左鬼です」

「ふーん。私はトウヤ。冬に夜と書いて冬夜。死神なら知っているかもしれないけど」

 冬の夜に産まれたから冬夜。とてつもなく安易につけられた名前のせいで、男に間違えられる事、はや何度目かという感じの忌まわしい名前だ。兄が、春過(はるか)という女っぽい名前だった為に余計に男らしさが際立つ。

 おかげで小さい時は、男女と言われ、からかわれたりするのが、しょっちゅうだった。まあ、私がしばき倒したり、兄が仕返ししたりしていたので、すごく辛い思いをしたというわけでもなかったけれど……おっと、話がずれた。

 どうにも体がないせいか、意識がふわふわとあっちこっちに飛んでしまう。まあ、元々それほど落ち着きのある方ではなかったけれど。

「はい。知っています。冬の夜って、綺麗な名前ですよね」

「……あ、うん」

 ほやんと擬音語が聞こえてきそうな笑みを浮かべて褒められると、どう反応して良いのか分からず、私は相手のおどおどがうつったかのような状態で頷いた。

 その顔で、そういう事言うのは詐欺だ。別にかわいいと言われているわけではないけれど、恥ずかしくなる。


「それで、冬夜を生き返らせようとしているのは、本当でしたらここで冬夜が死ぬという事はなかったからです」

「えっ。私、背後からトラックに轢かれたんだけど。死ぬはずじゃなかったと言われても、あれを避けろとか無理だから」

 恥ずかしさで顔が赤くなっているのを誤魔化す為に、私はすぐさま左鬼の言葉にツッコミを入れた。

 事故当時、私は誰も歩いていなかった事もあって、歩道を自転車で走っていた。それなのに、トラックに背後からぶつかられ飛ばされた上に、踏みつけにされている。私は忍者の末裔でも超能力者でもない、普通の一般庶民なので、そんな不意打ち避けられるはずもない。

「はい。本当ではあのトラックは別の道で居眠り運転をして事故をするという予定になっていました。冬夜が死ぬ確率は限りなくゼロに近い予測値で……。ただトラックが予測を裏切り、道を間違えた上に、運転手が遅れを取り戻そうと本来なら使う予定ではなかった近道をし、さらに眠気でまさか冬夜を見落とすとは思いもしなかったので」

 うわぁ。かなりの偶然で、私はトラックに撥ねられたらしい。今日の朝テレビでやっていた運勢は、かなり良かったはずなのに、ついていない。

「でも、それって予測値なんだよね。死ぬ可能性もゼロではないんでしょ?」

 ついていないとは思うが、左鬼の話し方を聞く限り、運命というものは決まっているというわけではないようだ。だとしたら私が限りなくゼロに近い確率で死ぬという運命を引き当ててしまったとして、生き返らせなければならない理由が思い当たらない。

 絶対死なないと言うならまだしも、死ぬ可能性もあったのだ。

「はい。そうですけど」

 私の質問の意図が分かっていないらしく、左鬼は可愛らしく小首をかしげた。……似合うのが、少しムカつくのは、女の僻みだろうか。

「何で、わざわざ私を生き返らせようとしているわけ?」

 

