表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

青春の影

作者: 本郷 真琴

高校生の愛と青春の物語です。

青春の影

 

 まだ雪が少し残っている、4月の上旬であった。時折寒風が吹きすさび、冬のなごりを残している。だが確実に春はそこまでやってきている。この4月から、市内の高校に通うことになった竜太郎はオリエンテーションを終え、街の中にある書店で友人と3人で、教科書を購入した。3人はハンバーガーショップに立ち寄り、買ったばかりの教科書を開いていた。

 「教科書って、こんなに高いとは思わなかったよ。それに参考書や副読本も。」

 友人の謙一が苦しそうに呟いた。謙一の家は農家であったが、経済的に裕福ではなくて、親にはあまり負担をかけたくなっかたようだ。

 医者志望の真崎は

 「これは必要経費なんだ。俺たちの未来はこれからの頑張り次第なんだ。そんな事言ってたらきちんとした社会人になれないぞ。」

 謙一はそれには答えずに

 「部活なんだけど、俺バスケ部に入ろうと思うんだ。」

真崎は水を差すように

「うちの高校のバスケ部、強いからレギュラーになるのは大変だぞ。」

謙一は黙り込

んでしまった。竜太郎は謙一が可哀相になってきた。貧困の農家に生まれ、小学校の文集に

「俺が親父をらくにさせてやるからな。」

と、書かれていたのを鮮明に想起した。謙一はいつも同じ服を着ていて,はいている靴もいつもぼろぼろだった。竜太郎は真崎に反駁するように言った。

「古来英雄は貧困の中から生まれる.真崎が医者になる志は立派だが、経済的に困窮していたり、不幸な家庭環境にある人たちの事も考えないと、立派な医者にはなれないぞ。」真崎は

「お前、青臭い理想論を言ったってだめだ。世の中は奇麗事だけでは生きてゆけないぞ。竜を見てるとろくな大人になれないぞ。今に社会からドロップアウトして、ぼろぼろなるのがせきのやまだ。お前こそ現実をしっかり見つめないと、大変なことになるぞ。」

竜太郎は真崎の忠告に対し何も言えなかった。確かに真崎の言う事はあたるともとからずといったところである。医者になるという、具体的な目標をもっている。竜太郎にはこれといった目指す道がまだ見えなかった。自分が働いているいるイメージが湧いてこなかった。


竜太郎は野球部に入部していた。もう三月の下旬から、練習に参加していて 今日は 練習

用のユニフォームを買おうと思っていた。スポーツショップに立ち寄り、店員と話をした。竜太郎の野球部は、市内でも有名な弱小校だ。だいたい、9回まで持たない。だいたい、5回か7回コールドで負けてしまう。竜太郎は、中学の時は、エースだったが、これまた弱小校で、負けてばかりだった。竜太郎は中学の時はエースだったがこれまた弱小校で負けてばかりだった。

真崎はもう受験勉強始めている。中学の時は謙一がトップで、竜太郎が二番、三番が真崎だった。竜太郎は勉強は殆どせず、野球に熱中するあまり、三年の時には真崎に抜かれていた。竜太郎は音楽と文学に耽溺して、授業中に太宰治や三島由紀夫、漱石を読んでいた。休み時間はバレーボールやバスケットそれにサッカーをして遊んでいた。野球部を引退すると、バンドを組み音楽好きの仲間達と学校や公民館でリサイタルを開いていた。


竜太郎は買い物を終えると、急いで汽車に乗り込んだ。ふと視界に、玲子が手を振っているのが見えた。玲子とは中学三年の時からの付き合いである。たまに会って、話しをしたり、レコードを聴いたり、街を一緒に歩いた。玲子は商業高校に通っていた。彼女はソフトテニスの後衛だった。中学の時全道大会まで行った、経歴の持ち主である。陸上の中体連の時、玲子は走り幅跳びで竜太郎より遠くへ跳んだ。その時、体育の教師があきれていた。

玲子はテニスのラケット大切そうに小脇に抱え、どでかいスポーツバッグを横に置いていた。

「そのバッグに、なにいっぱいはいっているの?」

「私も一応女です。」

きっとした表情で玲子は言った。

竜太郎は(玲子も女になってきたのか)と素直にそう思った。

「高校はどう?」

玲子は微笑んで尋ねた。

「どうってことないよ。皆自分のことばかり考えているよ。フアシストもコミュニストもいない。体制順応型の羊さんばかりだ。

「竜くん、高校卒業したらどうするの?」

『大学に行って、文学の勉強をしたいんだ。」

 竜太郎は玲子と工場裏の夕暮れの空き地で、日が暮れるまで一緒に居た時のことを想起した。

「だめよ大学に行って浮気したら。」

竜太郎はそんな事にはならないと思った。

『大学はどこを考えているの?w大かK大?」

「どこでもいいけど東京に行きたいんだ。」

玲子は外の景色を眺めていた。あとどれくらい玲子と二人で見ることが出来るのだろうと思うとせつなさがこみ上げてきた。それはいつかやってくるかもしれない別離だった。竜太郎はため息をつきながら玲子の横顔を眺めた。

二人の住んでいる街は高校がある市内から、汽車で三十分くらいの田舎町だった。玲子とは駅で別れた。

家に帰って、風呂に入りくつろいでいると、姉の理恵の声が聞こえてきた。姉は商社で働いている。

「ちょっといいかしら。」

「ああいいよ。」

理恵が部屋に入ってきた。

「竜ちゃんにおりいってお願いがあるの。実はね私の友達の妹さん、来年高校受験なんだけど、竜ちゃんに勉強教えてほしいって頼まれたのよ。」

「無理だよ。そんな時間ないよ。」

「お願い、週に一度でいいから頼めないかしら。」

理恵は珍しく頭を下げ懇願した。

「うん考えとくよ。」

竜太郎はその場を取り繕った。

 食卓は賑やかだった。

 母の美佐子が、理恵から聞いていたらしく

「あそこのお嬢さんの家って、建設会社を経営してるわよね。授業料も破格じゃない。そのお話受けたら?」

「人はパンのみにて生きるにあらず。」

と、おごそかに言った。

 「いつからクリスチャンになったのよ。屁理屈いってないで、まじめに考えてちょうだい。」

父の久が帰ってきた。

「竜、お前いい事いうな。人はお金や欲望で身を滅ぼす輩が五萬といる。」

「父さん、お酒飲んでるの?」

理恵が嫌なものでも見る様に言った。

「たしなんだ程度だ。ときに理恵、いつになったら嫁にいくんだ?一生この家にいるつもりか?行かず後家にはなるなよ。」

「嫌な親子ね。」

理恵はきっと二人を睨んだ。

美佐子が、竜太郎に

「すっかり忘れてたわ、竜太郎の入学祝まだだったわね。竜ちゃん何がいい?」

間髪を入れずに

「弟か妹」

と、笑顔で言った。


「竜、いいかげんにしなさい。本当に怒るわよ。」

理恵は居間のドアをバンと勢いよく閉めて自室のある二階に駆け上がって行った。

 久が

「竜冗談もほどほどにしないと、母さんの顔が赤くなってきたぞ。」

「本当に嫌な親子ね。」

 美佐子も腹が立ってきたらしい。食卓を片付け始めた。

「俺の飯はどうなるんだ?」

「知りません」

「おい竜、飲みにでも行くか」

「何言ってるの、竜太郎はまだ高校生なのよ。」

「大丈夫だ。交番のお巡りさんとは知り合いだし、昔は十五歳で元服したんだ」

「私本当に知りませんからね。」

 美佐子は本当に、テーブルの上を全部片付けて、洗い物を始めだした。

「おい、家の女供はなんで、ヒステリックなんだ?」

「父さん女は時にヒステリックになる時もあるよ。それは男も同じだよ。だけど、女性って、海のような優しさと慈愛を持ってるよ。だって海って、さんずいに母って書くじゃない。女性は偉大だよ。こうやって暮らせるのもお母さんのおかげだよ。」

