3:エレモフィラ・ラケモサの『アール』と白薔薇の『ピース』
今、麻耶の前で胸を逸らせてふんぞり返っている彼は、頭にエレモフィラ・ラケモサそっくりな花を咲かせる少年だ。
赤く靡くマントに、昔のドイツの軍服のような黒い上下を纏う彼は、生え際から黄色、橙、赤と変化する不思議な色の髪を一本で結い高笑いしていた。
ヒナと比べるときりりと精悍な顔をした男の子だが、とても不思議な感性を持っている。
「俺様の名はー、エルフリード・ガレル・ド・イリージャ三世だぜ!」
「・・・もう一度お願いできる?」
「だから、俺様の名はー、エルフリード・ガルロ・デ・イルージャ三世だぜ!」
ふはーはっはっと胸を張る子供に、麻耶は眉を下げて笑う。
先ほどと名前違うよ、とか三世って前に誰が居たのとか色々と突っ込みどころが多すぎる発言をした彼は、未だに名前が定まっていない子供だ。
何故名前が定まらないかと言えば、彼だけ自発的に自分の名前を報告してくるくせに、毎度毎度微妙に名前が違うのだ。
絶対に自分も把握していないだろうに、胸を張る姿が可愛くてつい突っ込めない。
一人だけ頭に咲く花が三つの彼は、とても元気よく明るいくて、さらに不思議な感性をしていた。
ちなみに体に纏うマントも軍服のような上下も彼のリクエストにより作られたものだが、似合っているだけに色々と微妙だ。
「───鬱陶しい。そして暑苦しいです」
反対側の掌にすっくと立つ白薔薇を頭に咲かせた男の子が、綺麗な顔を歪めて睨む。
僅かにピンクがかった白い髪を腰ほどまで伸ばし、切れ長の瞳を剣呑に細めていた。
生えてきた男の子達の中でも特に秀でた美しい容姿の彼の名前はピース。
頭に咲き誇る薔薇の見た目と、平和を掛けたものだが、これが中々好戦的な性格をしていた。
彼は麻耶にだけは素直なのだが、他の面々に対して些か辛辣な面を持つ。
常に一歩下がった態度で周囲を見て、状況に応じて臨機応変に行動するのがピースの特徴だ。
冷静で落ち着いたピースと、明るくわが道を行く隣の彼は、相性がとても宜しくない。
「うるせえな!俺様の何処が暑苦しいんだ!」
「全てです。敢えて言うならその存在が。見た目からして暑苦しいです」
「んだと!」
「ほーら、止めなさい。喧嘩するなら下に降ろしちゃうよ」
「っ、駄目です!折角マヤの掌を独占してるのに!」
「俺様は降りないぜ。マヤと遊ぶんだからな!」
「マヤと遊ぶのは私です!大体あなた名前すら定まってないじゃないですか。どこか遠くで決めてらっしゃいな」
「俺様の名前は決まってるっつーの!エルフリード・ガルメ・ダ・イルード三世だぜ!」
「ほらみなさい、また違う。・・・マヤ、こんなお馬鹿さん捨てて、私と一緒にお歌歌いましょう」
「駄目だ!マヤは今から俺様と一緒にお歌歌うんだぜ!」
掌の上で顔をつき合わせて睨み合う二人に、麻耶はそっとため息を吐く。
二人とも他の子供達に比べれば精神年齢が高いのだが、やはりまだまだ子供というところか。
ため息を吐いた麻耶に気付いた二人は、びくりと体を震わせてこちらを見上げた。
先ほどまでとはうって変わり、心配そうに見上げる眼差しは不安で一杯だ。
喧嘩するなら降ろしてしまうと言ったのを覚えているらしく、一応罪悪感を抱いているらしい。
情けなく眉を下げた二人に微笑みかけると、自分の近くまで引き寄せる。
まず見詰めたのは名前が確定していない方の子供。
やはりこのままでは呼ぶ時に困るし、彼の名づけの法則もなんとなく気付いた。
「よし、決めた」
「決めたって、何をだ?」
「君の名前。君の名前はエルフリード。三世は誰の三世か判らないから、短くしてエルフリード。これだと私も呼びやすいし、君も間違ったりしないでしょう?」
「俺様の名前・・・エルフリード」
「そう!どうかな、ピース」
「マヤがつけてくれた私の名前の方がいいです」
「何だと!?エルフリードだって、マヤがつけてくれた!」
「違います。あなたの名乗りを取っただけです。私の『ピース』の方が格段に宜しい」
「っ───、マヤ!俺様の名前もちゃんとつけて欲しいぞ!エルフリードなんて嫌なんだぜ!!」
掌で地団太踏んで悔しがる子供に、麻耶は苦笑した。
エルフリードに拘ったのは麻耶ではなく彼のはずだったのに、自慢された途端に嫌になってしまったらしい。
仕方ないなと掌を自分の視線まで持ち上げ、瞳を細める。
「長い名前がいいの?」
「そうなんだぜ!俺様に似合う、ばっちり格好いいのがいいんだぜ!」
「・・・そうだなぁ。それなら、『アール・コン・スィエル』はどう?虹って意味。君の頭に咲く花の前によくつけられる敬称なんだよ」
「『アール・コン・スィエル』・・・。凄い、格好いいぞ!俺様の名前はアール・コン・・・
ええっと」
「普段はアールって呼ぼうか」
「判った!俺様の名前は『アール』!どうだ、ピースのクソ馬鹿野郎!俺様の名前の方が格好いいぞ!」
「っ、私の名前の方が綺麗です!大体私の方が先につけてもらったんですからね!」
「後先なんて関係ないし、俺様の名前の方が長い分だけ愛が篭ってるぜ!」
「───、そんなことないですよね、マヤ!?私の名前の方が愛が篭ってますよね!?」
言い負かされて必死の眼差しを向けるピースに、可愛いなと和んでしまう。
本人は必死だろうけれど、自分の前でだけ素直な態度を取るピースはとても愛しい。
握りつぶさないよう柔らかな力で体を包むと、親指に縋るように抱きついてきた。
全力で抱きついているのか、その締め付けは僅かに痛みを感じるが表情を出さないように気をつける。
「皆を平等に愛してる。だから心配しないで、ピース。君の名前も特別で、アールの名前も特別。大事で特別で愛しいものだよ」
ふわりと微笑めば、瞳を丸くして次の瞬間には嬉しげに破顔した。
縋り付いていた力が和らぎ、すりすりと頬を摺り寄せる。
それを見て頬を膨らませたアールも、一生懸命親指を起こすと抱きついた。
ばちり、と絡んだ視線の先で火花が散る。
心地よい青空の下、今日もとても平和な争いが始まろうとしていた。




