5 「吉田恵一の嫉妬」
あ~あ、撃っちまった。なんだろうな、急に撃ちたくてたまんなくなっちまったのさ。
少年から奪った袋を見る。ざっと数えても300万どころではない大金、うまく捌けば現金以上に価値がありそうなヤク、ちらほら見える指輪には見たことねぇ宝石がくっついてる。あんなガキがなんで。あんな化け物を飼えて、こんなすんげぇ大金ゲットして。ふざけんな。世の中そんなに甘くねぇんだよ、くそガキが。
俺の家は普通の家庭だった。普通の父親、普通の母親。でも、弟が悪かった。トンビがタカ産んだ。弟を表現する両親や親戚の賞賛で覚えたカ慣用句だ。俺は昔から出来が悪かった。悪いことに、両親より出来が悪かった。両親の期待が弟だけに注がれていることは明らかだった。両親は出来の悪い俺に同情して、なにかと世話を焼いて、いい親を気取っていた。弟も両親の期待を鼻にかけて、余裕ぶって俺に気を遣いやがった。どいつもこいつも俺を馬鹿にして、下に見て、なめてやがった。大学を中退して、あの街に住み着いてからは、泥水すするような生活だったが、それでも親も弟もいない生活は素晴らしかった。誰ももう俺を馬鹿にしない。
目の前で、死に掛けの化け物に取りすがって泣く坊主には弟と同じ匂いがしやがる。何でも持ってるくせに、それに気づきもしないで、自分が偉いみてぇに人を馬鹿にして、仏か菩薩気取りで憐憫たれてきやがる。
「はむらぁ!ひぬな!ぼくの、おくのそひゅうぶつがはってに、ひぬなんて、ゆるははいぞ、ひっはまぁぁぁ」
坊主の舌はなんかの拍子に千切れたらしい。歯のなくなった爺みたいな滑舌で惨めったらしい背中にさらにムカつくのを感じる。なに、執着してんだよ。なくて当たり前なんだよ、そんな化け物。あって当たり前とか思ってんじゃねえよ、クズ野郎が。なんとなく、ガキの背に銃を向ける。こいつをもう見ていたくねぇ。