「竜太郎、お前随分大人になったな。」

久はそんなことは重々承知していた。


竜太郎は読書と野球にあけくれた。5月の中旬に春の大会が始まった。一回戦の相手は甲子園に何度も出場している、強豪校である。竜太郎は一年生ながら、ベンチ入りしていた。

「籤運悪いな。いきなり 啓明校だ」

部員のため息ともとれる声が聞こえてきた。

「同じ高校生だ。やってみなければわからない。気持ちで負けるな。」

監督が言った。

 試合は緊迫し、9回裏で2対1でリードされていた。チャンスが竜太郎のチームにまわってきた。1アウト満塁だ。一打さよならの場面である。なんと監督は

「代打沢村」

と主審に告げた。

 俺かよ!こんな大事な場面で、と竜太郎は驚きと躊躇いを隠せなかった。竜太郎の頭にはスクイズが浮かんだ。監督が

「スクイズなんてけちな考えは捨てろ。初球を狙え。」

竜太郎は心臓が咽から飛び出しそうになりながら、バッターボックスに向かった。ちらっと相手のピッチャー見ると、顔が青ざめていた。竜太郎は少し落ち着いてきた。

「プレイ」

とアンパイアはコールした。

キャッチャーが外よりにミットをかまえているのが判った。ピッチャーがふりかぶって、ボールを投げた。外よりの甘めの絶好球だ。竜太郎はセンターに打ち返した。抜けろと竜太郎は大声で叫んだ。だが啓明のセカンドが、ジャンプ一番に打球に飛びつき、ボールはグラブから半分出ていた。セカンドランナーが、飛び出していて、ボールがショートに送られ、ダブルプレイに終わった。竜太郎のデビュー戦はあっけなく終わった。


帰りの汽車で玲子は

『今日の試合惜しかったわね。夏の予選はいつからなの?」

「あと一ヶ月もしたら始まるよ。」

「レギュラーとれそう?」

『練習でいろんなとこ守らされているんだ。」

「ピッチャーはやらないの?」

『ほかにいるから、多分ショートかセカンドで落ち着くと思う。」

「でもなんとなくいつかは投げる機会があるかもしれない。打撃練習の時バッティングピッチャーやらされてるんだ。」

玲子は窓の外を見ていた。時刻は夜の8時で、外は真っ暗だ。玲子は独自の世界を持っていて、それを貫いている。強いひとだとりゅうたろうは感じた。玲子はお世辞にも美人とは言えないが、人間的魅力に満ち溢れていた。


夏の予選と、中間試験が重なりそうだ。竜太郎は眠気と闘いながら、必死で勉強した。玲子を送って家に着くのが8時半、お風呂に入ってご飯を食べたら十時だ。深夜まで勉強した。朝は6時に、美佐子が何度も起こしに来るが、なかなか起きれなかった。

そんな中、野球部の監督から呼び出された。

『沢村は遠くから通っているし。中間テストもあるので。今回の予選は外れて貰う。」

「野球と勉強は両立させます。」

「それはだめだ。おまえが頑張っているのはよくわかっている。だが親御さんに申し訳ない。」

「でも上級生の人達も両立させているじゃないですか。」

『沢村は汽車通学だ。しかも2時間に一本しか汽車は走っていないはずだ。無理はさせられない。」

監督は目に涙を浮かべるのを見ると、竜太郎はさすがに何も言えなくなった。

 翌朝目が覚めると、午前8時を廻っていた。なんで母さん起こしてくれなかったんだ。そういえば自分は登録から外れて、今日は日曜日だ。気配を察した美佐子の声が聞こえてきた。

『竜太郎、ご飯よ。」

 竜太郎が椅子に座ると、

「顔くらい洗ってらっしゃい。」

竜太郎は寝ぼけ眼で洗面をして歯を磨いた。

「きょうはのんびりするといいわ。ご飯食べなさい。」

竜太郎は凄い勢いで朝食を食べ始めた。

「よく噛んで食べるのよ。竜太郎、無理はしないでね。昨夜監督からお電話あったわ。貴方は感謝しなくちゃだめよ。」

『姉さんは?」

『お友達と遊びに行ったわ。」

「父さんは?」

「どこかへ出かけたわ。」

 竜太郎は父の書斎に行くのが楽しみだった。紙の匂いと本が無数にあった。

 中間試験も終わると、担任の教師に呼び出された。

「沢村、凄いじゃないか。野球やりながら勉強と両立させて。監督の杉本先生に感謝するんだぞ。」

 勉強はさすがに監督の手前、おろそかにできなかった。


竜太郎の家は線路の傍にあった。ベランダに出て玲子が乗っている汽車を待っていた。玲子を迎えに駅へ向かった。玲子が笑顔で、竜太郎に駆け寄ってきた。そういえば今日はテニスの予選の決勝の試合があったはずだ。結果は玲子の顔を見ただけで自ずと判った。

「おめでとう。」

「ありがとう竜くん。」

と言ったきり泣き出した。

「竜くんごめんなさい。私ばっかり、、、、、竜くんの気持ち考えると私、、、、、」

竜太郎は玲子を真っ直ぐ見て言った。

「うれしい時は素直に喜ぶといいよ。」

玲子はしばらく竜太郎の胸で泣きじゃくっていた。

 玲子を送っていく途中で竜太郎はふいに本心を打ち明けた。

「俺、野球辞めるよ。」

 とぽつんと言った。

「それは貴方が決めることよ。私は何も言わないわ。」

「じゃあまた明日ね。おやすみなさい。」

 玲子の家の前で別れた。

 その夜に竜太郎は謙一の家を訪れた。謙一の家族は両親と兄と弟の三人兄弟で謙一は次男だった。謙一は焼酎を持ってきて竜太郎に勧めた。二人はしばらく無言で酒を飲んだ。

「俺進学は無理かもしれない。」

「どうしたんだ?何かあったのか?」

竜太郎は謙一を問い詰めるように言った。

「お金がないんだ。どうして俺の家は貧乏なんだ?」

「育英会の奨学金もあるし、方法はいくらでもあるよ。父さんを楽にしてあげたいんだろう?世間では働きながら学んでいる人はいくらでも居るぞ。」

 謙一は黙り込んでしまった。沈黙のあとに

「実はバスケ部辞めたんだ。」

 ぽつんと謙一は言った。消え入るような声だった。

「俺もいま野球を続けようか迷っているんだ。」

「俺はともかく竜太郎は別に辞めることはないよ。あんなに頑張って続けてきたのにもったいないよ。」

「野球にはそんなに魅力が感じられなくなってきたんだ。休むことなく練習しても全然勝てない。苦痛ばかり感じて、何の意味があるのだろうと思ったんだ。」

「野球続けてほしいよ。俺の分まで頑張って欲しい。お前が野球を続けるなら俺も大学のこと考え直して見る。だけど中途半端な態度で野球をやるなよな。お前が勉強と両立しているのは俺の励みでもあるんだ。だからやきゅう辞めないでくれ。」

