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2 「吉田圭一の不運」

場面がガラっと変わります。

 しくった。あんの野郎。あんなよえぇくせに、ヤのつくご職業とは・・・

「こら、てめぇ、待てコラァ。おい、そっち行ったぞ。」

「ちょっとぉ、お兄ちゃんねぇ。おじさんたちゃオニごっこしてぇわけじゃねぇんだよぉ。ちょっとお話してぇってだけなんだなぁ。」

昔俺のママンは言ってた、物腰の柔らかいヤクザは本当にやばいって。捕まったらコンクリ東京湾に違いねぇ。

 俺は吉田恵一。人畜無害な一般市民。人に何かを与えたり、与えますよと告知し、その対価にお金を頂くという。これ以上ない普通のサービス業を生業としている。昨日の客は相手が悪かった。弱そうなおっさんだったんだが、どうやらいま俺を欲してやまない、まるヤさんの下っ端だったみたいだ。資金運びの最中だったようで、たくさんのお金を持っていらっしゃった。そこで俺、張り切っちゃったんだよね。張り切ってたくさんサービスしたの。そのあまりのサービスにおっさんが昇天して、いくらでも持っていいとおっしゃたので、全部頂いたのさ。300万。いやぁ、いい仕事したなぁって、うわ!

「っち、待てコラァ!金返せ、テメェ」

あっぶねー、あんな腕につかまえられたら、恵一困っちゃう。返せるもんなら返してますよ。いやぁ、パチンコ、寿司、キャバクラ、風俗。昨日の晩は俺の人生で一番ハッスルだったぜ。まぁ、その対価が300万だったというだけだ。今は、その対価に命が上乗せなれないよう、命を燃やして走っている。人生って矛盾に満ちてるよなぁ。

 駅の改札に逃げ込む。切符なんて要らないぜ!Suicaの発明者に俺は人生最大の「ありがとう」を贈る。これで大丈夫と、振り返る・・・あらぁ?

「お前、こういうとこにめぇわくかけたらあかんのぞ、コラ。」

ゆっくり引きつった顔で、俺に近づいてくるおっちゃん。その手には、Suica。

「す、Suicaなんてつくりやがってぇぇぇぇっぇえ!」

ダッシュで逃げる。幸い、公衆の面前で自分が迫力を発揮した際の社会に対する影響を熟知していたそのおっちゃんの動きは鈍かった。が、しかし改札口には血気盛んな若武者が大勢待機していらっしゃった。伏兵にすれば、容易に余を討ち果たせたであろうに、諸葛亮・周瑜も噂ほどではない、と赤壁の後に嘯く曹操の台詞が幼い頃読んだ横山光輝の絵で浮かぶ。まさかこれは走馬灯。俺、死んじゃうのかな。あぁ、昨日の女、あと一発やっておけばよかった。あるいは、もう一貫あの大トロを。

『まもなく1番線に電車が参ります。白線の・・・』

という放送で頭の中の曹操は消える。死に物狂いでホームへの階段を駆け上がる。尋常じゃない雰囲気は既に駅公舎に満ちていたので、最早早期解決の方が良作と判断したおっちゃんも普通に駆けてくる。やばい。やばい。やばいやばいですよ。その顔やばいですって。鬼、鬼じゃん。こ、殺されてまう。

 駆け上がったホーム。左右を確認。電車が見えた。大丈夫タイミング的にオッケー。早く、早く来てくれぇ!電車が来るのと同じ向きに走る。電車の最後尾が視認できた辺りでおっちゃんが階段を登り終えて、こちらへ来る。くそっ、早いし速い。おっちゃんはぬるぬる速歩きで追ってくる。張り付いた笑顔が怖すぎる。大魔神か、貴様。ホームの最後まで着いたとき、おっちゃんはもうはちきれそうな笑顔で、電車はようやく先頭車両がホームへ入ったところだった。俺はホームの隅へ逃げる。もうだめだ。このままではケチャケチャにされる。やるしかない。俺は魂のダッシュを発動した。


「はぁはぁ・・・」 

やった。やったぞ。俺は一番線のホームに立っていた。二番線のホームに立つおっちゃんとは今や線路二本電車一台分隔てられている。俺は電車に乗り込んで、窓からおっちゃんが大慌てで階段に向かうのを大笑いして見ていた。動物園やサファリパークには行ったことがないが、今度言ってみよう。なんて楽しいんだ。そんな時

『急停止申し訳ありません。しばらくお待ちください。安全の確認をするまで、しばしお待ちください。』

と車掌の放送がある。なに止まってんだよ。こちとら急いでんだぞ、人の迷惑考えろや、とまで思って、駅員が近づいてくるのを見て青ざめる。そーですよねぇ。目の前人が通ったら止まりますよねぇ。そんで事情聴くまで出発しませんよねぇ。こういう体制が鉄道安全神話の根源ですよね。というわけで、二度目の魂のダッシュ発動。車両を出て、車両の前に空いたホームの余地から飛び降り、線路に沿って駆け出した。頭の中は「Stand by me」サビ部分の無限リピートでいっぱいになった。後ろからおっちゃんの怒号と宥める駅員との問答が聞こえる。俺は、5,6年かな、まぁそんくらい世話になった汚い街に「さようなら、ありがとう」を言いながら、魂のダッシュを発動し続けた。

 程なく、線路から降りる。大きめの通りまで出て、タクシーを探しながら繁華街に背を向けてひたすら走る。ようやく一台のタクシーを見つけて、手を挙げる。これで、なんとかなった。とりあえず何年か前に別れた女んとこへ転がり込むか。まだ教師を続けてくれてるといいなぁ、教え子に手ぇだしたネタがまだ効くといいんだけど。そんなことを思いつつ、開いたタクシーのドアに滑り込もうとすると、先客いるじゃん。なに停まってんの?って運転士をねめつける前に腕をつかまれた。

「面倒かけてくれたのぉ。お兄さん。」

俺の手をつかんだ強持ての兄さんの奥から、白スーツのお方がご挨拶。・・・畜生。


如何でしょうか。次回は境少年たちと吉田が合流します。

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