 この世の中、私以外にも死にかけているというか、ぶっちゃけ死んでしまった人が大勢いるはずだ。なのにどうして私だけを生き返らせようとしているのか。

「……確かに可能性はゼロではありませんが、限りなくゼロに近かった事には間違いないですから。冬夜が死んでしまったのは、運命管理部のミスでもあるので」

「私以外にも、こうやって生き返った人っているわけ?」

「ええ、まあ。何人か」

 ……怪しい。

 というか死神に生き返らせてもらいましたなんて話、私は聞いた事がない。

「なので、冬夜も是非」

「いいです。結構です」

「それは、結構いいという意味――」

「そんなわけあるかあぁぁぁっ!アンタは、何処の悪徳セールスマンッ?!NOという意味に決まっているから?!JK」

「ジェー、ケー?」

「常識的に考えてという意味よ。女子高生という意味じゃなくて」

 何なんだ、一体。

 ごり押しで、罰ゲームのような生き返りをさせようとするなんて。意味が分からない。

「今の時代は変な言葉が流行っているんですねぇ。でも、常識というのは、人それぞれ違いますし、特に死神の常識と人間の常識は違うかと思うので――」

「そんな事を聞きたんじゃないの。いくら死神の常識が私と違ったとしても、詐欺まがいな方法で、ゾンビにされてたまるかぁぁぁっ!」

「生き返らせるので、ゾンビではありませんよ。そもそも人間の世界でゾンビは架空の存在だったと思うので――」

「見た目が、どう見てもゾンビだって言ってるのっ!あれじゃ、ひき肉とどっちがマシかっていうレベルよ」


 私だって本気で自分がゾンビになるとは思っていないから、そんな冷静なツッコミはいらない。

ただ現状を見る限り、ゲームだったら悪役に真っ先に抜擢されそうな外見とかしているのだ。

「冬夜。僕の話を最後まで聞いて下さいよ。短気は良くないですよ」

 誰の所為だ。誰の。

 頭が煮えたような話が出てこなければ、私だって冷静に対応する。でも、実際はそうではないのだから仕方がないと思う。

「怒鳴りたくなる事を言うから仕方ないでしょ。私は嫌だって言ってるんだから、アンタも諦めて、私を素直にあの世に連れて行ってよ。それとも勝手に逝けばいいわけ?」

 どうやったら逝けるのか分からないけれど。でも世の中が幽霊で溢れかえっていないなら、どういう方法かで幽霊は成仏しているのだろう。


「待って。危ないですから、勝手に動かないで下さい。迷子になってしまいますから」

 そう言って、左鬼は私の腕を掴んだ。やっぱり綺麗な顔はしているけれど、男なので手が大きい。さらに顔に似合わず、タコができているようでごつごつしている。意外だ。何かスポーツをしているのだろうか。

「普通なら、生き返れると聞いたら皆飛びつくものなんですけど」

「それはきっとよく考えていないか、死体が綺麗な状態で保管されていた場合だけだと思うけど」

 もしくは死神の顔が綺麗すぎてぽかーんとしている間に変な契約をしてしまうかだ。何て恐ろしい、新手の詐欺だろう。

「若い時の苦労は買ってでもしろといいませんか?」

「それは生きているときだけで十分。死んだら、若いもクソもないわ!」

 そんな理由で、大きな苦労を背負ってたまるか。

「女の子が、クソとか言わないで下さいよ。良いじゃないですか。お得ですよ」

「お得の意味わかんないんだけど。とにかく、嫌なものは、嫌って言ってるでしょ?!」

 何が何だかサッパリだ。

 これは常識の違いからくるのか、それとも左鬼がおかしいのか。1ついえる事は、どう考えても生き返ったら、そこで色々終了だ。人生終了しているけど、もっと他のものも無くしてしまう。

 

「……分かりました。あの体を修復できれば生き返ってくれるんですね」

「さっき治せないっていったよね」

 騙されないぞといういきごみで、私は左鬼をギロリと睨みつける。悪徳セールスマンまがいのことをしようとしたのだ。そもそも私をどうしても生き返らせたいというのも全然説明になっていない状態。この顔に騙されて、人生……もとい、幽生失敗したくない。

「ひっ。睨まないで下さいよぉ。僕のガラスのハートが砕けそうですから。えっと、僕は無理ですが、きっと閻魔王様に頼めば、たぶんどうにかなると思います。きっと、はい。大丈夫です。たぶん」

「今の説明、不安しか感じないんだけど――」

 今の左鬼の言葉の中に何回たぶんときっとが入ったのか……ん?

 

 ふよふよと浮いているわりに、さっきまでは体が安定していたのに、何だか足元が安定しない。私は唐突に感じた違和感に下を向いた。

 そしてギョッとする。

「――何コレ」

 さっきまでは足の下に道路やトラック、私の死体が見えていたのに、今はまるで写真をぐりぐりとマジックで塗りつぶしたような真っ黒な穴が開き、その下が見えなくなっている。

「いや、ここで立ち話をしても伸展しませんし、冥界に行こうと思いまして」

「め、冥界?」

 あの体で生き返るのも嫌だけど、冥界という言葉に突然死をリアルに感じて鳥肌が立った。真っ暗というより、真っ黒な穴は、私の中から恐怖を引き出していく。


「じゃあ、行きましょうか」

「えっ。行くってどうやって――えぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ?!」

 唐突に重力を思い出したように、私は底の見えない、真っ黒な穴の中に落ちた。

 突然の紐なしバンジーに、喉の奥からは悲鳴しか出てこない。

「し、死ぬうぅぅぅぅぅぅぅっ!」

 重力が、風が、一気に体にかかり、胃袋なんてないはずなのに、中身がせりあがってくる感覚がする。

「嫌ですね。冬夜はもう死んでいるじゃないですか。人間は生き返らない限り1回しか死ねませんよ」

 そんな冷静なツッコミいらんわぁぁぁぁぁっ!!

 永遠に落ちていくような感覚に、私は不安も何もかも吹っ飛び、左鬼にしがみつく事しかできなかった。

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