 謙一は涙をこぼした。

 竜太郎はそんな謙一を見て、

「わかった、野球は辞めないで続ける。だからお前も勉強頑張れ。」

 謙一は泣きながらうなずいた。

 謙一が大学へ行かないと言い出したのは、バスケットを辞めた挫折感からではないかと竜太郎は思った。


夏休みに入った。竜太郎は連日練習に行き一日も休まなかった。昼休みには美佐子の作ったおにぎりを、木陰で涼みながら食べた。休息を取っていると、

「沢村、ジュースとパンを買って来い。」

 二年の岩崎がぱしりを命じた。竜太郎は無視した。岩崎は

「俺の言うことが聞こえないのか?」

 竜太郎は

「うるさいな。」

と、だけ言って涼しい顔をした。

「このやろう、覚えていろ。」

 その日あいにく監督はいなかった。暑いのは嫌いらしい。

 午後の練習は修羅場と化した。竜太郎は内野手なのに外野に行かされた。レフトのポジションにつかされた。ノッカーがいきなりライトにフライを打ち上げた。竜太郎は球

を追おうともせずに、一歩も動かなかった。上級生達が

「ボールを追え、沢村。」

と、怒鳴っていた。竜太郎はこのしごきに、とことんつきあってやろうと、開き直った。外野中ボールを追いかけた。暑さと疲労で、目がまわりそうだった。ノックが終わると、休む間も無くバッティングピッチャーをやらされた。竜太郎は速球や変化球を投げてバッターに打たせなかった。罵声がとんだ。

「まじめにやれ、沢村!」

 竜太郎はぶつけてやろうかと思ったが、それだけはやめることが出来る自制心が残っていた。

「沢村、グランド十週してこい。」

さすがにこのしごきのなかでの疲労で、まともに走れなかった。もうふらふらしてきて訳が判らなくなってきた。

「もう 止めろ」

と一喝する声が鳴り響いていた。野球部のОBのようだ。彼は福島さんといって、もとキャプテンだったらしい。福島はずっと練習を見ていたらしく、

「こんなことだから、負けてばかりなんだぞ。お前たち判っているのか?」

と、一喝した。

「監督にも報告しておくからな。」

間もなく夏合宿が始まった。グラウンド整備も、上級生と下級生が一緒にやった。

「サッカー部が言っていた。

「野球部は一年生だけがグラウンド整備をやっている。だから弱いんだと監督がいっていたよ。」

確かにサッカー部は市内でも一,二を争う強豪校である。


夏休みも終わり、秋の大会が始まった。竜太郎の高校は二回戦で、敗退した。竜太郎は勝敗を度外視していた。野球を楽しむことを覚えた。のびのびとプレーした。長打こそ打てなかったが、守備は卆なくこなした。竜太郎は送りバントや進塁打を確実に決め、いい仕事をした。そんな竜太郎を見て、上級生は何も言えなかった。


竜太郎がいつもの時間に家に帰ると、大変な事態が待ち受けていた。今度の日曜日に、姉の理恵が、彼氏を連れてくるという。父の久は不機嫌になり、母の美佐子は明らかに、うろたえていた。竜太郎が久に、

「いよいよ年貢の納め時ですね。」

「逆に年貢はたんまり払って貰う。理恵にいくら金がかかったか。」

「そうであるかもしれぬ。娘と金は飛んでゆく。」

竜太郎がちゃかすと、

「また何言ってるのよあんた達。こんな家二度と帰って来ませんからね。」

と、怒り出した。

 久が小声で竜太郎に囁いた。

「おい理恵の旦那大変だぞ。みせかけの美しさに潜む、激しい性格で理恵はいつ逃げられるか、わっかったもんじゃないぞ。」

 理恵が久を睨みつけ

「ちゃんと聞こえてるわよ。」

 理恵はぷいと横を向いた。

「さわらぬ神に崇りなしだ。」

「姉貴はきっと寂しくもあるんだよ。この間昔父さんに買って貰ったキティチャンのぬいぐるみを洗ってたんだ。わかる父さん?うら若き乙女の屈折した心理が。」

理恵は呆れたように笑い出した。

「二人で、親子漫才やれば。きっと受けるわよ。」

 久は

「今夜は酒宴だ」

 と言ってビールを冷蔵庫から取り出して。

「今日は竜も飲め、いいだろ母さん。」

「初孫は男の子かな、女の子かな。」

 久は美味しそうにビールを飲み干し,チラッとりえのほうを見た。

「ウルトラマン!」

 竜太郎が子供じみた事をいうと、理恵は

「本当に嫌な親子ね。」

 美佐子は

「あなたたちったら、ろくでもないことばかり言って、おめでとうの一言もないの?」

「祝着しごくに存知あげ候。」

 竜太郎はわざとかしこまって祝辞をのべた。

「あんた高校生のくせに生意気よ。だから先輩にしごかれるのよ。」

 理恵は竜太郎を軽く睨んだ。」

「おお恐。」

 理恵は話題を変えて

「ところで、玲子ちゃんとはどうなっているのよ。将来の約束は交わしているの?早く稼いで、むかえに行きなさい。女はそれをまっているのよ。四年間もほったらかしにしといたら、玲ちゃんよそのひとに取られちゃうわよ。」


次の日曜日、竜太郎が帰ってくると、意外な展開になっていた。いつも仲の悪い久と理恵が二人で盛り上がっていた。どうやら彼氏の事らしい。

「悪くないな。今時、あんな清潔な人間、鐘や太鼓を叩いても、めったに出てこないぞ。」

「そうでしょう、お父さん。」

 理恵も愛想よくにこにこしていた。竜太郎はそっと2階にしのび足で上がろうとすると、

「待ちなさい竜。なにこそこそしているのよ。」

と、理恵は強く言い放った。

「いや別に。」

「別にってなによ、まだねんねのくせして。」

「珍しい光景を見て、ちょっと気まずくなったんだ。ういういしい青年にはちょっと刺激が強すぎたんだ。」

久が割って入り、

「理恵の婿殿は素晴らしい好青年だ。お前も早く嫁をもらえ。」

「姉さん、行かず後家にならなくてよっかたね。」

 今度は畳んであった久のパンツが飛んできた。竜太郎は部屋に逃げ帰ると、久と理恵の笑い声が聞こえてきた。竜太郎は心の中で、姉さんおめでとうと、言った。


季節は初冬へと移り変わってきた。竜太郎は久しぶりに、謙一の家に遊びに行った。謙一はスキーの板の手入れをしていた。

「竜、俺スキーをやることにしたよ。竜もやらないか、冬場にスキーで体を鍛えないか。」

「アルペンは危険が大きいよ。ノルディックならまだいいけど。骨折でもしたら大変だよ。」

謙一は焼酎を持ってきて、

「1杯やるか、竜も付き合え。」

「若いうちから酒飲んでたら、アル中になるぞ。俺は遠慮しとく。」謙一は残念そうに秘蔵の焼酎をしまった。

謙一はおもむろに

「竜、共通一時試験大変だぞ。5教科7科目もある。それで1000点満点のうち八百点は必要なんだ。結構たいへんだぞ。だけどあんなくだらない試験に俺は負けないぞ。」

竜太郎はこれで私大に絞る決心をした。私立はほとんど三科目しかないので、自分の得意な、英語、国語、歴史で、勝負できると思った。竜太郎は緊張のあまり、体が震えたのを感じた。

