6 「田村幸一の高慢と怠惰」
私は、あの時、どうかしていただけなのだ。能力に目覚めたあの日。私は昂奮を抑えられず、通りすがった民家の夫婦に、その能力を振るいたくなって仕方なくなった。きれいな奥さんだった。あの人がばらばらになったら、いま、にこやかに微笑む旦那さんはどんな顔をするだろう。確かそんなことを考えてしまったことは覚えている。後のことは、よく覚えていない。気づくと、さっきまで夫婦が笑っていた幸せな空間は、黒く染まり、千切れた肉片でいっぱいだった。目の前で突然木っ端微塵になった美しい嫁を見て旦那さんがどんな顔をしたのか、彼も跡形なくばらばらにしまっていたのでわからなかった。
自分のしたことが信じられず、思わず家の中に入って確認しようとする。そして、自分の失敗に気づく。その家は幸せな夫婦の住む家ではなかった。幸せな一家の住む家であった。子供がいたのだ。高校生くらいの大きな子供が、私を暗く微笑みながら見ていた。私は混乱した。その時、目撃者を殺すべきだと心の隅で思ったことを否定しない。でも、私が殺人を犯したのは一時の気の迷いだったのだ。人間なら誰にでもあり、あって当然の、仕方のない衝動。あそこで、あの子を殺していたら、私はただの殺戮者だ。人殺しだ。人間でない。屑だ。自らの非を認めて、それを隠すために論理的に、冷静に人を殺す。私はそんな屑にならずに済んだ。私は殺戮者でない。ただ、ちょっと魔が差しただけなのだ。
それでも、私が人を殺したことには違いない。私は警察に通報するよう子供に言った。すると彼は暗い目をして私に言った。
「あんたは、僕の両親を殺した。僕のものを奪った。」
返す言葉はない。その通りだ。だが、それでも、申し開きをしようとする。警察にしようとした、その言い訳を彼に告げようとしたそのとき、
「だから、その分僕にはあんたを所有する資格がある。」
少年は暗い目で私を見続けていた。私はこの少年が幼子特有の全能感から抜けていないことを感じ取った。考えてみれば、警察に私の罪を測ることなどできまい。私の罪を測ることが出来るのは、その一部始終を見ていたこの子しかしない。逆に言えば、この子が納得しさえすれば、私の罪は贖われる。私は心どおりの、心のありようにふさわしい真っ当な人間に戻れるのだ。
かくして、私は境練次少年の強欲を達成する尖兵となった。
金を手に入れるべく、拳銃・麻薬・現金を求めて、あちこちのやくざれ者の事務所を襲う。最初の襲撃が一番大きかった。ウェブ上にアップされている程の有名なやくざれ者の屋敷。それを深夜に襲い、目に付くすべての人間を木っ端微塵にした。人間が跡形なく弾ける度に境少年は嬉々たる声を上げ、私はその彼を人でなしと判じる。そうする度私がまともであると認識される。この少年は狂っている。だから、この少年と異なる私は正常なのだ。もうそれだけでいい。この状況でこのような評価基準をもてる私は十分理性的な人間だ。もう、それでいい。
「はむらぁ!ひぬな!ぼくの、おくのそひゅうぶつがはってに、ひぬなんて、ゆるははいぞ、ひっはまぁぁぁ」
私の胸に取りすがり、涙をぼろぼろ流しながら、回りきらぬ舌で叫ぶ少年を見る。私の罪はまだ消えないのか。この少年の強欲が尽きることがあるのだろうか、尽きぬのなら、私の罪が消えることもない。ならば、そう、今、この少年に向けられている銃口にすべてを託せばいいのではないだろうか。この少年が死ねば、私の罪を知るものは消える・・・そうか、私はずっと少年の死を望んでいたのか。そうか。この少年が死ねば、私の罪を知るものはいなくなる。ふふ、ふふふふ。そうか、このときを私はずっと待っていたのだ。
「し・・・」
私から最後の言葉を少年に贈ろう。私がずっと怠ってきた告白をしよう。
「死ね。」
ぶしゅっ
少年の首が飛ぶ。変だな、銃声はしなかったのに。