「どうした竜、寒いのか?」

「いや武者震いだ。」

「そうなのか。」

 謙一は声を弾ませながら

「俺やっぱり大学行こうと思う。もちろん私立は無理だけど、国立なら父さんもいいって。スキーも程ほどにして、バイトやろうと思っているんだ。スーパーで、品だしを募集してたから、面接に行ったら、明日から来てくれって。」

「そうか、安心したよ。お前や真崎とは幼馴染で、ライバルでもあったからな。いつか三人で笑って酒が飲めるといいな。」

 謙一はいたわるように、

「竜身体だけは大切にしろよな。お前はのほほんとしているようだが、時折無茶をして頑張りすぎる傾向がある。病気にでもなったら大変だから。」

「ありがとう、気をつけるよ。」

 竜太郎は猛吹雪の中を突き進むようにして、謙一の家を後にした。


その夜、竜太郎は夜を徹して平家物語を読んだ。朝の通学の汽車の中でも読み続けた。

「本に妬けるわ。」

「本にヤキモチ妬いてどうするんだ。」

「私が居なかったら、汽車にいつまでも乗ってそうで。そんなに面白いの?」

「うん面白い。日本人の多くは源氏か平氏の末裔なんだそうだ。父さんが言っていたけど、沢村家は平氏の落人の子孫なんだそうだ。」

「それって江戸時代の系図家が、適当に作ったんだって聞いたことあるわ。」

「なぜ日本人は皇室を尊ぶかは、さっき言ったように天皇家の子孫だということからきているんじゃないかな。」

 玲子は汽車から降りると、そっと身を竜太郎に寄せてきた。駅の出口で、玲子は同じ制服を着た女子学生と挨拶を交わしていた。彼女は一瞬竜太郎の方を見たが、玲子は何事もなかったように、

「またね。」

 と言って、小走りに学校に向かっていった。竜太郎はしばらく目で玲子の後姿を追っていた。


練習が終わった後、監督が

「明日の練習は、自主トレーニングにする。」

 チームメイトの一也が、

「沢村、自主トレって、つまり練習休みって事か?」

 みな喜色を隠せずにいた。

明日は日曜日だ。玲子は部活があるはずだ。竜太郎は何をして過ごすか、考えあぐねた。帰りに本屋に立ち寄り、物色したが、特に欲しい本もなく、本屋を後にした。


翌朝目が覚めると、幼馴染の昭雄が来ていた。彼は中学を出ると左官の仕事についた。昭雄は勉強もスポーツも得意ではなかったが,人格的にも優れていて愛すべき友人であった。彼は身体も一回り大きくなり逞しくなっていた。ずいぶん大人びていた。昭雄とは気が合い、雪だるまや秘密基地を作ったり、魚釣りやうさぎを追って一緒に遊んだものだった。

「突然きて悪かったね。」

 昭雄はすまなさそうに言った。

「今日は部活も休みだし、いいタイミングだったんだよ。」

「昨日、玲ちゃんから竜ちゃんのこと聞いて、急に会いたくなったんだよ。」

 竜太郎も自然に笑みがこぼれた。

『元気そうだね。仕事の方はどう?」

「なんとかこなしているよ。まだ雑用ばかりだけど、皆気のいい人達ばかりなんだ。」

 昭雄はいきいきとした表情で答えた。昭雄ならきっと皆に可愛がられるだろうなと思った。学校なんか行くより、いろんなことを学び大きくなったんだろうなと感じた。昭雄は仕事や家庭の事を話しだした。昭雄の家は母子家庭である。三歳下の妹とまだ押さない弟がいる。昭雄の父は二年前に亡くなり、昭雄は進学を断念し中学を出てすぐに働き出した。今は一家の大黒柱である。よれよれのずぼんをはいていて少し匂ったが、竜太郎は全然不快ではなかった。昭雄は話し続け、お昼も過ぎていた。みさこが、

『昭雄ちゃん、カレー食べていかない?」

 昭雄は嬉しそうに

「はいありがとうございます。迷惑かけちゃってすみません。」

 昭雄ははにかんで答えた。

 昭雄はしっかりと自分の足で立っている。ぐち一つこぼさずに父の死を乗り越えて、幼い妹弟を養っている。

夕方、昭雄は帰っていった。みさこはカレーの残りを昭雄に持たせた。

『遠方より友きたる。また楽しからずや』

という孔子の言を想った。


竜太郎の周囲に、異変が起きていた。玲子が別の男と街を歩いているのを謙一が教えてくれた。相手は真崎らしい。竜太郎はせつない気分になり、寂しげな表情を浮かべた。竜太郎は動揺を隠せずに、謙一に尋ねた。

「玲子はどんな様子だった?」

謙一はそれには答えずに、


「お前、玲子のこと最近大切にしていないんじゃないか?勉強と部活ばかりに熱中していると、玲子は離れていくぞ。」

竜太郎は玲子とは最近空気のような存在になっている事に気づいていた。通学の時も竜太郎は勉強に熱中していた。玲子はぼんやりと外の風景を眺めているだけで、竜太郎と言葉を交わすこともなかった。玲子は判ってくれていると信じきっていた。竜太郎は後悔した。このまま、真崎に玲子をとられてしまうのかと思うと、泥沼の中へ沈み込んでいくのを感じた。竜太郎は一度も玲子を疑ったことはなかったが、自分の身勝手さと行動を恥じた。玲子は自分にはもう気持ちがなく、離れていってしまうのか。玲子はどこか遠くに行ってしまいそうだった。玲子に出会って初めて女性の優しさを知った。ごく自然に玲子が竜太郎の心の中に入ってきた。玲子を本気で愛した事はあったのだろうか。ただなんとなく淡い想いだけが玲子とのつながりだけだったんだろうか。竜太郎は眩しいものでも見るように玲子を見てきた。玲子は自分の事をどう思っているのだろう。竜太郎は良心の呵責に苦しんだ。いつもそばにいてくれているのがあたりまえだと思っていた玲子が、別の男に走っていくのがなんともやりきれなかった。恋も大切だが、自分の将来がかかっている。竜太郎の中で、幼い魂と希望が交錯した。


翌朝、玲子が久しぶりに竜太郎に、声をかけてきた。

「竜ちゃん、元気だった?」

玲子はくったくのない笑顔を見せ、竜太郎を観察するように、じっと顔をのぞきこんだ。

『別に変わらないよ」

しばらくの間、竜太郎は押し黙って玲子とは視線を合わせなかった。

気まずい沈黙が二人の間に訪れた

。  おもむろに竜太郎は玲子に問いかけた。

『玲子、お前はもう俺とは一緒に居てくれないのか?」

 玲子は一瞬押し黙ったが、こぼれるような笑顔で、

「そんなことあるわけないじゃない。ただ真崎君には数学や大学の事聞いていただけよ。」

「だったら俺に聞けばよかったじゃないか。」

『竜ちゃんのことびっくりさせたかったの。実は私も東京に行けないかしらと思って。竜ちゃん勉強や部活で忙しいと思って負担をかけたくなかったのよ。だけど両親に大反対されて、真崎君とはそれだけのことだったのよ。」

玲子は涙ながらに語った。

『竜ちゃん、妬いてくれてたの?」

「あたりまえだろ。もう終わりかと思ったよ。」


「あたりまえだろ!もう終わりかと思ったよ。」

「私達の絆って、そんなに弱い者だったの?」

「もういいよ。行こう。」

 竜太郎と玲子は発車時刻ぎりぎりに汽車に、乗り込んだ。初冬の雪はしんしんと降り積もり、汽車の中も少し寒かった。

「あと2年もないわね。」

 玲子は寂しそうに呟いたが、竜太郎は返す言葉もなかった。


 竜太郎は3年生になり、最後の夏の大会が始まっていた。竜太郎の高校は地区大会の代表決定戦までこまを進めていた。ほとんど籤運ひとつでここまで勝ち残った。代表決定戦の相手は因縁の啓明高校だった。今日の試合は竜太郎の学校の生徒たちによる、全校応援らしい。皆、緊張のあまり顔が青ざめている。

 監督が珍しくしゃべった。

 「今日はこれまでの集大成の試合だと思って欲しい。お前達もよくここまで頑張ってきた。悔いのないようせいいっぱい闘って欲しい。」

 その監督の訓示を聞いて泣き出す部員もいた。竜太郎は心の中で呟いた。こんなところで、負けてたまるかと。

『沢村、ちょっと」

監督が深刻そうな声で竜太郎に声をかけた。

 「お前、今日投げれるか?」

 『それって、ピッチャーをやれということですか?」

 「あちらさんも、お前のデータは全く知らないはずだ。」

 データもなにも試合では殆どなげていない。練習の時バッティングピッチャーを務めているだけで、一度だけ練習試合で1イニング投げただけである。

「エースの木村が相当つかれているんだ。頼む沢村。」

 「どうなっても知りませんよ。せっかくここまできたのに。」

 木村が近寄ってきて、

 『竜ちゃん頼む、俺もう肩が上がらないんだ。頼むよ。」

 木村は半泣きだった。

 監督は

 「沢村、7イニングだけ投げてくれ。あとは継投でしのぐから。」

 『5回まではなんとかやってみますが、あとはどうなってもしりません。」

 木村が「竜ちゃん6回まででいいから頑張ってくれないかな。後は腕がちぎれても投げるから。」

 竜太郎は覚悟を決めた。啓明とはいつももつれた試合になる。啓明の打線は一番から9番まで切れ目がない。中学以来3年ぶりの先発である。夏の雲を見た。太陽がぎらぎらと輝いていた。時折吹き抜ける涼しい風が、竜太郎の頬をなでた。


 試合が始まった。竜太郎はピッチャーなのに2番だった。8番か9番に置いて欲しかったが、いつもの打順なので仕方ないと思った。竜太郎達は後攻めである。竜太郎は振りかぶって、だい一球をキャッチャーのミットめがけて投げ込んだ。ど真ん中のストレートだった。


「ストラーイク」

 とアンパイアが大きな声でコールした。竜太郎の膝は緊張のあまり震えていた。

  竜太郎は第二球を投げた。バッターは強振したが、竜太郎の真上に高いフライが舞い上がった。竜太郎は野手に任せずに、自分で捕りにいった。

 竜太郎は一つアウトをとって少し落ち着いた。二人目も三人目も内野フライにしとめた。

 その裏にいきなりチャンスがきた。一番バッターの林が、初球をいきなりライト前に運んだ。林は中継プレイの乱れをついて,一気に二塁をおとしいれた。竜太郎は当然バントを予想した。啓明もバントシフトを布いている。監督を見ると、竜太郎は驚いた。なんとヒッティングのサインだった。まあいいや右方向にゴロを打ってランナーを3塁に進めてやろうと考えた。

 初球にいきなりインハイのストレートを投げ込んできた。竜太郎はその球をおもいきり、ぶったたいた。打球は左中間を転々とし抜けていった。林が先制のホームを踏んだ。竜太郎は無理に3塁に行かずに、二塁で止まった。後続が続かず、その回は1点どまりだった。

 3回まで竜太郎は一人も塁に打さなかった。その裏に林が、右中間を破るタイムリー二塁打で、二点目が入った。まさかの展開にスタンドがどよめいていた。

 問題の6回に入った。ワンアウト後、甘いカーブを運ばれ,二塁打を打たれた。この試合初めてのランナーがでた。ランナーはしきりと牽制している。竜太郎は無視してボールを投げ込んだ。打球はショート正面のゴロだった。ランナーはなんと3塁に走った。ショートが三塁にボールを送りタッチアウト。ことなきをえた。

 監督がその6回の守りを終えたナインを迎えて、

 『啓明さん、かなり焦っているぞ!もう1点取ってこい。」

 と、檄を飛ばした。

  マウンドに立つ竜太郎に、夏の太陽の光がじりじりと焼きついた。竜太郎はその暑さをみじんも感じなかった。


7回の表まで試合は進んだ。この回を抑えれば木村にバトンタッチだ。この回竜太郎は簡単に2アウトをとった。だがその後連打されて、一塁と二塁にランナーがたまった。次のランナーは啓明の4番である。竜太郎は深呼吸をして、第一球を投げ込んだ。わざとボールから入った。ケイメイノ深谷はストレートを狙っているのは明らかだった。二球目はボールぎみのインハイのストレートを投げた。深谷は待ってましたとばかりにフルスイングをした。打球はレフトのポール際のわずかに外側だった。ケイメイの応援団からため息がもれた。竜太郎は計算ずくで投げた一球だった。3球めはアウトコースにスライダーでストライクをとり、深谷を追い込んだ。もう一球遊ぶ余裕は竜太郎にはなかった。キャッチャーの阿部からはアウトコース低めのカーブのサインが出ていた。竜太郎は躊躇わずにそのボールを投げた。深谷はバットを振るのを途中で止めた。するとその止めたバットにボールが当たり、打球はセンターへの浅いフライだった。少し竜太郎はほっとした。しかし相手の応援席から歓声が上がった。なんとセンターの中里がボールを見失っている。転々とボールが転がり、ランナー二人が相次いでホームインした。竜太郎の学校側の応援席からため息が漏れた。竜太郎は必死に気を取り直して、次のバッターをセカンドゴロに打ちとり、逆転のランナーの生還を許さなかった。

ダッグアウトに戻ってくると、監督が

「沢村、この試合はお前に任せた。木村はドクターストップがかかっていて、今日はもう投げれないんだ。よくここまで頑張った。まだ試合は同点だ。あの夏の練習に比べればなんでもないはずだ。」

竜太郎はあきらめかけていた、甲子園への夢をナインの皆にたくそうと思った。俺は一人じゃない。皆のおかげでここまでこれたんだ。一人は皆の為、皆は一人の為。竜太郎はおおげさかもしれないが、ここは人生の分岐点だとおもった。今までは自分の役割さえこなせば良いとプレーしていた。竜太郎はあらためて自分の身勝手さをはじた。しかし今の竜太郎は完全にチームの皆にしっかりととけこんでいるのを感じた。


9回の裏にさよならのチャンスが巡ってきた。2アウト二塁三塁である。無論ヒットでもエラーでも勝利をもぎとることができる。竜太郎は無心でバッターボックスに入った。ピッチャーは初回にはじきかえしたのと同じインハイのストレートを投げてきた。竜太郎は渾身の力を込めておもいきり上からその玉を叩いた。しかし打球は前には飛ばずニバックネットを直撃した。2球目はアウトコースのスライダーだった。竜太郎は自信を持って見逃したが、なんと審判のコールはストライクだった。3球目はインハイのボール球だった。カウントは2&1で、向うも真っ向勝負でストレートを3球続けてきた。竜太郎はファールで粘りに粘った。勝負球はアウトコースのスライダーであることは竜太郎は十分に判っていた。さっきのコースに来れば、ジャストミートは不可能だ。またファウルで粘ろうという考えが頭をよぎった。ピッチャーは思ったとうりスライダーを投げ込んできたとっさに竜太郎は曲がる前にバットを出して右方向にはじき返してやろうと、スイングした。しかし投球は竜太郎のバットをかすめて、キャッチャーのミットに吸い込まれた。無残にもサヨナラ勝ちの大チャンスで空振り三振に終わった。

試合は延長戦に突入した。十回、十一回と両校得点できず、十二回の表に入った。ケイメイから2アウトをとった直後だった。次のバッターに、レフト前に運ばれた。キャッチャーの阿部がマウンドに来た。野手も集まってきた。

キャプテンの村主が竜太郎に言葉をかけた。

『沢村、逃げのピッチングだけはするな。皆は精一杯ここまでやってきた。おまえも皆にも悔いが残らないように思い切って全力で投げろ!この回を抑えたらまた必ずチャンスがくる。」

竜太郎は集まってきたチームメイトの顔を脳裏にきざんだ。

次のバッターは同点打を打たれた4番の深谷である。竜太郎はアウトコースに2球続けて、スライダーを投げ込んだ.2球ともストライクである。竜太郎は阿部のサインにうなずき、インハイのボール球を投げ込んだ。快音を残して、打球はレフトの頭上を越えていった。1塁ランナーが生還し、均衡がやぶれた。

十二回裏、3対2で1点ビハインドである。先頭打者がファーボールで出塁した.送るのかそれともエンドランをかけるのか、竜太郎は監督をちらっと見た。なんと盗塁のサインである。ここで盗塁?だが竜太郎は監督の采配とランナーを信じた。ケイメイもむろん盗塁なんて考えていないようだ。おまけにバントシフトを布いている。うまくいくかもしれないと思った。ピッチャーは弟1球を投げた。何を思ったか、打者が空振りせずにバットを振ってしまった。ファウルだった。バッターはサインをみのがしていたようだ。バッターは頭に血がのぼったのか、外角低めのボール球にてをだし。643のダブルプレイで、一瞬にしてチャンスが潰えた。最後のバッターもセンターフライでゲームセット.竜太郎達の夏は終わった。

試合が終わった後、球場の外で車座になり、最後のミーティングが行われた。

監督が

「皆、本当によく頑張った。だがお前達の人生はこれからだ。いやまだはじまったばかりだ。就職するも良し、進学するもよし、恋だっていくらでもできる。俺から見ればお前達の人生はばら色に見える。よくこんなむちゃくちゃな監督についてきてくれた。礼を言う。ありがとう!お前達は俺の誇りだ。」

ボールを見失ったセンターの中里が、泣きじゃくっていた。だがだれも彼を責めるような視線を投げかけるナインは一人もいなかった。太陽の光が目にはいることはよくある。

その後解散して、三々五々帰っていった。

『竜ちゃん」

玲子の声がした。

『お疲れ様。良くがんばったわね。いい試合だったわ、私感動しちゃった」

玲子は瞳をうるませ、竜太郎を気遣うように、




『竜ちゃんこれから用事あるの?もし身体大丈夫だったらお茶しない?」

『俺、これから学校に行って、部室にある私物を取りに行くよ。5時に駅前に待っていてくれないか。」

竜太郎はそうすることで自分の心の整理をつけたかった。

『判ったわ。待っているわ。」

玲子のきらきらした後姿を見ながら、竜太郎はいつの間にかやってきた秋の気配を感じた。










大会が終わった後の日曜日に明雄が、遊びに来た。竜太郎は三島や漱石を最近読みふけっていて、ますます文学に耽溺するようになった。明雄は竜太郎の趣味とは全く無縁の分野で立派に働いている。明雄は以前会った時より、また一回り逞しくなっていた。明雄は人の良い笑顔を浮かべて、

「だいぶ、日に焼けたね。」

と竜太郎に問いかける訳でもなくそう言った。明雄はくだらないお世辞や中傷は絶対言わない。この朴訥な性格を竜太郎は愛していた。竜太郎と玲子と明雄は小さい頃からの幼馴染で、良く3人で遊んだ。遠足の時に、お金がなくておやつが買えない明雄に、玲子はそっとチョコレートを手渡していた。中学の時、明雄が国語の教科書を朗読していて、明雄が漢字が読めなくて困っていると、玲子はそっと明雄に読み方を教えていたのを竜太郎は鮮明に覚えていた。明雄が玲子に恋心を抱いているのは明白だった。竜太郎はある意味明雄にひけめを感じていた。二人が付き合うようになっても、明雄は決して邪魔をせずに、遠くから笑顔で見守ってくれた。明雄の純粋な人柄に、竜太郎は幾度となく心を打たれた。

明雄は仕事の様々な事を話してくれた。何十キロのコンクリートを運んだり8時間ぶっ続けで働いたり、竜太郎はとても自分にはできそうもないと思った。明雄は竜太郎には無い知恵や技術を持っていた。小さな頃から、家の手伝いをよくさせられて、簡単な大工

仕事や農作業をこなしていた。明雄の父が病気がちだったので、明雄は一家の大黒柱であ

った。弟や妹の面倒みもとても良く、明雄は職場でもきっと皆に可愛がられているのは明白だった。竜太郎はそんな明雄に畏敬の念を抱いていた。明雄は野球のことも玲子とのことも聞いてこなかった。

 「竜ちゃんが居なくなると、寂しくなるね。」

 と明雄は玲子と同じことをぽつんと言った。竜太郎はせつなくなって、あふれそうになっている涙が出てくるのを必死でこらえていた。明雄や玲子をとても愛しく感じて、あとどれくらい一緒に居られのかと思うと、絶望感といっていい感情に支配されそうになってきた。しばらく沈黙が続いた後、明雄は竜太郎の家を後にした。竜太郎は明雄の後姿が見えなくなっても、涙を流しながら立ちつくしていた。竜太郎は明雄のこころ遣いに改めて感謝した。きっとあれは明雄の自分に対する別れの挨拶だったのかもしれない。

 『明雄、元気でな。」

 竜太郎は明雄には明雄の道があってしっかりと自分の足で歩いているのを肌で感じた。



 秋も深まり、竜太郎の高校生活もあと半年あまりになった。竜太郎はしっかりと地に足をつけて生きている明雄を見て、自分もしっかりと生きていかなければならないと痛感した。そろそろ受験勉強も追い込みに入らなければと思った。この夏休みにはクラスメイトの中にわざわざ札幌の予備校に通っている人もいた。だが竜太郎はそんな級友を見ても焦るまいと自分に言い聞かせた。

 玲子も秋の国体も終わりやっと二人の時間が作れるようになった。玲子はなんと全国大会まで行ったのだが、テニスの話はいっさいしなかった。玲子は問題集とにらめっこしている竜太郎をのぞきこんで、 

 「そんなにじっと見たら、穴があくかも。」

 玲子はなんとか竜太郎の気をひこうとしていた。そんな彼女が竜太郎はいじらしくおもった。せめて玲子戸居る時くらいは勉強するのを止めようと思い、とっさに問題集を閉じた。

「玲子、就職はきまったのか?」

「うん、だいたい決まりそう。商社か銀行にしぼっているんだけど、進路指導のせんせいが、大丈夫だって太鼓判をおしてくれたわ。」

「職場で素敵なおじさまにだまされるなよ。」

『竜ちゃんこそ、進学したら可愛い女の子といっぱい遊ぶんでしょ。お互い様よ。」

 玲子はぷいと横を向いた。竜太郎は今まで言い出せなかったことを言った。

「玲子いつかきっと迎えにくるからな。」

 玲子は顔を真っ赤にしてうつむき、やがて竜太郎の目を真っ直ぐに見つめながら、

 「朝晩電話攻撃してやるから。」

 と、涙目でまた下をむいた。

 二人はしばらく記者の揺れに身を任せ、時間と空間を共有した。車窓から見慣れた景色がパラノマのように移り変わっていった。田園風景が続き、竜太郎はあと何回二人だけでこの景色を見ることが出来るのだろうかとせつなさを感じた。玲子がいとおしく感じられ、ふいに玲子を抱きしめたくなった。子供の頃からいつも一緒で、傍に居るのがあたりまえだと思っていた玲子が、いつのまにか大人の階段を上っているのを感じた。玲子の目から涙がしたたり落ちていた。竜太郎は玲子に何も言葉をかけることができなかった。二人は 無言で、記者を降りて、別れた。竜太郎はじっと玲子の後姿を凝視した。こないだまで子供だと思っていた玲子だったが、すっかり大人っぽくみずみずしい女性に成長している。学校を卒業して二十二歳、それから二、三年たっても、玲子は待っていてくれるだろうか。竜太郎は多分地元には戻ってこないだろうと考えていた。本音を言えば玲子にも東京きて欲しかったが、そんなことはとても言えなかった。玲子の両親も東京行きに反対だし、地元での玲子の就職もほぼ決まっている。竜太郎の身勝手な我がままは通るはずもなかった。




 大晦日の夕方、美佐子が

 『竜ちゃん,玲ちゃんから電話よ。」

 と下から声がした。美佐子も玲子からの電話だけはとりついでくれた。

 「竜ちゃん、忙しい?」

 「そうでもないよ。」

 『今夜、初詣に行かない?」

 「うん行くよ。」

 竜太郎は間髪をいれずに答えた。

 「お勉強の方、大丈夫かしら?」

 「試験は朝からやるから、夜はあまりやらないんだ。」

 「それで、真夜中に初詣行くのは平気?」

 「うん一時間くらいなら。」

 「じゃあ悪いけど十一時半頃迎えに来てくれる?」

 「うん、了解。」


 その夜、食卓で、父の久、美佐子と竜太郎は蕎麦を食べていた。久が

 「竜太郎、自分の信念を曲げるなよ。しっかりと信念を持つんだ。」

 竜太郎は黙ってうなずいた。

 「ところで竜、飲みに行かないか?」

 美佐子は怒り出し

 「もう、いいかげんにしてください。」

 久はすでに飲んでいて、竜太郎に酒を勧めた。

 「今夜は用事があるから遠慮しとくよ。」

 竜太郎はさらっと久のいうことをかわした。

 美佐子が助け舟を出すように、

 「今夜は玲ちゃんとデートなのよね。」

 久は羨ましそうに

 「いいな俺も行きたいな初詣。」

 「母さんと行けばいいだろう。」

 「一人で飲みに行ってらっしゃい。」

 美佐子は冷たく一蹴した。


 竜太郎はベートーヴェンの「弟九」を見たあと、ベランダに出て冬のしんとした雪景色を見ていた。粉雪がかすかに舞、真冬だがとてもあったかく感じて、自分をこの雪化粧に同化していることに感慨をおぼえた。


 深夜に、玲子を迎えにいった。玲子は変身していた。藤色の振袖を身にまとい、萌黄色の帯が、とても眩しかった。竜太郎はあまり気の利いた言葉を発しなかったが、玲子が帰先を制するように、

 『お母さんの振袖なの。着付けもお母さんがしてくれたわ。」

 目を輝かせて玲子は華やいだ中にもつつましさをまっとていた。

 竜太郎は子供のころよく遊んだ神社まで、草履を履いている玲子をいたわるように、足を進めた。

 玲子は神社につくと、身を清めて必死に拝んでいた。竜太郎と玲子は鳥居を出て、一礼して神社をあとにした。帰る途中二人はずっと無言だった。竜太郎と玲子はごく自然にてを握り合った。お互いにぬくもりが伝わった。竜太郎はコートのポッケットに握った玲子の手を一緒に入れた。玲子の手はあったかくて懐かしかった。舞いおちる粉雪が止み、十六夜の月が二人を照らした。

[竜ちゃんと手をつなぐのは初めてね。」

 ほほを赤く染めた玲子が呟いた。竜太郎はそっと顔を近づけて、玲子の唇をふさいだ。玲子のかすかな髪の匂いが竜太郎を夢の中へと誘った。しばらく二人は身を寄せ合っていた。月が隠れて、また雪が舞いはじめた。玲子の家にたどりつくと、

 「今夜は私のわがまま聞いてくれてありがとう。いつ東京に発つの?」

 「今月の半ばには行くよ。親戚の叔母さんの家に泊めて貰うんだ。」

 「竜ちゃん頑張ってね」

 「失敗したら、こっちで働くから。どっちに転んでも大丈夫だよ。」

 「そんなこと言わないで。せっかくここまで頑張ってきたんだから。」

 竜太郎は受験なんかどうでもいいと思った。だけど事態はもう動きはじめている。今さら引き返すことは出来なかった。ただ試験は一発勝負の水物である。どうなるかわからない。東京に行って勉強するのは子供の頃からの夢だった。だが玲子の匂うような美しさを見ると、心が折れそうだった。

 

 家に帰って何気なくポケットに手を入れると、おみくじが出てきた。きっとあの時玲子がしのばせたのに違いなかった。竜太郎はそのおみくじを言えの神棚に置いた。




 いよいよ受験が近づいてきた。竜太郎は美佐子のいとこにあたる叔母へのお土産をたくさん持たされた。久はきのうはどこへ行ったのか、まだ帰ってこない。

 「じゃあしっかりね。」

 竜太郎は力強くうなずいた。


 

 羽田空港に着いたら、まっすぐ幡ヶ谷の駅に向かった。電車や地下鉄の乗り降りは美佐子が詳しく、紙に書いてくれた。幡ヶ谷の駅の改札を抜けると叔母が迎えにきてくれていた。合うのは5年ぶりである。人目で叔母と判った。

 叔母も竜太郎のことをすぐに判ったらしく

 「竜ちゃんお疲れ様。お昼まだでしょう。」

 叔母の家に着くと、さっそく作ってあったらしい、巻き寿司が食卓をいろどっていた。東京はやはり暖かかった。むしろ家の中より外の方が暖かいくらいなのには驚いた。

「東京は暖かいですね。おなじ日本とは思えないです。でも東京の冬もいいですね。」

 家の窓からは木漏れ日が差していた。


 いよいよ受験の日がやってきた。玲子の写真をポケットにしのばせて、試験にのぞんだ。

 叔母の文子には娘が二人いて、長女はすでに嫁いでいて、妹の雪子はまだ高校の二年生だった。お弁当は雪子が作ってくれたらしく可愛らしいものだった。

 「竜兄ちゃんは未来があっていいわね」

 幡ヶ谷の駅まで雪子と一緒だった。雪子は小さな頃から、病気がちで、学校もよく休んでいるらしい。

 「神様は不平等よ。修学旅行にいけなかった時はとても悲しかったわ。」

 「この先きっといいことが待ってるよ。悲観しちゃいけないよ。」

 雪子はマフラーを巻きなおして、

 「御武運お祈りしています。」

 竜太郎は雪子とは反対方向の電車に乗り、試験会場へと向かった。雪が降っているせいか電車が徐行運転している。早めに出てきて良かったと思った。日吉のキャンパスに着くと、雪の為に試験時間を一時間遅らせるということだった。

 しばらく教室で待っていると、試験時間まであと十分に迫っていた。会場には試験官と、助手の女子学生がいた。この会場にはざっと四十人くらいの受験生がいた。試験官の

 「机の上のもの、ただし筆記用具以外は全部しまってください。」

 と通告された。試験は拍子抜けするくらい簡単だった。でもそれだけ他の受験生にもおなじことが、言えるので慎重に問題を解いていった。設問を解いたあと二度見直しをした。

まだ時間が二十分くらいあった。竜太郎は明鏡止水の心境だった。試験が終わった後受験生らしき学生達が

 「妙に簡単だったな。」

 と話しているのが、竜太郎の耳にはいった。竜太郎は不安感がぬぐえなかったが、ひとまず三科目が終わりほっとした。

 翌朝竜太郎は神田の古本屋にいった。もう一校試験が残っていたが、もう試験はどうでもよかった。古本屋巡りをして、やはり東京はいいなと思った。もう二度とこれないかもしれない東京の街をあてもなく歩いた。表参道を抜け青山どうりを散策して渋谷の駅に着きそのまま電車を乗り継いで、叔母の家まで帰った。

 「おかえり」

 と文子の明るい声が耳に入った。文子は特に試験のことは聞かずに、コーヒーを淹れてくれた。雪子も降りてきて、ジュースに口をつけた。雪子が、

 「今度の試験はいつ?」

 「三日後だよ。」

 雪子が、

 「それ終わったら北海道に帰っちゃうの?」

 と少し寂しそうに言った。

 『合格発表を見てから帰るよ。」

 文子が、

 「竜ちゃんは遊びに来てるんじゃないのよ。」

 と、たしなめた。

 「私、東京の街を案内してあげようと思ったのに。」

 残念そうに雪子は口をとがらせた。


 結局竜太郎は両方とも合格して、いったん北海道の実家に舞い戻った。下宿先は文子が手軽なところを探してくれるということになった。とにもかくにも春から東京に住むことになる。


 竜太郎が実家に帰ると美佐子が迎えてくれた。

 「竜ちゃんおめでとう。よく頑張ったわね。お父さんも喜んでたわ。今日はゆっくりしなさいね。」

 その夜ささやかな、お祝いの席が設けられた。

 『竜、いつ東京に発つんだ?」

 『卒業式終わったらすぐに行こうかと思ってる。」

 美佐子が

 「もう少しゆっくりしていけばいいのに。」

 「そうもしてられないんだ。」

 久は

 「ところでお前は大学で何を勉強したいんだ?」

 「文学はもちろんだけど、教職課程をとって高校の教師になるつもりだよ。」

 久は杯をかたむけていた。

 「うってつけかもしれない。竜おもいきりやってこい。今日はいいだろう、母さん。」

 美佐子は杯を持ってきて竜太郎に手渡した。ひさしはお酌をして、

 「男子志を立て郷関を出づれば死すとも帰らず。」

 久は吟じた。

 竜太郎は威儀を正して

 「実はお父さんとお母さんにお話があります。」

 久は虚をつかれたように

 「なんだ、改まって。」

 「実はお金のことなんだけど、自活したいと思っているんだ。」

 美佐子は心配そうに

 「竜太郎大丈夫?学生は勉強が本分よ。」

 『社会にでたら、いやでも働くことになる。そんなにアルバイトしたら勉強はどうするんだ?教職課程をとるならなおさらだぞ。」

 「自分の力で生きていきたいんだよ。」

 久はじっと考えこんでいたが、

 「判った。お前の好きにしろ。困ったらいつでも連絡しろ。」



 別れの日は朝から雪が降っていた。まだ三月の中旬である。まだまだ寒さが残るものの、春のにおいが感じられた。竜太郎は駅のホームで玲子といっしょだった。

 「五月の連休に遊びに行ってもいい?」

 玲子はすがるような目をしていた。

 「電話つけたら真っ先に連絡するよ。」

 玲子はしっかりとうなずいた。竜太郎は夏休みも、お正月も帰ってくるつもりはなかった。この景色を見るのはこれが最後かもしれない。鞄の中には久が毛筆で書いてくれた{飛翔}という力強く太字で書かれた半紙を大事そうにとりだして、眺めていた。玲子はそっと寄り添い、竜太郎の肩にもたれかかった。

 汽車が滑り込んで来た。竜太郎は乗車すると、玲子は窓に顔をつけて、竜太郎をじっと見つめた。玲子の唇が、さようならというのが怖くて、玲子からおもわず視線をそらした。汽車がゆっくり動き出した。竜太郎はとっさに

 「玲子、きっと迎えに来るからな!必ず手紙かくからな。」

 竜太郎は大声で叫んだ。玲子の瞳からは涙が流れ落ちていた。玲子の姿はすでに見えなくなっていた。実家が見えた。ふと見ると、2階のベランダで久と美佐子が手を振っていた。竜太郎は涙が溢れてきて、次々と流れ落ちていった。

 「お父さんお母さーん」

 と窓の外に向かって叫んだ。汽車は無情にも走り去っていく。

 『父さん、母さん、玲子いつかきっと帰ってくるから。」

 竜太郎は涙がほほを流れ落ちていくのをぬぐおうともせず、しばらく嗚咽した。汽車はまだ雪の残る大地を静かに走り去っていった。



               青春の影 弟一部     完





 





  









  

この小説は大学生編につづきます。玲子との別れ新しい出会い。第2部をお楽しみに

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 少ししか拝読できなかったのに申し訳ありませんが、青春の影 第一章の中に 惜しいと思われる常套句の誤用がありました。 岡目八目と思し召されてご覧下さいますようお願い致します。 バーガ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